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しおりを挟む「またすごい新人が現れたわね」
「そうだな。……だが、剣を扱えないとなると、他の聖騎士たちが不満を抱くかもしれない」
執務室で、ルセーネの契約書を見下ろしながらジョシュアは言う。
普通、王国騎士団第一師団は年に一度行われる入団試験を受けなくては入団することができない。そこで、先ほどルセーネに試したような魔物を倒すテストも行われる。
師団長であるジョシュアには人事権があるため、特例で入団試験を免除することもあった。しかし、特別待遇をやっかむ者は多くおり、入団者の実力が伴わなければ嫌がらせをされることもしばしば。
「剣が握れないだけじゃないわ。あの子は神力もからっきしなんでしょう?」
魔術師ははるか昔に絶滅したと言われているが、100年に一度誕生することがあることを知らない者は多い。そして、魔術師の能力、つまり魔力がどのような力であるかも分かっていない。
今や、王国騎士団に『魔術師』という採用枠はなく、ルセーネの入団は異例中の異例である。
しかし、魔術師としての彼女の才能は、王国騎士団に必要なものだ。
「彼女が馴染めるように力を貸してやってくれ」
「分かったわ。あなたが女の子に目をかけてあげるなんて、珍しいこともあるのね」
ジョシュアも文献で見たことはあっても、魔炎の力を生で見たのは初めてだった。
聖騎士だけでなく、退魔業界の中では金の成る木のようなものだ。この国では、神力をある程度扱える者が退魔師を名乗り、魔物を倒すことがある。
退魔師の中には金銭目当てのろくでもない輩もおり、ルセーネが彼らに目をつけられる前に、王家直下の騎士団で彼女を庇護したかった。
「なぜか、彼女のことは放っておけない」
「へえ?」
ナジュは執務机に腰かけて脚を組む。
「あの子、魔力の扱いには随分と長けているようだったわ。神力と同様で魔力も磨かなければ能力は伸びない。どうやって修行したのかしらね?」
「……さぁな」
神力は人の祈りや希望といった正のエネルギーを糧としているが、魔力はその逆で、負のエネルギーである魔素が糧となる。けれどそのふたつとも、鍛錬を重ねて磨くという点は同じだ。
(塔の中でひたすら磨き上げたのだろうな)
ジョシュアは、彼女が長らく塔の中で暇を持て余していたことを知っている。
「純粋そうなところとか、意外と肝が据わってるところとか、あたしも気に入ったわ。あと顔が可愛い」
「あまりしつこくして迷惑をかけるなよ」
「ふふ、分かってる分かってる。何、ジョシュアはああいう子がタイプなの?」
ナジュは名のある貴族家の子息で、ジョシュアが小さいころから知っている。だからふたりきりのときはこうして砕けた話し方をする。聖騎士としての腕も素晴らしく、また世話焼きなところがある。
ナジュは腕を組み、意地悪に口の端を持ち上げた。
「それとも、娼館に入り浸ってる好色男には、素朴な子は物足りないのかしら?」
ジョシュアは文字を書く手をぴたりと止めた。
「なぜそれを知ってる?」
「団員たちの間ではそこそこ有名な話よ」
「……そうか」
額を抑えてため息を吐く。娼館に通っているのは事実だが、決して春を買うために行っている訳ではない。
「だが確かに、ルセーネは……可愛い」
小動物感というのだろうか。ころころと表情を変えるところは目が離せないし、ふわふわの髪は思わず撫でたくなる。
「ふ。あんたが女の子のことを褒めるのも初めて聞いたわ。よっぽど気に入っているようで」
ナジュは興味なさそうに長い髪の先を指で弄んだ。
「どうでもいいけど、縁談の話が上がっているときに軽率な行動は慎むべきじゃないの?」
「――縁談を受けるつもりはない」
縁談の相手は、グレイシー・リル・ジェルムストーン。このノーマイゼ王国の王女で、結婚適齢期を迎えたということでジョシュアに話が回ってきたのである。
国王はダニエルソン公爵家と縁を深める政略的な目的で、ジョシュアに王女を宛てがいたいらしい。
一方のジョシュアは、若くして公爵家の当主、王立学院首席卒業、第一師団の団長就任という輝かしい経歴の持ち主で、おまけに有能。さらにとりわけ美しい容貌から、国一番の花婿候補ともてはやされてきた。しかし、結婚適齢期になっても、一向に妻を迎えようとしなかった。
以前はただ単純に忙しさを理由に放ったらかしにしてきたのだが、今は別の理由がある。
「結婚したところで、どうせ俺は片足を棺に突っ込んでいるような状態だ。相手を不幸にすると分かっていて、結婚することはできない」
「まだ死ぬと……決まった訳じゃないでしょ」
ジョシュアはおよそ三年前、ある生贄の娘を助けた。
ノーマイゼ王国では、人の手で倒せないと判断した魔物に対して封印するという手を使うことがある。
通常魔物は、神力を込めた血を使って封印するが、それも叶わなければ――生贄を捧げることも。このような悲劇が起こるのは、魔物に対する優秀な聖騎士、退魔師の不足が問題だった。
その塔の魔物は、生贄の神力によって本来なら弱体化しているはずなのに、想定以上の強さだった。
(……あの生贄の娘がルセーネだとは思わなかったがな)
少女を逃がした直後、塔の中から魔物が現れた。しかもその龍は緑色の炎をまとっており、それがジョシュアを手こずらせた。
魔物はジョシュアに深手を負わし、更に呪いの印を残して森の中へと逃げて行った。ジョシュアが魔物の討伐に失敗するのはこれが初めてだった。
ジョシュアはおもむろに、胸にできた呪いの印を撫でる。
この呪いは徐々に身体を蝕んでいき、魔物を倒さなければジョシュアはやがて死ぬ。それでも、生贄を助けたことに後悔はなかった。
取り逃した魔物が人に被害を与える方が心配だ。ジョシュアの呪いのことは伏せたまま王国騎士団に探させているが、炎龍は未だに見つかっていない。
「無敵のあなたを手負いにするだなんて、よっぽどの強敵ね」
「そもそもどこにいるかさえ分かっていないからな。あれを見つけるのが先か、俺の寿命が尽きるのが先か……」
ジョシュアはペンをことんと机に置いて、ナジュを見上げた。
「俺が死んだあと、後任は君に任せる。君が最も信頼できる相手だからな。第一師団のことは頼んだぞ」
「……全く。下ネタはやめてちょうだい」
「何をどう取ったら下ネタになるんだ!?」
冗談を言いつつも、ナジュは寂しそうな顔をしていた。
ふと脳裏に、ジョシュアに呪いをかけた魔物の姿が思い浮かぶ。本来、あの塔に封印されていたのは普通の龍の魔物だったはずだ。しかし実際に退治したのは、炎をまとった炎龍だった。そしてその炎の色は――ルセーネと同じ緑色だった。
(恐らく、ルセーネの魔力を吸い取って成長していたのだろう)
恩人であるジョシュアが呪いに苦しんでいると知ったら、ルセーネは胸を痛めるかもしれない。だからこのことは黙っておくつもりだ。
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