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オーベルテューレ
16話
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「む……シードルが切れてたな。まぁいい、我慢するか」
自分でシャルルに飲ませたことは忘れてるかのような口ぶりで、次いで指で机をトントンと不機嫌そうにベアトリスはメゾフォルテで叩き始めた。
どうやらシードルがベアトリスの充電機なのだとベルは理解し、そういえば自分はシャルルを撫でることだったと思い起こす。なんだかんだで間接的にも直接的にも、彼に頼った発電なのではないかと思案した。少しは他のことを視野に入れられる程には回復したようである。
「ところでどうだ、ピアノをいざ弾こう、という気持ちになったのか?」
想念を遮るように、静かに問うベアトリスの視線を感じているものの、あえてそらして返答した。失礼な行為だとは思っているが、その勇気がない。
「……正直、自分でもまだわかりません。全部話せてスッキリはしました。でももし今目の前に鍵盤があれば、イスに座ったまま迷ってしまうと思います。いいんだろうか、弾いてダメだったら二度とできない、そんな気がするんです」
「それが怖い、か。安心しろ、その背中を押すのがフローリストだ。あいつは信じるに値するやつだ」
「……はい!」
自分の内部にも信じるように轟かせる、噛み締めたベルの決意。
それから数秒すると、なにやらたくさん手に持ったシャルルが入室してきた。ドアを開けるのも一苦労というように背中から滑り込んでくる。
「すみません、お待たせいたしました」
そう陳謝し、テーブルの上に音がしないよう丁寧に置いたもの。黒い足つきの容器、スポンジ、鋏、そして白を基調とした花々。一段落置き、教鞭するかのように咳払いをする。
「ではまず、アレンジメントに必要なものはなんだと思いますか?」
すぐには作らず、あえて焦らすようにシャルルは言葉を発した。
ベルの発する雰囲気が若干明るくなったような気がし、一呼吸置く余裕ができたことを彼は悟っていたのだ。あまり早急に作るよりも、じっくりとアレンジを噛み締める時間を設けた方が、より伝わりやすいという判断である。
「えーと、容器とスポンジと鋏と、花?」
そこにあるものを一つ一つ指を指しながらベルは答える。それ以外には作り手しか浮かばない。
「はい、それらがないともちろん成り立ちませんが、なくても成り立つ、しかしなければそのアレンジが壊れてしまうものがあります」
うーん、と真一文字に結んだ口元に握った右手を置いてベルは思考を巡らす。この場にある物さえ存在するならば、アレンジが出来るからこそ、シャルルはこれだけの用具を持ってきたはずだ。ならば、物ではないのだろうか。
唸ること一○秒、花を見やり、なんとなく浮かび上がってきたものがある。
「えっと、もしかして……完成図?」
にこり、と擬音の付随しそうな機嫌顔をシャルルは浮かべた。
「はい、半分ですが正解です。イメージすること、それは完成図と、そして花の気持ち。それが最後のピースになるんです」
「花の、気持ち」
復唱したベルは花に香りを近づけると、まじまじと見つめ、ツンと軽く人差し指で押した。「だってさ」と心の中で話しかけてみたりもする。返事は当然返ってこない。
自分でシャルルに飲ませたことは忘れてるかのような口ぶりで、次いで指で机をトントンと不機嫌そうにベアトリスはメゾフォルテで叩き始めた。
どうやらシードルがベアトリスの充電機なのだとベルは理解し、そういえば自分はシャルルを撫でることだったと思い起こす。なんだかんだで間接的にも直接的にも、彼に頼った発電なのではないかと思案した。少しは他のことを視野に入れられる程には回復したようである。
「ところでどうだ、ピアノをいざ弾こう、という気持ちになったのか?」
想念を遮るように、静かに問うベアトリスの視線を感じているものの、あえてそらして返答した。失礼な行為だとは思っているが、その勇気がない。
「……正直、自分でもまだわかりません。全部話せてスッキリはしました。でももし今目の前に鍵盤があれば、イスに座ったまま迷ってしまうと思います。いいんだろうか、弾いてダメだったら二度とできない、そんな気がするんです」
「それが怖い、か。安心しろ、その背中を押すのがフローリストだ。あいつは信じるに値するやつだ」
「……はい!」
自分の内部にも信じるように轟かせる、噛み締めたベルの決意。
それから数秒すると、なにやらたくさん手に持ったシャルルが入室してきた。ドアを開けるのも一苦労というように背中から滑り込んでくる。
「すみません、お待たせいたしました」
そう陳謝し、テーブルの上に音がしないよう丁寧に置いたもの。黒い足つきの容器、スポンジ、鋏、そして白を基調とした花々。一段落置き、教鞭するかのように咳払いをする。
「ではまず、アレンジメントに必要なものはなんだと思いますか?」
すぐには作らず、あえて焦らすようにシャルルは言葉を発した。
ベルの発する雰囲気が若干明るくなったような気がし、一呼吸置く余裕ができたことを彼は悟っていたのだ。あまり早急に作るよりも、じっくりとアレンジを噛み締める時間を設けた方が、より伝わりやすいという判断である。
「えーと、容器とスポンジと鋏と、花?」
そこにあるものを一つ一つ指を指しながらベルは答える。それ以外には作り手しか浮かばない。
「はい、それらがないともちろん成り立ちませんが、なくても成り立つ、しかしなければそのアレンジが壊れてしまうものがあります」
うーん、と真一文字に結んだ口元に握った右手を置いてベルは思考を巡らす。この場にある物さえ存在するならば、アレンジが出来るからこそ、シャルルはこれだけの用具を持ってきたはずだ。ならば、物ではないのだろうか。
唸ること一○秒、花を見やり、なんとなく浮かび上がってきたものがある。
「えっと、もしかして……完成図?」
にこり、と擬音の付随しそうな機嫌顔をシャルルは浮かべた。
「はい、半分ですが正解です。イメージすること、それは完成図と、そして花の気持ち。それが最後のピースになるんです」
「花の、気持ち」
復唱したベルは花に香りを近づけると、まじまじと見つめ、ツンと軽く人差し指で押した。「だってさ」と心の中で話しかけてみたりもする。返事は当然返ってこない。
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