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コン・フォーコ
48話
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「初めて見たとき顔立ちが似ている程度だったけど、あのバスケットの中身を見て驚いたわ」
「やはりクリスさんは料理を、特にパンにこだわりを持っていたということでしょうか」
「パン? トーストのことか?」
「美味かったぞ?」と本題からずれた感想を述べるが、レティシアはそれに取り入ることはしない。鋭いシャルルの思惟でそれどころではなかったのだ。
「そこまでわかるものなの?」
自分はどこでぼろを出していたのか、とレティシアは思い出しにかかるが、それよりも早くシャルルが答えた。
「はい、レティシアさんはあの時トーストには手をつけていませんでした。もちろん具の好き嫌いもあるかと思いますが、僕に食べさせる際にも手にしていません」
「あ、それも……そういえば……」
再度のカタルシスの浄化は、あと数個残っていたベルの謎の点を結ぶ。確かに、メインディッシュのトーストだけは、シャルルも食していない。そして、レティシア本人も食していない。小食だから、という理由にはこの点は結びつかない。
なるほどね、と簡単な推理にレティシアは納得の意を注ぎつつ口を開いた。どこか寂しげな光を瞳に宿して。
「……あの子は本当にパン職人として、将来は自分の店を持つことが夢だったの。いつもパンをお母様と焼いて、バスケットいっぱいに詰め込んで私に食べさせてくれた。失敗しても毎日毎日、本当に楽しい日々だった――」
「……麦角中毒、ですね?」
「……ええ」
聞きなれない単語に、シルヴィの脳が悲鳴をあげる。ここにきて、さらに謎が増えた。
「ば、ばっか? ちゅうどく? なんだそれは?」
知らないのも無理はありません、というような表情を苦く作り、その生態をシャルルが報告する。
「麦角中毒といって、衛生管理の整った今では流通する危険性がゼロと言っていい、ライ麦などのイネ科の植物に寄生するカビです。使い方によっては偏頭痛にとても効果を発揮するのですが、他にも幻覚を見せ、神経系を侵すなどの害もある。その致死量は一グラム。まさに毒にも薬にもなる、という言葉が当てはまるものです」
いっぺんにまくし立てたせいで、口を半開きにしたベルとシルヴィは用語を咀嚼したのだが、とりあえず『毒類』のカテゴリーにしまうことで、一次凌ぎの策とする。それが最善。
レティシアに先を喋ることを、誰も促すことはしない。時計の秒針が時の経過を告げる仕事を、着実にこなしつついることだけは、疑う余地のない静けさ。だからこそ余計に話が重くのしかかってくるように感じられた。
「……職人は自らの足で食材を探すって、他の国のパンを原料から作ることにも凝りだして、自分で材料を集め始めたところだったの。あとは……わかるでしょ? お母様はなんとか一命を取り留めたものの、今でも手足の痺れを残している。もしあの時、誰か詳しい人にお願いしていたら、クリスは亡くならずにすんだ。本を読んで情報を集めていればクリスを失わずに済んだ……そんな『たら』『れば』にお母様は長いこと苦しんだわ」
その代償の高さに自失の念に駆られたことは、語るレティシアの語調から明白である。押し黙ること、それしかできない歯がゆさにベルは奥歯を鳴らす。
口惜しそうにシャルルは語を足した。
「麦角には四肢の筋肉の収縮による、早期流産を引き起こす危険性もある。ここまで言うとパンを食べるのに抵抗が出てくるかと思いますが、先ほども言ったとおり、流通しているものにその危険性はありません。毒キノコみたいなものです」
「……確かに、そんなことがあったら、手が伸びないのもしょうがない……よね」
シャルルの説明を断片的にキーワードとして導いたベルの答えは、自信なく宙に霧散した。
「やはりクリスさんは料理を、特にパンにこだわりを持っていたということでしょうか」
「パン? トーストのことか?」
「美味かったぞ?」と本題からずれた感想を述べるが、レティシアはそれに取り入ることはしない。鋭いシャルルの思惟でそれどころではなかったのだ。
「そこまでわかるものなの?」
自分はどこでぼろを出していたのか、とレティシアは思い出しにかかるが、それよりも早くシャルルが答えた。
「はい、レティシアさんはあの時トーストには手をつけていませんでした。もちろん具の好き嫌いもあるかと思いますが、僕に食べさせる際にも手にしていません」
「あ、それも……そういえば……」
再度のカタルシスの浄化は、あと数個残っていたベルの謎の点を結ぶ。確かに、メインディッシュのトーストだけは、シャルルも食していない。そして、レティシア本人も食していない。小食だから、という理由にはこの点は結びつかない。
なるほどね、と簡単な推理にレティシアは納得の意を注ぎつつ口を開いた。どこか寂しげな光を瞳に宿して。
「……あの子は本当にパン職人として、将来は自分の店を持つことが夢だったの。いつもパンをお母様と焼いて、バスケットいっぱいに詰め込んで私に食べさせてくれた。失敗しても毎日毎日、本当に楽しい日々だった――」
「……麦角中毒、ですね?」
「……ええ」
聞きなれない単語に、シルヴィの脳が悲鳴をあげる。ここにきて、さらに謎が増えた。
「ば、ばっか? ちゅうどく? なんだそれは?」
知らないのも無理はありません、というような表情を苦く作り、その生態をシャルルが報告する。
「麦角中毒といって、衛生管理の整った今では流通する危険性がゼロと言っていい、ライ麦などのイネ科の植物に寄生するカビです。使い方によっては偏頭痛にとても効果を発揮するのですが、他にも幻覚を見せ、神経系を侵すなどの害もある。その致死量は一グラム。まさに毒にも薬にもなる、という言葉が当てはまるものです」
いっぺんにまくし立てたせいで、口を半開きにしたベルとシルヴィは用語を咀嚼したのだが、とりあえず『毒類』のカテゴリーにしまうことで、一次凌ぎの策とする。それが最善。
レティシアに先を喋ることを、誰も促すことはしない。時計の秒針が時の経過を告げる仕事を、着実にこなしつついることだけは、疑う余地のない静けさ。だからこそ余計に話が重くのしかかってくるように感じられた。
「……職人は自らの足で食材を探すって、他の国のパンを原料から作ることにも凝りだして、自分で材料を集め始めたところだったの。あとは……わかるでしょ? お母様はなんとか一命を取り留めたものの、今でも手足の痺れを残している。もしあの時、誰か詳しい人にお願いしていたら、クリスは亡くならずにすんだ。本を読んで情報を集めていればクリスを失わずに済んだ……そんな『たら』『れば』にお母様は長いこと苦しんだわ」
その代償の高さに自失の念に駆られたことは、語るレティシアの語調から明白である。押し黙ること、それしかできない歯がゆさにベルは奥歯を鳴らす。
口惜しそうにシャルルは語を足した。
「麦角には四肢の筋肉の収縮による、早期流産を引き起こす危険性もある。ここまで言うとパンを食べるのに抵抗が出てくるかと思いますが、先ほども言ったとおり、流通しているものにその危険性はありません。毒キノコみたいなものです」
「……確かに、そんなことがあったら、手が伸びないのもしょうがない……よね」
シャルルの説明を断片的にキーワードとして導いたベルの答えは、自信なく宙に霧散した。
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