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オーベルテューレ
17話
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答え合わせを終えると、シャルルは容器にセットしたスポンジの角を鋏で取り始めた。
「この水を含んだスポンジはフローラルフォームというのですが、自分が花だったら、どうすれば気持ちよく水を吸えるのか」
緑色の葉を持つ花を切り、シャルルは容器の縁をなぞるように回しながらフローラルフォームに挿していく。すべて挿し終えると真上から覗き込み、丸く見えるように調整した。
姉に初めて彼が教わったこと、それがバランス。色や形から届けたい想いにまで、そのバランスというものは根付いている。その黄金率を出すことが、言ってしまえばアレンジの醍醐味であり難しさになっていた。
「このレザーファンというのはアレンジメントでよく使われるのですが、少し大きめに挿すのがポイントで、フローラルフォームがどの角度からも見えないようにするのにも一役買っている優れものなんです」
慣れた手つきで次の工程に取り掛かる。アレンジにおいて一番今まででやってきていたので、特に問題はなくレザーファンは挿せた。一度挿してしまうともう戻らないスポンジであるので、慎重さと大胆さが求められる。
「次にユリを真ん中に垂直に挿していきます。すべての花が容器の中心から生えているように見せる、これは基本であり、難しいところでもあります。花の向きを調整しながら挿すのは、ある程度の経験を重ねるほどに難しく思えてくるでしょう」
慎重にじっくりと、吟味しながら挿していく。時折口が動き、自分と会話するように。その会話が不十分であれば、求めるバランスを逃してしまうことになるのだ。
「そしてユーストマを前後左右に差し込みます。もちろん中心から生えているように見せるように」
レザーファンやユリと違い、あまり聞きなれない花の名にベルは口を尖らせた。その姿を見かね、ベアトリスが説明係となる。
「ユーストマ、リシアンサスともトルコキキョウいい、見たままに開いた口のような花だ。なかなか汎用性が高く、あいつが最も使う花の一つだな。私も使うぞ」
一語一句洩らすまいと聞き入る姿勢で、頭の中で整理し終えた後にベルは礼を述べた。肩身が狭そうである。
「なるほど……すいません、なんか」
「気にするな、それもフローリストの仕事だ」
つっけんどんだが、それすらも暖かみを帯びているように思えてくるベアトリスの不思議に、ベルは喜びを覚えた。そしてそのまま作り上げられていく花々を凝視する。段々と次の花はなにか、と心が弾む自分に気付き始めていた。
その高まりは、以前にも感じたことがある。そう、ピアノだった。
「そしてここでマスフラワー、つまりメインでまたユリを挿します。が、一番栄えるポジションなので色々注意が必要です。容器の真横から見ると、四五度くらいになるのを目安に」
空中でユリを持ったまま、シャルルは小刻みに揺らしながら挿す位置を探し、「ここかな」と内心で決めゆっくりと挿した。
花というものは生き物であるが、それと同時にアレンジもそれ自体が生き物である。年頃の娘のように扱う繊細さがなければ、たちまちすべてのバランスは崩壊する。
アレンジの際、念頭に置くことは「頭は忙しく、手は落ち着いて」である。様々な試行錯誤を脳内で作成し、しかし手は確実にゆっくり作る。それが一番の近道となる。
「後は形、色などを考えて挿すだけです。ただ、シンプルだからこそ難しく、それでいて色々考えられる面白さがあるんです。こんな挿し方はどうだ、この色は合うか、あえてバランスを外してみるとどうなるか、バリエーションは無限なんです」
「言うようになったな」
「姉さんがいつも言ってることだけどね」
悪戯に舌を出しておどけたそのシャルルの童顔は、作っている白い世界にひけを取らない、純真無垢なものにベルは見えた。作っている時の真剣な表情とのギャップに、少しドキリとする。
容器を回して様々な角度から見て調整し、完成です、と一歩ベルの方に寄せる。それをベルは改めて捉えると、一つのよく見慣れたもの。そのメッセージに静かに息を呑んだ。すっと頭に、心に突風を起こし、邪念が取りさらわれるような表情となっている。
「黒い足つきの容器と白を基調としたモノトーンをベースに。ガーベラやカサブランカ、そして珍しい黒のカラーなどをフィラフラワーとして、メインのユリを引き立つようにバランスを取ってみました」
「――これ、もしかして」
テーブルから乗り出すように立ちあがり、シャルルに顔を近づける。一瞬驚いたが数瞬おいて、シャルルは微笑み「はい」と頷いた。
「ピアノを、イメージしてみました」
「この水を含んだスポンジはフローラルフォームというのですが、自分が花だったら、どうすれば気持ちよく水を吸えるのか」
緑色の葉を持つ花を切り、シャルルは容器の縁をなぞるように回しながらフローラルフォームに挿していく。すべて挿し終えると真上から覗き込み、丸く見えるように調整した。
姉に初めて彼が教わったこと、それがバランス。色や形から届けたい想いにまで、そのバランスというものは根付いている。その黄金率を出すことが、言ってしまえばアレンジの醍醐味であり難しさになっていた。
「このレザーファンというのはアレンジメントでよく使われるのですが、少し大きめに挿すのがポイントで、フローラルフォームがどの角度からも見えないようにするのにも一役買っている優れものなんです」
慣れた手つきで次の工程に取り掛かる。アレンジにおいて一番今まででやってきていたので、特に問題はなくレザーファンは挿せた。一度挿してしまうともう戻らないスポンジであるので、慎重さと大胆さが求められる。
「次にユリを真ん中に垂直に挿していきます。すべての花が容器の中心から生えているように見せる、これは基本であり、難しいところでもあります。花の向きを調整しながら挿すのは、ある程度の経験を重ねるほどに難しく思えてくるでしょう」
慎重にじっくりと、吟味しながら挿していく。時折口が動き、自分と会話するように。その会話が不十分であれば、求めるバランスを逃してしまうことになるのだ。
「そしてユーストマを前後左右に差し込みます。もちろん中心から生えているように見せるように」
レザーファンやユリと違い、あまり聞きなれない花の名にベルは口を尖らせた。その姿を見かね、ベアトリスが説明係となる。
「ユーストマ、リシアンサスともトルコキキョウいい、見たままに開いた口のような花だ。なかなか汎用性が高く、あいつが最も使う花の一つだな。私も使うぞ」
一語一句洩らすまいと聞き入る姿勢で、頭の中で整理し終えた後にベルは礼を述べた。肩身が狭そうである。
「なるほど……すいません、なんか」
「気にするな、それもフローリストの仕事だ」
つっけんどんだが、それすらも暖かみを帯びているように思えてくるベアトリスの不思議に、ベルは喜びを覚えた。そしてそのまま作り上げられていく花々を凝視する。段々と次の花はなにか、と心が弾む自分に気付き始めていた。
その高まりは、以前にも感じたことがある。そう、ピアノだった。
「そしてここでマスフラワー、つまりメインでまたユリを挿します。が、一番栄えるポジションなので色々注意が必要です。容器の真横から見ると、四五度くらいになるのを目安に」
空中でユリを持ったまま、シャルルは小刻みに揺らしながら挿す位置を探し、「ここかな」と内心で決めゆっくりと挿した。
花というものは生き物であるが、それと同時にアレンジもそれ自体が生き物である。年頃の娘のように扱う繊細さがなければ、たちまちすべてのバランスは崩壊する。
アレンジの際、念頭に置くことは「頭は忙しく、手は落ち着いて」である。様々な試行錯誤を脳内で作成し、しかし手は確実にゆっくり作る。それが一番の近道となる。
「後は形、色などを考えて挿すだけです。ただ、シンプルだからこそ難しく、それでいて色々考えられる面白さがあるんです。こんな挿し方はどうだ、この色は合うか、あえてバランスを外してみるとどうなるか、バリエーションは無限なんです」
「言うようになったな」
「姉さんがいつも言ってることだけどね」
悪戯に舌を出しておどけたそのシャルルの童顔は、作っている白い世界にひけを取らない、純真無垢なものにベルは見えた。作っている時の真剣な表情とのギャップに、少しドキリとする。
容器を回して様々な角度から見て調整し、完成です、と一歩ベルの方に寄せる。それをベルは改めて捉えると、一つのよく見慣れたもの。そのメッセージに静かに息を呑んだ。すっと頭に、心に突風を起こし、邪念が取りさらわれるような表情となっている。
「黒い足つきの容器と白を基調としたモノトーンをベースに。ガーベラやカサブランカ、そして珍しい黒のカラーなどをフィラフラワーとして、メインのユリを引き立つようにバランスを取ってみました」
「――これ、もしかして」
テーブルから乗り出すように立ちあがり、シャルルに顔を近づける。一瞬驚いたが数瞬おいて、シャルルは微笑み「はい」と頷いた。
「ピアノを、イメージしてみました」
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