上 下
127 / 202
第8章

日曜日のレトロ喫茶

しおりを挟む
恵子は、今日はこの後に菜乃花のショッピングに付き合う予定です。
2人でS市の中心にあるS駅の近くへやってきました。
「恵子、このお店だよ。ここのカレーライス、絶品だよ!」
菜乃花が恵子を連れてきたのは、かなり昭和レトロな雰囲気が漂う喫茶店です。
「恵子、さあ、入って」
恵子は菜乃花に手を引かれて、店の中に入りました。

店の中はお昼のピークは過ぎていて、比較的空いています。
「今日は。うわっ、昭和の世界だ!」
「え?恵子って昭和から生きてるの?」
「そんなわけないでしょ。イメージよ」
恵子は昭和レトロが大好きなので、この店もすぐに気に入りました。

「いらっしゃい、奥へどうぞ」
カウンターの奥から30代後半くらいでしょうか、ミニに白いストッキングの女性が出てきました。
どうやらこのマダムが店主のようです。
「うわあ、すごく美人!脚も細くて綺麗!」
恵子は思わず見惚れてしまいました。
そんな恵子を菜乃花は嬉しそうに見ています。
「この店は初めてね。お人形さんみたいに可愛らしいわ。菜乃花ちゃんのお友達ね」
「違うわよ。私の恋人よ」
「ちょっと、菜乃花、変なこと言わないでよ」
菜乃花の発言に慌てる恵子です。
菜乃花の顔が一瞬曇ったことは気付いていません。

「正確には恋人ではなくて片思いじゃなかったかしら?」
マダムがニコニコしながら聞いてきます。
「そんなことないよ。さっきもセックスしたんだから、特別な関係よ!」
「菜乃花、何言ってんのよ!そんなことしてないです」
恵子は顔を真っ赤にして訴えますが、かなり興奮していたため、菜乃花の目に浮かんだ涙に気づきません。

「あらあら恵子ちゃんって純粋なのね。そういう時は適当に話を合わせて軽く答えておけば、誰も本気にしないわよ。そんな風に怒っちゃうと、本当のことなんだなってバレちゃうわよ」
マダムの言葉に恵子はハッとしました。
恵子の目の前で菜乃花が虚な目で宙を見つめています。
恵子とのセックスを恵子に否定されたことが大ショックだったのです。

「注文は2人ともカレーライスでいいわね。恵子ちゃんはカレーライスが大好きって聞いてるんだけど」
「あ、はい、カレーライスでいいです。お願いします」
「菜乃花ちゃんもカレーライスでいいわね」
菜乃花は黙って頷きました。
2人の間に重い空気が漂います。

「ねえ、菜乃花」
空気を変えようと恵子が話しかけますが、菜乃花は反応しません。
「菜乃花、聞いてる?」
「聞こえてるわよ」
ようやく菜乃花が恵子を見ました。
「詩絵美から提案があったんだけど、詩絵美と真由と菜乃花と私の4人でバンドをやらないかって」
「ふーん」
まったく気のない菜乃花の返事です。
「菜乃花‥」

「恵子はどう思うの?」
菜乃花が返してくれて恵子は少しホッとしました。
「やってみてもいいかなって」
「じゃあ、決まりじゃない」
「それじゃあ菜乃花もOKね、よかった」
とりあえず話がまとまったと思って、恵子は安堵しました。
「誰もOKなんて言ってないけど」
「え?」
恵子は驚いて菜乃花を見ました。

「はい、お待ちどうさま」
カレーライスが運ばれてきました。
まさに日本のお母さんのカレーライスといった感じです。
美味しそうな匂いが漂いますが、恵子はじっと菜乃花を見ています。
「あらあら、喧嘩中なの?喧嘩するのはいいけど、冷めないうちに食べてね」
マダムがカウンターに戻ると、恵子は菜乃花に尋ねます。
「菜乃花はやりたくないってこと?」
「恵子がやるならやらない。恵子がやらないならやる。そういうことよ」
「菜乃花、どうして?」
恵子はとてもショックで菜乃花を見つめますが、菜乃花の目からは涙が溢れていました。
「恵子、私と一緒にいることは変なことなんでしょ。私とセックスしてもしてないって言うんでしょ。だったら私は恵子と一緒にいないようにするわ」
「菜乃花、それは違うわ」
「恵子、さっきはっきりとそう言ったわよね。私、この耳できちんと聞いたわ。あれが恵子の本心なんでしょ」
「菜乃花、それはひどい‥」
恵子の目からも涙が出てきます。
「ひどいのはどっちよ。私、帰るから」
「菜乃花、待って」

菜乃花が席を立とうとすると、カウンターからマダムがやってきました。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ。喧嘩するなら外でやってくれ。でも、その前にカレーライス食べなさいよ。注文して作らせておいて、食べずに帰るなんて許さないわよ」
菜乃花は一旦座って、黙ってカレーライスを食べ始めました。
恵子もスプーンを手に取り、食べ始めます。
「あ、これ、美味しい」
恵子好みの給食に出てきそうな手作りカレーの味です。
でも恵子は美味しく味わう気分ではありません。

その瞬間、目の前の菜乃花が堪えきれずに笑い始めました。
「恵子、こんな時でもカレーライスには反応するのね。よっぽど好きなのね」
「え!いや、美味しいから‥」
恵子は菜乃花の態度に逆に戸惑っています。
「はい、カレーライス食べたら落ち着いたわね」
いつの間にかマダムがそばにいます。
「あなたたちの喧嘩を聞いてたけど、どっちもどっちよ。菜乃花、恋人じゃないのに恋人なんて紹介されたら嫌がられて当然よ。セックスしたことだって知られたくないこともあるのよ」
菜乃花は項垂れています。
「恵子ちゃんもセックスしたのにしてないなんて否定されたらショック受けて当然よ。それに女の子どうし付き合うことを変なことって言うのはどうかと思うわ」
「はい‥」
恵子はマダムの指摘が胸に刺さります。
(カミーユ、私、またやってしまったわ‥‥)

「はい、お説教はここまでよ。ここらで仲直りしてカレーライス、食べてね。恵子ちゃんのドリンクはアイスミルクでいいかな?」
「あ、はい、お願いします」
また、しばらく沈黙が続きます。
恵子も菜乃花も黙々とカレーライスを食べています。
「やっぱり、これ、美味しい」
ポソっともらした恵子の一言に、菜乃花も反応します。
「恵子には甘口じゃない?」
「ううん、こういうのも好きよ。本当に美味しいわ」
また黙々と食べる恵子を、菜乃花はちょっぴり嬉しそうに見ていました。

「はい、アイスミルクとアイスレモンティーよ」
マダムが運んできた飲み物を2人が受け取ります。
アイスミルクにはガムシロップが添えられていたので、少し入れてみました。
「うん、ちょうどいいわ」
「恵子、さっきのバンドの話だけど、詩絵美は何でバンドやろうって言ってるの?」
「いや、正直よく分からないのよ。真由とも話したんだけど、一度詩絵美の意見を聞いて、4人で話し合おうって」
恵子はアイスミルクを飲み干して、テーブルに置きました。
「まあ、そうよね。おもしろそうだけど、話が突然すぎるよ。ところで真由はギターができるはずだけど、恵子は?」
「私はピアノしかダメよ。だからキーボードならいけるかな?」
「そういえば、詩絵美はドラムやってたはず。このためだったんだなあ」
菜乃花もアイスレモンティーを飲み干して、グラスをテーブルに置きました。
「まあ、一回詩絵美の話を聞こうよ」
菜乃花の発言に恵子も同意です。

恵子と菜乃花はマダムに支払いを済ませると、ショッピングセンターに行き、菜乃花が恵子にいろいろ好みや意見を聞きながら文房具やTシャツなどの買い物をするつもりです。
今夜は頼子とお食事会があるので、菜乃花の買い物が終わると、恵子は急いで帰宅する予定でした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

知らぬはヒロインだけ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:117

オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 〜80億分の1のキセキ〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

捨てられた令嬢、幼なじみに引き取られる。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:204

どうしたって、君と初恋。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:13

傷ついた心を癒すのは大きな愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:51

【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:294

貴方なんか興味ありませんわ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:230

処理中です...