巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

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番外・後日談

28. 食の聖地への情熱

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「お、賑わっているな……!」

 つい弾んだ声が出た。
 途中でも食べ物の屋台が賑わっているのを何度か見かけたけれど、大本命は以前ロッソ杯を開催した広場だ。そこにはたくさんの出店があり、買ったものをその場で座って食べられるようにテーブルや椅子も置かれている。

「うわぁ、人がたくさん集まってますね」
「知人の商人も宣伝してくれたみたいで、領外からもかなり来てますよ」
「仮設の宿を増やして正解でしたね。ほぼ埋まっておりますから」

 店を出している領民はめちゃくちゃ忙しそうだが、表情は皆にっこにこだ。最初は赤字覚悟だったけれど、この分だと最終的に黒字になるんじゃないか?

「やはり、料理の店が特に人気のようです」

 アレッシオが俺に笑みを向け、俺は会心の笑みで応えてやった。

 料理長とタッグを組んで徐々に料理を広めたわけだが、ただ単にレシピを紙に書いて配ったわけじゃない。
 まず、文字の読み書き自体ができない民もけっこういる。
 それに、読めたからといってそれが理解できるとは限らない。
 平民の識字率の改善についてはまた別の取り組みになるとして、読めばその通りに作れるわけじゃないのは、『俺』の体験でわかっていた。
 よくあるじゃん、「塩ひとつまみ」とか「飴色になるまで炒めて~」とか。

 「ひとつまみ」ってどれぐらいよ?
 「飴色になるまで」って、要するにどんな色? 飴色だって、薄いとか濃いとかたくさんあるじゃん?

 あちらの世界で聞いた話なんだが、女性が料理を作る時はふんわりとした表現でも理解できる人が多くて、男が料理をする時は分量や時間を明確にしとかないとダメな奴が多いらしいんだよな。かくいう『俺』がまさにそのタイプだったんだ。
 たまにネットで料理の作り方を調べても、文字だけの説明ではちんぷんかんぷんだった。画像がある場合でも、画像と画像の間にいったいどんな作業が挟まれているのか皆目わからない。
 一番参考になったのは、動画で説明しているやつだった。ひとつまみが要するにどのぐらいで、飴色がどんな色なのか、過程を見せてもらえば一目瞭然。ちなみに『俺』はカレーの作り方を動画で学んだぜ。タマネギの炒め方がわかんなかったからな!
 家庭科の授業では野菜の皮むき係でした。

 そんなわけで、我が家の料理人に不定期で料理教室をさせてみた。
 最初は使用人だけが対象だったけど、そのうち町のどっかの建物を借りて、平民の奥さんを何人か招待するようになった。
 料金はもらわなかった。タダで食べられる上にうまい料理の作り方を教えてもらえるってんで、これがまた大評判になりましたよ。

「ここから先はもう馬車では行けませんね。降りますか?」

 ニコラが言い、アレッシオとラウルが頷いて、俺達はそこから徒歩で移動することになった。護衛騎士も馬を降り、手綱を引きながら守る配置を取って移動する。
 広場に入る前から俺達の馬車は目立っていたから、周囲数メートルからざざざっと人が引いたよ。すみませんね、視察に通ります。気にせずそのまま楽しんでね。

「領主様ーっ!」
「おうさまーっ」
「これ、領主様と言いなさい」
「え~?」

 気分は芸能人である。そこのお嬢ちゃん、この赤毛の兄ちゃんはおうさまじゃありませんよ? 変な誤解をされたらいけないから、ちゃんと訂正してくれる親御さんグッジョブだ。
 行く手の人々が自主的によけてくれるので、すんなり歩けてありがたい。ラウルが呼び込んだ商人の店も見かけ、ここの職人から仕入れたアクセサリーなんかも売っているようだ。ニコラはさっそくミラの土産用に髪飾りを購入していた。
 しかし収穫祭であるからして、メインは食い物だよ。
 いや、予想以上に素晴らしいわ。

「本当にどれも美味しそうですね……」
「ええ、ここまでのものになるとは……」

 ラウルとアレッシオまでが本気で感嘆していた。ふっふっふそうだろうとも!
 食文化の進み方があちらの世界とは異なり、あると思っていた料理がなかったり、ないと思っていた料理が存在したりもする。
 だが基本的に言えることは、庶民が口にするものは家庭料理であり、そのレシピは地元で採れる食材にほぼ限定されていた。
 そして我が領の領民は、ちゃんとフォークやスプーンを使って食べる。肉料理でナイフを使う者だっている。
 ……当たり前だろって? いいや、平民は手づかみが基本っていう地域もまだまだあるんだよ。 パスタだって手づかみだよ! これを知った時は本気でびっくりしたさ。もしよその子だったら、フォークとスプーンの普及から始めなきゃいけないとこだったからさ……。

 まず、主食はパンだ。
 それから、パスタもある。
 チーズもある。
 貧しい家庭ではパンのみ。平均的な家庭では、パンと、パスタにチーズをかけたもの、スープなんかが出たりする。オリーブオイルに塩を入れてパンにつけて食べたりもするぞ。
 川魚も食べる。豚肉や鶏肉も食べる。牛肉は高級品だ。
 調味料は塩のみ。胡椒はまだまだ高い。
 油を使った炒め物や揚げ物はない。これは他国から伝わるのを待たなきゃな。

 我が領では米の栽培がないけれど、俺がそのうち八割ほどいただく予定の領地にはあったので、定期的に輸入してリゾットを広めた。小麦が主流だからか、米の地位が低いんだよな~。おかげで米が安く手に入って俺個人としてはシメシメなんだけども。
 それから意外だったのが、ミルクを使った家庭料理がなかった。他領にはあるみたいなんだが、ロッソ領にはなかった。チーズはあるのに、牛乳は飲み物っていう認識しかなかったので、これもせっせと広めた。

 ミルクに小麦粉、バター、塩を入れて作るホワイトソースなんて、富裕層の食卓にしか出せない贅沢品だからな。とろみをつけないミルクスープだけでも充分味わいがあるしと、庶民の懐事情を考慮しながらレシピを練った。
 ちなみにピザはなかった。嘘だろと思ったよ。トマトが食用になってから歴史が浅くて、ロッソ領でも刻んだトマトをチーズやパスタと一緒に食べるぐらいだった。庶民の食卓にトマトソースはまだないんだ。
 どのみち収穫の時期じゃないし、平べったいパンに具材をのせたピザ風おかずパンを広めた。いいんだよ、肉の角切り、キノコ、チーズ、香草をのっけて焼いただけでも充分にうまいぜ! でもいつかトマトソースのピザを広めてくれるわ。

「そろそろ昼時になります。場所を移動しましょう」

 アレッシオが耳の近くで囁いた。不意打ちの耳元はやめれ、なんて顔には出さず頷いた。
 あああ……あの挟みパン、うまそう。焼き鳥うまそう……。
 でも、俺はお貴族様で、領主様。ここで食うのが祭りの醍醐味なんだけど、それはやっちゃいけない。
 断腸の思いで馬車に戻り、乗り込んだ。

「お食事はどれにいたしますか?」

 御者席に座っていた従僕が、扉を閉じる前に小声で尋ねてきて、俺達も小声で答えた。

「そうだな、カボチャのシチューが食べたい。それからサーモンとホウレン草のミルクリゾット。焼き鳥も気になるんだが……」
「では、鳥の串焼きを四本頼みましょう。それと私はキノコとチーズの挟みパン、カボチャのミルクパスタをお願いします」
「僕はキノコとベーコンとチーズをのせた平たいパンを食べてみたいですね。それとサーモンとチーズの挟みパンも欲しいです」
「僕もニコラ殿と同じ挟みパンが欲しいな。それと、カボチャのシチュー! あれ閣下の一押しメニューだったやつですよね?」
「ああ、そうだ」

 従僕が頷くと、扉が閉められた。ちゃんと憶えられたのか少し心配になる。
 馬車はゆっくり進み始め、そう遠くない場所にある宿の前につけられた。ロッソ杯の昼食時にも利用した宿だ。
 悪いと思いつつ今回も貸切にしてあり、そこの食堂に入ると、白いテーブルクロスの上には陶器の深皿と金属製のカトラリーが準備されていた。

 それほど待たないうちに従僕が戻り、木製の器に入った料理を陶器の皿に移し始めた。あの一瞬で憶えられるのはすごいな。時間が経てば忘れてしまうんだろうけれど、俺ならメモ必須だぞ。
 俺はあそこで実際に出されているメシを絶対に食いたかったから、こういう形を取るしかなかった。従僕一人では運びきれないから、護衛騎士にも数人手伝わせちゃったのはゴメンナサイだ。
 ちなみに食器は店の前で食べ終えて返却するものなんだが、俺達はその場で食えないから、後で返すということで許してもらっている。

 ニコラが頼んだ平たいパン、なんちゃってピザなんだけど……ちゃんとピザ型に切られてはいるんだが、彼はナイフでひと口サイズに切り分けながら食べていた。生地が硬くないので、そう苦労せず切れるらしい。
 この中で手づかみが許されるのは、パニーニみたいな楕円形の挟みパンだけ。しかしこれも貴族の食事としては、実はギリギリアウトなんだ。だけど幸い、俺以外の三人とも庶民食に慣れていて、手づかみでかぶりついて食べるのに抵抗がなかったから、人前じゃなければOKということにしてもらえた。

「うわ、美味しい……!」
「ほんと、美味しいですねこれ!」

 ニコラとラウルから美味しいいただきました。
 アレッシオは鳥の串焼きを満足げに味わっている……見た目の違和感がすげぇな。
 俺も焼き鳥をぱくり。塩のシンプルな味付けが絶妙だ。うま~。
 ジャガイモ、ニンジン、カボチャ、角切りベーコンの入った贅沢なシチューはほっくりと甘みがあり、溶かし込んだチーズの風味と塩気がこちらも絶妙だった。サーモンとホウレン草のミルクリゾットもいける。いつかトマトソース、ミートソースも作ってやるぜ。夢は広がるな。

「これほどの味に仕上がるとは思ってもみませんでした……。正直、見くびっていましたよ」

 アレッシオが上品にカボチャのミルクパスタを咀嚼して飲み込んだ後、しみじみと言った。

「基本レシピの通りに作るだけでなく、領民自身でも工夫を重ねたんでしょうね。閣下の仰ってた『食の聖地』、いけますよ。これなら」

 ラウルがパンを頬張る合間に言い、ニコラが瞳を輝かせながら頷いた。どうやらニコラはパンとチーズの組み合わせが好物だな。
 皆が残らず料理を平らげ、腹が満ちる頃には大満足の顔になっていた。


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