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第4章 国主編
第91話 第5回十字軍(2) ~ダミエッタ包囲戦~
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第5回十字軍には、新たに教皇となったホノリウスⅢ世の呼びかけに対してフランスの騎士はさほど集まらず、ハンガリー王アンドラーシュⅡ世とイタリア、ドイツ、フランドルの騎士等が参加した。
神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世は参加を引き伸ばしており、神聖帝国からはオーストリア公レオポルトⅥ世が参加した。父が教皇に破門されて以来の教会との関係修復を図ってのことだった。
ハンガリー王アンドラーシュⅡ世、オーストリア公レオポルトⅥ世がイスラエルのアッコンに到着し、現地の十字軍国家の諸侯、エルサレム王ジャン・ド・ブリエンヌ、キプロス王ユーグ、アンティオキア公ボエモンらと合流した。
ジャン・ド・ブリエンヌとアンドラーシュⅡ世を指揮官として、十字軍は進軍を開始する。
十字軍はシリアにおいてイスラム勢力と小規模の戦闘を行ったが、ほとんど成果を挙げられなかった。
このため、ハンガリー王アンドラーシュⅡ世が帰国、続いてキプロス王ユーグとアンティオキア公ボエモンも撤兵した。
オーストリア公レオポルトⅥ世やエルサレム王ジャン・ド・ブリエンヌは、エルサレムを奪回して維持するには、アイユーブ朝の本拠地であるエジプトを攻略する必要があると判断した。
十字軍はジェノヴァ艦隊と協力し、エジプトの海港であるダミエッタを包囲・攻撃する。
十字軍は、ダミエッタ攻略のため、まずはナイル川を塞ぐように立ってダミエッタ要塞を防衛していた塔の攻略に着手する。
しかし、川の東側は太い鉄の防鎖が渡され、西側は底が浅かったため、塔に近づくのは困難で、十字軍は何度も塔を攻撃したが、失敗に終わった。
そこで十字軍は、攻城用の新たな艦船を製造した。これは2隻の船を繋ぎ、4本のマストとともに攻城塔が載せられ、上部には敵城へ乗り移るための渡り板が備え付けられるといったものであった。敵が矢や火で攻撃してくるのに備え、船の設備は動物の革で覆われた。
この攻城船から十字軍兵士がダミエッタの塔に突入し、ついにはついに守備兵を降伏させた。これにより、十字軍はダミエッタ要塞攻略への道を切り開くことができた。
◆
神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世は再三にわたり教皇庁から十字軍への参加を要請されていたが、これを先延ばしにしていた。
しびれを切らせた教皇ホノリウスⅢ世は、ついに破門をチラつかせた。
この期に及んでもフリードリヒⅡ世自らは参加せず、教皇使節のペラギウス枢機卿が率いる後発軍にロートリンゲン公フリードリヒを同行させることにした。
フリードリヒのもとに皇帝からの使者がやってきた。
最初の十字軍が出発してから1年近くが経過しており、フリードリヒは18歳になっていた。
「皇帝陛下は、大公閣下の獅子奮迅のご活躍を期待願っております」
フリードリヒは心中でため息をついた。
──十字軍かあ。異教徒討伐というのはどうもしっくりこないんだよなあ…
フリードリヒは元日本人であるから宗教には寛容である。異教徒を憎み、残忍に虐殺するとか、略奪の限りを尽くすとかいう感覚に全く着いて行けなかった。
しかし、断り方を間違ったら皇帝や教皇、ひいてはヨーロッパ中のひんしゅくを買うことにもなりかねない。
ここは受けておく振りだけでもしておくしかないか…
「了解した。陛下には精いっぱい努めると伝えておいてくれ」
「心強い回答。恐れ入ります」
◆
十字軍は、エジプト攻略のため、ダミエッタを包囲・攻撃しているという。
本来であればテンプスの魔法陣でショートカットしたい遠さだが、ペラギウス枢機卿のお守りも任務のうちだと諦める。
皇帝施設のペラギウス枢機卿は教皇の権威を笠に着るいけ好かない男だった。軍事にも詳しくなく、指揮する能力もないくせに口出しだけはしてくる。これ以上に鬱陶しい存在もなかった。
◆
ダミエッタは、三重の城壁や28の塔、そして濠によって厳重な防衛体制が築かれた都市だった。
川の塔を攻略した十字軍艦隊と陸上部隊は、川からダミエッタを攻撃した。しかしアイユーブ朝軍が川に船を沈めて封鎖していたため、十字軍は長時間かけて古い運河を再整備し、ようやくダミエッタの包囲を完成させた。さらに、十字軍は冬の到来、嵐、疫病、指揮官同士の内紛に苦しめられた。
ペラギウスとの長すぎる旅を終えてフリードリヒがダミエッタに到着したのは、その直後だった。
後発軍が到着し、十字軍の士気は上がったが、ペラギウスが「教皇代理」として十字軍の指揮権を要求したため、ジャンを初めとする諸侯との軋轢が生じた。
一方、その直前にアイユーブ朝のスルターン、アル=アーディルが亡くなり、息子のアル=カーミルが跡を継ぐこととなり敵の対応にも空白が生じていた。
フリードリヒはジャン・ド・ブリエンヌにそっと耳打ちする。
「名目上の指揮権などどうでもいいではありませんか。実際、奴は軍の指揮能力などは持ち合わせておりません」
「其方。若いのに大人だな…」
これにより、名目上の指揮権はペラギウスに譲りつつ、実際の軍議は諸侯の主導で行われた。ときおりペラギウスも口を挟むが、見当違いな発言が目立ったため、諸侯は黙って無視した。
「要はあの城壁を破壊すればいいのですね」
フリードリヒはいとも簡単そうに言った。まるでド素人の発言のようで諸侯はみな含み笑いをした。
「プニエールという巨大な投石器を投入して城壁を攻撃したが歯が立たなかったのだぞ。貴公はそれを知らぬから無理もないが…」
とオーストリア公レオポルトⅥ世がフォローした。同国の誼ということだろう。
「オーストリア公こそご存じありませんか? 私は神から賜った武器を所有しているのですよ」
「それは誠か? 確かに噂では聞いているが…」
「それでは早速明日にでもご披露いたしましょう。なに。先は長いのです。それでダメなら次の策を考えればよいではないですか」
「そうだな…」
レオポルトはジャンを含め他の諸侯の顔を見回した。
皆が半信半疑の顔をしている。
「百聞は一見に如かずと言います。まずは明日、皆さんでご覧になってください。
それでは私はこれで失礼いたします」
と言うとフリードリヒはさっさと退席してしまった。
その流れで軍議は自然解散となった。
ペラギウスは(神から武器を賜ったなど途方もない大ぼらを吹くな)と言いたかったのだが、そのタイミングを逸してしまった。
◆
翌朝。
皆が出発の準備を整えたところでジャンはフリードリヒに聞いた。
「昨日は議論がなかったが、そもそもどこを攻めるのだ?」
「そうですね…ここは正々堂々と正面から攻めましょう」
──正面こそ一番壁が厚いのだぞ…。もしかしてこいつは馬鹿か?
ジャンは開いた口が塞がらなかった。
諸侯は疑いと期待の入り混じった複雑な心境で暗黒騎士団に付いていく。
ダミエッタの町に着くと暗黒騎士団は真正面に布陣した。まだ町まで距離がある。弓矢は壁の上からでも当然に届かない。
諸侯の軍はその左右に布陣していく。
敵の見張りが正面の壁の上に集まってきている。まさか正面から敵が来ると思わず、戸惑っている様子がうかがえる。
フリードリヒはトレードマークの白銀の仮面を着けた。これを着けると気持ちが引き締まる。
「砲兵隊。撃ち方準備」
「了解」とジョシュア・サンチェスが普段とは全く違った引き締まった声で返事をすると、砲兵隊がキビキビと準備をしていく。
「ペガサス騎兵と魔導士団もいつでも出られるようにしておけ」
「「了解」」ネライダとフランメが同時に返事をする。
準備ができたとみるやフリードリヒは命令を発する。
「砲兵隊。撃て!」
凄まじい発射音がし、その直後にキャノン砲が壁に命中し、大爆発を起こした。
凄まじい粉塵で壁が見えない。
が、しばらくして粉塵が収まると壁は崩れていなかった。しかし、大きな亀裂が走っている。
──おお。流石に一撃では無理だったか…
フリードリヒはあわてず命じる。
「砲兵隊。二射目。撃て!」
二度目の大爆発の後、粉塵が収まってみると壁は見事に崩れ落ちていた。
十字軍の面々から津波のように歓喜の声があがる。
フリードリヒは冷静な声で諸侯に言った。
「まだ壁が二つあります。壁が崩れた瓦礫を片付けないと砲兵隊が通れません。皆さん手伝ってください」
「おう。いいとも」と諸侯は勢いよく返事をする。
「ペガサス騎兵と魔導士団は近くの塔と壁の上の兵を打ち取れ!」
「了解」
ペガサスが一斉に羽ばたく羽音に諸侯もアイユーブ朝軍も驚いている。
アイユーブ朝軍は必死に矢を射るがペガサス騎兵と魔導士団には届かない。
ペガサス騎兵が打つ自動小銃のダダッという音とともに次々と敵兵が倒れていく。
「土よ来たれ。石の弾丸。ストーンバレット!」
魔導士団の土魔導士が誦句を唱えると土の弾丸が敵を打ち倒していく。土の弾丸はなまりの弾丸より大きいだけに威力も凶悪である。しかも、ここは瓦礫だらけだけに材料には事欠かない。
マリー、ローラ、キャリーのホムンクルス三人娘は、フリードリヒが命じるまでもなく、暗黙の了解で時空反転フィールドを張り、敵の矢をはね返していく。
敵が「何だこれは!」と驚く声があちこちで聞こえる。
後はもう単純作業だった。
同じことを二度繰り返すと三重の壁は突破された。
十字軍の諸侯軍が次々と穴の開いた壁に突入していく。
迎え撃つ敵が次々と集まっては来るが、その動きは精細さを欠いていた。
あとでわかったことだが、長期間にわたる包囲のせいで町の食糧は欠乏しており、5~6万いたという住民の数はおよそ半数に減っていた。
敵は次々と投降し始めた。
その波がどんどんと広がっていく。
「この野郎。てこずらせやがって!」
そのうちに投降した敵兵に乱暴を働く者が出てきた。
フリードリヒは近くにいたペガサス騎兵から自動小銃を借り受けるとその者の足元を威嚇射撃した。
ダダッという発射音が辺りに響く。
「味方に向かってなにしやがる!」と声があがるがフリードリヒは気にしない。
「小僧が。粋がりやがって!」と馬鹿にして乱暴を続けようとする者がいたので、フリードリヒはその足を容赦なく自動小銃で打ち抜いた。
足を打ち抜かれた男は痛みに呻いている。
フリードリヒはそれを冷たい目で眺めながら言った。
「よいか! 投降した敵に乱暴を働くような騎士道にもとる者は味方であっても撃つ! そう心得よ!」とフリードリヒは大声で叫ぶと風魔法に乗せて戦場全体に届けた。
ジャンが(俺の部下になにしやがる)と言いかけるが、フリードリヒの白銀の仮面越しの鋭い視線に尻すぼみとなった。
こうしてダミエッタ包囲戦は、十字軍には珍しく、虐殺行為がほとんど行われずに幕を閉じることとなった。
◆
アル=カーミルは十字軍との和睦を模索し、ダミエッタとパレスチナ南部の二つの城の確保と引き換えに旧エルサレム王国領の返却と、それに加えてアイユーブ朝が有する真の十字架と、捕虜の返還が和睦の条件として提案された。
ジャン・ド・ブリエンヌや現地諸侯はこれを受け入れることを望んだが、ペラギウスは異教徒と交渉することを拒み、またエジプトの商業利権を狙うジェノヴァ勢も反対したため、提案は拒否された。
「もうやっておられん。わしは帰る」
オーストリア公レオポルトⅥ世は、これに失望して帰国した。
「だが貴公のことは気に入った。例の嫁取りの件、考えておいてくれよ」とオーストリア公は言い添えた。
フリードリヒの身内で嫁に出せる年頃なのは13歳になった4女のマルティナしか残っていない。帰ったらまたバーデン=バーデンのツェーリンゲン家で相談だ。
アイリーン、ルイーゼに続き、大公家相手の好条件の婚姻ではあるが、当のマルティナはどんな顔をするやら…
本当はフリードリヒも帰りたかったが、オーストリア公に先を越されてしまった。
さすがに神聖帝国勢が全部帰参したとあっては、皇帝の立場がなくなる。
──これも舅殿のためだ…
やむなくフリードリヒは十字軍に残ることにした。
そして泥沼の戦争が続くのだ。
神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世は参加を引き伸ばしており、神聖帝国からはオーストリア公レオポルトⅥ世が参加した。父が教皇に破門されて以来の教会との関係修復を図ってのことだった。
ハンガリー王アンドラーシュⅡ世、オーストリア公レオポルトⅥ世がイスラエルのアッコンに到着し、現地の十字軍国家の諸侯、エルサレム王ジャン・ド・ブリエンヌ、キプロス王ユーグ、アンティオキア公ボエモンらと合流した。
ジャン・ド・ブリエンヌとアンドラーシュⅡ世を指揮官として、十字軍は進軍を開始する。
十字軍はシリアにおいてイスラム勢力と小規模の戦闘を行ったが、ほとんど成果を挙げられなかった。
このため、ハンガリー王アンドラーシュⅡ世が帰国、続いてキプロス王ユーグとアンティオキア公ボエモンも撤兵した。
オーストリア公レオポルトⅥ世やエルサレム王ジャン・ド・ブリエンヌは、エルサレムを奪回して維持するには、アイユーブ朝の本拠地であるエジプトを攻略する必要があると判断した。
十字軍はジェノヴァ艦隊と協力し、エジプトの海港であるダミエッタを包囲・攻撃する。
十字軍は、ダミエッタ攻略のため、まずはナイル川を塞ぐように立ってダミエッタ要塞を防衛していた塔の攻略に着手する。
しかし、川の東側は太い鉄の防鎖が渡され、西側は底が浅かったため、塔に近づくのは困難で、十字軍は何度も塔を攻撃したが、失敗に終わった。
そこで十字軍は、攻城用の新たな艦船を製造した。これは2隻の船を繋ぎ、4本のマストとともに攻城塔が載せられ、上部には敵城へ乗り移るための渡り板が備え付けられるといったものであった。敵が矢や火で攻撃してくるのに備え、船の設備は動物の革で覆われた。
この攻城船から十字軍兵士がダミエッタの塔に突入し、ついにはついに守備兵を降伏させた。これにより、十字軍はダミエッタ要塞攻略への道を切り開くことができた。
◆
神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世は再三にわたり教皇庁から十字軍への参加を要請されていたが、これを先延ばしにしていた。
しびれを切らせた教皇ホノリウスⅢ世は、ついに破門をチラつかせた。
この期に及んでもフリードリヒⅡ世自らは参加せず、教皇使節のペラギウス枢機卿が率いる後発軍にロートリンゲン公フリードリヒを同行させることにした。
フリードリヒのもとに皇帝からの使者がやってきた。
最初の十字軍が出発してから1年近くが経過しており、フリードリヒは18歳になっていた。
「皇帝陛下は、大公閣下の獅子奮迅のご活躍を期待願っております」
フリードリヒは心中でため息をついた。
──十字軍かあ。異教徒討伐というのはどうもしっくりこないんだよなあ…
フリードリヒは元日本人であるから宗教には寛容である。異教徒を憎み、残忍に虐殺するとか、略奪の限りを尽くすとかいう感覚に全く着いて行けなかった。
しかし、断り方を間違ったら皇帝や教皇、ひいてはヨーロッパ中のひんしゅくを買うことにもなりかねない。
ここは受けておく振りだけでもしておくしかないか…
「了解した。陛下には精いっぱい努めると伝えておいてくれ」
「心強い回答。恐れ入ります」
◆
十字軍は、エジプト攻略のため、ダミエッタを包囲・攻撃しているという。
本来であればテンプスの魔法陣でショートカットしたい遠さだが、ペラギウス枢機卿のお守りも任務のうちだと諦める。
皇帝施設のペラギウス枢機卿は教皇の権威を笠に着るいけ好かない男だった。軍事にも詳しくなく、指揮する能力もないくせに口出しだけはしてくる。これ以上に鬱陶しい存在もなかった。
◆
ダミエッタは、三重の城壁や28の塔、そして濠によって厳重な防衛体制が築かれた都市だった。
川の塔を攻略した十字軍艦隊と陸上部隊は、川からダミエッタを攻撃した。しかしアイユーブ朝軍が川に船を沈めて封鎖していたため、十字軍は長時間かけて古い運河を再整備し、ようやくダミエッタの包囲を完成させた。さらに、十字軍は冬の到来、嵐、疫病、指揮官同士の内紛に苦しめられた。
ペラギウスとの長すぎる旅を終えてフリードリヒがダミエッタに到着したのは、その直後だった。
後発軍が到着し、十字軍の士気は上がったが、ペラギウスが「教皇代理」として十字軍の指揮権を要求したため、ジャンを初めとする諸侯との軋轢が生じた。
一方、その直前にアイユーブ朝のスルターン、アル=アーディルが亡くなり、息子のアル=カーミルが跡を継ぐこととなり敵の対応にも空白が生じていた。
フリードリヒはジャン・ド・ブリエンヌにそっと耳打ちする。
「名目上の指揮権などどうでもいいではありませんか。実際、奴は軍の指揮能力などは持ち合わせておりません」
「其方。若いのに大人だな…」
これにより、名目上の指揮権はペラギウスに譲りつつ、実際の軍議は諸侯の主導で行われた。ときおりペラギウスも口を挟むが、見当違いな発言が目立ったため、諸侯は黙って無視した。
「要はあの城壁を破壊すればいいのですね」
フリードリヒはいとも簡単そうに言った。まるでド素人の発言のようで諸侯はみな含み笑いをした。
「プニエールという巨大な投石器を投入して城壁を攻撃したが歯が立たなかったのだぞ。貴公はそれを知らぬから無理もないが…」
とオーストリア公レオポルトⅥ世がフォローした。同国の誼ということだろう。
「オーストリア公こそご存じありませんか? 私は神から賜った武器を所有しているのですよ」
「それは誠か? 確かに噂では聞いているが…」
「それでは早速明日にでもご披露いたしましょう。なに。先は長いのです。それでダメなら次の策を考えればよいではないですか」
「そうだな…」
レオポルトはジャンを含め他の諸侯の顔を見回した。
皆が半信半疑の顔をしている。
「百聞は一見に如かずと言います。まずは明日、皆さんでご覧になってください。
それでは私はこれで失礼いたします」
と言うとフリードリヒはさっさと退席してしまった。
その流れで軍議は自然解散となった。
ペラギウスは(神から武器を賜ったなど途方もない大ぼらを吹くな)と言いたかったのだが、そのタイミングを逸してしまった。
◆
翌朝。
皆が出発の準備を整えたところでジャンはフリードリヒに聞いた。
「昨日は議論がなかったが、そもそもどこを攻めるのだ?」
「そうですね…ここは正々堂々と正面から攻めましょう」
──正面こそ一番壁が厚いのだぞ…。もしかしてこいつは馬鹿か?
ジャンは開いた口が塞がらなかった。
諸侯は疑いと期待の入り混じった複雑な心境で暗黒騎士団に付いていく。
ダミエッタの町に着くと暗黒騎士団は真正面に布陣した。まだ町まで距離がある。弓矢は壁の上からでも当然に届かない。
諸侯の軍はその左右に布陣していく。
敵の見張りが正面の壁の上に集まってきている。まさか正面から敵が来ると思わず、戸惑っている様子がうかがえる。
フリードリヒはトレードマークの白銀の仮面を着けた。これを着けると気持ちが引き締まる。
「砲兵隊。撃ち方準備」
「了解」とジョシュア・サンチェスが普段とは全く違った引き締まった声で返事をすると、砲兵隊がキビキビと準備をしていく。
「ペガサス騎兵と魔導士団もいつでも出られるようにしておけ」
「「了解」」ネライダとフランメが同時に返事をする。
準備ができたとみるやフリードリヒは命令を発する。
「砲兵隊。撃て!」
凄まじい発射音がし、その直後にキャノン砲が壁に命中し、大爆発を起こした。
凄まじい粉塵で壁が見えない。
が、しばらくして粉塵が収まると壁は崩れていなかった。しかし、大きな亀裂が走っている。
──おお。流石に一撃では無理だったか…
フリードリヒはあわてず命じる。
「砲兵隊。二射目。撃て!」
二度目の大爆発の後、粉塵が収まってみると壁は見事に崩れ落ちていた。
十字軍の面々から津波のように歓喜の声があがる。
フリードリヒは冷静な声で諸侯に言った。
「まだ壁が二つあります。壁が崩れた瓦礫を片付けないと砲兵隊が通れません。皆さん手伝ってください」
「おう。いいとも」と諸侯は勢いよく返事をする。
「ペガサス騎兵と魔導士団は近くの塔と壁の上の兵を打ち取れ!」
「了解」
ペガサスが一斉に羽ばたく羽音に諸侯もアイユーブ朝軍も驚いている。
アイユーブ朝軍は必死に矢を射るがペガサス騎兵と魔導士団には届かない。
ペガサス騎兵が打つ自動小銃のダダッという音とともに次々と敵兵が倒れていく。
「土よ来たれ。石の弾丸。ストーンバレット!」
魔導士団の土魔導士が誦句を唱えると土の弾丸が敵を打ち倒していく。土の弾丸はなまりの弾丸より大きいだけに威力も凶悪である。しかも、ここは瓦礫だらけだけに材料には事欠かない。
マリー、ローラ、キャリーのホムンクルス三人娘は、フリードリヒが命じるまでもなく、暗黙の了解で時空反転フィールドを張り、敵の矢をはね返していく。
敵が「何だこれは!」と驚く声があちこちで聞こえる。
後はもう単純作業だった。
同じことを二度繰り返すと三重の壁は突破された。
十字軍の諸侯軍が次々と穴の開いた壁に突入していく。
迎え撃つ敵が次々と集まっては来るが、その動きは精細さを欠いていた。
あとでわかったことだが、長期間にわたる包囲のせいで町の食糧は欠乏しており、5~6万いたという住民の数はおよそ半数に減っていた。
敵は次々と投降し始めた。
その波がどんどんと広がっていく。
「この野郎。てこずらせやがって!」
そのうちに投降した敵兵に乱暴を働く者が出てきた。
フリードリヒは近くにいたペガサス騎兵から自動小銃を借り受けるとその者の足元を威嚇射撃した。
ダダッという発射音が辺りに響く。
「味方に向かってなにしやがる!」と声があがるがフリードリヒは気にしない。
「小僧が。粋がりやがって!」と馬鹿にして乱暴を続けようとする者がいたので、フリードリヒはその足を容赦なく自動小銃で打ち抜いた。
足を打ち抜かれた男は痛みに呻いている。
フリードリヒはそれを冷たい目で眺めながら言った。
「よいか! 投降した敵に乱暴を働くような騎士道にもとる者は味方であっても撃つ! そう心得よ!」とフリードリヒは大声で叫ぶと風魔法に乗せて戦場全体に届けた。
ジャンが(俺の部下になにしやがる)と言いかけるが、フリードリヒの白銀の仮面越しの鋭い視線に尻すぼみとなった。
こうしてダミエッタ包囲戦は、十字軍には珍しく、虐殺行為がほとんど行われずに幕を閉じることとなった。
◆
アル=カーミルは十字軍との和睦を模索し、ダミエッタとパレスチナ南部の二つの城の確保と引き換えに旧エルサレム王国領の返却と、それに加えてアイユーブ朝が有する真の十字架と、捕虜の返還が和睦の条件として提案された。
ジャン・ド・ブリエンヌや現地諸侯はこれを受け入れることを望んだが、ペラギウスは異教徒と交渉することを拒み、またエジプトの商業利権を狙うジェノヴァ勢も反対したため、提案は拒否された。
「もうやっておられん。わしは帰る」
オーストリア公レオポルトⅥ世は、これに失望して帰国した。
「だが貴公のことは気に入った。例の嫁取りの件、考えておいてくれよ」とオーストリア公は言い添えた。
フリードリヒの身内で嫁に出せる年頃なのは13歳になった4女のマルティナしか残っていない。帰ったらまたバーデン=バーデンのツェーリンゲン家で相談だ。
アイリーン、ルイーゼに続き、大公家相手の好条件の婚姻ではあるが、当のマルティナはどんな顔をするやら…
本当はフリードリヒも帰りたかったが、オーストリア公に先を越されてしまった。
さすがに神聖帝国勢が全部帰参したとあっては、皇帝の立場がなくなる。
──これも舅殿のためだ…
やむなくフリードリヒは十字軍に残ることにした。
そして泥沼の戦争が続くのだ。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
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