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ユリアーネ・クロイツァーと珈琲。

42話

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 店の制服から私服へと着替え、窓際の席についたユリアーネは、目を瞑って考え事をしている。これからのこと、これまでのこと、今のこと。心機一転、新しい人材を入れようかと思っていた時期もあったが、今にしてみればそのままでよかった。ここには他にはない個性がある。個性的なスタッフもいる。だが、彼らの生活や夢も背負わなければならない。

「深く考えるべきか、考えすぎないようにすべきか……」

「悩んでるようだね」

 と、そこに声をかけてきたのは店長代理のダーシャ。少々頼りないところもあるが、一番の年長者でまとめ役を長年この店でやってきた。アドバイスなどを聞くなら、コンサルタントなどよりも店のことをよく知っている彼に聞くのが一番だろう。初対面ではとんだ失礼を働いてしまったが、わだかまりはお互いにない。協力して店を発展させていきたいという志は一緒だ。

 とはいえ、それでもユリアーネはなかなか相談する勇気が持てずにいた。なにをどう、どのように聞いたらいいかわからない。足りないことだらけなのはわかっているが、なにが足りないと聞けばいいのか。

「店長さん。まぁ……お店をどうするか、っていうことに関しては素人ですし、色々と皆さんの意見を聞かないといけませんから。利益とのバランスも見ながら、取捨選択するのは、たぶん永久の課題ですね」

 窓の外を見ると、もうすっかり日が暮れている。一一月ともなると、一六時半には日没だ。自身の心境もあり、少し寂しくなる。

 その横顔だけで、ダーシャはユリアーネがなにを迷っているのか、なんとなくわかる気がする。元々、前のオーナーが何もしないせいで自分が何もかも請け負っていた。それが大半彼女にのしかかっている。強がってはいたがまだ学生。耐えられるわけがない。自分のプライベートを犠牲にして、周辺や遠くの店舗まで偵察に行ったりしているのは知っている。同じように外を見ながら、ダーシャは口を開いた。

「……こんな言葉を知ってる? 『樹木にとって最も大切なものは何かと問うと、それは果実だと誰もが答えるだろう。しかし実際には種なのだ』」

 突然問いかけられ、ユリアーネはダーシャのほうを振り向く。視線が合う。

「たしかニーチェの言葉ですね。樹木はこのお店、果実は利益。となると、種は……スタッフの方々でしょうか」

 なにかで聞いたことがある言葉だ。そのときは深く考えたことはなかったが、今にしてみれば引っかかる言葉だ、とユリアーネは心に抱いた。少し俯く。

 驚いたような表情でダーシャは肯定する。自分が同じ年くらいの時には絶対知らなかった。

「樹木も果実もそれで合っていると僕も思う。けど、種がスタッフなのか、店の設備なのか、はたまたメニューなのかは、人によって違うし、それでいいんじゃないかな。ユリアーネさんはユリアーネさんの種を大事にする」

 偉人の言葉を借りるなんて安い男だな、とダーシャは自虐した。だが、彼女になにか響くものがあるとしたら、そういったものだろう。自分だったら樹木とか果実とか、脳のどこを探しても出てこない。
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