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(57)ロンドンで過ごす休暇

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 すぐに帰ると思っていたからか、一稀さんは私をベッドに閉じ込めようとしたけど、祝日を絡めて5日以上有休を取ったので、1週間は一緒に過ごせると分かると束縛をやめてくれた。
「一稀さんは、私の体しか好きじゃないのかと不安にさせる天才だよね」
 呆れて吐き捨てるように呟くと、そうじゃないと不貞腐れた顔を向けられる。
「違うに決まってるでしょ。どうしてこんなに好きなのを分かってくれないかな。なーたんがそばに居るなんて、愛を深めたくなるに決まってるじゃない」
「言い回しが上手いよね、信じざるを得ない感じに聞こえる」
「信じてよ」
 可笑しそうに笑う一稀さんが、ディナーはどうしようかと恵子さんに手配を頼もうとするので、丁重にお断りした。
 一稀さんに任せると贅沢な食生活で胃がもたれそうなので、土曜だけど仕事があると言う彼を置いて、一人でスーパーマーケットで食材を買い込んで、家でご飯を作ることにした。
 意外と日本の調味料なんかもあって、見慣れない食材ばかりだったらどうしようかと悩んでいたけど、これならなんとかなりそう。
 慣れない英語を駆使して買い物を済ませると、重たくなった荷物を両脇に抱えて歩くアジア人がそんなに珍しいのか、道行く人に次々と手伝おうかと声を掛けられる。
 スリや軽犯罪を警戒するのも馬鹿らしいくらい、優しい人が多くて気がゆるむけど、ここは外国だってことを忘れないように気を引き締めて、アパートメントまでの道のりを足早に歩いた。
「ふう。ただいま」
 仕事中の一稀さんの邪魔はしないように、預かった鍵で家に入ると、広々としたダイニングキッチンで買ってきた食材を広げて冷蔵庫に入れていく。
「なーたんおかえり」
「ただいま。仕事サボってていいの」
「メールのやり取り程度だから大丈夫だよ」
 キッチンに入ってきた一稀さんは、手際よくパスタや缶詰をパントリーにしまうと、野菜は切っておこうかと手伝ってくれる。
「ありがと。ねえ、こっちのスーパー凄いんだね。日本の食材もたくさんあってびっくりしちゃった」
「ヘルシーだからね。健康食として割と人気あるんだよ。味がイマイチなのもあるし、本当に日本食食べたいなら専用のスーパーがあるよ」
「そうなんだ。今の世の中、本当に便利だよね」
 どうやらサンドイッチだけでは足りなかったらしい一稀さんのために、アボカドとラディッシュにエビを合わせたサラダを作って、ガーリックトーストを焼く。
「続きは私がするから、先に食べて。夕飯はガッツリ肉料理にするから、とりあえず今はこれで我慢しといてね」
「来たばっかりで忙しいのに、本当にありがとね」
 一稀さんが美味しそうに食べるのを見ながら、野菜を下処理して買ってきたパックに小分けしていく。
「本当に外食ばっかりなんだね」
「心配?」
「当たり前でしょ」
「そういうの、なんかくすぐったいね」
「なに。私にはめちゃくちゃ恥ずかしいこと言うくせに、こんな程度で照れるの?」
「なーたんに愛されてる感じかするんだよ」
「ああね、口に出さないとってやつね」
 一稀さんと何気ない世間話をして、夕飯の献立を考えながら紅茶の支度をする。
「明日はゆっくり出来るから、なーたん行きたいところとか案内するよ」
「本当?じゃあ博物館行きたい」
「いいよ。1日では回りきれないだろうけど、ブリティッシュミュージアムに行こうか」
「大英博物館ってこと?」
「そうそう。仕事のヒントになるようなものもいっぱいあると思うよ。大人だからこそ楽しめるってのはあると思うし」
「へえ、楽しみ。よく考えたら、こんなデートらしいデート初めてじゃない?」
「え、そうかな」
「そうだよ」
「博物館に行くのが、なーたんの言うデートらしいデートだったの」
「そうだよ。電気屋でスマホ買うのとは違うもん」
 いつかの会話を思い出して肩を揺らして笑うと、一稀さんも楽しげな表情で紅茶を飲んでる。
 一稀さんの家には初めて来たけど、ダイニングテーブルの椅子の座り心地とか、キッチンの使い勝手とか、どれもがどこかで見たような既視感すらあって居心地が良い。
「なんか、不思議なくらいこの家安心する」
「そう?俺はなーたんの家のリビングで、コタツに入ってまったり過ごすのが良いけどね」
「そうかな。そう言えば暖房はどうしてるの」
「床暖房とオイルヒーターかな。暖炉もあるけどメンテナンスが大変だからね」
「ああ、映画で見たことあるよ。煙突掃除」
 大きなブラシのような特殊な道具を使って、煙突掃除のお兄さんが屋根の上で踊るミュージカル映画を思い出した。
「ここはアパートメントだし、換気口が集約されてるけどね」
「へえ。やっぱり文化が違って面白いね。街の中を歩くだけでも楽しそう」
「じゃあランチ持ってハイドパークでゆっくり過ごしてもいいかもね。ピクニックみたいにさ。ボートなんかにも乗れるし、なーたんそういうの好きじゃない?」
「行きたい。お休みは1週間あるし、一稀さんの仕事の都合もあるだろうけど」
「そんなの気にしなくていいよ。一緒に色んなところに行こう。俺も楽しみ」
 にっこり笑って握った手にキスしてくれる一稀さんに笑顔を向けると、しばらく会えずにいた間の話で盛り上がった。
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