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コン・フォーコ
47話
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涙を一滴を。その水滴から温かさを感じる。きっと小さな男の子、優しい女の子、明るい女の子、それらのうち一つでも欠けていたら温度は下がっていただろう。レティシアは心が満たされる感覚を知った。
そしてロケットを右手で包み、その上から左手を添える。
「……これって、アレンジに名前とかあるのかしら?」
華やいだ十数秒の沈黙を破ったのは、レティシアの質問の上擦った声だった。
「いえ、同じものを作ることは決してできません。お客様一人ひとりの背中は、押してほしい強さがそれぞれ違います。なので、名前はお客様で決めてください」
名前はまだない、そんな書き出しの小説が、確か東洋の国にあった気がする。猫だったかしら? と余裕を生みつつ、それならばと吟味しようとしたが、それをすることもなく、ただ一つ自然とレティシアには浮かんだ。それは、反応よりも反射に近い速度で脳へ、心へ到達した。
「……クリス・キャロル。なぜかしら、率直にそう思えたの」
にっこりと笑顔を作り「いい名前だと思います」と、シャルル。真心からそう思ったベルとシルヴィも同調する。むしろその名前をつけてもらうためのアレンジにすら見えてきていた。
「うん、いいんじゃないか? ストレートでわかりやすい」
「ほんと、シルヴィはそればっかりなんだから」
クスッ、とベルは笑ってシルヴィにつっこみを入れる。しかし自分も同じことを言いそうになっていたので、先を越していたらレティシアにつっこまれていただろう、という想定を含んだ笑みだった。
シャルルは三人のみならず、花の一つ一つにも平等に語りかけるように語を紡ぐ。
「花にはそれぞれ花言葉というものがあります。深読みしないとそれは伝わらない。ですが、あえて言葉に出さないからこそ、深く心に染み渡る」
その言葉の意味は、一概にすべて伝わりきるとは言い切れない。どこからかこぼれてしまう大切なものもあるだろう。それを掬うための掌。それならば、と興味を抱いたレティシアはメインに置かれた花を選ぶ。
「このスターチスイエローというのは、どういう花言葉なの?」
鳥の巣に覆われ、その中で見事に咲き誇るそれは、こぼれた言葉の残滓すら愛おしく見えた。悲しさや寂しさはもう、自分だけのもの。すべて抱きしめてしまおう。
「『変わらないもの』、それがスターチスイエローの花言葉です。もう会うことすら叶わないとしても、思い出して、そして愛してください。でも、頑張りすぎないで泣いてほしいんです」
「……ネストは『休息所』の意味も含んで……そういうメッセージかしら?」
「あとはレティシアさんの心のままに――」
「そう」
長年胸に閊えていた異物は、もうどこかへ過ぎ去ってしまったようにレティシアは感じた。最後を濁したシャルルの後押しは、文字通りの意味を拵えていた。最後に一筋だけ、自分の涙腺に流す事を許し、新たなスタートを切ることを決める。
「ありがとう」
それはシャルルへ、ベルへ、シルヴィへ。そして、胸元でずっと輝くクリスへ。胸に手を当て、許しを得た目の端から笑顔の頬を伝った涙が、じわりと制服の袖の繊維を少量濡らす。
数秒の余韻を残し、拭ったレティシアにシャルルは唯一抱いた疑問を吐露する。
「あの、ところで僕ってクリスさんに似ていたんでしょうか?」
花のアレンジに集中しているとき以外は、多少胸に引っ掛かりを感じていたことだった。
そしてロケットを右手で包み、その上から左手を添える。
「……これって、アレンジに名前とかあるのかしら?」
華やいだ十数秒の沈黙を破ったのは、レティシアの質問の上擦った声だった。
「いえ、同じものを作ることは決してできません。お客様一人ひとりの背中は、押してほしい強さがそれぞれ違います。なので、名前はお客様で決めてください」
名前はまだない、そんな書き出しの小説が、確か東洋の国にあった気がする。猫だったかしら? と余裕を生みつつ、それならばと吟味しようとしたが、それをすることもなく、ただ一つ自然とレティシアには浮かんだ。それは、反応よりも反射に近い速度で脳へ、心へ到達した。
「……クリス・キャロル。なぜかしら、率直にそう思えたの」
にっこりと笑顔を作り「いい名前だと思います」と、シャルル。真心からそう思ったベルとシルヴィも同調する。むしろその名前をつけてもらうためのアレンジにすら見えてきていた。
「うん、いいんじゃないか? ストレートでわかりやすい」
「ほんと、シルヴィはそればっかりなんだから」
クスッ、とベルは笑ってシルヴィにつっこみを入れる。しかし自分も同じことを言いそうになっていたので、先を越していたらレティシアにつっこまれていただろう、という想定を含んだ笑みだった。
シャルルは三人のみならず、花の一つ一つにも平等に語りかけるように語を紡ぐ。
「花にはそれぞれ花言葉というものがあります。深読みしないとそれは伝わらない。ですが、あえて言葉に出さないからこそ、深く心に染み渡る」
その言葉の意味は、一概にすべて伝わりきるとは言い切れない。どこからかこぼれてしまう大切なものもあるだろう。それを掬うための掌。それならば、と興味を抱いたレティシアはメインに置かれた花を選ぶ。
「このスターチスイエローというのは、どういう花言葉なの?」
鳥の巣に覆われ、その中で見事に咲き誇るそれは、こぼれた言葉の残滓すら愛おしく見えた。悲しさや寂しさはもう、自分だけのもの。すべて抱きしめてしまおう。
「『変わらないもの』、それがスターチスイエローの花言葉です。もう会うことすら叶わないとしても、思い出して、そして愛してください。でも、頑張りすぎないで泣いてほしいんです」
「……ネストは『休息所』の意味も含んで……そういうメッセージかしら?」
「あとはレティシアさんの心のままに――」
「そう」
長年胸に閊えていた異物は、もうどこかへ過ぎ去ってしまったようにレティシアは感じた。最後を濁したシャルルの後押しは、文字通りの意味を拵えていた。最後に一筋だけ、自分の涙腺に流す事を許し、新たなスタートを切ることを決める。
「ありがとう」
それはシャルルへ、ベルへ、シルヴィへ。そして、胸元でずっと輝くクリスへ。胸に手を当て、許しを得た目の端から笑顔の頬を伝った涙が、じわりと制服の袖の繊維を少量濡らす。
数秒の余韻を残し、拭ったレティシアにシャルルは唯一抱いた疑問を吐露する。
「あの、ところで僕ってクリスさんに似ていたんでしょうか?」
花のアレンジに集中しているとき以外は、多少胸に引っ掛かりを感じていたことだった。
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