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(22)怖気付いた結果
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美味しい手料理とそれを食べる楽しい時間はあっという間に過ぎた。
だけど一稀さんがすぐ隣で楽しそうに笑いながら私の話を聞いてくれるのが嬉しくて、私はこの人の飼い主でいられることに甘えてその時間を楽しんでる。
「なーたん大丈夫?代ろうか」
食べ終えた鍋を洗ってると、ついボーッとしてしまってた私に一稀さんが心配そうな顔をする。
「平気。レシピ見ても私にこれ作れるかなと思ってた」
「餃子包むだけだから平気でしょ」
「ヒダが難しいからね」
適当に誤魔化して洗い物を終えると、一稀さんが来てから癖になったように、キッチンペーパーで水気を拭き取って、食器や鍋を片付けるとタバコに火をつけた。
「また。なーたんタバコやめないの」
「そのうちね」
「言ってるうちは、そのうちなんて来ないよ」
一稀さんは呆れたように呟くと、私のタバコを取り上げる。
仕方ないからもう一本新しいタバコを取り出すと、やめろという顔で、それも阻むようにもう片方の手で腕ごと掴まれた。
「はぁあ」
一稀さんはこれみよがしに溜め息を吐いて、白い煙を上げる長いタバコを灰皿に押し付ける。そして呆れも通り越したのか無表情で私を睨んでる。
体なのか心なのか。どちらにせよ私を心配してくれているのは分かる。だけどその優しさに腹が立った。好きでもないくせにって。
「気遣いは嬉しいけど、本当の恋人でもない一稀さんにそこまでする権利ないでしょ」
だからついそんな言葉が出た。
一稀さんは驚いたように目を見張ると、私の手首を掴んでた手が力なく離れた。
「お前……」
困惑した顔でボソリと呟くと、続く言葉を呑み込んで一稀さんが頭を抱えた。それは酷く悲しそうで、私がそうさせたんだと思うと胸が苦しくなった。
それ以上何か言われるのも、何も言われないのも嫌で、私はまたタバコを手に取ってライターで火を付けると、吸い慣れたメンソールが喉の奥をくすぐり、ミントの香りが鼻を抜けていく。
一稀さんは何も言わずに背中を向けると、珍しく冷蔵庫からビールを取り出してキッチンを出ていく。
リビングからプルタブを開ける音がすると、缶のままビールを飲む後ろ姿が見えた。
(なんでこうなっちゃうの……私のバカ)
一稀さんを好きになった私が悪いのに、付き合いが良くてとことん優しい一稀さんに苛立ちを覚える。
お金を払ってヒモとして家に置いて、恋人のフリを頼んでるのは私。だから私に関心を持たれると、ヒモと恋人のフリを受け入れてるって言われてるみたいで辛くなる。
一稀さんはあくまでも頼んだことを完璧にこなしてくれてるだけなのに、そうされてしまったら、一稀さんの心の在処は別にあるみたいでイライラしてくる。
(めんどくさい女だな、私)
全部自分が招いたこと。
一稀さんが優しくしてくれるのは、払った対価に見合うことをしてくれてるだけ。彼は何も悪くないのに、今の状況を受け入れたくなくてイライラする。
短くなったタバコを灰皿で消すと、気まずさでリビングや寝室に行けなくてバスルームに移動して歯を磨く。
「……なんでこうなるの」
素直に好きになってしまったって言えばいいだけ。一稀さんは困った顔をするかも知れないし、それが原因で興醒めして家を出て行ってしまうかも知れない。
私個人に思い入れなんかない。それを突き付けられるのが怖くて正直になれない。
一稀さんは優しいけどきっと面倒ごとが嫌いで、ヒモって扱いに興味を引かれて面白がって付き合ってくれてるだけ。
そうやって相手をしてくれてる一稀さんは、どこまで本気なのか分からないことを平気でやってくる。お金をもらってるからヒモとしての役目を果たすため、それが私の神経を逆撫でする。
(好きになって欲しいとか、見当違いな願望だよ)
こんな風に八つ当たりして、刺々しい態度を取る必要はないはずだ。そう思うからか、鏡に映った私は酷い顔をしてる。意地悪で捻くれてて可愛げもない。
「入るぞ」
バスルームのドアが開いたと思ったら、服を着替えた一稀さんが入ってきたので、私は慌てて口を濯いでタオルを掴んだ。
「なに、どうしたの」
口元を拭いたタオルを握り締めたまま、なんでもないフリをして一稀さんの顔を見上げる。
「奏多、俺お前が考えてることが全然分かんない。ちょっと頭冷やそうか」
「え?」
「元々野暮用があって、しばらく家空けるつもりだったんだ。いい機会だし出てく」
「一稀さん私、ごめんなさい」
「分かってる。いや、違うな。お前にそういう言葉掛けるのやめるわ。分かんねえもん」
突き放すことを言うくせに、一稀さんは私を優しく抱き締めて頭や背中を何度も撫でる。
どうしていいか分からなくて一稀さんを見上げると、今まで見たこともないほど辛そうな顔をしてて、だけど次の瞬間にはにっこり笑ってキスされた。
「じゃあね、なーたん」
唇に熱を残して、あったかい腕が離れていく。
(待って、ごめんなさい。待ってください一稀さん)
そう思うのに声にならない。だって全部私が招いたことだから。
しばらくすると玄関のドアが閉まる音だけが静かに響いた。
だけど一稀さんがすぐ隣で楽しそうに笑いながら私の話を聞いてくれるのが嬉しくて、私はこの人の飼い主でいられることに甘えてその時間を楽しんでる。
「なーたん大丈夫?代ろうか」
食べ終えた鍋を洗ってると、ついボーッとしてしまってた私に一稀さんが心配そうな顔をする。
「平気。レシピ見ても私にこれ作れるかなと思ってた」
「餃子包むだけだから平気でしょ」
「ヒダが難しいからね」
適当に誤魔化して洗い物を終えると、一稀さんが来てから癖になったように、キッチンペーパーで水気を拭き取って、食器や鍋を片付けるとタバコに火をつけた。
「また。なーたんタバコやめないの」
「そのうちね」
「言ってるうちは、そのうちなんて来ないよ」
一稀さんは呆れたように呟くと、私のタバコを取り上げる。
仕方ないからもう一本新しいタバコを取り出すと、やめろという顔で、それも阻むようにもう片方の手で腕ごと掴まれた。
「はぁあ」
一稀さんはこれみよがしに溜め息を吐いて、白い煙を上げる長いタバコを灰皿に押し付ける。そして呆れも通り越したのか無表情で私を睨んでる。
体なのか心なのか。どちらにせよ私を心配してくれているのは分かる。だけどその優しさに腹が立った。好きでもないくせにって。
「気遣いは嬉しいけど、本当の恋人でもない一稀さんにそこまでする権利ないでしょ」
だからついそんな言葉が出た。
一稀さんは驚いたように目を見張ると、私の手首を掴んでた手が力なく離れた。
「お前……」
困惑した顔でボソリと呟くと、続く言葉を呑み込んで一稀さんが頭を抱えた。それは酷く悲しそうで、私がそうさせたんだと思うと胸が苦しくなった。
それ以上何か言われるのも、何も言われないのも嫌で、私はまたタバコを手に取ってライターで火を付けると、吸い慣れたメンソールが喉の奥をくすぐり、ミントの香りが鼻を抜けていく。
一稀さんは何も言わずに背中を向けると、珍しく冷蔵庫からビールを取り出してキッチンを出ていく。
リビングからプルタブを開ける音がすると、缶のままビールを飲む後ろ姿が見えた。
(なんでこうなっちゃうの……私のバカ)
一稀さんを好きになった私が悪いのに、付き合いが良くてとことん優しい一稀さんに苛立ちを覚える。
お金を払ってヒモとして家に置いて、恋人のフリを頼んでるのは私。だから私に関心を持たれると、ヒモと恋人のフリを受け入れてるって言われてるみたいで辛くなる。
一稀さんはあくまでも頼んだことを完璧にこなしてくれてるだけなのに、そうされてしまったら、一稀さんの心の在処は別にあるみたいでイライラしてくる。
(めんどくさい女だな、私)
全部自分が招いたこと。
一稀さんが優しくしてくれるのは、払った対価に見合うことをしてくれてるだけ。彼は何も悪くないのに、今の状況を受け入れたくなくてイライラする。
短くなったタバコを灰皿で消すと、気まずさでリビングや寝室に行けなくてバスルームに移動して歯を磨く。
「……なんでこうなるの」
素直に好きになってしまったって言えばいいだけ。一稀さんは困った顔をするかも知れないし、それが原因で興醒めして家を出て行ってしまうかも知れない。
私個人に思い入れなんかない。それを突き付けられるのが怖くて正直になれない。
一稀さんは優しいけどきっと面倒ごとが嫌いで、ヒモって扱いに興味を引かれて面白がって付き合ってくれてるだけ。
そうやって相手をしてくれてる一稀さんは、どこまで本気なのか分からないことを平気でやってくる。お金をもらってるからヒモとしての役目を果たすため、それが私の神経を逆撫でする。
(好きになって欲しいとか、見当違いな願望だよ)
こんな風に八つ当たりして、刺々しい態度を取る必要はないはずだ。そう思うからか、鏡に映った私は酷い顔をしてる。意地悪で捻くれてて可愛げもない。
「入るぞ」
バスルームのドアが開いたと思ったら、服を着替えた一稀さんが入ってきたので、私は慌てて口を濯いでタオルを掴んだ。
「なに、どうしたの」
口元を拭いたタオルを握り締めたまま、なんでもないフリをして一稀さんの顔を見上げる。
「奏多、俺お前が考えてることが全然分かんない。ちょっと頭冷やそうか」
「え?」
「元々野暮用があって、しばらく家空けるつもりだったんだ。いい機会だし出てく」
「一稀さん私、ごめんなさい」
「分かってる。いや、違うな。お前にそういう言葉掛けるのやめるわ。分かんねえもん」
突き放すことを言うくせに、一稀さんは私を優しく抱き締めて頭や背中を何度も撫でる。
どうしていいか分からなくて一稀さんを見上げると、今まで見たこともないほど辛そうな顔をしてて、だけど次の瞬間にはにっこり笑ってキスされた。
「じゃあね、なーたん」
唇に熱を残して、あったかい腕が離れていく。
(待って、ごめんなさい。待ってください一稀さん)
そう思うのに声にならない。だって全部私が招いたことだから。
しばらくすると玄関のドアが閉まる音だけが静かに響いた。
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