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エスプレッソとコーラ。

53話

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「となると……何度も来たくなるような、色々試してみたくなるような、いつまでもいたくなるようなコーヒー……」

 アイディアはいくつかユリアーネは持ち合わせる。なにも、味を追求するだけがコーヒーではない。

 例えばアラビアコーヒー。これは無形文化遺産に登録されているが、味や品質ではなく、その『振る舞い』が遺産なのだ。そういったところからのヒントもある。

 もちろん味を追求しないわけではないが、それ以上に『空間』を大事にすること。それがヴァルト。そこが揺らいではいけない。

「紅茶じゃないんスか?」

 小声でユリアーネが言った単語に、アニーは難癖をつける。

「コーヒーも重要です。やはり、ドイツといえばコーヒーですから。紅茶の売上を上げることも大事ですが、それ以前に店の売上を上げること。お客様に来ていただくこと。そうでないと、店自体がやっていけません」

「……はいっス……」

 明らかに不満な顔はしているものの、アニーもわかっている。紅茶を愛し、どんどん広めていきたいと思ってはいるが、現実問題でドイツはコーヒーの国だ。少しずつ紅茶の需要は高まってきてはいるが、消費量は一〇倍以上の差がある。そして、ユリアーネとの約束を思い出す。

『一年後、コーヒーと紅茶で売上の高いほうをメインの店にする』

 というもの。現時点でお店のコーヒーの売上は、当然コーヒーのほうが圧倒的に高い。コーヒー党のユリアーネとは、仲間でありライバルでもある。

(さて、困ったっスねぇ。どうやってユリアーネさんを紅茶に染め上げるか)

 もっとたくさん飲めば良さはわかると思うんスけどねぇ。アニーは首を振りながら、あーでもないと思案する。いっそ、ボク地元まで拉致して、一週間コーヒー抜きの生活を送らせてみるのもありっスね……!

 アニーの地元はドイツの北西部にあるフリースラント。ドイツでありながら、ひとり当たりの紅茶の消費量は世界一という、驚くべき記録を持つ。言語はフリジア語という、オランダ語・英語・ドイツ語が混じった言語を使う。ゆえに、生まれながらにトリリンガルな、のどかな人々だ。

 イスに座りながら伸びをし、紅茶のカップに口をつけたところでユリアーネは気づいた。

「……そういえば、私だけいただいちゃってますけど、アニーさんはなにも飲まないんですか?」

 自分のことだけで精一杯だったが、いつもアニーが身の周りのことをやってしまう。しかも自身は泊めてもらっている身。少し申し訳なさが出てくる。自分もお返しせねば。だが。

「ボクはユリアーネさんが飲んでるところを見てるだけで充分です」

 ニコニコとした笑顔で机に寝そべり、ユリアーネを上目遣いでアニーは見上げる。彼女の喜ぶ顔がみたい。そのためだけにアニーは頑張れる。
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