巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
59 / 209
蜘蛛の処刑台

116. フェランドのゲーム (1)

しおりを挟む

 先代ロッソ伯爵と夫人の間には、アンドレアという息子がいた。
 父親そっくりの緋色の髪、緋色の瞳の健康な男の子だ。
 その子が五歳になる頃、弟が生まれた。亜麻色の髪に青灰色の瞳の子はフェランドと名付けられた。
 年齢的にも、容姿的にも、生まれた順番も、跡継ぎになることはない子供。

 当時、ロッソ伯爵には不愉快な親族がいた。―――夫人の父親である侯爵だ。
 亜麻色の髪を持ち、侯爵家の次男として生まれたが、若い頃、兄に不幸があって侯爵家を継いだ。母親や周りの女達から甘やかされ、後継者教育をまともに受けておらず、甘い顔立ちで女性をたぶらかすのを好み、仕事もせず遊び歩いていた。
 そして困った時は、すぐにロッソ伯爵家へ押しかけていた。自分の娘の夫に金をせびるためだ。

 この男は多額の借金を抱え込みながら、なおも遊ぶのをやめず、下位の者を見下す態度を隠さない男だった。美しい女性は自分の所有物と言い切り、容姿の優れた娘をロッソ伯爵家に嫁がせたのは、財産のある男と縁を結んで寄生するのが目的だった。

 ロッソ伯爵は妻を好ましく思っていたが、その父親のことは毛嫌いしていた。アンドレアが生まれた頃に一度借金を肩代わりしてやり、それなりの生活費も渡して、二度と来るなと申し渡していた。ところがフェランドが生まれた頃から、再びロッソ邸に押しかけ始めた。また金が尽き、借金が膨らんだからだ。

 一応は夫人の父親であり、侯爵家当主である。しかも伯爵が不在の時を狙って訪れるため、館の使用人はたびたび彼を通してしまった。
 そんな時に、子供達も彼に会っていた。孫に会わせろとしつこくごねるからだ。侯爵は伯爵に似たアンドレアには興味を示さず、次男のほうをよく構った。

 この頃からたびたび、アンドレアは弟を叱るようになった。その声を耳にした使用人は多い。
 遠くで聞いていた使用人は、「またアンドレア坊ちゃまがフェランド坊ちゃまをお叱りになっている…」とハラハラしていた。
 ―――ただし彼らは、アンドレアが叱っていたのかまでは聞き取れていなかった。

 それをはっきり聞いていた第三者がいる。
 出入りの商人だ。
 フェランドのための玩具オモチャを売りにきた商人。

『あの男と遊ぶなと言ったろう! あれは相手にしてはいけない人なんだ! おまえ達も、何故あいつをフェランドに近付けるんだ!』

 フェランドの傍にいたメイド達は、この時、気まずそうな顔で目を逸らしていた。
 ―――彼女らは、侯爵から髪飾りや首飾りなどを買い与えられていたのだ。それを主人にもアンドレアにも黙っていた。

 アンドレアが弟を叱り、メイド達を叱った後、彼女らはこっそり商人やフェランドに言うのだ。「あれほどお怒りになることはありませんのにね」と……。次もまた侯爵から何かを買ってもらいたいと期待して、一部の若い女性の使用人は彼の味方になっていた。
 だからアンドレアのことも、「性格がきつい」「怒りっぽい」「フェランド坊ちゃまがお可哀想」と、自分達にとって都合の悪い部分を隠して広めようとした。

 もちろん全員が引っかかりはしない。怪しんだのはアンドレア付きのメイド達だ。彼女らはメイド長と執事にもその旨を伝え、勤務態度に大いに問題ありと判断された娘達はきっちり全員が解雇されている。
 そして侯爵から金品を受け取らぬようにと改めて厳命が下された。そもそもあの男は、伯爵にせびった金で豪遊しているのだから。

 ―――ズレが生じたのは、おそらくこの頃だ。

 ロッソ伯爵家の教育方針では、たとえ次男や三男であろうと、将来は家を支える一員としての教育を受ける。決してスペアの扱いではない。
 ところが侯爵は、「この子は後継ぎ教育など不要なのだから楽しく遊んでよいのだ」と、フェランドに遊ぶことしか教えなかった。
 フェランド付きの者達も、「後継者になる予定のない気楽で可愛らしいお坊ちゃま」としてフェランドを甘やかした。

 ロッソ伯爵は、あまりに子供達の教育に悪い悪質な男だと、妻に了承を得た上で一切の援助を取りやめ、貴族院にも侯爵家との絶縁届けを出した。そしてすべての使用人に、この男を通した者がいれば罰すると通達した。

『よいかフェランド。おまえは将来ロッソを統べる者の一人として、しかるべき教育を受けねばならない。貴人はただ優雅に遊び暮らせばよい、などというあの愚者の妄言を真に受けるな』
『はい、お父様。もちろんです。僕はあのお祖父様のようにはなりません!』

 良い子の次男は笑顔で答え、父親は「うむ、そうか」と安堵していたらしい。
 しかしこの後、フェランドは自分付きになったメイド達に、たびたびこう漏らすようになっている。

『お兄様はよく、僕のことをお叱りになる。僕がいつもお父様やお母様に褒めていただくのが、気に入らないみたいだ……』

 落ち込んだ子供の表情で。
 実際、当主夫妻がフェランドの頑張りを褒めている光景はよく目撃されている。
 アンドレアが勉強をしている時は、厳しく接しているというのに。
 そして兄のアンドレアが弟を叱責する『声』も、よく聞こえるようになっていた。

 フェランド坊ちゃまは、アンドレア坊ちゃまから厳しく当たられている―――。



   ■  ■  ■ 



 アレッシオとニコラとラウル、それから子猫を抱いたエルメリンダ以外の人払いをし、俺はそれに目を通しながら、砂で撫でられたような不快な鳥肌を堪えきれなかった。
 この時、フェランドは九歳。この時点で、彼は既にだったのだ。
 叱責の内容だけは広まることがなく、ただ「アンドレアが弟を叱っている」事実と、「フェランドが兄に叱られている」事実だけが広まっていた。
 その状況を作り出し、利用してほくそ笑む子供の姿が見える。

『僕はあのお祖父様のようにはなりません』

 ―――僕はもっとうまくやれますから。

 この頃にはもう、遊戯ゲームだった。自分の思い通りに周りを動かし、自分の都合のいいように転がす。その方法を学習し、実行することに楽しみを覚えていた子供。

「当時の家庭教師からも話を聞くことができました。アンドレア様とフェランドの両方を教えられた方で、高齢ではあったのですが、記憶も言葉も明瞭でした」

 アレッシオが指で示した部分に、その家庭教師の『証言』が書き添えられている。
 先代伯爵がアンドレアに厳しく、フェランドには甘かった理由だ。

『アンドレア坊ちゃまは、大旦那様によく似ておいででした。突き詰めれば止まらない気質と申しますか、目指すところがよく似ておいでで、それゆえに衝突されることも多かったのです』

『フェランド坊ちゃまは、とても要領のよろしいお子様であると見受けられました。と申しますか……』

 フェランドは素直で、言われたことをきちんとその通りにこなし、両親に反発することもなかった。時々玩具オモチャ遊びをしつつのめり込むことはなく、真面目に勉強をする物覚えの良い子を、両親は褒めた。
 アンドレアは、言われたこと以外にも注目し、頑固で、違うと思えば相手が父親であろうと譲らなかった。父と息子はよくやり合い、夫人は「もう、この子ったら…」とぼやくことが多かったという。

 その怒鳴り合いを離れた場所からただ聞いていた使用人達には、「この親子は仲が悪いのだな」としか聞こえなかった。
 彼らの近くで仕え、その親子喧嘩を目の当たりにする立場にある者には、その本当の姿が理解できていた。

『大旦那様は、お若い頃のご自分と先代様のやりとりを思い出されてか、たまに少々気恥ずかしそうで……怒り顔を作ってはおられましたが、満足そうでいらしたと、わたくしには見えましたな』

『大奥様も、アンドレア坊ちゃまを困った子と仰りながら、どこかお楽しそうに……たまに笑いを堪えていらっしゃいました』

 仲のいい親子の、息の合った親子喧嘩。
 家庭教師には、そのようにしか見えなかった。

『フェランド坊ちゃまは確かに優秀なお子様でした。出された課題はどれもサクサクとこなされましたので。ただ、それ以外、それ以上のことはおやりになりません』

『お勉強の進みが早く、そしてご理解が深かったのは、アンドレア坊ちゃまでございました。とにかくあの御方は凝り性で、とことん突き詰めずにはいられぬご性格で……お勉強は面倒だとよくごねられたものですが、出されたからには徹底的にやるという御方だったのです。次代のロッソを継ぐべき、相応しい若君にお教えできる立場を、わたくしは誇らしく思っていたのですが……』

 引退した後、アンドレアの放蕩の噂が聞こえてきた時は、とても悲しかった。
 アンドレア坊ちゃまはお変わりになってしまったのだろうか、と。


しおりを挟む
感想 821

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。