目撃者

原口源太郎

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 やっぱりのこのこついてくるんじゃなかったと澄玲は思った。三十分以上は歩いている。森の中の、人が歩くというよりは獣道と言った方がいい道を休みなしに歩き続けて、そろそろ我慢の限界に達しようとしていた。
「ねえ、ちょっと。まだ歩くの?」
 前を歩く聖人の広い背中に、嫌味っぽく言ってやった。
「うん、もうちょっとだと思うんだけど」
 聖人は澄玲をちらっと見ただけで、少しも休む素振りを見せない。澄玲の、もううんざりといった感情はこれっぽっちも伝わっていないようだ。
「はー」
 澄玲は小さくため息をついたが、心の中ではその何倍も大きなため息をついていた。
 結局は諦めて聖人の後に従うしかない。
 大体、今日は本当なら林君とデートのはずだったんだ。それが親戚のおばさんが亡くなったとかで田舎に帰っちゃったから。
 横田君からもドライブに誘われていたんだけれど、聖人が車を買った、車を買ったってはしゃぐものだから。
 つい乗せられちゃったのがバカだった。
 横田君のピカピカの白い車と、聖人の古くてあまりきれいとは言えない車と比べたら、ねえ。でも、それは我慢できるとしても。
 山奥のガタガタ道に入り込んで、何だ、何だと思っていたら、いきなり車を停めて、やばいと思ったらこのざま。馬鹿馬鹿しくてやってらんない。
 澄玲はそんなことを考えてプリプリ怒りながら聖人の後を必死になって付いていった。
 そうよ、もう二度と聖人とデートなんてしてやらない。男は他にもいっぱいいるんだ。聖人はそれなりに良い男なんだけれど、ガキなんだ。サークルの中で名前を呼び捨てにされているのなんて聖人だけだ。二年生にだって、三年生にだってそんな人いないのに。
 全く。
 林君は優しいし、話していて楽しい人だ。横田君はお金があって、落ち着いていて、何ていうか、大人の雰囲気があるんだよね。木戸君はテニスが上手くて、おまけに明るくて、サークルの中じゃ注目株だし、石井君は退屈しない、退屈させない人。何でも知っていて、ユーモアもあって、話をいつまでも聞いていられる。
 だけど、聖人は。
 テニスが好きだからこのサークルに入ったのはわかる。それなりに上手いし。でも、いつもブスッとしていて、たまに嬉しそうにしていると思ったら、バイト代を頭金にして車を買っただって。それも今じゃ見かけないような古い車。
 あーあ、私って優しいんだよ。自分で言うのもなんだけど。
 ため息を吐くにしても心の中でそっと吐くってのに。
 ちょっとくらいは私のことも考えろよな、聖人!
 ドン!
 澄玲は何かにぶつかって、目か頭か体か、とにかく何かがぐらぐらと回った。
 そしてほんの少し、0.3秒ほど気を失った。
「ちょっと、目の前で急に立ち止まらないでくれる?」
 澄玲の我慢は今度こそ本当に限界に達した。
 大体、私は三番目じゃない。私の目の前でまず千代美に声をかけて断られて、次に桃香を誘って断られて。私まで断ったらかわいそうだと思ったからこうして付き合ってあげているのに。そこのところをわかっているのか?
 そんなことを口に出して言えるほど澄玲は強くなかった。
 でも、もう何か言ってやらないと気が収まらない。
 澄玲が口を開きかけた時、先に聖人が声を出した。
「見て」
 聖人は落ち着いた静かな声で言った。
 聖人が体を避けると、目の前に湖が現れた。湖というよりは池か? 澄玲はぐるりと辺りを見渡して、大きな沼なのだろうと判断を下した。
 ほとんど葉っぱを落として空っぽになった枝が水面に被さって、その向こうには杉みたいな濃い緑の木がずっと続いている。木の葉を浮かべた水面が、木の枝と青い山並みと水色の空を映している。空の中には池の底が透けて見えた。池の向こう側では一メートルくらいの小さな滝が少しの水を池に注ぎ込んでいる。
「いい所だろ」
「う、うん」
「秋のこの季節だからいいんだ。春や夏じゃ駄目だな」
 なぜこの景色にそんなこだわりがあるのかわからない。
 確かに夏だったら虫や爬虫類がうじゃうじゃいそうな雰囲気のある場所ではある。だけどまだ虫のいない春先の桜が咲いて木々の芽吹きを迎える頃ならそれなりにいい所かもしれないと澄玲は思った。
「誰かにこの景色を見せたくて、さ。誰か、女の子に」
 どーせ私は三番目です。
 ふたたび澄玲に怒りが込み上げてきた。
 この池を見せるため、見せるためだけに山の中を三十分以上も引きずり回したのか。
 あーあ。また心のため息。
 聖人はそこに座った。
 どうもここにしばらく居座るつもりらしい。しかも澄玲のことを忘れてしまったかのように水面を見つめている。
 澄玲は大事なスカートと疲れた足とを天秤にかけて、エイッとばかりに聖人の隣の落ち葉の上に腰を下ろした。
 ぽかぽかとした日差しが気持ちいい。風も雲も消えてしまった素敵な日曜日だ。
 怒りも消えてしまった。怒りが大きくなりすぎて通り越してしまったのかもしれない。

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