乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

メイの謎

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 朝食の食卓に、ノエルはまたもや空の皿を置いていく。セルフサービスという新しい仕様だと思おう。心なしか、アランとフランソワも昨日に比べて顔色が悪いようだ。

「どうかね、我が城のオムレツは……新鮮な卵だから美味だろう……」

 侯爵の台詞で、この埃がかった陶器の皿にはオムレツが乗っているのだと知る。
 ノエルはいつも屋敷で食べている、フランソワが作るオムレツを思い浮かべた。
 ゆで卵を、ぐちゃぐちゃに砕いて上からマヨネーズをこんもりと掛ける。卵の欠片が混じっているのでカルシウムが摂取できる理想の朝食だ。
 これは世間一般のオムレツとは異なるのではと、ずっと疑問に思っていたが、今なら言える。あれこそ世界でいちばんおいしいオムレツだ。
 けれど折角ご馳走になっているので比較するような発言をするのは失礼である。

「はあ……おいしいです。卵の破片が噛み応えがありますね」
「普段どんなオムレツを食べてるんだ。いや、言わなくていい」

 アランはカトラリーすら手にしていない。昨日は架空料理を褒め称えていたフランソワも、力なくフォークを上下させていた。

「パンが減ったにゃん。おかわり食べるか?」

 テーブルには空のバスケットが置かれているのだが、メイには減り具合がわかるらしい。ごく真面目な顔をして、来客と侯爵の返答を待っている。
 誰がパンを食べたっていうんだ……。
 三人の思考が一致するなか、侯爵はわずかに首を振った。

「皆様は満腹のようだ。珈琲をお出ししなさい……」
「わかったにゃん。ノエル、珈琲だして」

 なんでだよ。

「はい、ただいま」

 心の突っ込みとは裏腹に軽妙な返事をして厨房へむかう。空気よりも軽そうな珈琲を銀盆に乗せながら、横で見ていたメイにそっと話しかけた。

「あのさ、メイ。昨日の夜に話したことなんだけど……」
「知らないにゃん」

 即座に否定されてしまう。メイの瞳は空のカップを見つめていた。

「地下の、お墓の前で会ったじゃない?」
「忘れたにゃん。珈琲をはこべ」

 話してくれる気は、もうないらしい。やはり昨夜のうちに解決しておくべきだった。もはや重く感じられる銀盆を携えながら珈琲を提供する。
 アランは皆を見回して口を開いた。

「昨夜、侯爵と話を纏めたんだが、宝石の見張りは俺が昼夜を通して行うことになった」
「昼夜って……宝石の部屋に寝泊まりするの?」

 ずっとアランに張り付かれては困るのだが。
 暗号も解けていないし、宝石を攻略する方法をまだ練っていないのだ。

「そうだ。乙女怪盗が現れてから塔を上るのでは遅いからな。あの塔には出入口がひとつしかない。塞がれたら、お終いだ」

 そうなのだ。一本道というのは誤魔化しが利かないので厄介なのである。今回は石版を操作する時間を考慮しなければならないので、アランが少々目を離した隙に事を終えるという手口は難しい。
 何とか予防線を張ろうと、ノエルは反対意見を出した。

「でも、ひとりじゃ大変でしょ。交代にしようよ」
「気を遣わなくていい。ノエルが見張っていたんじゃ、偽の乙女怪盗すら捕まえられないだろうからな。俺なら何があっても対処できる。ノエルは執事殿とふたりで食糧と水の調達を頼む」

 まったく気を遣っているわけじゃないんですけど。
 警備に否定的だった侯爵だが、アランによって説得は済んだらしい。何も言わずに空のカップを傾けている。
 焦ったノエルは、つい口走った。

「あの、ラ・ファイエット侯爵。『天空の星』なんですが、持主はメイの父上という話を聞いたのですけど、本当ですか?」

 あの宝石には何かの因縁があるのだろうか。代々侯爵家に受け継がれてきた宝石というが、ラ・ファイエット侯爵が真相を知らないはずがない。
 メイはすでに厨房に下がっている。侯爵は驚くでもなく、静かな所作でカップをソーサーに戻した。

「ほほう……それは面白い話だ。ではメイは私の子、もしくは孫というわけだ。私は生涯独身のはずなのだがね。どこで産み落としたかな……」

 楽しそうに肩を揺らしている。
 確かに、メイが侯爵の孫とすれば話は合うが、どうも納得いかない。侯爵に上手く躱されてしまった気がする。
 朝食を終えたノエルは咄嗟の発言を後悔し始めた。メイが侯爵に直接返してくれと言える仲なら、すでにそうしているわけなので、わざわざ偽の予告状など出す必要がないからだ。内情を漏らされたと知った侯爵は、メイを叱ったりしないだろうか。
 アランは早速塔へと足をむけた。

「じゃあな。麓へ下りるときは日暮れ前に帰ってくるんだぞ。ひとりで行動せず、執事殿と一緒にいろ」
「あのう、アラン。さっきの話、どう思う? 宝石の持主のこと」
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