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リュカ(本編補足)
01話
しおりを挟む※リュカ視点です。本編のザガンに出会うまでだいぶ時間が掛かりますので、ごゆっくりお付き合いいただけましたら幸いです。
※あくまでも本編補足なので、読まなくても問題ありません。
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俺の人生は、産まれた時から順風満帆だった。
父が王太子であり、その第2子として産まれたので不自由無く、家族仲も良好。王城で働いている親族達も真面目な方々ばかりだし、みんな優しく、時にはきちんと叱ってくれる。
ただ時々、俺は特別だと言われることがあった。その理由は単純で、光属性だからだ。神ソレイユと同属性だから。
千年ほど前、どこからともなく現れた邪神がソレイユ王国を滅ぼそうとし、神ソレイユが対抗した。国は守れたものの、神ソレイユは邪神と共に倒れ、しかし消滅することなく眠りについた。それから数十年おきに、邪神は復活するものの、神ソレイユは眠り続けたまま。
その影響で、昔はそれなりにいたという光属性がどんどん減っていき、現在は稀に誕生するくらいになっている。だから特別だと。
特別なのは素直に嬉しい。でもだからこそ、無礼なことを告げてくる貴族達もいた。――『リュカ様が王になれば、我が国はさらに発展するでしょう』と。
そう進言してくる者達の意図がなんなのか、当時はまだ幼かったのでわからなかった。俺を傀儡にして国を牛耳りたかったのか、あるいは父や兄と争わせて王家自体を潰そうと考えていたのか。
ただ理由はどうあれ、俺が光属性でも、もし成長した時に兄より優秀であったとしても、俺が王になることは絶対にない。
何故なら、ソレイユ王国では第1子が必ず国王になるから。性別が男女どちらであろうと、属性がなんであろうと、その決まりが変更されたことはない。建国から5000年間、第1子以外が王になったことなんて、一度も無いんだ。
ちなみに無礼なことを言ってきた者達は、いつの間にか王城内から消えていた。良くて王都からの追放、だいたいは貴族身分剥奪になっているとか。
貴族達への処罰を下すのは、大臣達である。ソレイユ王国において、王の次に権限を持っているのが大臣6人であり、彼らによってソレイユ王国は支えられている。
話は変わるけど、俺は第2子なので、兄上とは違う教育を受けた。
約50年後、兄が王になった時、俺は王弟として兄を守らなければならない。その為には、武力的に強くならなければならない。だから5歳から、剣術と魔法でそれぞれ専属教師が付いて、戦闘訓練をするようになった。
剣術の先生は、王都近衛騎士団から選出された。国王である爺様に長年仕えてきた、引退間近の老騎士。そして魔法の先生は、王都魔導師団の副団長である。
老騎士は爺様の傍にいるので知っていたけど、魔導師団副団長の方は、会ったことがない。でも12年前の邪神復活で大活躍し、邪神を再封印したという英雄だ。きっと素晴らしい人だろう。
そうして出会った英雄ライル・ブレイディは、とても凛々しくて格好良い人だった。それに30歳で魔導師団副団長を勤めているだけあって、自信に満ちた佇まいをしている。
『俺はライル・ブレイディです。ええと、リュカ殿下とお呼びすれば良いですか?』
『はい、それでお願いします。ボクはライル先生って呼びますね』
『了解です。ではまず、リュカ殿下がどれくらい魔力を持っているか、計ってみましょうか』
彼は元民間人だと聞いていたけど、王子相手に媚びてくることはなく、子供相手だからと偉ぶることもなかった。言葉遣いや態度はちょっと乱暴かもしれないけど、英雄らしくもあり、予想通り素晴らしい人だった。
ライル先生との授業は週3回、2時間ほど。魔力の基礎概念や、魔素細胞の構造などの学問から、魔力操作、身体強化、魔法習得と、いろんなことを学んだ。
でも先生の言っていることと、自分に巡っている魔力の感覚がいまいち噛み合わなくて、魔力操作や魔法はあまり上達しなかった。それでも先生は馬鹿にせず、誰にでも苦手な分野はあると笑ってくれたし、授業自体はとても楽しかった。
そんな先生との授業がしばらく休みになったのは、授業開始から1年10ヶ月が経った頃だった。
どうやら屋敷に何者かが侵入してきて、半壊になったらしい。侵入目的は、英雄である先生の暗殺ではないかと聞いたけど、人伝なので事実かはわからない。
先生自身は無事だったものの、ブレイディ夫人が重傷を負ってしまい、しかも呪いのせいで回復出来ずにいるとか。とにかく家が大変なことになっていて、王城には来れないそうだ。
回復不可の呪い。つまり侵入者は、闇属性である。ソレイユ王国を破壊しようとしている邪神と同じ、闇属性。
彼らの得意としているのが暗殺系の技だったり、呪系の魔法だったり、モンスター召喚だったりと、とにかく危険な属性らしい。しかも国のどこかには闇組織という、闇属性で形成されている暗殺集団が潜んでいて、大勢の人々を殺してきているとか。
それらの理由により、闇属性は悪とされている。もし産まれてきた子が闇属性だったら、すぐに殺せと言われているほどに。
けれど少し、引っかかる部分もある。それはソレイユ王国の初代王妃が、闇属性ということ。歴史書を読んでいると出てくるのだけど、みんなこの事実について、何も思わないのかな? 光属性だった初代ソレイユ王が愛し、4大公爵家の元となる友人達が守ったという女性。そんな人が、悪とは思えないのだけど。
俺が邪神を知らないから……世間を知らないから、疑問に思ってしまうのか。まだ子供だから、甘い考えを持ってしまうのか。
『ねぇ兄上、どう思う?』
だから家族でも、特に仲良しな兄に聞いてみることにした。7歳上の、当時13歳だった兄上。彼は困ったように微笑みながらも、答えてくれた。
『そうだな……確かに初代王妃は、初代国王を献身的に支えた、とても素晴らしい人だと謂われてるね。でもそれは、5千年前のことだろう? 邪神が出現するようになってから、約千年。その千年間で、人々の意識は少しずつ変わっていったんだ。たとえばだけど、もし私が邪神に殺されたら、リュカはどう思う? なんとも思わない?』
『……とても、悲しいです』
『そうだな。私もリュカが殺されたら、とても悲しいし、邪神を恨まずにはいられない。そういう心がたくさん集まり、千年という年月が流れるうちに、恨みの対象が闇属性まで広がったんだ。どれだけ邪神を恨んでも、絶対に敵わないから……だから憎しみをぶつけられる対象を、身近に作ったわけだね』
『それは、ひどいことなのでは?』
『ああ、ひどいことだ。でも人間の中には、誰かを見下したり蔑んだりしないと自分を保てない、という人が一定数はいるんだ。それが積み重なっていくうちに、差別が生まれてしまう』
『…………差別』
『リュカ、あまり難しく考える必要はないよ。昔は良かったものが今は悪いと言われるようになったり、その逆だったり。物事は時代と共に、常に変化していくんだ。それが、歴史というものだよ』
優しくて慧眼な兄上らしく、納得のいく答えだった。
ライル先生が再び登城するようになったのは、約2ヶ月後。そして久しぶりに会った先生は、とても疲弊していた。笑顔で挨拶してくれたけど、明らかに無理して笑っている。それに全体的に疲れが滲み出ていたし、ふとした瞬間つらそうな顔をしたり、溜息をついたり。
『先生。無理そうなら、もうしばらく休んで良いですよ?』
『ああ悪い、心配かけたな』
時々ぞんざいな言葉を使ってくることはあったけど、頭を撫でられたのは初めてだった。しかも先生はハッとしたようにその手を見つめて、泣きそうに顔を歪めながら、ぎゅっと握り締める。
襲撃してきた犯人を憎んでいる、ようには見えなかった。まるで、自分自身を責めているよう。
『……俺はいつから、アイツを撫でて、いなかった?』
とてもとても、後悔しているようだった。
あれから14年。1月1日の新年度である本日、俺は21歳になった。
年始だし、俺の誕生日ということで、いつもなら城内で盛大なパーティーが開かれる。でも今年は、それどころではなかった。数日前に、リュミエールというものが出現したから。
リュミエール。それは王国全土から集まる、負の魔力……魔瘴を何億倍にも凝縮した、結晶のこと。
王城にリュミエールが現れる時、王都を囲んでいる12の大都市のダンジョン内部も変化して、星の欠片と総称される宝石がそれぞれ出現する。そして我々国民は、第1都市から1ヶ月ごとに開いていくダンジョンを攻略して、12ヶ月――1年間で星の欠片を全て入手しなければならない。
星の欠片を集めてリュミエールを浄化しないと、国の魔力が循環しなくなり、大地が衰えてしまうから。リュミエールを浄化することで、綺麗になった魔力が国中に飛散して、大地はまた何十年という恵みをもたらしてくれる。
そう言い伝えられているリュミエールだが、前回出現したのは30年前らしい。なので曽祖父母や祖父母、両親もそれを実際に見たことがあるし、どれだけ危険なものかも教えてくれた。出現してすぐに謁見の間が立ち入り禁止になったので、俺はまだ見ていないけど、周囲からどれほど深刻な事態かは、ひしひしと伝わってくる。
国中に知らせを出さなければならないからと、年末年始でありながら慌しく働いている事務官達。
王都にいる魔導騎士達も、第1都市に向かうメンバーを選出し、粛々と準備を進めている。
そして、俺も。今しがた父の使いから、謁見の間に来るようにと言付けを承った。立入り禁止であるにもかかわらず呼ばれた、その理由は想像に難くない。
危険であるリュミエールから身を守れるよう、しっかり武装して、1人謁見の間へ向かう。普段であれば警備が立っている廊下だけど、今は誰もいなくて、静寂に包まれていた。それに空気が重い。
嫌な感覚に苛まれながらも、目的地に着いた。誰もいないので、大きな扉を自分で押して、中に入る。
高い天井からキラキラ光が注いできている、美しい謁見の間。しかし今は、その美しさを歪ませているものが、玉座の後方に存在していた。かつて神ソレイユが座っていたという豪奢な台座、そこに浮かんでいる、大きくて黒い塊。
あれが、リュミエールなのか。なんて禍々しい。
「リュカ、来たか」
父上は玉座でなく、中央付近に立っていた。
3年前に爺様から王権を譲られ、国王になられた父上。そして一緒にいたのは、行政大臣と財務大臣のみである。大臣達が護衛しているなんて、とても珍しい。そう思いながらも、とにかくそちらに向かう。
「父上、あれがリュミエールなのですね」
「ああそうだ。触れれば発狂して死ぬというのも、納得出来るだろう?」
「はい。こんなに恐ろしいものだとは、思いませんでした」
「あまりにも恐ろしいから、玉座に座れなくてな。ここからになるが……リュカよ、お前は次代の王弟である。ゆえに王家の代表として、各地のダンジョンを巡り、星の欠片を集めるよう命ずる」
「拝命いたしました」
右拳を心臓のところに持っていき、頭を軽く下げる。父上は頷くと、背中にぽんっと手を置いてきた。促されるまま、全員で扉に向かう。確かに用が終わったのなら、ここにいるべきじゃない。
大臣達が扉を閉めたことで、父上はほぅと息を吐いた。わかりやすく安心している父上に、ちょっと笑ってしまったら、彼は恥ずかしげにコホンッと咳をする。そして姿勢を正してから、再び歩き出した。
「リュカよ。必要なものがあれば、この2人に伝えなさい」
「おう。予算はあるから、遠慮するなよ」
「貴方は言葉を慎みなさいな。リュカ殿下、旅に必要となる最低限のものは、すでにこちらで用意しております。その荷物を確認しながら、他に何かないか相談いたしましょう」
「わかりました。お手数おかけします」
身長約190cmある俺よりも大きくて、ガッシリした体躯でありながら、事務処理能力に長けているという財務大臣。それから頭脳明晰なのはもちろん、魔導師としても超一流と言われている行政大臣。王は血筋で決まるけど、大臣は実力での選出らしく、お2人がどれほど優秀かが窺い知れる。
そんな彼らの身分は、王の次。だから俺より偉い方々なのに、とても気さくだ。
「リュミエール自体は、我々でも手に負えないほど恐ろしいものですが、星の欠片ダンジョンは、未来ある若者達の修行に適しています。なので王家からは体裁として、いつも20代の人間が選出されます」
「30年前には、私の妹が選ばれた。まぁあやつは、第9ダンジョンで止めたらしいが」
「無理そうなら、途中でリタイアして良いのさ。第9だと、運が悪けりゃSランクと遭遇するからな。自分の実力を見極めて、身を引くっていうのも重要だぜ。心配しなくても、各都市にいるベテラン達が、必ず攻略してくれる」
「そのような理由から強い護衛は付きませんので、殿下と同じくらいの若者達を護衛……仲間にして、旅立ってください。1年掛けて第12都市まで巡ることになるので、殿下への基本的フォローはもちろん、野営が得意な人材を推奨いたします」
なるほどね。んー……、一緒に旅する仲間、か。
「というわけで、ノエル、一緒に行かない?」
いつもより規模は小さかったけど、中止するわけにもいかないからと開催された、誕生日パーティー。
ホールにいるのは、王城内に住んでいる役人達に、俺が日頃から世話になっている方々。そして家族や親戚。普段とは違い、俺とあまり関わりを持っていない人達はいなかった。むしろ今後も、これくらいの方が楽でありがたいくらい。
そのようなメンバーの中、さすがに幼馴染のノエルはいたので、王命を受けた話をした。するとノエルは、大きく頷いてくれる。
「もちろん行きます。私は見習い騎士として、兄弟子であるリュカ殿下の元で、2年間修行することが決まっていますからね。一人前の騎士になる為にも、貴方が行くところには必ず付いていきます。それに父様から聞きましたが、闇組織という闇属性の犯罪者集団も、星の欠片を狙っている可能性があるそうです。なので殿下が王命を受けていなければ、私からお誘いするつもりでした」
正義感溢れているこの子は、ノエル・ブレイディ。ライル先生の娘であり、俺の幼馴染、そして妹弟子である。
ノエルと初めて出会ったのはブレイディ家襲撃事件後、先生が再び登城してから2週間が経過した頃。ライル先生が、今年5歳になるという彼女を、王城に連れてきたのだ。
王侯貴族は5歳になると家庭教師を付けるのだけど、ノエルはライル先生の娘なので、魔法は当然ながら先生が教えることに。そして魔法の授業を一緒に受けさせるなら、剣術の授業も一緒にしてしまおうという話が、先生達で纏まっていた。
妹弟子を作ることで新たな刺激を与えられるし、心の成長にも繋がるのではないかと考えたらしい。
そんな先生方の思惑は、大成功だったと実感している。ノエルがいたことで、技術だけでなく誰かを守ることを学べたし、追い付かれないよう努力しないといけなかったから。
ノエルは出会った当初から、強くなろうと必死だった。闇属性に屋敷を襲撃されたことで母親が重体になり、しかも呪いのせいで、歩けないままになっている。そんなふうにした犯人を、絶対に許さないと。だから犯人を捕まえる為に強くなろうとして、すごく真面目に剣を学んだ。
母様を守れるように強くなります! と宣言する少女に、感化されずにはいられなかった。怒りを湛えているノエルを見るたび、闇属性が差別されるのも仕方無いと思わずにはいられない。昔がどうあれ、今はそういう時代なんだと。
「闇組織のことはわからないけど、とにかくノエルなら、強くなりたいという気持ちを持っている。だから最後までダンジョン攻略に付いてきてくれると信頼出来るし、あと野営についても、問題無いしね」
先生達に連れられて、遠征も何度も体験した。2人で連携を学びながらモンスターを倒したし、野営のノウハウも一緒に学んできたので、お互い慣れている。何より気心知れているので、いろいろ楽だろう。
「だからぜひ、お願いするよ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ということで、妹分であるノエルと、旅立つことが決定した。
応援ありがとうございます!
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