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番外・後日談
38. 天使は腐に染まるのか?
しおりを挟む年齢差も何のその、男達がわちゃわちゃと遊んでいる。その島をやや離れた島から、こちらも年齢差など気にせず、ルドヴィカを筆頭とした貴婦人達が微笑ましく眺めて楽しんでいた。
ルドヴィカの義姉は来ていない。ルドヴィクは身重の妻を気遣い欠席しようとしていたが、妻本人に「是非自分の分も祝ってきて欲しい」と送り出され、現在、島の中で楽しいお遊びに加わっていた。その姿は義姉への良い土産話になるだろう。
(……そのお話、もう少し、少々、詳しく聞かせていただけませんこと?)
(……わたくしもほんのちょっぴり、とっても、気になってよ)
貴婦人達の傍に侍り、お喋り相手を務めているのはロッソ邸のメイドである。
エルメリンダではない。彼女はオルフェオの傍にいるので、こちら側の島には来ていなかった。
そのエルメリンダの教えを受けた、優秀なメイドの一人である。彼女は先ほどから、さりげなく乞われるまま、さりげなくお喋りに応じていた。
貴婦人達が気になったのは、男子の島に必須の顔がひとつ見あたらなかったことだ。
近々侯爵となるロッソ伯爵の伴侶、ブルーノ準男爵アレッシオである。
珍しくロッソの分家や臣下筋を大勢招いていることもあり、出しゃばらないように控えているのかと、ある貴婦人が何気なくそう尋ねたのだ。
そうしたら、メイドからは思わぬ真相が明かされたのである。
なんでも、ロッソ伯爵はブルーノ準男爵と最近ますます仲睦まじく、部屋は別々に分かれているのだが、常に二人同じ寝台で寝起きしているらしい。
この時点で若い貴婦人の何人かは鼻に危機感を覚えたが、年季の入った貴婦人がさりげなく冷たい飲み物を注文し、事なきを得た。
(あの方は常にご自身の立場を弁えられ、大切な日には決して羽目を外されないのですが、去る《ファタリタ》の朝は……閣下への情熱が少々、いき過ぎてしまわれたらしく)
(ま、まあ……)
(まあぁ……)
(よ、夜ではなく、朝と仰いまして?)
(朝にございます)
(そこのところ、もう少し、詳しく知りたくてよ……)
ロッソ家のメイドはよく躾けられており、家の中の出来事を必要もないのにペラペラ漏らしたりはしない。
たとえ主人より身分の高い貴族やその家族に乞われようと、本来ならば決して口を割らないのだ。
では何故ここで、主人のとてもプライベートな話を流出させているかといえば、ここにいる貴婦人達が『ある特定の情報に限り』流したほうがいい顔ぶればかりだったからだ。
上流社会の女性達の中には、ある特殊な勢力やネットワークが存在する。かつては細々とした集まりに過ぎなかったが、近年は密やかに力を増しており、それをしっかり主人の味方につけておいたほうがよいとエルメリンダ達は判断していたのだ。
(……と、このようなことがあり。父君に『おいたが過ぎる』とお叱りを受けられまして……)
(まあ)
(まあぁ……)
エルメリンダは当初、『一週間おさわり禁止』を言い渡していた。ところがそれが、その日のうちに破られてしまったのである。
原因はどうやらオルフェオにあった。彼は何やらブルーノ準男爵に話したいことができて、その日の夜に彼の部屋を訪ねた。
その話がどうやら盛り上がる内容だったらしく、盛り上がって燃え上がってそのまま……。
オルフェオが強引に誘ったわけでも、アレッシオが一方的に熱くなったのでもない。二人が二人とも熱くなってしまった結果だったが、これに笑顔で激怒したのが、ロッソ本邸の執事であるブルーノ父、セルジオだ。
彼はもともとの『おさわり禁止令』を一週間から半月に延長しただけでなく、勤務時間外の接近禁止も言い渡した。
(なんてこと……!)
(お夕食の時間はどうお過ごしなのかしら? 二人きりでお食事をされることは)
(週に一度は閣下とご家族の皆様でお食事をされ、その席に加わることはございます。ですがそれ以外は……)
オルフェオは仕事の時間がまちまちになることが多く、週に一度だけイレーネとシルヴィア、アレッシオを含めた四人で夕食を摂る日を設けていた。
それ以外はずっとアレッシオと二人で食事をしていたのだが、あちらの部屋とこちらの部屋へ離ればなれにされてしまったのである。
そしてこれまで、二人きりの時は遠慮をしてくれていたブルーノ父がオルフェオの給仕をし、エルメリンダはアレッシオの給仕をすることになった。
『ご不満でしたら、私めがあなた様の給仕をいたしますよ、閣下』
と、ブルーノ父は笑顔で息子に言い放ったらしい。
これは逆らってはならない、と若い二人は冷や汗を流していたそうだ。
そして今日の集まりは、オルフェオにとってプライベートな時間にあたる。陞爵の前祝いであるが、誕生日の前祝いでもあり、いずれにせよ公私の『私』と判断された。
判断基準はブルーノ父とエルメリンダが決めた。ゆえに、迂闊に接近してはならない。
その上でアレッシオは今現在、裏方として父親にこき使われている。鬼である。
(なんということかしら)
(それでは、離ればなれになってもう半月ですの? 切ないですわ……!)
(そうなりますわよね。そうなりますと……そろそろ?)
(そろそろ……ですわよね)
貴婦人達は動揺を押し隠すために、お茶のカップを手に取った。全員が同じタイミングでカップを持ち上げ、同じタイミングで口をつけるのは、傍から見ていれば異様な瞬間である。
幸い、目撃者はメイドだけだった。
(引き離され、触れ合えない時間が長引けば長引くほど……二人は……)
(密かに、目を見合わせ……すれ違いざまに指先だけが……ああぁあ……)
(この娘達に冷たいお飲み物を追加していただけないかしら?)
(かしこまりました)
もう冬の手前なのに、冷えたジュースや果実水ばかり増えていくテーブル。
そこに、無邪気な声が投げかけられた。
「お姉様方、何だかお楽しそう」
ロッソ家の天使、シルヴィアである。後ろには母親のイレーネもいた。
先ほどまでシルヴィアは母親とともに本邸の様子を見回りながら、女主人としての教育を受けていたのだ。
格式のあるパーティーならば、常にルドヴィカの相手をしていなければならない。しかし今回はそれが必須ではなく、この機会に館の裏方がどのように動いているかを中心に教えられていた。
普通の令嬢には不要な知識だが、シルヴィアはオルフェオの妹であり、婚約者はラウルだ。命令を受けた人々の動き、流れを早いうちから見せて学ばせたほうがいいのである。
「何のお話をしていらっしゃるの?」
「え、その……」
「う、うふふ……」
「おほほ……」
貴婦人達は視線を泳がせ、ちらりとイレーネの様子を窺った。
イレーネはシルヴィアの背後で、優しげに微笑んでいる。その大天使の微笑みに、ルドヴィカですら肝を冷やしていた。
危うい発言をしたが最後、天罰が下りかねない……。
ルドヴィカを始め、貴婦人達は察していた。
この母娘、腐っていないのである。
義息子オルフェオとアレッシオの関係をすぐに受け入れたことからも、イレーネがそういった仲に寛容であることは間違いなかった。
ただし、それ自体に傾倒はしていない。イレーネは圧倒的な中立派なのだ。
そしてシルヴィアは……。
「お姉様……?」
「っ……」
「っっ……!」
きょとんと首を傾げる天使。その仕草、表情は、彼女の一番上の兄が身内相手へ見せるそれに酷似していた。
無邪気である。
大人顔負けの洞察力を発揮するようになり、時にラウルすら負けそうになるシルヴィアだが、実はそういったことには真実疎いのだった。
―――こんな天使を腐らせたら、人として終わる。罪の意識が尋常ではない。
どういたしましょう。どういたしましょう。
貴婦人達が心の中で悲鳴を上げる中、おっとりと答えたのは老婦人だった。
「ほほ……お恥ずかしいのですけれど、わたくしの夫が若い方々に交ざって遊んでいらして、とっても可愛らしいんですの。ほら、あちらに……」
指を指すのは非礼なので、手の平を上向けて小さく方向を示した。
別に動揺する必要はない。普通に本当のことを言えばいいのである。
天使は納得の表情を浮かべ、兄とその友人達、くだんの夫が仲良く騒いでいる島を見て笑顔になった。
貴婦人達の尊敬のまなざしが老婦人に集中する。
(さすがはロッソの臣下……)
(肝が据わっておいでだわ。見習わねば……)
そんな貴婦人達に謎めいた微笑みを向け、イレーネは老婦人とにこやかに挨拶を交わし、娘とともに女性達の島に加わったのだった。
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