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アニエルカ・スピラと紅茶。

26話

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 自分でもお酒は抜けたと思っていたが、見抜かれるほどには抜けていなかったのか。ユリアーネは、少し頬を赤らめて反省する。結局、だれかに迷惑や心配をかけてしまっている。

 アニーはそっと紅茶のカップを優しく両手で包んだ。

「わかりますよ、ウェイターなら。それに可愛い子の顔はまじまじと見ちゃうっスよ! 紅茶にはカテキンが入っていて、二日酔いにいいんです。このヌワラエリヤは、発酵が浅いため、渋みが他よりも強く出ます。脳に強い刺激を与えて、目を覚ましてあげましょう!」

「でも、そんなお酒の匂いしますか? 少しだけしか飲んでないんですけど」

 自分への戒めとしてビールを飲んでみたが、苦くてほぼ飲めなかった。あまり強い体質ではないらしく、少量でも吐き気に襲われるほど。時間もある程度は経過したし、問題はないと思っていたが。

 そのユリアーネの発言を聞き、得意気にアニーは胸を突き出した。

「あー、ボク、他の人より鼻がいいんですよ。だからなんとなーく、その人の必要なものがわかるというか。調子がいいと匂いだけでその人の健康状態がわかったり。ガンも見つけたことあるんスよ」

(……嗅覚? この子の違和感の正体は……もしかして……!)

 かつて、嗅覚は全ての感覚の中で一番『不必要な』感覚であると論じられてきたが、一八世紀に入ると、その説に待ったをかけるものが出てくる。

 哲学者ルソーは、『原始的な未開人は鋭敏な嗅覚を持つ』と記し、さらに、『嗅覚と想像力が同時に働くとき、匂いが感情を喚起する』とも記し、その密な関係を説いていた。

 さらに法律家兼、食通で知られるサヴァランも、嗅覚については味覚と同一のものであると残し、芳香や残り香を『時間化された味覚』とも結論づけた。その他、香りのスペシャリスト、アニック・ル・ゲレや、哲学者シャンタル・ジャケらもこれらを支持している。

 つまり嗅覚とは、我々が思っているよりも、遥かに多くの情報量を取り込んでおり、ただ単にほぼ全ての人間が認識できていないだけなのである。

( たしか、原始的な人類の特徴を持った人間は、ごくわずかにいると聞いたことありますが……でも、それは八重歯だとか骨格だったはず。嗅覚なんてことあるの? 本人も、なんとなくでやっているようだし……)

 様々な要因にユリアーネが思考を巡らせていると、店内に新しいお客さんが来店してきた。恰幅のいい、中年の男性だ。アニーを見つけるとスタスタと近づいてくる。

「アニーちゃん、今日もよろしくね。おや、可愛い子だね。コーヒーでも飲むかい?」

 と、調子良くユリアーネに声をかけ、お近づきになろうとする。

 その間にアニーが体を滑り込ませ、断絶する。世の男を美少女に近づけてはいけない、と騎士のような精神だ。

「いらっしゃいっス、ブルーノさん。ダメっスよ、今日はコーヒーの気分じゃないんです。おまかせでいいっスね?」

 ブルーノと呼ばれた男性の両肩を掴み、方向転換させる。定位置となった席へ押して誘導。彼はいつも決まった時間に来店し、壁際の席に座る。他にも知り合いが多数いるようで、軽く声をかけながら向かった。

「そうかそうか、なら仕方ない。よろしくね」

 そして席につくと、ソファに沈むように座った。全ての動作がゆっくりとしており、これもミューシグ? とユリアーネが錯覚するほど。

「……ちなみに、あの方の場合はどんなものをお持ちするんですか?」

 彼もおまかせだった、ということは、彼の場合はどう感じたのか。どんな匂いがそのメニューに繋がるのか。ユリアーネはアニーが気になってきている。
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