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必要と不要。
86話
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そしてそのユリアーネであるが、ミルクジャスミンラテをひと口飲む。目を瞑り、舌でゆっくりと味わう。喉が鳴り、体内に取り込まれる。少し考えこむように、目元に力を入れる。
「……」
お互いの呼吸音が聞こえる。
数秒の沈黙の後、ひとつ、ユリアーネがため息。
「……ミルクジャスミンラテ。時間が経つと、少し水っぽさが出て来てしまいます」
テーブルをひとつ、指で叩く。
「これでは提供できません。ゆっくりと楽しんでいただくのも、ここの醍醐味ですから」
ひとつ、深呼吸。
「……一緒に改善案、考えてくれますか?」
グラスをアニーに差し出す。そして、笑いかけた。
パッとアニーの表情が明るくなる。ずっと見たかったもの。
「……もちろんっス!」
硬い氷とかどうでしょう!? と、勤務中だということを忘れて、アニーはユリアーネの隣の席に座る。その他、グラスの温度や液体の割合など、話したいことはたくさん決めていた。
「その前に働いてください」
自然に席についたアニーの両肩をユリアーネは掴み、仕事に押し戻そうとする。少し混んできた。まだ売り出していない商品のことは、あとで話せばいい。しかし。
「いいっスいいっス。オリバーさんとかもいますし。こっちを進めましょう!」
強引にユリアーネの側にいることをアニーは選び、密着する。さっきまでそれで失敗したことは忘れた。嬉しさの天秤が勝つ。
その姿をレジから見つめる影。カッチャだ。ちなみに、ドイツではレジはあってもだいたいは席で会計する。
「結局、あたしはなんだったの?」
アニーはユリアーネにべったり。元の鞘に収まっただけ。昨日今日の騒動がまるでなかったかのよう。電話かけたり通せんぼしたり、意味はあったのだろうか。
「いいじゃねーか。とりあえずは解決したんだから。てか、あんな時間から働かすなっての」
レジの背後には、出来上がった商品が流れてくるキッチンカウンター。そこに料理を置きながら、内容を把握したビロルが、カウンター越しに話に滑り込む。
昨夜、カッチャから連絡を受けたビロルは、ちょうど店から出るところで彼女に捕まった。コールドブリューでのジャスミン茶を作って冷やしておくこと。一方的に要件を伝えられ、切られたことを思い出す。
しかしカッチャは全く悪びれず、
「いいんでしょ? 解決したんだから」
と、話を流した。
納得がいかないビロルだが、問題はそこじゃない。気になっている点はひとつ。
「まぁ、そりゃそーだけど。ユリアーネちゃん、働きすぎだろ。店長が止めても聞きやしないみたいだし」
メニューやらなにやら、改善改良を一手に引き受けている。もちろん相談をしながらだが、学校もあるし、その他税理士との打ち合わせ、ホール作業、他店偵察など、完全にオーバーワーク。ダーシャにも割り振ってはいるが、早く経験を積もうという焦りも見える。
「ま、自分の店だし。張り切るのもわかるけどね。エスプレッソもらうわ。ラテアートよろしく。犬で」
面倒な注文をしながらカッチャは、あれこれと議論をするユリアーネを見つめる。自分より小さく若い子が。
身内からの注文にビロルは不満をぶちまける。
「なんで賄いで、そこまでこだわらなきゃいけねーんだっつーの。やっても花だ」
「いいでしょ、解決したんだから」
解決を盾に振り翳し、カッチャが威圧すると、ビロルはすごすごとエスプレッソマシンまで歩き出した。小さく小言を言っているが、聞こえないふり。
「タイカのコーヒーカップとソーサー。そのデザインの名前は『シーメス』。そしてその意味は『休息』。届きゃいいけどね、あの子に」
そんな願いを胸に抱きながら、エスプレッソのことは忘れてカッチャはホールに戻った。
「……」
お互いの呼吸音が聞こえる。
数秒の沈黙の後、ひとつ、ユリアーネがため息。
「……ミルクジャスミンラテ。時間が経つと、少し水っぽさが出て来てしまいます」
テーブルをひとつ、指で叩く。
「これでは提供できません。ゆっくりと楽しんでいただくのも、ここの醍醐味ですから」
ひとつ、深呼吸。
「……一緒に改善案、考えてくれますか?」
グラスをアニーに差し出す。そして、笑いかけた。
パッとアニーの表情が明るくなる。ずっと見たかったもの。
「……もちろんっス!」
硬い氷とかどうでしょう!? と、勤務中だということを忘れて、アニーはユリアーネの隣の席に座る。その他、グラスの温度や液体の割合など、話したいことはたくさん決めていた。
「その前に働いてください」
自然に席についたアニーの両肩をユリアーネは掴み、仕事に押し戻そうとする。少し混んできた。まだ売り出していない商品のことは、あとで話せばいい。しかし。
「いいっスいいっス。オリバーさんとかもいますし。こっちを進めましょう!」
強引にユリアーネの側にいることをアニーは選び、密着する。さっきまでそれで失敗したことは忘れた。嬉しさの天秤が勝つ。
その姿をレジから見つめる影。カッチャだ。ちなみに、ドイツではレジはあってもだいたいは席で会計する。
「結局、あたしはなんだったの?」
アニーはユリアーネにべったり。元の鞘に収まっただけ。昨日今日の騒動がまるでなかったかのよう。電話かけたり通せんぼしたり、意味はあったのだろうか。
「いいじゃねーか。とりあえずは解決したんだから。てか、あんな時間から働かすなっての」
レジの背後には、出来上がった商品が流れてくるキッチンカウンター。そこに料理を置きながら、内容を把握したビロルが、カウンター越しに話に滑り込む。
昨夜、カッチャから連絡を受けたビロルは、ちょうど店から出るところで彼女に捕まった。コールドブリューでのジャスミン茶を作って冷やしておくこと。一方的に要件を伝えられ、切られたことを思い出す。
しかしカッチャは全く悪びれず、
「いいんでしょ? 解決したんだから」
と、話を流した。
納得がいかないビロルだが、問題はそこじゃない。気になっている点はひとつ。
「まぁ、そりゃそーだけど。ユリアーネちゃん、働きすぎだろ。店長が止めても聞きやしないみたいだし」
メニューやらなにやら、改善改良を一手に引き受けている。もちろん相談をしながらだが、学校もあるし、その他税理士との打ち合わせ、ホール作業、他店偵察など、完全にオーバーワーク。ダーシャにも割り振ってはいるが、早く経験を積もうという焦りも見える。
「ま、自分の店だし。張り切るのもわかるけどね。エスプレッソもらうわ。ラテアートよろしく。犬で」
面倒な注文をしながらカッチャは、あれこれと議論をするユリアーネを見つめる。自分より小さく若い子が。
身内からの注文にビロルは不満をぶちまける。
「なんで賄いで、そこまでこだわらなきゃいけねーんだっつーの。やっても花だ」
「いいでしょ、解決したんだから」
解決を盾に振り翳し、カッチャが威圧すると、ビロルはすごすごとエスプレッソマシンまで歩き出した。小さく小言を言っているが、聞こえないふり。
「タイカのコーヒーカップとソーサー。そのデザインの名前は『シーメス』。そしてその意味は『休息』。届きゃいいけどね、あの子に」
そんな願いを胸に抱きながら、エスプレッソのことは忘れてカッチャはホールに戻った。
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