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ユリアーネ・クロイツァーと珈琲。

43話

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 気になったものがあるのか、ユリアーネは考え込む。偉人の名言に頼ろうと思ったことはなかったが、いざ言われてみると、なかなかに深い気がする。店のこと以外にも、人生全てに言えそうだ。

「私にとっての種……」

「それに、僕はお店というものは完成することはないと思ってるよ。お客さんのためのものだからね。そのお客さんも日によって気分や状況が同じことはない。だから常にどうあるべきかを考えるんだ」

 そのお客さんが怒っている日もあれば、悲しんでいる日もある。喜んでいる日もあれば、ただお腹を空かせてくるだけの時もあるだろう。それら全てを包み込む、『森』という存在。

 北欧には森をテーマにした童話は多く、妖精が住むと言われている。特に有名なのが『ニッセ』『トムテ』『トントゥ』と呼ばれる存在で、彼らは屋根裏に住み、彼らがいる場所は幸福に包まれるという。ただ、かなりの気分屋で、大切にしないと悪いことが起きると言われている。クリスマスの時期には、感謝の気持ちを込めて、屋根裏にスープを置くという風習もある。

 ダーシャはその話をアニーから聞いた時、眉唾ものだが、当てはまっているような気がしてならなかった。大切にしないといけないもの。それが種であり、果実であり、樹木である。それ以来、寝る前にはちゃんとそれらを大切にできているか、確認してから眠りにつくようにしている。

「それが僕の考えかな。いやまぁ、ただの雇われなんだけどね、ごめん」

 よくわからないことを言ってしまった気がして、謝罪する。余計にこんがらがってしまったら申し訳ない。ただ、自分のように、なにか閃くことがあればちょっとでもあればいい。きっとそういう役目の人間なのだろう。

「いえ、ありがとうございます」

 もちろん、ユリアーネにとってなにかが解決したわけではない。だが、こうやって支えてくれる人達がいる、そう認識できたのはただただ嬉しい。ひとりではできない。誰かの力を借りなければ。思いっきり甘えてしまえばいいのかもしれない。甘えっぱなしのアニーを、少しは見習おう。足して二で割るくらいがちょうどいいのか。

「少しだけ、モヤモヤしていたものが晴れた気がします」

「それはよかった」

 たいしたことは出来なかった気もするが、前向きになってくれたならダーシャはそれでいい。結局、経営なんて誰にも正解はわからない。過去を振り返って、やっぱりあそこが違ったか、なんて思うことはできるが、その時を生きている者たちには認識するのは難しいだろう。なら、やれることを、やれる人達と、やりたいようにやるだけ。

「店長さんにとっての種はなんですか?」

 ふと、参考までにユリアーネは尋ねた。

「僕? 僕はやっぱりスタッフかな。コーヒーやケーキがなくてもお店は開けられるけど、人がいないと物理的に無理だからね。普通の答えになっちゃうかな。ちなみに、同じ質問をバーの経営者にすると、多く返ってくる答えがあるんだけど、知ってる?」
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