魔眼

藤原 秋

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後日談

あなたには、敵わない 01

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 仕事上がり、とある町宿の食堂兼酒場のカウンターで遅めの夕食を取っていたオレ達は、そこのマスターに何気なく勧められた酒を目にした瞬間、思わず声を上げていた。

「これは―――」
「あっ、これって!」

 そんなオレ達の反応に、マスターは少し驚いた様子を見せながら話を続ける。

「おや、ご存じでしたか? この辺りではあまり流通していない珍しい銘柄なんですがね」

 互いの顔を見合わせたオレ達は、どちらからともなく苦笑じみた笑みをこぼした。

「ガランディア地方で作られている果実酒、ですよね?」
「甘くて口当たりが良くて、香りもいいんだよな。アルコールはちょっとキツめだけど」
「ええそうです、よくご存じですね。さすがは各地を渡り歩いている傭兵さんだ。どうです、今夜は久々にこちらを楽しまれては?」

 マスターはにこやかに微笑むと、改めてそのボトルをオレ達に勧めてきた。







「ああ、そうそう、こんな香りだったよね。かぐわしい花みたいな」

 グラスの中程まで注がれた赤い液体を緩く転がすようにしてその香りを確かめたフレイアは、そう言って思い出深そうに茶色の瞳を細めた。

「懐かしいな。まさかここでこのお酒に巡り合うとは思わなかったね」
「ええ……本当ですね」

 オレはひとつ相槌を打ちながら自分のグラスを差し出して、隣に座る彼女のグラスと軽く合わせる。キン、と澄んだ音が響き、ひと口含むと、覚えのある甘くまろやかな味わいと芳醇な香りが舌の上に広がった。

 この果実酒はガランディア地方の主要都市ガランディの酒場でオレとフレイアが八年振りに再会した夜、図らずも飲み合いの勝負を繰り広げることとなったオレ達に、そこのマスターが麦芽酒ビールを切らしてしまった詫びにと振る舞ってくれた酒で、今となっては懐かしい思い出の品だった。

「でも、今日は一気飲みしないで下さいよ」

 当時のフレイアの飲み方を引き合いに出して釘を刺すと彼女は少しむくれて唇を尖らせた。

「分かってるよ。あの時はバカみたいに麦芽酒を飲んだ後だったし、印象最悪だった男の隣で腰を落ち着けて飲む気になれなかっただけ。今日はちゃんと味わって飲むから」

 今は恋人と呼べる関係になった女性に当時の自分をそう評されてしまったオレは小さく吹き出した。

「印象、最悪でした?」
「言動にいちいち棘があって可愛くなかった」
「そこから挽回出来て良かったです」

 あの時、オレとの勝負でたらふく麦芽酒を飲んだ後にアルコール度数がかなりキツめのこの果実酒を一気にあおってしまったフレイアは、彼女の言葉を借りればその時生まれて初めて「酔っ払う」という状態に陥ったのだそうだ。

 それを介抱したのはオレなのでその時のことはよく覚えているが、酔っ払ったとは言っても彼女の意識はしっかりとしており、ろれつもはっきり回っていて、一見しただけではそんなふうには見えなかった。ただ、身体にはその影響が顕著に出ており、一人ではまともに歩くことも出来ないような状態だったのだが、筋金入りの負けず嫌いである彼女は当初、それをオレに悟られまいと、恐るべき根性で一旦は綺麗に包み隠してみせたのだ。

 それ以降彼女が酒に不覚を取ったところは見たことがないので、オレほどではないにしろ、彼女も酒については相当に強い部類なのだと認識している。

 そんないわれのある酒を飲みながら語らい合う思い出話は尽きることなく、気が付けばいつの間にかボトルを一本空けてしまっていた。

「あれ、もうなくなっちゃった?」
「みたいですね。懐かしさもあってついつい進んじゃいましたね」
「んー、もうちょい飲みたかった気もするけど……でも、これ以上はやめといた方がいいな。美味しいけど、やっぱアルコールきつい」

 ほんのり上気した頬に手を当てがいながらそう判断するフレイアを見やり、オレは瞳を和らげた。

「今日は冷静なんですね」
「これが本来のわたしだっての」

 分かったか、と言わんばかりにじろりと横目をくれた彼女は、オレにずいっと顔を近づけると軽く眉根を寄せて物申した。

「それにしてもあんたはホンッと、顔に出ないし乱れないね。お酒でハメを外したこと、ないの?」
「……。ないですね」

 一瞬間が空いたのは、実際はそうとも言えないと思ったからだ。

 ハメを外すというのとは少し違うかもしれないが、多少なりともその影響で自分を制御出来なかったことが一度だけある。それがまさに再会したあの夜―――彼女に暴挙を働いてしまった、苦い記憶だ。

「……ふぅーん?」

 聡い彼女はオレのわずかな機微を見逃さず、凛とした眼差しで切り込んでくる。

「剥ぎ取ってやりたくなるな、あんたのそういうトコ」
「え?」
「もっと見せてくれたらいいのに。弱いトコも格好悪いトコも、全部。わたしはもう、全部見せちゃってるんだからさ。わたしだってあんたの色々な面を見たいし、知りたいのに」

 少しすねた口調で素直な気持ちをぶつけてくれる彼女を愛しく思いながら、オレは率直な気持ちを伝えた。

「好きなひとの前で格好つけたがるのは男のさがですよ。不本意ながらあなたにはだいぶ見せちゃっているんですけどね」

 非常に不本意なことではあるが、それは事実だった。

 フレイア自身はそう捉えていないのかもしれないが、これまでを振り返るとオレからすれば醜態としか言いようのない、出来ることなら忘却の彼方に消し去ってしまいたい事案がいくつもある。

 それは偽らざる本音だったのだが、彼女的にはていよくあしらわれたと感じたらしい。憮然とした面持ちになって、至近距離にあった顔を更に寄せ、挑戦的な言葉を囁いた。

「そうやってそつなく取り繕うあんたを、徹底的に突き崩して乱れさせてやりたくなる」

 酒が入ってどことなく色を含んだ口調と婀娜あだっぽい表情に思わず引き込まれる。息を飲み彼女を見つめるオレの視線と、濡れた蠱惑的な視線とが一瞬絡み合い、ほどけざま、ねだるような甘い響きが追い打ちをかけた。

「もっと見せてよ、素のあんたを」

 左肩にとん、と彼女の額が乗せられる。清潔感のある香りが鼻孔をかすめ、そのまま動きを止めた彼女をしばし凝視していたオレは、ある可能性に思い至って声をかけた。

「フレイア―――もしかして、酔ってます?」

 恥ずかしがり屋の彼女が公共の場でこんなふうにくっついてくるのは珍しい。というか、初めてだ。

「うん? あんたはまたそうやって話を挿げ替えて―――」

 恨めし気にひとつ息を吐いて顔を上げた彼女はオレに半分もたれかかるような体勢になっていて、上目遣いにこちらを見つめる茶色の双眸は熱っぽく潤んでいた。

「いえ、そうではなくて本当に。自覚、ありません?」
「ん……そうか? いつもより気分が良くなっている自覚はあるけど―――」

 フレイアは小首を傾げて考える素振りを見せるが、オレに寄りかかっている現状には全く気が付いていない様子で、離れようとする気配もない。

 いや、これはもう、完全に酔っているだろう。

 思い返してみればさっきからやけに距離が近かった。プライベートな空間以外では見られない距離感だ。

「部屋へ戻りましょう」
「え……いや、わたし、酔ってる? ホントに?」

 彼女自身はそれについて懐疑的だったが、オレからすればそれはもはや疑いようのない事実だった。

「分かりづらいですけど、酔ってますよ。オレといる時以外はこの果実酒は飲まないで下さいね。危ないですから」
「ええー? 過保護じゃないか? 例え酔ったとしても、その辺の連中にやられたりしないぞ」
「ええ、それは分かっているので、そこは正直心配していませんけど」

 深酔いした状態でも彼女がかなりの身体能力を発揮することは経験上知っているので、その辺りの心配は全くと言っていいほどないのだが―――どことなくしどけなくて色っぽい、今のあなたを誰にも見せたくない。

「……とにかく、部屋へ行きましょう」
「ん? うーん……」

 不承不承といった様子のフレイアを促す形で、オレ達は酒場を後にした。

「少しふわふわしている感はあるけどさー、前みたいに地面が揺れている感じはしないし、頭もぼうっとしていないし、酔っているというほどじゃないと思うんだけど」
「一見しゃんとしているように見えますけど、いつも見ているオレからすると違いますよ」

 ……ほろ酔い加減、というところなんだろうな。

 いつもより少し緩いペースの歩き方。うっすら上気した肌。纏う雰囲気も表情もそこはかとなく艶を増して、本人の自覚なしに男の欲をそそる要素が満載だ。

 時折すれ違う宿泊客の視線からさり気なくフレイアを遮りつつ進むことしばし。たどり着いた部屋の鍵を何度かガチャガチャやってから開けられたことで、本人も自分が酔っていることを認めざるを得なくなったらしい。

「このお酒、わたしの体質に合わないのかな……? 味が好みなだけに残念なんだけど」

 至極残念そうにしょぼくれるその横顔が可愛くて、持て余す感情を押し隠すのに少々苦労した。

 ここが廊下でなかったら、迷いなく抱きしめていたところだ。

「そうかもしれませんね。とは言っても飲めないわけじゃありませんから、たしなむ程度に楽しんだらいいんじゃないですか? でもオレがいないところではやめて下さいね」

 そんな会話を交わしながら部屋へ入り後ろ手にドアを閉め鍵をかけると、振り返ったフレイアにしかめっ面をされてしまった。

「そこまで念を押すか……本当に過保護だな」
「否定はしません」

 ことフレイアに関しての独占欲の強さは自負している。涼しい顔で頷いたオレはマーキングの意味を込めて、への字眉を作る彼女の額にそっとキスをした。

「ん……」

 柔らかく瞳を細めてそれを受けた彼女は、頬を染めてしおらしい態度を見せると、オレの首筋にゆっくりと側頭部を押しつけるようにして、すり、と頬を寄せて甘えてきた。

 ―――!

 胸の奥を鷲掴まれたような衝撃を受け、鼓動が高鳴る。気が付けば腕を伸ばし、力いっぱい彼女を抱きしめていた。

「っ!? ドルク、苦し……」

 驚いたフレイアの声で我に返ったオレは、すぐに腕を緩めて彼女に詫びた。

「すみません……あまりの不意打ちに、こらえきれませんでした」

 普段こんなふうに甘えてくることのない彼女の貴重で控え目な甘え方は、破壊力がありすぎた。自制を覚える間もなく、衝動的に抱きしめずにはいられなかった。

 らしくもなく早鐘を打つ胸と熱を帯びた頬が、受けた衝撃の大きさを物語っている。

 本当に、不意打ちもいいところだ……。

「は? 不意打ち? 何??」

 反則級の一撃を見舞った本人はそれをまるで分かっておらず、怪訝そうな顔をしている。

「いえ、こっちの話です」

 説明したところであなたには分からないだろうな……オレが受けた衝撃の深さが、いかほどのものだったのか。

 まさかあんなふうに甘えてくるとは思わなかった……恋人関係になってそこそこ経つが、あんなフレイアは見たことがない。何なんだあの控え目な甘え方は―――あんなことをされてあれで踏みとどまれた自分をむしろ褒めたい。心構えなくあんな真似をされて冷静でいる方が無理だ、あれは可愛すぎるだろう……!

 どうやら彼女は酔うといつもより少しだけ甘えたがりになるようだが、こんなふうになるのなら、オレ以外の人間の前ではますますあの果実酒を飲ませるわけにはいかないな……そう思った。

 酒に強い彼女は酔うこと自体が非常に稀だが、酔ったフレイアはヤバい。こんな彼女を、他の誰にも見せられない。

 そんな甘い衝撃を反芻はんすうしていると、オレを惑乱させた当事者がこんな指摘をしてきた。

「ん? あんたも顔赤くない? ここへ来てアルコールが回ってきた?」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
「え、わたし? 別に何もしてな……」

 ―――本当に、このひとは。

 無自覚な彼女に最後まで言わせず、オレは罪作りなその唇を自分の唇で塞いだ。

 果実酒の残香が仄かに香り立ち、その甘さといつもより高めの互いの体温が相まって、どうしようもなく気持ちを昂らせる。奪うようにむさぼりたくなる衝動を危うい理性で抑えつけ、瑞々しく柔らかな感触を出来るだけ優しく丁寧に味わっていくと、吐息を弾ませた彼女の唇が深いキスをせがむように開いて、オレの意識を溺れさせていった。

「んっ……。ふ、はっ……」

 静かな夜の部屋に密やかにこぼれ落ちる、色づき深みを増していく吐息―――このひとをもっとオレに酔わせたい。酔わせて、恍惚とした表情でオレを求めさせたい。

 頃合いを見計らって捕えた彼女の舌を吸い上げて甘噛みし、一度逃がして再び捕え、優しく食んで、角度を変えながら舌先で弱い部分をなぞっていくと、これまでになかったことが起こった。

「んん……っ、ぁッ」

 小さな喘ぎと共にフレイアの腰が砕けて、オレは崩れ落ちかける彼女を抱きとめた。瞬間オレと目が合った彼女はひどく恥ずかしそうに視線を逸らすと、足底で床の感触を確かめるようにしてから、膝に力を入れて立ち上がった。

「……大丈夫ですか?」

 彼女を気遣う言葉をかけながら、心の中で男としての喜びを噛みしめる。素面しらふの彼女はこうなる前にいつも制止をかけていたから、こんなふうにキスで腰砕けになってしまったところは見たことがなかった。

 オレとしてはこのまま立ち上がれなくなってしまっても良かったんだが……酔っていることで、いつもより感じやすくもなっているんだろうか? 

「ん、大丈夫……」

 赤い顔で一度は頷いたフレイアだったが、どうも身体に上手く力が入らないらしく、すぐにふらつくとオレにもたれかかってきた。

「……やっぱり、寄りかかっていてもいい? お酒のせいか、鎧が重く感じられて……」

 仕事上がりに食堂兼酒場へと直行したオレ達は未だ重い装備を着込んだままだった。

「……今日は鎧、一人で脱げます? 手伝いましょうか?」

 既視感のある言葉を彼女にかけると、可笑おかしそうに微笑まれた。

「その台詞、スゴく聞き覚えがあるんだけど」
「ですよね……オレもです」
「はは、何だかなぁ。あのお酒を飲むたんび、こうやってあんたに手伝ってもらうことになるのかなぁ、わたし?」
「……オレは別に、そうなっても構いませんけど」

 許可が出たと解釈してフレイアの鎧の留め具を外しにかかると、彼女は自らも別の留め具に手を掛けながら不満げに呟いた。

「わたしとしては、一度くらいあんたを介抱する立場に立ってみたいんだけどな……」
「人生何が起こるか分かりませんから、その場面が訪れた時にはお願いします」
「その時が来るかどうか怪しいけど、了解。任せとけ」

 ほどなくして鎧から解放され黒い防護スーツだけの姿となったフレイアは、身軽になってホッとした表情を見せた。

「ありがとう、世話かけちゃったな」
「……いえ」

 彼女のこの姿を見るのは実に再会の夜以来だった。お目にかかれそうでかかれない、なかなかに貴重な姿だと言える。

 鎧の下に着込む防護スーツは特殊な金属を織り込んで作られたもので、首から手首、足首までをひと繋ぎで覆っている。身体を保護する為の適度な厚みがあり、伸縮性もあって身体にフィットする作りになっているのだが、その為に纏っていた鎧を脱ぎ去ると肉体のラインが露わになり悩ましい姿となる。

 女性らしい滑らかな曲線を惜しげもなく晒していることに気付いていない彼女を前にして、それを脱がせたくてたまらない衝動が身体の奥底から込み上げてきた。

「防護スーツはどうしますか?」

 これまた既視感のある台詞を投げかけると、フレイアは軽く笑って以前と同じようにその申し出を断った。

「また覚えのある台詞だな……それはいいよ、後で自分で脱ぐから」

 以前はこう言われてしまうと引き下がるしかなかったのだが、あの頃と関係が変わった今では食い下がることが出来る。

「オレ、脱がせてみたいんですけど」

 正直に下心を申告すると、ぎょっとした反応を返された。

「ええ!? 何で!?」
「防護スーツを脱がせたことがないので、単純に脱がせてみたいんです」
「はぁ!? やだよ!」
「どうして?」
「や、だって一日仕事した後だぞ? 汗かいてるし、汗臭いって思われたらイヤだ」
「別に気になりませんけど……」

 彼女の首筋に鼻を寄せてすん、と香りを確かめると、凄い勢いで距離を取られてしまった。

「わああ!? バ……バカッ、匂い嗅ぐな!」
「大丈夫、あなたが気にしているような匂いはしませんから」
「わ、わたしは気になる! ダメだ! 下着だって仕事用ので可愛くないし!」
「ああ……前に言っていた機能性重視ってヤツですね? それも見てみたかったんですよね」
「何で!?」
「単純に興味です。どんなものなのかなって」
「そんないらん興味、捨て置けよ!」
「あなたへの興味を捨て置くなんて、オレには無理だな」
「……!」

 真っ赤な顔で肩をわななかせたフレイアは、歩み寄るオレからじりじりと距離を取りながら文句をつけた。

「やだって、言ってるじゃん。な、何でそんなに脱がせたがるんだよ……!?」
「自分がどれだけ煽情的な格好になっているのか、分かってないんですか?」
「は? 煽情……!?」
「防護スーツだけの姿って、身体のラインが出てスゴくエロいですよ。見せつけられた方はたまりません」
「えっ……」

 言われて自身の姿を見下ろし、ようやくそれに気付いた彼女は、「ああ、確かに……」と呟きながら急激に恥ずかしくなったらしく、両腕を身体に巻きつけるようにしてささやかにそれを隠そうとした。

「その仕草、逆効果ですからね。他の男の前でそんな格好にならないで下さいよ」
「ええ、逆……!? もちろん人前でこんな格好になるつもりはないけどさ、じゃあこの場合、他にどうすればいいんだ!? てか、何が逆効果!?」

 何が逆効果なのか、そこは分かってくれなければ困るんだがな。

 困惑を刻む彼女に微苦笑を返しながら、オレは隙を突いて距離を詰め、その手を取った。

「そんなふうに恥じらう仕草は男を焚きつけているも同然ですよ。余計止まれなくなります」
「焚き……!? そんなつもりじゃ!」

 あせるフレイアを少々強引に引き寄せてその腰を抱え込むようにすると、彼女はオレから逸らした瞳を戸惑いで揺らしながら、どうにかこの状況から逃れようと模索し、あがいた。

「やだ! 汗とか、色々……気になるって言ってるじゃん! いくらあんたが大丈夫って言ってもさ、無理!
そ、それにこんなの、いつもと勝手が違って―――恥ずかしいよ……」

 消え入るような声でそう言った彼女は、直後、自らの失言に気が付いたようだった。盛大にしまった、というリアクションを見せてくれる彼女に、オレはにっこりと微笑みかける。

「オレ、あなたのそういうところ、好きですよ」

 思ったことが全て出てしまう素直なところはもちろん、何よりもその恥ずかしがる様子が可愛くてたまらない。

 そしてオレがそれを愛してやまないという事実は、他ならぬ彼女自身が誰よりもよく知るところでもあるのだ―――。 
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