Sonora 【ソノラ】

文字の大きさ
上 下
47 / 235
コン・フォーコ

47話

しおりを挟む
 涙を一滴を。その水滴から温かさを感じる。きっと小さな男の子、優しい女の子、明るい女の子、それらのうち一つでも欠けていたら温度は下がっていただろう。レティシアは心が満たされる感覚を知った。

 そしてロケットを右手で包み、その上から左手を添える。

「……これって、アレンジに名前とかあるのかしら?」

 華やいだ十数秒の沈黙を破ったのは、レティシアの質問の上擦った声だった。

「いえ、同じものを作ることは決してできません。お客様一人ひとりの背中は、押してほしい強さがそれぞれ違います。なので、名前はお客様で決めてください」

 名前はまだない、そんな書き出しの小説が、確か東洋の国にあった気がする。猫だったかしら? と余裕を生みつつ、それならばと吟味しようとしたが、それをすることもなく、ただ一つ自然とレティシアには浮かんだ。それは、反応よりも反射に近い速度で脳へ、心へ到達した。

「……クリス・キャロル。なぜかしら、率直にそう思えたの」

 にっこりと笑顔を作り「いい名前だと思います」と、シャルル。真心からそう思ったベルとシルヴィも同調する。むしろその名前をつけてもらうためのアレンジにすら見えてきていた。

「うん、いいんじゃないか? ストレートでわかりやすい」

「ほんと、シルヴィはそればっかりなんだから」

 クスッ、とベルは笑ってシルヴィにつっこみを入れる。しかし自分も同じことを言いそうになっていたので、先を越していたらレティシアにつっこまれていただろう、という想定を含んだ笑みだった。

 シャルルは三人のみならず、花の一つ一つにも平等に語りかけるように語を紡ぐ。

「花にはそれぞれ花言葉というものがあります。深読みしないとそれは伝わらない。ですが、あえて言葉に出さないからこそ、深く心に染み渡る」

 その言葉の意味は、一概にすべて伝わりきるとは言い切れない。どこからかこぼれてしまう大切なものもあるだろう。それを掬うための掌。それならば、と興味を抱いたレティシアはメインに置かれた花を選ぶ。

「このスターチスイエローというのは、どういう花言葉なの?」

 鳥の巣に覆われ、その中で見事に咲き誇るそれは、こぼれた言葉の残滓すら愛おしく見えた。悲しさや寂しさはもう、自分だけのもの。すべて抱きしめてしまおう。

「『変わらないもの』、それがスターチスイエローの花言葉です。もう会うことすら叶わないとしても、思い出して、そして愛してください。でも、頑張りすぎないで泣いてほしいんです」

「……ネストは『休息所』の意味も含んで……そういうメッセージかしら?」

「あとはレティシアさんの心のままに――」

「そう」

 長年胸に閊えていた異物は、もうどこかへ過ぎ去ってしまったようにレティシアは感じた。最後を濁したシャルルの後押しは、文字通りの意味を拵えていた。最後に一筋だけ、自分の涙腺に流す事を許し、新たなスタートを切ることを決める。

「ありがとう」

 それはシャルルへ、ベルへ、シルヴィへ。そして、胸元でずっと輝くクリスへ。胸に手を当て、許しを得た目の端から笑顔の頬を伝った涙が、じわりと制服の袖の繊維を少量濡らす。

 数秒の余韻を残し、拭ったレティシアにシャルルは唯一抱いた疑問を吐露する。

「あの、ところで僕ってクリスさんに似ていたんでしょうか?」

 花のアレンジに集中しているとき以外は、多少胸に引っ掛かりを感じていたことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無色の男と、半端モノ

越子
キャラ文芸
 鬼は「悪」だと思い込んで育った青年と、鬼と人の間に産まれた半端モノの物語。  ここは、鬼と人がいる世界。  鬼は人に害を与え、喰うことがある。鬼の中には特殊な能力を持つ鬼もいた。  人の世には鬼退治を専門とする「退治屋」という組織があり、彼らは鬼特有の匂いを感じ取ることができた。  卯ノ国の退治屋にハクという青年がいた。彼は眉目秀麗で天賦の才に恵まれていたが、他人に無関心、且つ、無表情で無口のため、仲間たちは「無色の男」と残念がった。ハクは全ての鬼は「悪」であると言い、力の弱い鬼や、害のない子鬼も容赦なく退治した。  ある日、任務中だったハクたち退治屋に、大勢の鬼たちが襲いかかってくるその時、不思議な笛の音色と男の命令によって鬼たちは姿を消し、彼らは助けられた。  ハクが笛の音色を辿ると、姿形はどこにもなく、僅かに鬼の匂いだけが残っていた。それ以来、ハクはその匂いを忘れることができない。  数ヶ月が経ち、ハクは町で一人の女と出会う。彼女は、あの日と同じ鬼の匂いをしていた。 ※ BLを思わせる描写があります(多分)。少しでも苦手な方は避けてください。 ※ 一部に残酷、残虐な描写があります。

【休止】天の声、実況、す。

佐橋 竜字
キャラ文芸
「オカシイ」のは「宇宙人」? それとも「地球人」? このお話は第・・・、あっ、名乗ってはいけない? 極秘? あぁ。すいません。えー・・・自称『天の声』さんが、地球という惑星の対宇宙人窓口、コロニー『オムニバス』で働く、少し癖が強い地球人の方々の紹介と仕事ぶりを確認する、監査という仕事を実況するお話です。何でも、論文だけではつまらない、ということで、証拠映像を天の声実況付き資料として添付するようです。よろしくお願い致します、だそうです。 ※短編を予定しておりますが・・・長編になる可能性もあります。どうぞ、お付き合い頂けると幸いです。

パスカルからの最後の宿題

尾方佐羽
歴史・時代
科学者、哲学者として有名なパスカルが人生の最後に取り組んだ大仕事は「パリの街に安価な乗合馬車」を走らせることだった。彼が最後の仕事に託した思いは何だったのか。親友のロアネーズ公爵は彼の思考のあとを追う。

Opera MISSA AS A LOTUS RIVER TATSUO

Lotus碧い空☆碧い宇宙の旅人☆
ライト文芸
東京ドームの地下にあるコンサートホールの会場は、異世界へ繋がる世界だった。 そこでクラシックの指揮者と演奏家たち、そしてヴィジュアル系ロックバンドAS A LOTUS RIVER のメンバーのTATSUOとForestparkの織り成す音楽と、異世界の物語と真理と祈りとは。

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

ピアニストの転生〜コンクールで優勝した美人女子大生はおじいちゃんの転生体でした〜

花野りら
キャラ文芸
高校生ピアニストのミサオは、コンクールで美人女子大生ソフィアと出会う。 眠りながらラフマニノフを演奏する彼女は、なんと、おじいちゃんの転生体だった! 美しいピアノの旋律と幻想的なEDMがつむぎあった時、それぞれの人間ドラマが精巧なパズルのように組み合わさっていく。 ちょっぴりラブコメ、ほんのりシリアスなローファンタジー小説。

あやかし子ども食堂

克全
キャラ文芸
大坂の有る所に神使の妖狐たちが営む子ども食堂があった。苦しい状況にいる子供を助けると同時に、毒親に制裁を下す恐ろしい面もある妖狐たちだった。

SIX RULES

黒陽 光
キャラ文芸
 六つのルールを信条に裏の拳銃稼業を為す男・五条晴彦ことハリー・ムラサメに舞い込んだ新たな依頼は、とある一人の少女をあらゆる外敵から護り抜けというモノだった。  行方不明になった防衛事務次官の一人娘にして、己のルールに従い校則違反を犯しバーテンのアルバイトを続ける自由奔放な少女・園崎和葉。彼と彼女がその道を交えてしまった時、二人は否応なしに巨大な陰謀と謀略の渦に巻き込まれていくことになる……。  交錯する銃火と、躍動する鋼の肉体。少女が見るのは、戦い疲れた男の生き様だった。  怒りのデストロイ・ハード・アクション小説、此処に点火《イグニッション》。 ※小説家になろう、カクヨムと重複掲載中。

処理中です...