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第7章

ピアニスト恵子とギタリスト真由

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恵子は少し緊張していました。
真由たちが聴いているというのもありますが、グランドピアノを弾くのがかなり久しぶりだったためです。
しかもかなり高級なピアノです。
(こんなピアノ、毎日弾けたらいいなあ)
胸の高鳴りを抑えながら、恵子は弾き始めました。

リストの「ラ・カンパネラ」です。
ショパンの「幻想即興曲」と並んで恵子の大好きな曲です。
出だしは少し手が震えましたが、弾き始めると恵子は真由の家で弾いていることを忘れてしまうくらいに自分の世界に没頭していきました。
ある場面では哀しげに、またある場面では情熱的に歌い上げ、表情豊かに曲が流れていきます。
グランドピアノによる豊かな音が醸し出す「ラ・カンパネラ」を恵子自身が聞き惚れていました。

真由も真由の両親も、ただただ圧倒されていました。
とても中学生とは思えない豊かな表現力に完全に脱帽です。
演奏が終わって一瞬の静寂の後、真由たちはスタンディングオベーションです。
「恵子、すごい、すごいわ。すごく素敵だったわ」
真由は大興奮です。
「恵子さん、本当に驚いたよ。本当に素晴らしい演奏だよ」
真由の父も大絶賛で信じられないものを見たような表情です。
「耳汚しだなんてとんでもない。私たちの方こそ恵子さんの耳汚しだったかもしれないわ。恵子さん、厚かましいお願いなんだけど、何かもう一曲聴かせてもらえないかしら?」
真由の母の言葉に恵子は恐縮です。
「そんなことないです。皆さんの演奏、すごく素晴らしかったです」
「恵子、謙遜しなくてもほんと素敵だったわ。私からももう一曲お願いしたいわ」
「それでは全然違う雰囲気の曲ですが弾かせていただきます」

恵子は改めてサイハイソックスを整え直して、ピアノに向き合いました。
バッハの「主よ、人の望みの喜びを」です。
先ほどの「ラ・カンパネラ」とは一転して、ゆったりとした流れの中での抑揚のつけ方が絶妙で、コラール部分も優しく包みこむように響かせます。
弾き終わると、またもやスタンディングオベーションです。
「恵子さん、さっきのラ・カンパネラも素晴らしいけど、こういう聴かせる曲の方がより一層恵子さんの世界を表現しているわ」
「ママの言う通りかも。でもどちらも素晴らしかったよ。恵子さん、聴かせてくれてありがとう」
真由の両親から大絶賛されて、恵子は心からホッとしていました。
「恵子、本当にすごいわ。私なんか足元にも及ばないわ」
真由は決して嫌みや僻みではなく、心から恵子に感動し、恵子の友人であることを誇らしく感じていました。

「そうだわ、真由。聴かせてくれたお礼に、恵子さんにあれを聴いてもらったらどう?」
「ああ、そうだね。真由、せっかくだからどうだい?」
真由の母や父が勧めてくるのは、真由にとって嬉しいのですが、さすがにあの演奏の後では、真由は躊躇しています。
「いや、さすがに恥ずかしいわ」
「あの、あれって何ですか?」
「真由はギターが好きで、ピアノ以上に熱心に練習しているのよ」
真由の母が教えてくれました。
「え?真由、ギターやってるの?すごいじゃない!私、ギターはまったくやらないから真由の演奏を聴いてみたいわ」
「恵子がそこまで言ってくれるなら、やってみるわ。準備するから少し待ってね」
真由は部屋へギターと脚台を取りに戻りました。

真由が演奏してくれたのは、恵子にも分かりやすい「禁じられた遊び」でした。
余分な装飾を省いた真由のシンプルな調べが、かえってもの哀しさを引き立て、恵子の胸を打ちました。
(真由にこんな一面があったなんて‥)
弾き終えた後の恵子の嬉しそうな拍手に、真由もホッとしています。

「恵子、もう一曲聴いてくれるかな?」
「もちろんいいわよ」
真由はクラシックギターからアコースティックギターに持ち替えました。
真由の父が驚いている様子を見ると、真由の父の前で初めて披露するようです。
真由の母は父に説明しています。
真由が弾き始めると、恵子は思わず「あっ」と声に出してしまいました。
ビートルズの「Yesterday」の弾き語りです。
真由は一つ一つの単語をしっかり発音し、抑揚を大きくつけ、聴きやすくかつ情熱的に歌いあげました。
恵子は真由の想像しなかった姿に本当に驚きました。
「真由、びっくりよ。まったく想像してなかったわ。すごく素敵よ」
真由の父も真由のまさかの姿に驚きながら拍手していました。
「真由、いつの間に練習したんだ?上手いじゃないか」
真由の父は大のビートルズファンで、真由は母に助けてもらいながら、サプライズで練習していたのでした。

「それでは私ももう一曲いいですか?」
今度は何を弾くのかと興味津々の3人の視線を浴びながら、恵子はサイハイソックスに手を当てて気持ちを落ち着かせて、ピアノに向き合いました。
弾き始めると同時に、今度は真由が「あっ」と叫んでしまいました。
ビートルズの「Let it be」のピアノの弾き語りだったのです。
これには真由はもちろん真由の両親も再び大いに驚きました。
恵子は歌詞を聴きやすさを保ちながらも流すように歌い、メロディの流れを大切にしました。
終わると再びスタンディングオベーションです。
「真由、ほんとすごいよ。素晴らしかったわ」
やはり真由は大興奮です。
「恵子さん、素晴らしいビートルズをありがとう。いい演奏だったよ」
ビートルズファンの真由の父も大絶賛です。
「真由も恵子さんも独特の味があっていいねえ。2人がコンビ組んだら面白いんじゃないかな」
「あなた、それは煽りすぎですよ。2人が本気にしたらどうするのですか」
「ママ、真由はともかく相手が恵子さんなら心配いらないよ。大丈夫だよ」
「ちょっとパパ、真由はともかくってどういうこと?」
膨れ気味の真由にみんな大笑いです。

「ねえ、恵子、今度何か合わせてみない?」
「真由、ハモる曲もいいかもね」
「おっ、早速やる気満々だな。いいのができたら聴かせてくれよ」
真由の父の後押しに少し驚きながらも、真由と何かやってみたいなと恵子の心の片隅に芽生えてきたのでした。











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