乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

幽霊城へ

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 普段は地味な子が、お芝居では別人のように堂々とするという理屈と同じだと思う。誰にでも、変わりたい、別の自分になりたいという願望がある。
 だから、無理をしているわけではない。
 ノエルは、乙女怪盗ジョゼフィーヌに変身したかったのだ。
 アランにはわからないだろうけれど。
 きっと彼は、自分を偽ったことなどないだろうから。
 それが羨ましくもあり、寂しくもある。

「ケイドロでいう泥棒の気持ち、わかりました?」
「さあな。俺には一生わからないかもしれん」

 だが、とアランは天を仰ぎながら続けた。

「乙女怪盗も、夕陽や星を見ているだろう。そして美しいと感動しているのかもしれない。怪盗だろうがふつうの人間だ。そう思えば、どこにでもいるような娘なのかもしれないな」
「……そうでしょうね、きっと……」

 どこにでもいるような、ふつうの娘。
 ノエルの中身は至って平凡なのだが、取り巻く環境がそれを許さなかった。そのことを悔やんだことはないが、ふつうの娘としての人生を歩めたらと、思わなくもない。
 ふつうの娘として花屋で働いて、花を買いにきた警察官に恋をして……なんて。
 微苦笑を浮かべて、ゆるりと首を振る。
 アラン家で過ごした一日はとても素敵なものだった。夕陽も星も、とても綺麗だった。それらをアランと共有できただけで、充分だ。とても幸せな心地になれた。
 すっきりとした面持ちで隣に佇むアランを見上げる。

「ラ・ファイエット城で乙女怪盗を逮捕できれば、何もかもはっきりしますよ」
「そうだな。奴の仮面を剥がして素顔を拝まない限り、俺の疑念も晴れない」
「きっとすごい美人でしょうね。私と並べたら全然違うと思いますよ」

 あはは、と明るく笑い飛ばす。
 ノエルは予感した。
 今回の仕事が、乙女怪盗としての最後の舞台になるかもしれない。
 アランと、真正面から対決しよう。
 それが乙女怪盗ジョゼフィーヌの、アラン警部へ送る最大限の賛辞だから。



 翌朝、一行は馬車の列が連なるなか、玄関前で別れを惜しんでいた。

「ノエルちゃん、また来てね。これ、お菓子とお弁当ね」

 母上に、どっさりと中身の詰まったバスケットを預けられる。チェック柄のハンカチで覆われたバスケットからは香ばしい匂いが漂った。

「わあ、ありがとうございます母上。道中で食べますね」
「あ、そうそう。あとね、怪我したときのために包帯と……」

 中々終わらない別れの挨拶に痺れを切らしたアランが、馬車の中から顔を出す。

「いつまでやってる。早くしろ」
「ノエルちゃん、アルセーヌをよろしくね。あれで寂しがり屋なところあるから。男の人は弱さを隠したいから偉そうにしてるのよ。ノエルちゃんを、きっと頼りにしてるわ」
「はい、母上。ご安心ください。私がしっかり面倒を見ますから」

 ぎゅっと母上に手を握られていると、アランに首根を掴まれて馬車に引きずり込まれる。
 手綱の合図で馬が嘶いた。馬車の車輪が回りだす。
 赤い屋根をした煉瓦造りの家は、林の木々に覆われて徐々に小さくなっていく。母上が懸命に手を振っていた。

「いつでもお嫁に来てね~」

 ノエルも窓から身を乗り出して手を振り返す。やがて馬車は林を抜けて、村の通りを曲がった。
 ……って、あれ?
 母上との会話でおかしいなと思ったけど、まさか、私が女の子だと思ってないか?
 盛大に首を捻ると、向かいの席でアランは眉根を寄せていた。

「何が嫁だ。田舎者だから、伯爵は男しかいないと知らないんだ」
「ああ……そうですか。もしかして、母上は私が女の子だと初めから勘違いしていたんですかね……」
「そうだろうな。あの様子だと、俺の嫁になる人だと勝手に思っているようだ」
「ははあ……。母上の夢を壊さないよう、一生黙っていたほうが良さそうですね」

 ふたりで同時に頷く。こうして協定は結ばれた。
 アランのお嫁さんになるなんて有り得ないだろうけれど、結婚式のウェディングドレスは純白ではなく漆黒だろうな、なんて思うと笑えない。
 村を出る手前で馬車を停めたフランソワは駐在所に立ち寄り、ラ・ファイエット城への道筋を警官に聞いていた。
 老齢の巡査は驚いて呼びかける。

「あんたたち、幽霊城へ行きなさるのか。やめておいたほうがいい。呪われてしまうよ」
「呪いとは何でしょうか?」

 訊ねたフランソワに説明しようとした巡査だが、思い直したように口を噤む。
 とにかくやめておけ、と言いながらも彼は道筋を教えてくれた。巡査は駐在所の入口から、気の毒そうに馬車を見送っている。
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