16 / 235
オーベルテューレ
16話
しおりを挟む
「む……シードルが切れてたな。まぁいい、我慢するか」
自分でシャルルに飲ませたことは忘れてるかのような口ぶりで、次いで指で机をトントンと不機嫌そうにベアトリスはメゾフォルテで叩き始めた。
どうやらシードルがベアトリスの充電機なのだとベルは理解し、そういえば自分はシャルルを撫でることだったと思い起こす。なんだかんだで間接的にも直接的にも、彼に頼った発電なのではないかと思案した。少しは他のことを視野に入れられる程には回復したようである。
「ところでどうだ、ピアノをいざ弾こう、という気持ちになったのか?」
想念を遮るように、静かに問うベアトリスの視線を感じているものの、あえてそらして返答した。失礼な行為だとは思っているが、その勇気がない。
「……正直、自分でもまだわかりません。全部話せてスッキリはしました。でももし今目の前に鍵盤があれば、イスに座ったまま迷ってしまうと思います。いいんだろうか、弾いてダメだったら二度とできない、そんな気がするんです」
「それが怖い、か。安心しろ、その背中を押すのがフローリストだ。あいつは信じるに値するやつだ」
「……はい!」
自分の内部にも信じるように轟かせる、噛み締めたベルの決意。
それから数秒すると、なにやらたくさん手に持ったシャルルが入室してきた。ドアを開けるのも一苦労というように背中から滑り込んでくる。
「すみません、お待たせいたしました」
そう陳謝し、テーブルの上に音がしないよう丁寧に置いたもの。黒い足つきの容器、スポンジ、鋏、そして白を基調とした花々。一段落置き、教鞭するかのように咳払いをする。
「ではまず、アレンジメントに必要なものはなんだと思いますか?」
すぐには作らず、あえて焦らすようにシャルルは言葉を発した。
ベルの発する雰囲気が若干明るくなったような気がし、一呼吸置く余裕ができたことを彼は悟っていたのだ。あまり早急に作るよりも、じっくりとアレンジを噛み締める時間を設けた方が、より伝わりやすいという判断である。
「えーと、容器とスポンジと鋏と、花?」
そこにあるものを一つ一つ指を指しながらベルは答える。それ以外には作り手しか浮かばない。
「はい、それらがないともちろん成り立ちませんが、なくても成り立つ、しかしなければそのアレンジが壊れてしまうものがあります」
うーん、と真一文字に結んだ口元に握った右手を置いてベルは思考を巡らす。この場にある物さえ存在するならば、アレンジが出来るからこそ、シャルルはこれだけの用具を持ってきたはずだ。ならば、物ではないのだろうか。
唸ること一○秒、花を見やり、なんとなく浮かび上がってきたものがある。
「えっと、もしかして……完成図?」
にこり、と擬音の付随しそうな機嫌顔をシャルルは浮かべた。
「はい、半分ですが正解です。イメージすること、それは完成図と、そして花の気持ち。それが最後のピースになるんです」
「花の、気持ち」
復唱したベルは花に香りを近づけると、まじまじと見つめ、ツンと軽く人差し指で押した。「だってさ」と心の中で話しかけてみたりもする。返事は当然返ってこない。
自分でシャルルに飲ませたことは忘れてるかのような口ぶりで、次いで指で机をトントンと不機嫌そうにベアトリスはメゾフォルテで叩き始めた。
どうやらシードルがベアトリスの充電機なのだとベルは理解し、そういえば自分はシャルルを撫でることだったと思い起こす。なんだかんだで間接的にも直接的にも、彼に頼った発電なのではないかと思案した。少しは他のことを視野に入れられる程には回復したようである。
「ところでどうだ、ピアノをいざ弾こう、という気持ちになったのか?」
想念を遮るように、静かに問うベアトリスの視線を感じているものの、あえてそらして返答した。失礼な行為だとは思っているが、その勇気がない。
「……正直、自分でもまだわかりません。全部話せてスッキリはしました。でももし今目の前に鍵盤があれば、イスに座ったまま迷ってしまうと思います。いいんだろうか、弾いてダメだったら二度とできない、そんな気がするんです」
「それが怖い、か。安心しろ、その背中を押すのがフローリストだ。あいつは信じるに値するやつだ」
「……はい!」
自分の内部にも信じるように轟かせる、噛み締めたベルの決意。
それから数秒すると、なにやらたくさん手に持ったシャルルが入室してきた。ドアを開けるのも一苦労というように背中から滑り込んでくる。
「すみません、お待たせいたしました」
そう陳謝し、テーブルの上に音がしないよう丁寧に置いたもの。黒い足つきの容器、スポンジ、鋏、そして白を基調とした花々。一段落置き、教鞭するかのように咳払いをする。
「ではまず、アレンジメントに必要なものはなんだと思いますか?」
すぐには作らず、あえて焦らすようにシャルルは言葉を発した。
ベルの発する雰囲気が若干明るくなったような気がし、一呼吸置く余裕ができたことを彼は悟っていたのだ。あまり早急に作るよりも、じっくりとアレンジを噛み締める時間を設けた方が、より伝わりやすいという判断である。
「えーと、容器とスポンジと鋏と、花?」
そこにあるものを一つ一つ指を指しながらベルは答える。それ以外には作り手しか浮かばない。
「はい、それらがないともちろん成り立ちませんが、なくても成り立つ、しかしなければそのアレンジが壊れてしまうものがあります」
うーん、と真一文字に結んだ口元に握った右手を置いてベルは思考を巡らす。この場にある物さえ存在するならば、アレンジが出来るからこそ、シャルルはこれだけの用具を持ってきたはずだ。ならば、物ではないのだろうか。
唸ること一○秒、花を見やり、なんとなく浮かび上がってきたものがある。
「えっと、もしかして……完成図?」
にこり、と擬音の付随しそうな機嫌顔をシャルルは浮かべた。
「はい、半分ですが正解です。イメージすること、それは完成図と、そして花の気持ち。それが最後のピースになるんです」
「花の、気持ち」
復唱したベルは花に香りを近づけると、まじまじと見つめ、ツンと軽く人差し指で押した。「だってさ」と心の中で話しかけてみたりもする。返事は当然返ってこない。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
Réglage 【レグラージュ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ3区。
ピアノ専門店「アトリエ・ルピアノ」に所属する少女サロメ・トトゥ。
職業はピアノの調律師。性格はワガママ。
あらゆるピアノを蘇らせる、始動の調律。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
自称俺の娘は未来を変えたい
tukumo
キャラ文芸
【注意】この作品は社会では変人な俺は仙人見習い番外編です。
邪仙人になって数十年後の噺、
貯蓄をはたいて山を購入し、自然に囲まれた山奥で隠遁生活をする俺にある日の事。
自らを俺の娘だと名乗る奇妙な刺客に狙われることになる。
丁度退屈してきた日々だったので修行にもなるし、ほれいつでも命狙ってみな
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
絹乃
キャラ文芸
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※表紙はminatoさまのフリー素材をお借りしています。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
致死量の愛を飲みほして+
藤香いつき
キャラ文芸
終末世界。
世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。
記憶のない“あなた”は、彼らに拾われ——
ひとつの物語を終えたあとの、穏やか(?)な日常のお話。
【致死量の愛を飲みほして】その後のエピソード。
単体でも読めるよう調整いたしました。
パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~
菱沼あゆ
キャラ文芸
クリスマスイブの夜。
幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。
「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。
だから、お前、俺の弟と結婚しろ」
え?
すみません。
もう一度言ってください。
圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。
いや、全然待ってなかったんですけど……。
しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。
ま、待ってくださいっ。
私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる