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蜘蛛の処刑台

118. フェランドのゲーム (3)

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 自分達の主人が何をやらせようとしているのか、その瞬間まで彼らはわからなかった。
 同じような場所に集まっている、一見すればまちまちの方向を向いた矢印の群れ。
 全体を見ながらなぞっていくと、それは大きなうずを描きながら進んでいた。

 彼らの衝撃は凄まじいものだった。
 そうか。あの人は、を見たかったのか。

 だからアレッシオがこの提案をした時、ニコラもラウルも、それが可能だとまったく疑わなかった。



   ■  ■  ■ 



 そして、出来上がったのがこれか……。
 俺は目を限界まで見開いて、詰めそうになっていた息を大きく吐いた。

「とんでもない奴らを側近にしてしまった……」
「我々に言わせれば、『とんでもない方の側近になってしまった』となりますよ」
「僕らに言う前に鏡を見ましょうね」
「ほんとですよ」

 え、いきなり一対三? 俺不利?
 いやいや俺に関しては過大評価だよ、すごいのはおまえ達だって……なんて反論していたら少し気分が上向きになってきたので、読み進めることにした。ところですごいのはおまえ達だからね? 前の図面の時だって、俺は「やって」って命じただけだからね?

 続きはフェランドの女性関係だった。なんかめっちゃどうでもよさそうだけど、ここに書かれているということは重要なピースのひとつなんだろうな。

 この情報を集めるのに協力してくれたのはルドヴィカだった。彼女は学生時代から、趣味ので共通の話題を持つ友人が増えていたそうで(あー…)王女様にも手伝ってもらい、友人達からフェランドの学生時代の女性関係情報を訊き出してくれたそうだ。
 話してもらったのは、彼女らの母親の話だ。今となってはその母親達にとって黒歴史でしかないだろうが、以前は「母様は昔こんな素敵な殿方とね~」みたいな武勇伝というか、淡い思い出を語ってくれていたようだ。

 当然のようにフェランドはモテていた。学園の王子様だったらしい。それをいいことに、複数の令嬢とそれなりに上手に遊んでいたようだ。
 上手にっていうのは、後に響かない遊び方をしていたということだ。……きわどいことをしても中には出さなかったり、とかな。
 彼女らはそれを「自分だけの特別な思い出」と語っていたようだが、自分と同じ『思い出』を持っている女が実は何人もいたとか、グループの男どもに「あの令嬢のはどうだった?」みたいに話題に出されていたなんて知ったら憤死しそうだな……。
 実はこんな下世話な『お遊び』をしてやがったっていうのは、上位者グループの下僕にされていた当時の令息達、複数名による証言である……。クズだ。ドクズだ。腐れ野郎どもが。

 ……いかん、ここで立ち止まるな。
 とにかく。
 フェランドの好みの女の傾向がこれでハッキリした。
 『誰もが美しいと褒め称える女性』だ。
 金髪碧眼が好きなのかと思ったが、一時の遊び相手にした令嬢には、その特徴に当てはまらない者も多かった。共通していたのが、その容姿やふるまいを周りから賛美されている女性、だったのだ。

 美しい美術品、美しい宝石、とにかく誰が目にしても「美しい」「素晴らしい」と口を揃えるようなものをフェランドは好んだ。
 ここから奴の性質も見えてくる。―――そういうものを所有できる優越感。自分が所有するに相応しいという傲慢さ。それらを得ることのできる自分への羨みの言葉、視線、そういったものが心地良くて大好きなのだ。

 ―――では、エウジェニアは?

 『ここからは推測が多い』と手元の紙には書かれている。

 フェランドが卒業して領地に戻るまで、奴の婚約者についての話は一度も出たことがなかった。
 なのに奴が領地で暮らし始めてから、婚約者の話が広まり始めた。
 上っ面に騙され、密かに想っていた令嬢達はショックを受けていたらしい。

 その頃に領地で何があったのかは、昔お祖父様に仕えていた例の小領主に詳しく尋ねた。
 お祖父様とお祖母様は、エウジェニアをアンドレアの婚約者にするつもりで迎えた。だが、その時点では二人は初対面で、名前すら直前まで知らない相手だった。
 小領主は詳細を教えてもらえなかったそうだが、エテルニアで王族に売られる予定だった令嬢を、半ばさらう形で連れて来たのではないかと思われる。

 だから館の者達には、しばらく滞在することになった姫君を大事にするようにとだけ周知され、婚約の二文字は出さなかった。けれど息子達にだけは、彼女をアンドレアの婚約者として考えていることを伝えていた。
 フェランドはエウジェニアをとても大切にしていたらしい。―――アンドレアより、フェランドと仲睦まじく過ごす光景のほうが多く見られたそうだ。当時まだフェランドの本性を知らなかった小領主は、彼が将来の義姉と仲良くしようと頑張っているのだと思い込んでいた。

 その頃からだ。フェランドが美しい婚約者を迎えたと噂が広まり始めたのは。
 それは彼らの姿を見て、思い込みで広めた者もいれば、フェランド自身もまたそのように周囲へ匂わせていた。

『あのようにお美しい方をお迎えできるなんて、嬉しいな』

 誰の元に迎えられた、とは明言せずに。誰かの耳に入る場所で、そのように嬉しそうに話していたらしい。

 これは完全な推測になるが……フェランドは、この美しい女性は自分にこそ相応しい、と思ったのではないか。
 そして、自分が甘く優しく接してやれば、どんな女性でも堕とせると自信を持っていたのではないか。

 ―――ところがエウジェニアはフェランドになびかず、アンドレアを選んだのではないか。

 つまり、フられたのだ。
 簡単に手に入ると増長していたモテモテの貴公子様は、さぞかしプライドが傷付いたに違いない。
 そして自分にそんな屈辱を味わわせ、恥をかかせたエウジェニアを―――『敵』と見做したのではないか。

 アンドレアが『不幸な事故』で他界した時、彼女の腹にはアンドレアの子がいた。
 悲しみに打ちひしがれる彼女に、「兄上の子を我が子として育てる」と甘い言葉で約束したのかもしれない。
 エウジェニアと結婚後、腹部の目立ち始めた彼女のことが話題になった時、フェランドがにこやかに「私の子」と言っていたのを複数名が耳にしている。
 ―――そしてエウジェニアもまた、「この子はフェランドの子」と言っていた。

 亡くなった兄の子を、きっと私の子として大切に育てると誓うよ。
 大切なアンドレアの弟が、そう約束してくれたのなら。
 エウジェニアも、そのように言うだろう。

 ところが。

 そうではなく。皆が本気で、その子がフェランドの実子だと思い込んでいると、彼女が気付いたとしたら。
 違う、この子はフェランドの子ではないと、否定したのではないか。

 それを耳にした使用人は……奥様が何か変なことを仰り始めた、という反応をするのではないか。

 誰に言っても本気に取ってもらえず、それどころか不貞を働いたかのように思われかけ、焦った彼女はフェランドに皆へ説明して欲しいと頼んだのかもしれない。その頃、お祖父様もお祖母様も既におらず、頼れる相手はフェランドしかいなかった。
 ところがフェランドは……。

『何を言っているんだ……?』

 そんな風に。
 不可解そうに、悲しげに、「何を言っているのかわからない」という顔をして。
 大変なことが立て続けにあったから、きっときみは疲れているんだ、休みなさいと、まるで彼女こそがおかしいことを口走っているかのように、なだめたとしたら。

 エウジェニアは。


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