天の求婚

紅林

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本編

登城

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「……わざわざ総理が出迎えてくれなくても大丈夫ですよ。忙しいでしょうし」
「意外と暇なのよ」
 (な訳あるか)

 江流波宮殿の入口で待ち構えていた現職総理、真帆は笑顔で登城した大貴を出迎えた。
 婚約が決まって一週間が経過し最近では諸々の手続きのために登城することが多くなった大貴は毎回毎回出迎えてくれる真帆にそう苦言を呈した。なにしろ彼女は内閣総理大臣なのである。行政権を司る最高責任者にして実質的に帝国の序列二位のポジションにいる人物だ。暇な訳がない

「あ、髪を切りましたか?前より少し短くなってますね」
「よく気づいたわね。切ったと言っても前髪を整えただけなんだけど」
「そういったことに気づくのは紳士として当然です」
「あら流石は家督を継ぐまで社交界で浮名を流していただけはあるわね」
「なっ……!」

 数年前のまだ子爵令息に過ぎなかった頃の大貴は社交界に頻繁に顔を出して遊び呆けていた。現在は立派な黒歴史となりつつある

「それはそうと今日は陛下とお茶を飲むのでしょう?」
「はい、そのつもりです」
「じゃあ今日はのんびり出来るのね」
「いやぁ、陛下と同じ席にいるというだけでのんびり出来ません」

「ほう、悲しいことを言うじゃないか」

 そんな冗談を言いながら廊下を進んでいると後ろから突如声をかけられる

「陛下、待っていてくださいと申しましたのに」
「本当は紅葉が綺麗だから東の庭で待っていようと思ったんだが栗田夫人が婚約者を迎えに行けと言うのでな」

 突然背後から現れた天帝陛下こと蒼士は驚いている大貴を見て面白そうに笑った

「公爵夫人がお越しに?」
「いつもの事だ。また旅行に誘われたよ」
「もう天子時代とは違って中々旅行にも行けてませんしね。心配なされているのかもしれません」

「いつかは子爵とも行きたいものだな」
「……その時は喜んでお供します」

 大貴はそう言って軽く頭を下げた

「公爵は下がってくれ。ここからは二人で話したい」
「かしこまりました。では陛下、新田子爵、ごゆるりとお過ごしください」

 真帆は深々と頭を下げて来た道を帰って行った

「さて、行こうか」
「はい」

 蒼士は大貴にそう言ってゆっくりと歩き始める

「子爵はステッキを好んで持つのか?」

 蒼士は大貴の左手に握られている黒いステッキに目をやって不思議そうに尋ねた。

「いえ、服装に合わせてたまに携帯することもありますが常に持っている訳ではありません」
「そうなのか?ステッキは最近また流行ってきているらしいから子爵もそれで持っているのかと思ったぞ」
「私はミーハーではございません」
「はははっ、何もそこまで言っていないだろう?まぁ子爵がステッキをたまに持っているのは前から知っていたんだがな」

 少し拗ねたように言うと蒼士は面白そう笑いながら大貴の頭に手を乗せてクシャクシャと撫で回した

「お、おやめ下さい!」
「良いでは無いか」

 せっかくセンターパートにセットしていた髪がクシャクシャになり大貴は不貞腐れた

「子爵は恥ずかしがり屋らしい」
「そんなことはないと思うのですが……」
 (髪が乱されたのが嫌だったんだけど……)

「そう言えば子爵は何故私から求婚されたのか心当たりはあるか?」
「まっっったくと言っていいほどありません」
「だろーな。私は君に前から興味があったんだ。だからどうせ結婚するなら子爵が良いと思っていた」
「……私に興味が?ですが私は全く陛下の目を引くことは」
「一方的に見ていただけだ。子爵が気づいていないのは当たり前だ」

 大貴は蒼士の言葉に首を傾げる。まず大貴は第二天子を支持していたため第一天子だった蒼士にはほとんど会ったことがない。

「まぁ細かいことは気にするな」
「細かいことじゃない気がします。むしろすごく大事なところな気がします」
「すごく省略してまとめると私が一目惚れしたっていうことだ」
「一目惚れ、ですか」

 太平天帝国を統べる天帝陛下が純血とはいえ下級華族の大貴に一目惚れ。どこかの小説の物語のようだと大貴は思った

「まさかみかどがこちらにお越しとは思いませんでした」
「え?」

「一目惚れ」というワードに気を取られていると突如として女性の声が聞こえてきた。大貴はその声の主へと視線を向ける。そこには杖をついてゆっくりと歩く老婦人の姿があった。濃紺の細身のドレスに身を包みメイドの手を取りながらゆっくりと歩く姿には弱々しさを全く感じさせず、むしろ威圧感さえ感じられた

「夫人こそ帰ったのではなかったのか?」
「せっかく久しぶりに宮殿に参ったので紅葉でも見て帰ろと思っていたところです」
「それは良いな。さぞ綺麗だっただろう?私も今朝見たが東の庭の紅葉は実に美しい」
「えぇ大満足です」

 老婦人は優雅に微笑んだ

「それで帝、隣におられる方は噂のご婚約者?」
「あぁ紹介しよう」

 蒼士は隣にいた大貴の背中に手を回した

「私の婚約者の新田大貴子爵だ。公式発表はまだだが年明けには国民にも諸外国にも正式に発表するつもりだ」
「それはそれはおめでたいですこと」

 老婦人は持っていたクラッチバッグをメイドに渡し、ゆっくりと大貴の方へと歩を進める

栗田くりた光恵みつえです。どうぞよろしくお願いします」
「た、大変失礼致しました!栗田公爵未亡人とは夢にも思わず……!」

 大貴は深々と頭を下げた
 華族のことを全員覚えている訳では無いが有力者の顔は何かあった時のために基本的に記憶している。しかしこの老婦人はここ二十年近く社交界にまともに顔を出していない人物だったため大貴は気づくことが出来なかった。この老婦人は公爵位の華族、栗田家の先代公爵夫人で現在は世界中を旅して余生を過ごしている国内では生きる伝説のような扱いをされている人物だ。

「良いのですよ。死に損ないの老いぼれの顔を無駄な記憶力を使って覚えている方がおかしいのですから」
「あ、あはははは」

 本気なのか本気じゃないのか分からない冗談に大貴は愛想笑いを浮かべる

「では帝、私はこれで失礼します」
「あぁ、気をつけて帰ってくれ」

 夫人は蒼士と大貴に軽く頭を下げてメイドの赤城あかぎと共に廊下を進んで行った

「栗田公爵夫人、初めてお会いしました。すごく威圧感のある方ですね」
「私もそう思う。まぁ厳格な性格をしている人だからそう見えるだけかもしれないが」
「威圧感と言っても怖いという感じではなく。どことなく威厳を感じるというか……」
「ははっ、夫人にも伝えておこう」
「え、伝えないでください!」

 公爵夫人にそんなことを伝えられたら心象が悪くなるに違いない。蒼士とも親しい夫人の大貴に対する印象が悪くなってしまうのは避けたい

「冗談だ。まぁあまり気にするな。あの人は滅多に江流波にないないから。そんなに会うことも無い」
「余生を旅して過ごしておられると噂で聞いたことがあります。本当だったんですね」
「……そろそろ夫人の話はやめて私との二人だけの時間にしよう」

 蒼士は大貴の顔を覗き込みそう言った。突然のことに驚いた大貴は思わず一歩後ずさる

「東の庭に華都から取り寄せた茶を用意させた。一緒に飲もう」
「わっ!」

 急に手を引かれた大貴はされるがままに東の庭へと続く廊下を走るのだった
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