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三十三話
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今さら紗英がなにもできない女になんて変われるわけがない。
やはり今までのように、悠司にあれこれと世話を焼いてしまい、よくない方向へ向かうのではないかという懸念があった。
彼の本物の恋人になんて、なれるわけがないのだけど。
たとえかりそめでも、このまま関係を続けていいものか。
キッチンに立ちながら、紗英は苦悩した。
翌日、憂鬱な気持ちを抱えつつ業務をこなす。
昼休みになり、溜息をついた紗英がエレベーターホールへ向かうと、ぽんと後ろから肩を叩かれた。
「物件完売、おめでとう」
「あ……ゆ、桐島課長」
「昼食、一緒にどうだい?」
「ありがとうございます。じゃあ、ご一緒させてください」
悠司の朗らかな顔を見たら、硬くなっていた紗英の顔は綻んだ。
ふたりは会社を出ると、近所の定食屋に入る。
こぢんまりした店内はサラリーマンの御用達だ。空いていた小さなテーブルに、ふたりは向かい合わせになって座った。周囲はサラリーマンで席が埋まっている。
悠司はよく利用しているのか、メニューを見ずに決める。
「俺は野菜炒め定食にするよ」
「私もそれにします」
「合わせなくていいんだぞ? 好きなものを頼めよ」
お茶を手にした悠司は笑いかける。
会社員の性として合わせたわけではなく、ただ彼と同じものを食べたいと思ったのだ。
けれど、「あなたの好きなものを食べたくて」なんて可愛い台詞を紗英は言えない。
「……野菜をとらないと、と思いまして」
「まあな。ひとり暮らしだと野菜不足になるもんな。でも、紗英は自炊するんだろ?」
「自炊でも野菜は足りないと思ってます。ひとり分だから、購入する食材の量も限られますしね」
つと、悠司は頭を抱えた。
急に具合が悪くなったように見えたので、紗英は慌てる。
「悠司さん? どうしました?」
「あー……俺は今、猛烈に紗英の作った肉じゃがが食べたい」
「……そういえば、いつか肉じゃがを披露すると約束しましたね」
デートしたときに、そんな話をしたことを思い出す。
些細なことなのに、悠司は覚えていたのだ。
「伊豆の新施設も完売して一段落したことだし、いいだろ?」
「わかりました。作りますね」
「じゃあ、今度の土曜日に俺の家で作ろう。材料は一緒に買いに行こうよ」
「え……はい」
意外なことを言われたので、戸惑った紗英だったが、思わず了承してしまった。
だって悠司が、自分の家に呼んで、しかも材料を一緒に買いに行くという能動的なところを見せたから。
紗英の知るクズ男たちは、紗英が食事を作るのをスマホをいじりながら待って、食べるだけだった。食器すら片付けなかった。
悠司さんは、クズ男たちとは根本的に違うのかもしれない……。
人なんて簡単に変わるとも言うし、人は変わらないとも言う。
でも紗英は、悠司を信じてみようという気持ちになっていた。
そう思っていると、テーブルに野菜炒め定食がふたつのせられる。
悠司は機嫌よさそうに、上品な箸使いをして食べていた。
「今度の土曜日が楽しみだ」
「部屋が汚かったら、私が掃除しますから」
「なに言ってるんだ。そんなわけないだろ」
悠司に食べてもらうために、肉じゃがが作れる。
彼のために手料理を作りたかった。
ほっこりした紗英は、胸が温まるのを感じていた。
次の土曜日――。
久しぶりのデート……ではないが、悠司の家へ行く日がやってきた。
肉じゃがの食材は一緒に買いに行くことになっているので、紗英は鍋や菜箸、包丁に小型のまな板など、調理道具一式をまとめてバッグに入れた。けっこうな大荷物になってしまった。ここで肉じゃがを完成させて持っていくほうが楽だと思うのだが、なりゆきなので仕方ない。
男の部屋は大抵汚いという先入観がある紗英は、掃除道具も必要かとも思ったが、もう荷物が持てない。
「ほうきくらい、あるよね……」
そのとき、スマホに着信が入った。
画面には『桐島悠司』と表示されている。
心が浮き立つのを抑えつつ、紗英はスマホをタップした。
「もしもし、悠司さん?」
『おはよう、紗英。もうきみの部屋の下に、着いてるよ』
「えっ?」
やはり今までのように、悠司にあれこれと世話を焼いてしまい、よくない方向へ向かうのではないかという懸念があった。
彼の本物の恋人になんて、なれるわけがないのだけど。
たとえかりそめでも、このまま関係を続けていいものか。
キッチンに立ちながら、紗英は苦悩した。
翌日、憂鬱な気持ちを抱えつつ業務をこなす。
昼休みになり、溜息をついた紗英がエレベーターホールへ向かうと、ぽんと後ろから肩を叩かれた。
「物件完売、おめでとう」
「あ……ゆ、桐島課長」
「昼食、一緒にどうだい?」
「ありがとうございます。じゃあ、ご一緒させてください」
悠司の朗らかな顔を見たら、硬くなっていた紗英の顔は綻んだ。
ふたりは会社を出ると、近所の定食屋に入る。
こぢんまりした店内はサラリーマンの御用達だ。空いていた小さなテーブルに、ふたりは向かい合わせになって座った。周囲はサラリーマンで席が埋まっている。
悠司はよく利用しているのか、メニューを見ずに決める。
「俺は野菜炒め定食にするよ」
「私もそれにします」
「合わせなくていいんだぞ? 好きなものを頼めよ」
お茶を手にした悠司は笑いかける。
会社員の性として合わせたわけではなく、ただ彼と同じものを食べたいと思ったのだ。
けれど、「あなたの好きなものを食べたくて」なんて可愛い台詞を紗英は言えない。
「……野菜をとらないと、と思いまして」
「まあな。ひとり暮らしだと野菜不足になるもんな。でも、紗英は自炊するんだろ?」
「自炊でも野菜は足りないと思ってます。ひとり分だから、購入する食材の量も限られますしね」
つと、悠司は頭を抱えた。
急に具合が悪くなったように見えたので、紗英は慌てる。
「悠司さん? どうしました?」
「あー……俺は今、猛烈に紗英の作った肉じゃがが食べたい」
「……そういえば、いつか肉じゃがを披露すると約束しましたね」
デートしたときに、そんな話をしたことを思い出す。
些細なことなのに、悠司は覚えていたのだ。
「伊豆の新施設も完売して一段落したことだし、いいだろ?」
「わかりました。作りますね」
「じゃあ、今度の土曜日に俺の家で作ろう。材料は一緒に買いに行こうよ」
「え……はい」
意外なことを言われたので、戸惑った紗英だったが、思わず了承してしまった。
だって悠司が、自分の家に呼んで、しかも材料を一緒に買いに行くという能動的なところを見せたから。
紗英の知るクズ男たちは、紗英が食事を作るのをスマホをいじりながら待って、食べるだけだった。食器すら片付けなかった。
悠司さんは、クズ男たちとは根本的に違うのかもしれない……。
人なんて簡単に変わるとも言うし、人は変わらないとも言う。
でも紗英は、悠司を信じてみようという気持ちになっていた。
そう思っていると、テーブルに野菜炒め定食がふたつのせられる。
悠司は機嫌よさそうに、上品な箸使いをして食べていた。
「今度の土曜日が楽しみだ」
「部屋が汚かったら、私が掃除しますから」
「なに言ってるんだ。そんなわけないだろ」
悠司に食べてもらうために、肉じゃがが作れる。
彼のために手料理を作りたかった。
ほっこりした紗英は、胸が温まるのを感じていた。
次の土曜日――。
久しぶりのデート……ではないが、悠司の家へ行く日がやってきた。
肉じゃがの食材は一緒に買いに行くことになっているので、紗英は鍋や菜箸、包丁に小型のまな板など、調理道具一式をまとめてバッグに入れた。けっこうな大荷物になってしまった。ここで肉じゃがを完成させて持っていくほうが楽だと思うのだが、なりゆきなので仕方ない。
男の部屋は大抵汚いという先入観がある紗英は、掃除道具も必要かとも思ったが、もう荷物が持てない。
「ほうきくらい、あるよね……」
そのとき、スマホに着信が入った。
画面には『桐島悠司』と表示されている。
心が浮き立つのを抑えつつ、紗英はスマホをタップした。
「もしもし、悠司さん?」
『おはよう、紗英。もうきみの部屋の下に、着いてるよ』
「えっ?」
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