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(23)俺という男の失敗

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 元々親の訃報を受けて来日した俺は、煩雑な手続きを考慮して、滞在期間を決めずに押さえてたホテルに久々に帰る。
 フロントに声を掛ける前にコンシェルジュがやって来て、不在の間に幾つか急ぎの連絡があったと報告してからルームキーを差し出した。
 高層階の客室は、無駄にだだっ広いエグゼクティブスイートで、この手の部屋に一人で居るのが普通だったはずなのに、1LDKの狭いリビングに置かれたコタツを思い出した。
「参ったな」
 バーカウンターに置かれたウイスキーをグラスに注ぐと、その場で一気に呷り、喉を焼くような痺れる感覚で冷静さを取り戻す。
「クソッ」
 感情に任せて乱暴にロックグラスを置くと、大理石の台座からキンと響く音がした。
 梅原奏多はおかしな女だと思う。
 今日は仕事が忙しかったらしく、終わりを見計らって送ったメッセージには反応がなかった。
 30分、1時間。たかが2週間過ごしただけの関係なのに、気が付くとスマホを手に取って、メッセージアプリを開いて既読になってないかチェックしてしまう自分に苦笑した。
 相手は社会人だし仕事なら残業もあるだろう。俺はあくまでも恋人のフリを頼まれた赤の他人で、彼女に飼われたヒモだ。執拗に干渉してまとわりつける立場じゃない。
 スマホを見つめるのはやめて風呂を洗い、料理の支度に取り掛かると、誰も居ないリビングでテレビだけが騒がしく音を立てている。
 そうして気を紛らわせるように手を動かしていると、すっかり料理の準備も整ったタイミングでインターホンが鳴った。
 やっと彼女が帰ったんだろうと喜び勇んで扉を開けると、相手は無愛想な顔をした配達員で、俺は慣れない梅原という文字で伝票にサインをすると扉を閉めて苦笑した。
 早速テーブルを片付けてコタツを設置しながら時計を見つめ、残業だろうと分かってはいても、万が一事故なんかに巻き込まれたんじゃないかと不安になってくる。
 セッティングしたコタツのスイッチを入れると、新品独特の匂いがして、部屋に馴染んでない物のようで、余計な物を買ってしまったと気落ちした。
(なーたん、喜んでくれるかな)
 気が付くとそんな風に思って彼女の笑顔を思い浮かべる。俺を見るキラキラした目が堪らなく可愛くて、成り行きでもヒモ男を飼ってるなんて思えないほど澄んだ瞳。
 少し弾んだハスキーな声で、好意的に一稀さんと呼ばれる度に、その口が別の男の名前を呼ぶのを想像して不愉快になる。
 ふと見上げた時計はもうとっくに22時になろうとしてる。こんな時間になってるのに一切連絡がないのが心配で、居ても立っても居られなくなった。
 スマホを握り締めて、1分1秒も待てない状態でいくつもメッセージを送る。
【残業かな】
【大丈夫?】
【まだ終わらないの】
【メッセージ見て】
【心配】
【連絡して】
 まるで過保護なパパのように、既読のつかないメッセージにイラついて、今度はコールが切れる度に電話を掛け直して何度も何度もリダイアルした。
 コールが鳴るなら電源は落ちてない。掛け続ければきっと電話に出るはずだから、そう思って何十回も同じことを繰り返してる自分に気付いて、急に自分が滑稽に思えた。
 俺をただの俺として必要としてくれる。
 勝手にそう思い込んでたけど、彼女は俺を必要としてるんじゃなくて、たまたま使えそうだから恋人のフリを頼んできただけだ。
(俺は彼女の本物の恋人なんかじゃない)
 事実に目を向けると、心の奥がギュッと詰まって痛くなる。
 全裸でゴミ捨て場に放置された俺に、行くところがないならと、理由をつけて受け入れてくれるような優しい子だ。そう言うように仕向けたのも俺だから分かる。
 俺がこんな風に執着を見せたら、仕方がないと受け入れてくれるかも知れない。俺はそれを分かってて、彼女の懐に潜り込むように無神経に距離を詰めてる。途端に虚しくなった。
「何してんだろうな」
 スマホを放り投げると、ソファーにもたれて天井を仰ぐ。
 諦めた途端、ようやく震えたスマホを手に取ると、泣きそうな彼女の声に心の底から安堵した。
(ああ、俺この子が好きなのか)
 そう思ったら彼女の名前を呼んでた。いつもみたいなふざけた感じじゃなくて、ただ純粋に俺だけのものになって欲しくて。
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