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そして始まりへ

130. 目覚め

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 ごつごつとした足元に気を付けながら、暗い中を歩き続けた。
 随分長く進んだ気もするけれど、どのぐらいで着くんだろう。あんまり先行し過ぎると、子猫が付いて来られない、なんてことはさすがにないよな?

 時おり、過去の映像がふっと流れて消える。不思議な感覚だが、そこにはあちらの世界の『俺』の記憶もたまにあった。
 『俺』は自分の性癖を両親に打ち明けた時、罵倒されて縁を切られ、それをどこか自分のせいだと感じていた。自分が普通じゃないのが悪いんだと。
 頭から息子を否定する両親を憎み切れず、嫌いになれなかった。両親だって昔はそこまでではなかった、自分のこういうところを知る前まではそんなに冷たい親じゃなかったんだと。

 ―――いや~、どうだろ?
 「昔はそうじゃなかった」って……こうして今の俺の視点で客観的にると、昔もそんなに変わんないじゃん?
 自分の子供より、枠組みを大事にする親。どう見てもソレでしかないんだが。確かに怒鳴ったり暴力を振るう親ではなかったけれど、支配的で第一に世間、第二に世間。縁を切ったおかげでマシな人生が拓けたのは間違いないレベルだ。

 あちらの世界の『俺』が何年生きて、どんな最期を迎えたのかはやっぱりわからなかったけれど、それは俺が背負うべきものではないんだろう。
 すり減って消えかけていた俺を、この人格が侵食してくれたおかげで、俺は性格が激変し多くの道が拓けた。なんとなく自分にお礼を言うようでおかしな感じだけれど、『俺』には感謝したい気持ちなんだ。
 もしあちらの世界で、『俺』の魂だか何かが彷徨っているようであれば、子猫に頼めないかな。
 ……無理かな~。俺もう、差し出せるもん無いしな。知り合いだから仲良しだからって、「そのぐらいタダでやってくれたっていいでしょ?」っていうのはダメだ。そういうのはきちんとしないとな。

 曖昧な『俺』の過去と違い、はっきりしているのは巻き戻って以降の俺の記憶だ。
 巻き戻り前は存在すら認識していなかったメイドのエルメリンダは、「こんな近くにこんな人材がいたとは」ってびびらせてくれたなあ。
 フェランドと一緒に俺をバカにする陰険執事と決めつけていたブルーノ父は、実際は柔軟でユーモアが好きなイケオジだったし。
 イレーネ、ジルベルト、シルヴィアの三天使は超絶癒やしだった……シルヴィアごめんよ、せっかくの刺繍、受け取ってやれなくて……。
 ニコラ、ラウル、ルドヴィク、ルドヴィカ……みんな……
 ……アレッシオ。

 あいつには出会って間もない時に、とんでもないことをしてしまったよな……。
 俺の若気の至りによる媚薬事件については、結局ブルーノ父には言えずじまい。遺言のお手紙にすら書けなかったよ。あの時全力で我慢してくれたアレッシオには全身全霊でゴメンナサイだ。

 アレッシオの体格を我が身で実感させられるようになって、つくづく十二歳の俺があいつとするなんて無謀だったんだなと痛感したんだよ。しかもあの時使った手作り薬は、確実にあいつを堕とせるようにと本来は希釈して使うやつを原液そのままで飲ませちゃったから、相当きつかったと思うんだよね。
 後ろに入れない方法でやったとしても、薬でネジが飛んだアレッシオに十二歳の体格で乱暴な扱いをされていたら、彼の言った通り隠しようのない大怪我をしていただろう。

 そもそもアレッシオのあれが入るつもりでいたオルフェオくん十二歳。
 きみは無理・無茶・無謀の三拍子だ。そりゃあアレッシオに「舐め過ぎです」って説教食らうわ!

 あれ以来、俺の部屋にだけは絶対ハーブ類が飾られなくなったんだよなぁ……。ご迷惑おかけしました。
 そんなアホな俺の恋人になってくれて、あんなに大事にしてくれたのに……本当にごめん。

 かつての後悔を清算し、今回は何ひとつ後に響かないよう終わらせたかった。
 こんな形で、最大の心残りが刻まれてしまうなんて。

 ごめん。
 ごめんよ……。

 もしも叶うなら。
 最期にちゃんと、皆に笑顔を見せたい。
 叶うなら。
 どこまでも綺麗に澄んだ空を背後に、俺を呆然と見おろしていたあの時のアレッシオの、頬に触れたい。
 触れて、俺は大丈夫だからと、笑いかけてあげたい。
 もしも、叶うなら……。



   ■  ■  ■ 



 ……
 …………

 ……ここは、どこだろう?
 ……あれは、天井だ。

 見慣れた天井。
 俺の寝室の、天井だ。
 何かまた、記憶をているんだろうか。
 視界がぼんやりとして定まらない。薄暗いのは夜明け頃だからか、それとも曇りだからなのか。

 小さくカーテンの音がした。視線だけを動かすと、窓の傍には執事が立っていた。
 いや、デザインをそれに寄せた貴族服だ。
 ぼんやり薄い逆光の中、輪郭がはっきりしないけれど、そのシルエットは誰なのかすぐにわかる。

 ―――アレッシオ……。

 こんな記憶、あったっけ? なんだか別の記憶同士がごっちゃになっている気がする。
 それとも、俺が寝惚けて憶えていなかっただけかな?

「……オルフェ?」

 ごく微かな声で呼びかけられた。少し震えて聞こえるのはどうしてだろう。
 まばたきするなんて勿体ないけれど、瞼が勝手にパチ、パチと閉じてしまう。目の構造的に仕方ないとわかっているんだが。
 それにどうにも、頭が重くてぼんやりしている……。

「……あ……れし、お……」

 あ、声が出た。でもうまく出ないな。風邪を引いた時みたいだ。
 視力がどうも変になっているのか、表情がピンボケしてよくわからない。彼は俺が仰向けになっているベッドの傍まで来て、何やら口を開けたり閉じたりしていた。何を言おうとしているのだろう。それとも、何かを話しているのに、俺の耳が変で聞こえていないだけなのだろうか?

 こういう時、アレッシオが言いそうなことは……何か欲しいものはありますか、かな?
 水が飲みたいですか、とか。食べたいものはありますか、とか。
 おまえだよ、て答えても、もうセクハラにはならないんだよな。最高。

「…………だいて……」
「……!」

 いや待て、ちがうだろ!
 欲望だだ漏れか!
 だが弁解させて欲しい! 俺は「抱きしめてくれ」と言いたかったんだ! 純粋にろれつが回らなくて言い間違えたんだ!
 途中の大事な単語が抜けた結果、前後が繋がってとても危ない意味になってしまっただけなんだ!
 って、ただの記憶相手に何を言い訳しているんだ俺は……。

 ……ん? 記憶の中って喋れたっけ?

 寝台が沈み込んだ。やけにリアルだな。それに、ちゃんと音があるぞ?
 アレッシオが近くまで乗り上がって来て、俺の前髪を、頬を、どうしてか恐々こわごわとした手つきで触れてくる。
 それから深く息を吸い込んで、顔中にキスの雨を降らせてくれた。くすぐったくて気持ちいい、幸せなキス……それはやがて、唇に降りた。
 唇を唇に押し付けるだけ。これだけなのに、どうしてこんなに気持ち良いんだろう―――

「ンッ? ……ンンッ?」

 あ、れ?
 舌が、入ってきた。
 ちょっ……この感触、は……。

「ぁ、……んむ、ん、……ふっ……」

 ―――これは。
 これは、夢じゃない……!?
 このリアルな感触、強烈な感覚。これを勘違いなんてできるものか。
 何度もキスされてきたから記憶が鮮明なんだって、そういうレベルじゃない。だいたい、目が覚めてからの一連の流れ、本気で記憶にないぞ!?
 俺、本当に、本物のアレッシオにキスをされている……!?

「ふぁっ、……はっ、はぁ、はぁ……」
「オルフェ……!」

 情熱的な口付けが終わるや否や、強い力で抱きしめられた。俺が苦しくならないようにか、すぐに力を緩めてくれたけれど。
 アレッシオの肩が小さく震えていた。それに俺の首と肩の間に埋められた彼の顔が、濡れている……。
 泣いているんだ。アレッシオが!?

 そんな。なんで。
 まさか。どういうことだ。

 俺は―――死ななかった、のか……?


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