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アニエルカ・スピラと紅茶。
27話
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「ブルーノさんですか? あの方、今日はディブラのレモンティーと、キャロットケーキですかね。このお店には結構全部ボク任せで注文してくれる方々がいるんですけど、ブルーノさんもそのひとりです」
「その注文にする理由は?」
問題はそこである。このメニューを続けるというには、必ず確信があるからに違いない。
しかし、アニーはあっけらかんと力強く答えた。
「勘です! でも、たぶん合ってるんですよ。確信があります。なんでなんですかね? たしかに自分でも不思議っス」
腕組みをして、唸りながらアニーは考えるが、答えは出てこない。なぜ、と聞かれても、どんな匂いがしているからこれを提供しよう、と頭で考えて行っているわけではない。反射的に、勝手に脳が選ぶのだ。そして、それはユリアーネも体験している。
(自分でも、その能力に気づいてないということですか……そのサービスは彼女にしかできないし、私の理想とする店に必要なものではありません。ですが……)
まだ唸っているアニーを横目に、静かにユリアーネは紅茶をもうひと口飲んだ。少し冷めてきているが、味は落ちていない。雑味が出ていないのは、蒸らす時間がきっちりとしている証拠。いつかアイスにしても飲んでみたい。
「なんとなく嘘だとか、本人も気づかない体調がわかったりするんです。いいことばっかりじゃないですけど」
と、考えることを諦めたアニーが会話を再開する。深く考えるのは自分には合わない。それでいい。この仕事は、お客さんを見ることが大事だから。
「でも、ずっとその感覚でやっていると疲れませんか? いいお客さんばかりじゃないでしょう。酒に酔った人とかも」
少し意地悪に、ユリアーネはアニーに問い詰める。そんな時どうするのか。そんな人に対しても、安らぎを提供しなければならないのか。
しかし、アニーは笑みを返した。どんな時もやることは変わらない。
「あるっちゃありますね。でも、サービスってのは相手の方のことを知ろうとすることですから。それに、お店に来たってことはなにか飲みたいから来たわけで。話して紅茶を飲めば全部解決です」
と、親指を突き立て、それでなんとか凌ごうとしている。一応、紅茶に含まれるテアニンにはリラックス効果や安眠効果はあるが、アニーは勢いで解決しようとしている。今までそれで乗り切ってきた。きっとこれからもいけるはず。
この子のことだ、嘘でもなんでもなく、そうできると信じているのだろう、とユリアーネは先に折れた。理論じゃない。
さらにアニーは続ける。紅茶のことになると止まらない。いくらでも話せる。
「紅茶は万能なんです。元々『万病に効く東洋の薬』とまで言われてたくらいですから。体だけじゃなく、心にも効くんス。ボクの住んでいたフリースラントでは、どんな時も、それこそ嬉しい時も悲しい時も、紅茶と暮らしてきたんです。それを、みなさんにも知ってもらいたいんです」
話を聞き、ユリアーネは深く考えることをやめた。この店にいるこの時だけは、世俗な考えは捨てよう。それが自分にとっての『ミューシグ』になるのだろう。今、ここにいるこの瞬間だけは。
「……だからなんですかね。疲れた体に染み込んで、また頑張ろうって気になれる」
「ここが紅茶専門店になったら、そういう人達にこそ来てほしいっス。様々な紅茶や紅茶フレーバーの食事をもてなしたいんですよ」
アニーには、自分にはない、立派な未来が描けている。色々と無理無茶無謀が過ぎるが、夢を叶えるためには大事なものだ。ユリアーネは意を決した。目を瞑り、俯きながら口を開く。
「……アニーさんには謝らなきゃいけないことがあります」
「その注文にする理由は?」
問題はそこである。このメニューを続けるというには、必ず確信があるからに違いない。
しかし、アニーはあっけらかんと力強く答えた。
「勘です! でも、たぶん合ってるんですよ。確信があります。なんでなんですかね? たしかに自分でも不思議っス」
腕組みをして、唸りながらアニーは考えるが、答えは出てこない。なぜ、と聞かれても、どんな匂いがしているからこれを提供しよう、と頭で考えて行っているわけではない。反射的に、勝手に脳が選ぶのだ。そして、それはユリアーネも体験している。
(自分でも、その能力に気づいてないということですか……そのサービスは彼女にしかできないし、私の理想とする店に必要なものではありません。ですが……)
まだ唸っているアニーを横目に、静かにユリアーネは紅茶をもうひと口飲んだ。少し冷めてきているが、味は落ちていない。雑味が出ていないのは、蒸らす時間がきっちりとしている証拠。いつかアイスにしても飲んでみたい。
「なんとなく嘘だとか、本人も気づかない体調がわかったりするんです。いいことばっかりじゃないですけど」
と、考えることを諦めたアニーが会話を再開する。深く考えるのは自分には合わない。それでいい。この仕事は、お客さんを見ることが大事だから。
「でも、ずっとその感覚でやっていると疲れませんか? いいお客さんばかりじゃないでしょう。酒に酔った人とかも」
少し意地悪に、ユリアーネはアニーに問い詰める。そんな時どうするのか。そんな人に対しても、安らぎを提供しなければならないのか。
しかし、アニーは笑みを返した。どんな時もやることは変わらない。
「あるっちゃありますね。でも、サービスってのは相手の方のことを知ろうとすることですから。それに、お店に来たってことはなにか飲みたいから来たわけで。話して紅茶を飲めば全部解決です」
と、親指を突き立て、それでなんとか凌ごうとしている。一応、紅茶に含まれるテアニンにはリラックス効果や安眠効果はあるが、アニーは勢いで解決しようとしている。今までそれで乗り切ってきた。きっとこれからもいけるはず。
この子のことだ、嘘でもなんでもなく、そうできると信じているのだろう、とユリアーネは先に折れた。理論じゃない。
さらにアニーは続ける。紅茶のことになると止まらない。いくらでも話せる。
「紅茶は万能なんです。元々『万病に効く東洋の薬』とまで言われてたくらいですから。体だけじゃなく、心にも効くんス。ボクの住んでいたフリースラントでは、どんな時も、それこそ嬉しい時も悲しい時も、紅茶と暮らしてきたんです。それを、みなさんにも知ってもらいたいんです」
話を聞き、ユリアーネは深く考えることをやめた。この店にいるこの時だけは、世俗な考えは捨てよう。それが自分にとっての『ミューシグ』になるのだろう。今、ここにいるこの瞬間だけは。
「……だからなんですかね。疲れた体に染み込んで、また頑張ろうって気になれる」
「ここが紅茶専門店になったら、そういう人達にこそ来てほしいっス。様々な紅茶や紅茶フレーバーの食事をもてなしたいんですよ」
アニーには、自分にはない、立派な未来が描けている。色々と無理無茶無謀が過ぎるが、夢を叶えるためには大事なものだ。ユリアーネは意を決した。目を瞑り、俯きながら口を開く。
「……アニーさんには謝らなきゃいけないことがあります」
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