Sonora 【ソノラ】

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ヴォランテ

225話

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 どちらかというと、ブリジットという少女は奥に引っ込んで傍観しているような子。それが、率先して前に出てきてくれている。友人としてベルは胸が熱い。

「ありがと、ブリジット。でも大丈夫。これは私がやらなきゃいけないことなんだから。いやごめんやっぱなにかあったら手伝ってくれたら嬉しい」

「訂正早ッ」

 舌の根も渇かぬうちに助けを求められたブリジットは、驚きつつも自然と微笑む。そして指が自然と。踊る。

 ショパン作曲『練習曲作品二五の第一番 変イ長調 エオリアンハープ』。奏でられる分散和音の音色が、自然の風によって音を奏でる弦楽器エオリアンハープを連想させることから、シューマンが名付けたとされる曲。

 エチュードというよりは詩、という言葉も残しており、音の粒だちよりも『うねり』を意識し、軽やかに響き合う。右手小指で刻むメロディー。まわりを巻き込む優しい嵐。

「……贅沢……」

 恍惚とした表情で音を取り込むベル。こんなにも上質なショパンを独り占めできる優越感。満足感。ピアノの詩人とも呼ばれるショパンの曲の中でも、特に美しさを感じる珠玉の曲。

 三分弱の短い演奏を終え、ひとつ息を吐いたブリジットは席を立つ。

「ベルも。ショパン縛りで」

 せっかくだし。これでおあいこ。自分も聴く側に。

 夢から覚めたベルは、一瞬でハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。

「え、私も? しかもショパン?」

 なにゆえ? さらに探求者の前で? 嘘?

 少しイタズラに笑みを浮かべるブリジットは、ポンポン、とイスを叩く。

「私だけ、ってのはフェアじゃない。ベルの音も聴きたいです」

 自分とは違うショパン。ベルだけのショパン。というか、他全員のショパン。上から下から右から左から。前から後ろから斜めからでも。ショパンの残した魂の形を眺めてみたい。

「え、えぇぇぇ……がっかり、しても知らないよ……」

 そんなにショパンを研究していないし、読み込んでもいない。表面をサラッと。撫でるような解釈。いいのかな……? とベルに自信はない。

 だが、それも新しい音。それを取り込んで、ブリジットはさらに上へ。

「いいから。ほら、座って」

 両肩を持ち、無理やり縛りつける。

 もー、と膨れつつもベルは切り替え。そりゃ、私もなにか返せるものがあるなら返したい。さて、なににしよう。私といえば……花? 花といえば——。

「じゃ、いきます」

 指を置く。ふと、ベアトリスの顔が浮かぶ。と同時に、言われたこと。『音の鳴る深さ』『重力』。少し前屈み。一度息を整え、覚悟を決める。
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