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蜘蛛の処刑台
116. フェランドのゲーム (1)
しおりを挟む先代ロッソ伯爵と夫人の間には、アンドレアという息子がいた。
父親そっくりの緋色の髪、緋色の瞳の健康な男の子だ。
その子が五歳になる頃、弟が生まれた。亜麻色の髪に青灰色の瞳の子はフェランドと名付けられた。
年齢的にも、容姿的にも、生まれた順番も、跡継ぎになることはない子供。
当時、ロッソ伯爵には不愉快な親族がいた。―――夫人の父親である侯爵だ。
亜麻色の髪を持ち、侯爵家の次男として生まれたが、若い頃、兄に不幸があって侯爵家を継いだ。母親や周りの女達から甘やかされ、後継者教育をまともに受けておらず、甘い顔立ちで女性をたぶらかすのを好み、仕事もせず遊び歩いていた。
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ロッソ伯爵は妻を好ましく思っていたが、その父親のことは毛嫌いしていた。アンドレアが生まれた頃に一度借金を肩代わりしてやり、それなりの生活費も渡して、二度と来るなと申し渡していた。ところがフェランドが生まれた頃から、再びロッソ邸に押しかけ始めた。また金が尽き、借金が膨らんだからだ。
一応は夫人の父親であり、侯爵家当主である。しかも伯爵が不在の時を狙って訪れるため、館の使用人はたびたび彼を通してしまった。
そんな時に、子供達も彼に会っていた。孫に会わせろとしつこくごねるからだ。侯爵は伯爵に似たアンドレアには興味を示さず、次男のほうをよく構った。
この頃からたびたび、アンドレアは弟を叱るようになった。その声を耳にした使用人は多い。
遠くで聞いていた使用人は、「またアンドレア坊ちゃまがフェランド坊ちゃまをお叱りになっている…」とハラハラしていた。
―――ただし彼らは、アンドレアが何を叱っていたのかまでは聞き取れていなかった。
それをはっきり聞いていた第三者がいる。
出入りの商人だ。
フェランドのための玩具を売りにきた商人。
『あの男と遊ぶなと言ったろう! あれは相手にしてはいけない人なんだ! おまえ達も、何故あいつをフェランドに近付けるんだ!』
フェランドの傍にいたメイド達は、この時、気まずそうな顔で目を逸らしていた。
―――彼女らは、侯爵から髪飾りや首飾りなどを買い与えられていたのだ。それを主人にもアンドレアにも黙っていた。
アンドレアが弟を叱り、メイド達を叱った後、彼女らはこっそり商人やフェランドに言うのだ。「あれほどお怒りになることはありませんのにね」と……。次もまた侯爵から何かを買ってもらいたいと期待して、一部の若い女性の使用人は彼の味方になっていた。
だからアンドレアのことも、「性格がきつい」「怒りっぽい」「フェランド坊ちゃまがお可哀想」と、自分達にとって都合の悪い部分を隠して広めようとした。
もちろん全員が引っかかりはしない。怪しんだのはアンドレア付きのメイド達だ。彼女らはメイド長と執事にもその旨を伝え、勤務態度に大いに問題ありと判断された娘達はきっちり全員が解雇されている。
そして侯爵から金品を受け取らぬようにと改めて厳命が下された。そもそもあの男は、伯爵にせびった金で豪遊しているのだから。
―――ズレが生じたのは、おそらくこの頃だ。
ロッソ伯爵家の教育方針では、たとえ次男や三男であろうと、将来は家を支える一員としての教育を受ける。決してスペアの扱いではない。
ところが侯爵は、「この子は後継ぎ教育など不要なのだから楽しく遊んでよいのだ」と、フェランドに遊ぶことしか教えなかった。
フェランド付きの者達も、「後継者になる予定のない気楽で可愛らしいお坊ちゃま」としてフェランドを甘やかした。
ロッソ伯爵は、あまりに子供達の教育に悪い悪質な男だと、妻に了承を得た上で一切の援助を取りやめ、貴族院にも侯爵家との絶縁届けを出した。そしてすべての使用人に、この男を通した者がいれば罰すると通達した。
『よいかフェランド。おまえは将来ロッソを統べる者の一人として、しかるべき教育を受けねばならない。貴人はただ優雅に遊び暮らせばよい、などというあの愚者の妄言を真に受けるな』
『はい、お父様。もちろんです。僕はあのお祖父様のようにはなりません!』
良い子の次男は笑顔で答え、父親は「うむ、そうか」と安堵していたらしい。
しかしこの後、フェランドは自分付きになったメイド達に、たびたびこう漏らすようになっている。
『お兄様はよく、僕のことをお叱りになる。僕がいつもお父様やお母様に褒めていただくのが、気に入らないみたいだ……』
落ち込んだ子供の表情で。
実際、当主夫妻がフェランドの頑張りを褒めている光景はよく目撃されている。
アンドレアが勉強をしている時は、厳しく接しているというのに。
そして兄のアンドレアが弟を叱責する『声』も、よく聞こえるようになっていた。
フェランド坊ちゃまは、アンドレア坊ちゃまから厳しく当たられている―――。
■ ■ ■
アレッシオとニコラとラウル、それから子猫を抱いたエルメリンダ以外の人払いをし、俺はそれに目を通しながら、砂で撫でられたような不快な鳥肌を堪えきれなかった。
この時、フェランドは九歳。この時点で、彼は既にそうだったのだ。
叱責の内容だけは広まることがなく、ただ「アンドレアが弟を叱っている」事実と、「フェランドが兄に叱られている」事実だけが広まっていた。
その状況を作り出し、利用してほくそ笑む子供の姿が見える。
『僕はあのお祖父様のようにはなりません』
―――僕はもっとうまくやれますから。
この頃にはもう、遊戯だった。自分の思い通りに周りを動かし、自分の都合のいいように転がす。その方法を学習し、実行することに楽しみを覚えていた子供。
「当時の家庭教師からも話を聞くことができました。アンドレア様とフェランドの両方を教えられた方で、高齢ではあったのですが、記憶も言葉も明瞭でした」
アレッシオが指で示した部分に、その家庭教師の『証言』が書き添えられている。
先代伯爵がアンドレアに厳しく、フェランドには甘かった理由だ。
『アンドレア坊ちゃまは、大旦那様によく似ておいででした。突き詰めれば止まらない気質と申しますか、目指すところがよく似ておいでで、それゆえに衝突されることも多かったのです』
『フェランド坊ちゃまは、とても要領のよろしいお子様であると見受けられました。褒められるのがお上手と申しますか……』
フェランドは素直で、言われたことをきちんとその通りにこなし、両親に反発することもなかった。時々玩具遊びをしつつのめり込むことはなく、真面目に勉強をする物覚えの良い子を、両親は褒めた。
アンドレアは、言われたこと以外にも注目し、頑固で、違うと思えば相手が父親であろうと譲らなかった。父と息子はよくやり合い、夫人は「もう、この子ったら…」とぼやくことが多かったという。
その怒鳴り合いを離れた場所からただ聞いていた使用人達には、「この親子は仲が悪いのだな」としか聞こえなかった。
彼らの近くで仕え、その親子喧嘩を目の当たりにする立場にある者には、その本当の姿が理解できていた。
『大旦那様は、お若い頃のご自分と先代様のやりとりを思い出されてか、たまに少々気恥ずかしそうで……怒り顔を作ってはおられましたが、満足そうでいらしたと、わたくしには見えましたな』
『大奥様も、アンドレア坊ちゃまを困った子と仰りながら、どこかお楽しそうに……たまに笑いを堪えていらっしゃいました』
仲のいい親子の、息の合った親子喧嘩。
家庭教師には、そのようにしか見えなかった。
『フェランド坊ちゃまは確かに優秀なお子様でした。出された課題はどれもサクサクとこなされましたので。ただ、それ以外、それ以上のことはおやりになりません』
『お勉強の進みが早く、そしてご理解が深かったのは、アンドレア坊ちゃまでございました。とにかくあの御方は凝り性で、とことん突き詰めずにはいられぬご性格で……お勉強は面倒だとよくごねられたものですが、出されたからには徹底的にやるという御方だったのです。次代のロッソを継ぐべき、相応しい若君にお教えできる立場を、わたくしは誇らしく思っていたのですが……』
引退した後、アンドレアの放蕩の噂が聞こえてきた時は、とても悲しかった。
アンドレア坊ちゃまはお変わりになってしまったのだろうか、と。
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