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第5章 皇帝編

第168話 競い合う2人 ~リーンハルトとヘルマン~

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 翌日の朝、ギルドに顔を出すと昨日登録を担当してくれた職員に声をかけられた。
 30代くらいの歳に見える女性で、名前をモダレーナという。ギルドの受付職員のなかではベテランらしい。

「私がヒルデ様のパーティーの担当ということになりました。今後は何か相談ごとなどがありましたら私にお声がけください。
 ヒルデ様は白銀のアレクさんの関係者なのでしょう?」
「ええ。まあ…」

「実は私、アレクさんの担当者だったんですよ」
「えっ。そうなんですか!」

「無茶なクエストもいくつも引き受けてくれて…懐かしいわ…」
「ち…アレクさんはどんな感じだったんですか?」

「秘密主義でね。何にも正体を明かしてくれなかったのよ。それで実は女なんじゃないかとか、中年なんじゃないかとか根も葉もないうわさがいろいろあったわ。
 それでヒルデさんはアレクさんの娘か何かなの?」
「ええ。実は…そうなんです」

「やっぱりぃ。顔の輪郭とか口元がそっくりだったからすぐわかったわ。で、アレクさんは元気にしているの?」
「ええ。元気です」

「パーティーメンバーの方はどうなのかしら?事情があって解散することも多いのだけれど…」
「皆さん一緒です」

「それは良かった。いまでも皆さんで冒険を?」
「いえ。冒険の方はあまりやっていません」

「んっ。では何を?」
「さる貴族の方の軍隊に…」

「まあ凄い。確かにアレクさんの腕なら軍隊でも引く手あまただわよね。皆さん結婚はされたのでしょう?」
「ええ。まあ…」

 ──ヘルミーネ一さんとベアトリスさん以外は愛妾あいしょうだけど…

 これではとりとめがない。
 ブリュンヒルデは話題を変えた。

「ところで、昨日は獲物で倉庫が一杯になってしまったのですが、今日は数をひかえた方がいいんですか?」
「そこは大丈夫よ。倉庫はあれだけじゃないの。アレクさん対策で倉庫は増設してあるから、思う存分狩ってもらって大丈夫よ」

「わかりました。それを聞いて安心しました。
 昨日で黒の森シュバルツバルトにもだいぶ慣れたので、今日は、質を絞ってもう少し高ランクのものをピンポイントで狩っていこうと思うのだけれど…昨日も聞きましたが、ランクが上の魔獣を狩るのは問題がないのですよね?」

「それはそうなのですが、だからといって無理はしないでくださいね」
「それはもちろんわかっています。背伸びをするつもりはありませんから…」

「それは安心しました。では、今日もがんばってくださいね」

    ◆

 黒い森シュバルツバルトに着くと、ブリュンヒルデは、ショートカットするために森の中ほどまでテレポートした。

 千里眼クレヤボヤンスで周辺を探索していく。予定どおり今日は大型・中型の魔獣をピックアップして狩ることにする。
 昨日狩ったファイアボアーやアイスグリズリーのほか、サンダーディア―なども狩っていく。

 サーベルタイガーも数頭混じっていた。こいつは若干手ごわかったが、2人と一匹で連携して仕留めた
 3歳の時にサーベルタイガーに怖い思いをさせられたのも、今はいい思い出だ

 実は、ブリュンヒルデは魔法も得意なので、魔法を使えば瞬殺できると思うが、今は成長期なので、魔法はできるだけ使わずに肉体を強化することにする。

 なんだかんだ結構な頭数狩ってしまったので、今日は早めに切り上げてギルドへ向かう。

 買取りカウンターでリーンハルトが声をかける。
「今日も少し多めなので倉庫に案内してもらえますか?」

 ギルド職員はもう慣れているとばかりに、昨日とは違う倉庫に案内した。

「申し訳ございません。本日も査定結果はすぐには出ませんので、明日以降ということでお願いします」
「了解しました」

    ◆

 更に翌日。ブリュンヒルデはだちがギルドへ顔を出すと、モダレーナに呼ばれた。

「昨日と一昨日の査定結果が出ました。金貨が30枚と銀貨が5枚になります。今お受け取りになりますか?」
「ギルドの口座に入れておいてください」

 ──冒険者って意外に儲かる職業なのね。その分危険も多いけれど…

「それから、ヒルデ様のパーティーのDランクへの昇格が決まりました。今日からはアイアンのプレートになります。たった2日でDランクなんてすごいですね。アレクさん以来です。

 魔獣にはB・Cランクも結構混じっていましたし、何頭かあったサーベルタイガーなんかAランクなんですよ。本当は、いきなりCランクという話もあったのですが、2階級昇格に難を示す幹部もいて結局Dになっちゃいました。私の力が及ばす申し訳ございません」
「いや。いえ急いでランクを上げなければならない事情もありませんし、地道にやっていきますよ」

「そういって言っていだだけるとありがたいです」

    ◆

 そんな感じで3か月が過ぎたころ。いよいよAランク昇格の話がモダレーナからあった。

「実技試験はお受けになりますよね」

「そうですね。せっかくのチャンスだから受けてきましょう。
 リーンハルトもいいわよね」
「もちろんです。ひ…お嬢様」

「試験は剣術部門ということでよろしいですね」
「はい」

 翌日、ギルド裏にある試験会場に指定時間に行くと既に試験官が待っていた。
 試験官は180センチを超える長身で約30センチの身長差は大きなハンデだ。体も良く鍛えられている感じだ。

 今日は放出魔法もプラーナによる身体強化もなしの肉弾戦で挑む。
 力勝負になったら確実に負けるだろう。ブリュンヒルデは2刀流で手数と技術で勝負するタイプだから自分のペースで勝負するまでだ。

「お待たせしてしまいましたか?」
「いや。白銀のアレク以来の期待の新人と勝負ができるってことで興奮しちまってな。ついつい早く来てしまった。
 試験は安全のため木刀で行う。ただ、まともに当たっちまったら骨くらい折れるから注意しな」

 ブリュンヒルデとリーンハルトは木刀を受け取り、軽く素振りをしてみる。最近はずっと真剣だっただけに少し頼りない感じだ。

 ──だが、その分速さはかせげるはずよ。そういう意味では、こっちに有利ね…

「どちらが先にやる?」
「まずは、私がやるわ」とブリュンヒルデが手を挙げた。

「へえ。お嬢ちゃん。気合が入っているじゃねえか」
「もちろんよ」

「用意はいいか?」

 次の瞬間、試験官は驚いた。
 白銀のアレクと同じ2刀流ではないか。構え方もそっくりだ。

「形だけアレクの真似をしても強くはなれねえぜ」
「これは私のスタイルよ」

「ほう。では、いくぞ!」

 試験官の方からいきなり攻撃してきた。

 ずいぶんと気合が入っている感じだが、これを片手で受けて軽く横に流す。真正面から受けるのは力勝負になるのでなしだ。

 数合打ち合って、すぐにがっかりした。

 2刀流の使い手は確かに少ないが、試験官は2刀流とやりあった経験がほとんどない様子で、あちこち隙だらけだ。

 そのまま一気に勝負を決めることもできたが、試験官の面子もあるだろうし、それか10合ほど打ち合ってから試験官の首に木剣を突き付けた。

「いやー負けだ負けだ。おめえ強よいな。いい腕してるぜ。まだ若いし、これで年を経て体ができてきたら言うことないな。頑張んなよ。『ブラッディ・ヒルデ』」
「ありがとうございました」

 このころブリュンヒルデはバーデン=バーデンの冒険者の間ですごい新人がいるということで話題になっており、いつしか「ブラッディ・ヒルデ」の二つ名で呼ばれるようになっていた。
 これは彼女が魔獣の返り血を気にしてマントの色を白から深紅しんくに変えたことに由来していた。

 続いてリーンハルトも試験を無難にこなし、無事合格した。
 リーンハルトも「湖のリーン」の二つ名で呼ばれるようになっていた。これは端正な顔立ちで、湖のように落ち着いて穏やかな印象があるかららしい。特に女性冒険者には人気がある。
 さすがは湖の乙女に育てられているだけのことはある。

    ◆

 ホーエンバーデン城へ戻ると、リーンハルトは「姫様。今日も失礼いたします」と言ってどこかへ行ってしまった。

 ここしばらく続いているのだが、リーンハルトがブリュンヒルデを置いていくなど滅多にないことなので気にはなっていた。
 ブリュンヒルデは、こっそり後を付けてみることにした。

 どうやら向かっているのは剣闘場のようだ。
 まだ、剣術の稽古をしようというのか?

 剣闘場に着いてみると、一人の少年が待っていた。ヘルマンⅥ世だ。

「遅かったな。臆して逃げたのかと思ったぞ」
「そんな訳がなかろう」

「では、いくぞ!」
「いつでも来い!」

 2人は木剣で練習試合を始めた。
 だが、剣術にはリーンハルトに一日の長があった。

 ヘルマンは打ちのめされてしまう。

「まだだ」というとヘルマンは再びリーンハルトに向っていく。
 それはヘルマンの体力が尽きるまで続いた。

 リーンハルトが言う。
「これでわかっただろう。姫様にふさわしいのは私の方だ」
「何を言う。ほんの少しの差ではないか。明日こそ私が勝ってみせる」

「何度やっても同じことだ。剣術というものは、その少しの差がものを言うものなのだ」

 ──私にふさわしいって何よ…

 隠れて見ていたブリュンヒルデは姿を現し、言った。
「私に隠れて2人で密会なんて仲がいいのね」
「姫様!これは…その…」

「私にふさわしいって、どういうことなのかしら?」

 ヘルマンが答えた。
「それは強い者の方が君にふさわしいということだ。君もそう思うだろう?」
「強い者ねえ。それは強いに越したことはないけど、私より強い人なんてお父様と対等にやり合える実力のある人くらいだから、世の中に数えるほどしかしないわ」

「なんだと…では、君の好みの男というのはどういうものなのだ?」
「う~ん。優しい人かな…それで包容力があればもっといい」

「優しい…人…だと…」

 ──俺たちが勝負していたのは何だったんだ…

 リーンハルトとヘルマンは力が抜けてへたり込んでしまった。

 リーンハルトが尋ねる。
「それって…一言で言うと陛下みたいな人がタイプということですか?」
「あら。鋭いわね。簡単に言えばそういうことよ。私、ファザコンなの」

「はあ…そういうことですか…」

 リーンハルトは気が遠くなった。
 身分の話を別としても、あんな人は世の中に2人といない。
 とても追いつける気がしなかった。

 ──自分は自分なりのやり方で姫様に尽くすしかない…別に恋人になって結婚するだけが愛の形ではないだろう…と思いたい。

 ブリュンヒルデはダメ押しを言う。
「ということだから、2人とも人格を磨いて出直していらっしゃい」
「…………」

 2人とももう返す言葉がなかった。
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