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 王国騎士団から、ヘルモルト伯爵家に帰ったあと、溜まった家事を一気にこなしていく。ヘルモルト伯爵家にはルセーネの他にも使用人はいるが、寝泊まりをしているのはルセーネだけで、使用人たちが帰宅したあとの雑用は全て押し付けられている。

 だだっ広い廊下の掃き掃除から、窓拭き、洗濯物の片付けまで。しかし、ルセーネはつい考え事をしてしまい、ちりとりから集めたゴミをばら撒き、汚れた雑巾で窓を拭いて汚し、洗濯物はしわくちゃのまま畳んだ。

(あの魔物が強化したのは……私が魔力を注ぎ続けたせい)

 昼間、スルギの口から告げられた言葉を思い出し、何度も反芻する。デルム村にいた魔物は、街を破壊するかもしれないという言葉を。

(私があの魔物を倒さなくちゃ……。でもどうやって探したらいいんだろう)

 お粗末な家事を終えたあと、居間の花瓶の水を替えていると、アビゲイルがやって来た。
 きつい香水の匂いが鼻を掠め、思わず顔をしかめそうになるが、なんとか表情に出ないように堪える。

 彼女はルセーネの横を通り過ぎ、窓枠を人差し指でつぅとなぞってから、小さくため息を吐いた。

「まだ埃が積もってるじゃない。やり直しね」
「……申し訳ありません。お嬢様」

 アビゲイルはひとりがけの椅子にどすっと座り、腕を組みながら不満げにこちらを見上げた。

「あんた、ダニエルソン公爵様にちゃんとあたしのことを紹介してくれたんでしょうね?」
「ま、まだです。申し訳ありません」
「申し訳ありません、申し訳ありません――って、そればっかりね。馬鹿の一つ覚えじゃないんだから。んもう、本当に使えないのね、あんた」
「申し訳、」
「もうそれはいいから。まぁいいわ。公爵様には自分から直接お声をかけることにしたから」
「直接……?」

 彼女は得意げにふんと鼻を鳴らし、一枚の青い封筒をテーブルの上に置いた。封蝋にら、王家の紋章が刻まれている。

 まもなく、王女グレイシーの誕生日会が行われる。王宮が会場になり、国中の貴族たちが集まる。当然、グレイシーは婚約者候補のジョシュアのことも招いているだろう。

 アビゲイルはこの誕生日パーティーで、恐れ多くもジョシュアのことを口説くつもりでいる。

(なんだろう。世間知らずな私でも、ものすごく礼儀がないことをしようとしてるって分かる……)

 ジョシュアは仮にも、この国の王女の婚約者候補だ。それを横から掠め取ろうとする真似は、不敬に当たるような気がする。
 それにジョシュアが、アビゲイルになびくことがあるだろうか。

 彼の恋愛遍歴に関しては、度々第一師団で話題になることがある。
 全く女性に興味がなく、王女の求婚さえ断り続けているとか、逆に娼館の常連客で、毎夜のように遊びふけっているとか。

 噂の真相がどうであれ、彼は権勢を誇る公爵家の当主だ。女性を見る目も肥えているだろうから、そう簡単に篭絡できるとは思えない。

「ああっ、早くお会いしたいわ。このパーティーのために素敵なドレスを仕立てたの。あんたみたいな孤児には一生袖を通せない一級品よっ!」

 彼女は居間のテーブルの上の箱から、美しい赤色のドレスを取り出した。

「わあ……綺麗」

 自慢されているにも関わらず、ドレスの美しさに純粋に感動し、目を輝かせるルセーネ。そっと両手を重ねてにこりと微笑む。

(いいなぁ。私もいつか、こんなドレスを着れたらいいのに)
「はい! すっごく素敵なドレスだと思います……! 羨ましいなぁ」

 素直すぎる反応に、嫌味を言ったアビゲイルの方のバツが悪くなる。

「そ、そうよ。あたしのためにあつらえたものだもの。これで素敵な殿方を手に入れてみせるわ」
「…………」

 随分張り切っている様子だが、ルセーネは「頑張ってください」としか言いようがなかった。

 アビゲイルに言われて二度目の窓掃除を終えて、居間を出ると、エントランスに数人のローブを着た男たちがいた。

 貴族向けの雑貨を売る商売をしているヘルモルト伯爵家には、たまに商人が訪れるので、その人たちかと思ったが、今は夜遅くだ。しかも男たちは、帯剣していた。

(あの人たちは商人じゃない。――退魔師だ)

 階段の上からエントランスを見下ろすルセーネは、彼らから発せられる神力を敏感に感じ取った。退魔を生業としている人たちは、やはり一般の人より強い神力を持っている。

 このヘルモルト伯爵家にはたまに、なぜか商人ではなく退魔師が訪れることもある。
 退魔師たちは、続々と箱をヘルモルト家の中に運びこんでいる。その箱を見て、ルセーネは眉を寄せた。

(あの箱……何か禍々しい気配を感じる。魔力……? いやいやまさかね。でも運んでる訳じゃあるまいし)

 魔物から感じるような魔力に、首を傾げる。きっと疲れていて感覚が鈍っているのだろう。
 そう思って踵を返したとき、退魔師が運ぶ箱ががたがたと揺れたことに、ルセーネは気づかなかった。
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