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本編
堀江御三家
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「旦那様!大変です!」
心と使用人たちに事情を説明した日の夕方、慌てた様子の三田が大貴の執務室にノックもせずに入ってきた。いつもとは違う使用人頭の様子に大貴は首を傾げる
「どうしたの?なにかあった?」
「御三家の方々がお越しでございます!」
『御三家』という言葉に当てはまる人物は大貴にとって二人しかいない
「まさか……亜梨奈さんと龍之介さんが?」
「はい!顧問弁護士の方も一緒です」
「はぁ……」
『堀江御三家』それは太平天帝国の名門純血華族、堀江家を本筋とする三つの分家の純血華族の総称だ。純血華族といわれる家門は数ある華族家の中でもひと握りしか存在しない由緒正しい血筋を持つ一族のことだ。堀江御三家は堀江家の意向に従い三つの家門が足並みを揃えることで、堀江家からの恩恵を享受してきた歴史を持つ一族だ
「このタイミング、嫌な予感しかしない……」
大貴の心配は父である先代新田子爵の行ったことだ
元々堀江家と御三家は自立派として第一天子派にも第二天子派にも属さない派閥を貫いていたのだが先代は日高侯爵の口車に乗せられ簡単に堀江家を裏切ってしまった。それなのにその責任を取らなければならないはずの現当主の大貴が天妃になるというとんでもない話しが浮上し、彼らは憤慨しているのだろう
「今は応接室に?」
「はい、小出子爵夫君と中川子爵夫人もお見えです」
「最悪じゃん」
帝国では華族家の当主のみにしか与えられない職業も多い。しかし成人華族であれば程度の職にも付ける。今回はそれが問題だった。なぜなら小出夫君は……
「たしか陸馬さんは……」
「内閣官房長官の秘書を務めておられます」
「だよね……」
つまりまだ大々的にに公開されていない婚約の情報もあちらに筒抜けということだ。下手なごまかしはきかないだろう
「ここで考えても仕方ない。早く行こう」
大貴は相手を待たせないためにも駆け足で廊下を進んだ
◆◇◆
応接室には重苦しい雰囲気が漂っていた。そんな中で大貴は肩身を狭くしてソファに腰掛けていた。
「今回のことで多少の還元はあると思ってよろしいのですわよね?」
そう言って扇を片手に優雅に微笑むのは大貴からみて右側のソファに座る小出亜梨奈子爵。大貴の遠縁に当たる同年代の女性だ。その隣には例の内閣府に務める夫、陸馬の姿もあった
「左様、私たちが君の父上の尻拭いをした恩を返してもらわなくては道理が通らぬ」
厳かな声色でそう言ったのは反対側にすわる中川龍之介子爵。こちらも大貴の遠縁にあたる同年代の男だ。そしてその隣に座るのが妻の桜子だ
「還元と言いますと……」
「もちろん貴方が天妃になった際、我々にちょっとした配慮をして頂けるのかということですわ」
(ちょっと配慮って、ただの口利きだろ!)
そんなことを思っても悪いのは全面的にこちらなので大貴は反論することが出来ない
「それは天帝陛下のお気持ち次第かと」
大貴は当たり障りの無い返答をした
「智子様は我々と違って大変喜ばれている。我らの一族から天妃を輩出するのは実に472年振りになるそうだ。分家である新田家とはいえ堀江家にとっても利のあることだとお考えなのだろう」
「智子様が?」
「私には到底納得のいく判断ではありませんけれど、堀江家は今回のことに関して口出しはしないそうですわ」
智子とは現堀江家の当主を務める女性で御三家の人間にとって天帝の次に敬うべき人物でもある。しかし龍之介と亜梨奈は不満そうだ
「私たちは智子様の意向に逆らうつもりはありませんわ。しかし背信行為をした新田家のみが天帝陛下の恩恵を享受できるのは納得がいきません」
「左様、帝位継承争いに負けた第二天子殿下を支援した君が何故天妃に選ばれたのか不思議でならない」
中川家も小出家も相当鬱憤が溜まっているようだ
大貴は一言断ってから応接室を退室し心と一時間ほど話し合った。最終的には小出家と中川家との何百年にも渡る関係を崩したくはないという心の言葉に大貴が折れ、ひとまずは彼らの要求を呑むこととなった
「お待たせしました。先程の件ですが陛下に相談はしてみます。ただ、これは政略的な婚約なので私の願いを陛下が聞いてくれるとは限りません。その事を覚えておいてください」
「いいでしょう。私たちも事を荒立てたい訳ではありませんし、陛下の手を煩わせるつもりはありません」
「しかし、君は覚悟をしたまえ。これで私たちに何の見返りもないのなら中川家は新田家を未来永劫許すことは無い。先代新田子爵の日高侯爵に対する献金の不正を揉み消してやったのは私だ。その事を努々忘れるな」
龍之介は怒りを全く隠さずに応接室を退室した。桜子もそれに続き、小出夫妻も応接室から退室する。しかししばらくすると小出子爵夫君である陸馬が慌てて引き返してきた
「大貴くん大貴くん!」
「あ、陸馬さん。どうしました?」
「言い忘れてたんだけど陛下と婚約するなら手術、しないといけないでしょ?」
「手術?」
「あれれ、もしかして忘れてる?人工両性生殖器官手術だよ!天帝陛下と結婚するなら大貴くんが手術を受けないと!」
「っ!」
人工両性生殖器官手術とは異性の生殖機能を人工的に取り付ける帝国では一般的になりつつある手術の事だ。最近では不妊治療などにも使われている
「宮内省が用意するかもだけど、カウンセリングは沢山受けた方がいいと思うんだ!だからもし良かったらいい病院紹介するよ?」
「あはは、そうですねー」
大天族や華族の次期当主が同性で結婚する場合は人工両性生殖器官手術を受けることは義務とされており、大貴も蒼士と結婚するとなれば手術を受ける必要がある
「名前だけ聞くと怖いかもだけど、意外とサクッと終わる手術だからそんなに怖がらなくても大丈夫だからね!」
「……そうですね」
当主が女性有爵者である場合は義務ではないが手術を受けることが推奨されている。出産などで長期間の政務が難しくなるためだ。帝国にも産休制度や育休制度は存在するがやはり爵位を持つ華族家の当主にはあらゆる特権と引替えにあらゆる義務が生じているため、そういった休みが取りにくいのだ。実際に亜梨奈と陸馬は二人とも人工両性生殖器官手術を受け、陸馬は半年前に念願の長男を出産した
「そうだよ。跡継ぎの話も出てたじゃん。その辺全然考えてなかった」
大貴は嫡男なので人工両性生殖器官手術とは全く縁がなく頭の片隅にもその事を置いていなかったため、今更気付かされた現実に非常に困惑するのだった
心と使用人たちに事情を説明した日の夕方、慌てた様子の三田が大貴の執務室にノックもせずに入ってきた。いつもとは違う使用人頭の様子に大貴は首を傾げる
「どうしたの?なにかあった?」
「御三家の方々がお越しでございます!」
『御三家』という言葉に当てはまる人物は大貴にとって二人しかいない
「まさか……亜梨奈さんと龍之介さんが?」
「はい!顧問弁護士の方も一緒です」
「はぁ……」
『堀江御三家』それは太平天帝国の名門純血華族、堀江家を本筋とする三つの分家の純血華族の総称だ。純血華族といわれる家門は数ある華族家の中でもひと握りしか存在しない由緒正しい血筋を持つ一族のことだ。堀江御三家は堀江家の意向に従い三つの家門が足並みを揃えることで、堀江家からの恩恵を享受してきた歴史を持つ一族だ
「このタイミング、嫌な予感しかしない……」
大貴の心配は父である先代新田子爵の行ったことだ
元々堀江家と御三家は自立派として第一天子派にも第二天子派にも属さない派閥を貫いていたのだが先代は日高侯爵の口車に乗せられ簡単に堀江家を裏切ってしまった。それなのにその責任を取らなければならないはずの現当主の大貴が天妃になるというとんでもない話しが浮上し、彼らは憤慨しているのだろう
「今は応接室に?」
「はい、小出子爵夫君と中川子爵夫人もお見えです」
「最悪じゃん」
帝国では華族家の当主のみにしか与えられない職業も多い。しかし成人華族であれば程度の職にも付ける。今回はそれが問題だった。なぜなら小出夫君は……
「たしか陸馬さんは……」
「内閣官房長官の秘書を務めておられます」
「だよね……」
つまりまだ大々的にに公開されていない婚約の情報もあちらに筒抜けということだ。下手なごまかしはきかないだろう
「ここで考えても仕方ない。早く行こう」
大貴は相手を待たせないためにも駆け足で廊下を進んだ
◆◇◆
応接室には重苦しい雰囲気が漂っていた。そんな中で大貴は肩身を狭くしてソファに腰掛けていた。
「今回のことで多少の還元はあると思ってよろしいのですわよね?」
そう言って扇を片手に優雅に微笑むのは大貴からみて右側のソファに座る小出亜梨奈子爵。大貴の遠縁に当たる同年代の女性だ。その隣には例の内閣府に務める夫、陸馬の姿もあった
「左様、私たちが君の父上の尻拭いをした恩を返してもらわなくては道理が通らぬ」
厳かな声色でそう言ったのは反対側にすわる中川龍之介子爵。こちらも大貴の遠縁にあたる同年代の男だ。そしてその隣に座るのが妻の桜子だ
「還元と言いますと……」
「もちろん貴方が天妃になった際、我々にちょっとした配慮をして頂けるのかということですわ」
(ちょっと配慮って、ただの口利きだろ!)
そんなことを思っても悪いのは全面的にこちらなので大貴は反論することが出来ない
「それは天帝陛下のお気持ち次第かと」
大貴は当たり障りの無い返答をした
「智子様は我々と違って大変喜ばれている。我らの一族から天妃を輩出するのは実に472年振りになるそうだ。分家である新田家とはいえ堀江家にとっても利のあることだとお考えなのだろう」
「智子様が?」
「私には到底納得のいく判断ではありませんけれど、堀江家は今回のことに関して口出しはしないそうですわ」
智子とは現堀江家の当主を務める女性で御三家の人間にとって天帝の次に敬うべき人物でもある。しかし龍之介と亜梨奈は不満そうだ
「私たちは智子様の意向に逆らうつもりはありませんわ。しかし背信行為をした新田家のみが天帝陛下の恩恵を享受できるのは納得がいきません」
「左様、帝位継承争いに負けた第二天子殿下を支援した君が何故天妃に選ばれたのか不思議でならない」
中川家も小出家も相当鬱憤が溜まっているようだ
大貴は一言断ってから応接室を退室し心と一時間ほど話し合った。最終的には小出家と中川家との何百年にも渡る関係を崩したくはないという心の言葉に大貴が折れ、ひとまずは彼らの要求を呑むこととなった
「お待たせしました。先程の件ですが陛下に相談はしてみます。ただ、これは政略的な婚約なので私の願いを陛下が聞いてくれるとは限りません。その事を覚えておいてください」
「いいでしょう。私たちも事を荒立てたい訳ではありませんし、陛下の手を煩わせるつもりはありません」
「しかし、君は覚悟をしたまえ。これで私たちに何の見返りもないのなら中川家は新田家を未来永劫許すことは無い。先代新田子爵の日高侯爵に対する献金の不正を揉み消してやったのは私だ。その事を努々忘れるな」
龍之介は怒りを全く隠さずに応接室を退室した。桜子もそれに続き、小出夫妻も応接室から退室する。しかししばらくすると小出子爵夫君である陸馬が慌てて引き返してきた
「大貴くん大貴くん!」
「あ、陸馬さん。どうしました?」
「言い忘れてたんだけど陛下と婚約するなら手術、しないといけないでしょ?」
「手術?」
「あれれ、もしかして忘れてる?人工両性生殖器官手術だよ!天帝陛下と結婚するなら大貴くんが手術を受けないと!」
「っ!」
人工両性生殖器官手術とは異性の生殖機能を人工的に取り付ける帝国では一般的になりつつある手術の事だ。最近では不妊治療などにも使われている
「宮内省が用意するかもだけど、カウンセリングは沢山受けた方がいいと思うんだ!だからもし良かったらいい病院紹介するよ?」
「あはは、そうですねー」
大天族や華族の次期当主が同性で結婚する場合は人工両性生殖器官手術を受けることは義務とされており、大貴も蒼士と結婚するとなれば手術を受ける必要がある
「名前だけ聞くと怖いかもだけど、意外とサクッと終わる手術だからそんなに怖がらなくても大丈夫だからね!」
「……そうですね」
当主が女性有爵者である場合は義務ではないが手術を受けることが推奨されている。出産などで長期間の政務が難しくなるためだ。帝国にも産休制度や育休制度は存在するがやはり爵位を持つ華族家の当主にはあらゆる特権と引替えにあらゆる義務が生じているため、そういった休みが取りにくいのだ。実際に亜梨奈と陸馬は二人とも人工両性生殖器官手術を受け、陸馬は半年前に念願の長男を出産した
「そうだよ。跡継ぎの話も出てたじゃん。その辺全然考えてなかった」
大貴は嫡男なので人工両性生殖器官手術とは全く縁がなく頭の片隅にもその事を置いていなかったため、今更気付かされた現実に非常に困惑するのだった
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