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蜘蛛の処刑台
119. フェランドのゲーム (4)
しおりを挟む背中にぬくもりを感じた。
凍えそうに震えていた身体を、アレッシオが背後から包み込んでくれていた。
瞼を閉じながら深呼吸をすると、一旦は震えが止まった。少し落ち着いて目を開ければ、ニコラとラウル、エルメリンダが心配そうにこちらを見ていた。
エルメリンダの手の中で、子猫は何を考えているのだろう。今はその表情が読めない。俺がこれを読んだ時点で、人の心を読める子猫にも内容が伝わっているはずだ。
人目を気にする余裕もなく、俺は自分の前にゆるく回されたアレッシオの腕に掴まり、再び読み進める。
アンドレアの『放蕩』に関する商人達の証言だ。
当時、商人達はロッソの領民の間で流れていたような、長男アンドレアの『放蕩』は存在しないと薄々勘付いていた。何故ならアンドレアが花街のどの店を利用したという話は彼らの間では全く聞かないし、酒場で豪遊していたらしいという話も眉唾だと知っていた。
何よりこの領地への物の流れからして、ロッソ家の親子は長い年月をかけて、何か大掛かりなものを造ろうとしている。遊び歩いて贅沢三昧、そんな日々を送っているとは考えにくい。
火のない所に煙は立たぬという諺があるが、火のない所に煙を立てたい者もいる。
彼らはきなくささを感じ、ロッソ領から離れた者もいたそうだ。
そして記述は、脈絡もなくフェランドのしもべ達の話に戻る。
当時の最上位クラスのトップグループが、勝手に自分達の手足にして、いいように使っていた下位身分の子弟。
その中で、フェランドのしもべをしていた元生徒達が、フェランドから何かを命令される際、どのように命じられていたかといった証言が書かれていた。
他の上位者よりも『慈悲深い』フェランドのおかげで、語ることを苦痛に感じるほどの目には遭わされていない―――少なくとも彼ら自身はそう思っており、かたくなに口を閉ざす者はいなかった。
それに彼ら自身のことを根掘り葉掘り訊かれるのではなく、最近どうも崩れてきているらしいフェランドのことだけでいいというのだから、喋ることにさして抵抗はなかった。
フェランドは自分の希望を実行させたい時、彼らにどのように言っていたのか?
『私は別に何も言わないさ。きみのやりたいようにやってみたまえ』
『わかるだろう? よくよく考えてごらん』
『私は何も言っていないよ。きみの判断でやるといい』
『きみはどうすべきかな?』
あれをしろ、これをしろ、とは言わない。具体的な言葉は決して口にしない。
第三者の誰が耳にしても、「フェランド=ロッソがこう命令していた」とは断定できない言い方だ。
「やりたいようにやれ」と言いながら、その実、フェランドの望み通りになるよう、頭を使って動けという『命令』である。
ちゃんと彼の意に沿っていれば褒めてもらえる。彼の望みにそぐわない結果であれば、失望と落胆の溜め息をつかれる。
この『命令』を、アンドレアやお祖父様やお祖母様が亡くなる前後で、奴が口にした瞬間があったか。
―――あった。
以前より勤務態度も周りからの評判も悪く、クビになった使用人がいた。
その男は『お優しい』フェランド坊ちゃまに縋った。どうにかクビを取り消して欲しい、また雇って欲しいと。
フェランドは優しい顔でその者の相手をしてやりながら、こう言った。
『よくよく考えてごらん。私にそのような権限があると思うかい? 可哀想だけれど、今の私には何もしてあげられないよ。わかるだろう?』
フェランド坊ちゃまはお優しい、と、それを目にしていた使用人は思った。
当時、そこそこ古株と言える者達はフェランドを「甘い」と評していたが、若い使用人の間では「お優しい」と高評価だった。
こんな性格の悪い男にも、こんな風にお優しく話を聞いてあげるなんて、と。
フェランドが爵位を継いだ後、その男は本邸の料理長になった。
■ ■ ■
ぐしゃりと紙を握り潰した。せっかくニコラが綺麗にまとめてくれたのに。
でも我慢ができなかった。
せっかく止まっていた震えが、自分への凄まじい怒りで蘇った。
「この男は、今……」
「一度、王都邸のほうに姿を見せたそうです。また料理長として雇って欲しいとフェランドに縋ったそうですが、『おまえに価値はない』と言われて追い返されたと……監視の者が追跡不要と判断し、その後の行方が知れません。現在、捜索させております」
「そうか……」
俺は。
最大、最悪の容疑者を、そうとは知らずに放り出してしまったわけか。
なんてことだ。なんてことだ。なんてことだ……!!
「見つかれば一発と言わず、五~六発くれてやる……!!」
「お手を傷めてはなりませんので、その前に布を巻いて保護してください」
「尋問の時に喋れないと困りますので、顔は二発ぐらいにしといてくださいね」
「目撃者を出さないよう建物の中でお願いします」
即座に完全犯罪の仲間になる宣言をしてくれるおまえ達、ほんと最高の側近だよ。
「閣下。アムちゃん抱っこなさいますか?」
「する」
即座に毛玉を受け取り、アルファ波を求めてなでなでもみもみ……「ふみ~」と毛玉が嫌がるも、今だけは耐えて欲しい。
昼食の時間までまだ間があり、それまで一人になりたいと伝えた。心配そうな彼らに心の中で謝りつつ、自室に戻ると毛玉を抱えたままベッドにダイブした。
「この阿呆が。間抜けが……!」
人生最大の特大ミスだ。悔しくて腹が立って血の気が引き、貧血に似ためまいと頭痛がしてくる。
仰向けになると、腹の上に子猫がちょこんと座った。
「……すまん。手で庇ったが、苦しかったか」
「んにゃ、だいじょふだぞ。おまえこそだいじょぶか? 唇まで真っ白だぞ」
ぽてぽて顔の近くまで歩いて来て、頬というか顎のあたりを肉球でピタピタ触る。やっぱり貧血になっているんだな。
「にしても、前も思ったけど、おまえら大したモンだな~」
子猫が感心していた。―――答え合わせの結果は、高得点か。
「みゅ。いくら僕でも、この世の全部を完璧に視通せるわけじゃないぞ? おまえの存在自体、僕には計算外だったんだからな。でも今日のアレは、ほぼ満点でいいだろ」
ほぼ満点か。細部の誤差を入れても、かなりの高得点じゃないか。
俺のバカ、バカ、バカ……!
「ん~。ヘコんでんな~。じゃ、こういうのはどーだ? ……『嘘はいけませんよ。ここ好きでしょう?』」
「ごふッ!?」
「みゅふ♡ 『あなたが可愛らしくて、ついいじめてしまう…』」
―――っっはうああぁあぁあッッ!? そそそそれはぁぁあっっ!?
「みゅっふっふ♡ ……『あなたは俺のもの…』」
「~~~ッッ!!」
い~やああああ~っっ!! や~め~て~ええええ思い出しちゃうじゃんかあああっっ!!
脱いだらバキバキに割れた腹筋とか、汗ばんだ硬い胸板とか、俺のそこに力強く腰を打ち付け……あああああ……!!
じたばたじたばたじたばた……。
……ぜい、はあ。
「お、顔色戻ったな」
「……おかげ様でな」
一気に血がのぼりましたからね……ははは。
これがあるから子猫に見られたくなくて、いつもアレッシオの部屋でしてもらっているのにな……どのみち全ては筒抜けということか……。
「えぇ~? ここでにゃんにゃんむちゅむちゅしてもいいんだぞう~? 僕は気にしないぞう~?」
できるかーッ!!
にんまぁぁ、と笑う子猫……。
……あ~、本当に調子が戻ってきた。なんかありがとうよ。複雑だけどめっちゃ効いたわ……。
それにしてもあの蜘蛛野郎、話に聞くお祖父様やお祖母様はまともなのに、なんであんなクズになったんだと思ったら、一応はきっかけらしいのがあったんだな。大部分は本人の気質だろうが。
「そだな。きっかけはあっても、選択し続けたのはアイツだな。強制なんぞされちゃいないし、選択の自由ってやつもあった。その上で、自分が楽しい選択肢ばっかり選んできたのはアイツの勝手だ」
悪い大人の見本たる母方の祖父が一時入り浸っていて、そいつに抱き込まれたメイドに囲まれていたとしても、それはほんの一時期に過ぎなかった。
素晴らしい両親とまともな兄貴がいて、いつだって彼らが守ろうとしてくれていたのに、勝手に彼らを見下し、利用して遊ぶ選択をしたのはあの野郎自身の意思だ。
「その侯爵とやらも納得がいかん。あの男と似たようなクズなのに、さっさと幸せに退場するとは……」
「ま、よくあることだな。クズな悪党がクズな悪党のまんま、何の苦労もせずハッピーに人生終了。ソイツもそーゆー、たまたまラッキーなクズの一人だったってだけだろ」
黙って真面目にあくせく働く善良な人間がバカを見て、彼らをせせら嗤う悪党が得をする。よくある構図だ。
よくあるからといって、受け入れられるかどうかは別の話だ。
「声のデカイ奴の良し悪しはさておき、得する奴が多いのは確かだな。喋らないほうがいいこともあれば、黙ってりゃ損しかしないことも結構多いぞ。おまえは黙ったまんまやられっぱなしになる道を選ばなかったから、今こうしてる。そんだけだ」
「そうだな……」
俺は『金太郎あめ悪役』を脱しはしても、自分の欲望に素直な悪党の一種だと思う。俺だけじゃなくアレッシオもエルメリンダも側近の皆も、誰かしらどこか悪党だ。
それでも俺は皆が好きだし、笑っていて欲しいし、彼らがいるから領民を救うことだってできた。
悪党は悪党でも、俺の大事なものは奴らとは違う。奴らと同じ選択肢は選ばない。
よいせと起き上がり、子猫の額を撫でたら、頭と鼻面をスリ、とこすりつけてきた。
なんか嬉しかった。
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