乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
33 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

幽霊城へ

しおりを挟む
 普段は地味な子が、お芝居では別人のように堂々とするという理屈と同じだと思う。誰にでも、変わりたい、別の自分になりたいという願望がある。
 だから、無理をしているわけではない。
 ノエルは、乙女怪盗ジョゼフィーヌに変身したかったのだ。
 アランにはわからないだろうけれど。
 きっと彼は、自分を偽ったことなどないだろうから。
 それが羨ましくもあり、寂しくもある。

「ケイドロでいう泥棒の気持ち、わかりました?」
「さあな。俺には一生わからないかもしれん」

 だが、とアランは天を仰ぎながら続けた。

「乙女怪盗も、夕陽や星を見ているだろう。そして美しいと感動しているのかもしれない。怪盗だろうがふつうの人間だ。そう思えば、どこにでもいるような娘なのかもしれないな」
「……そうでしょうね、きっと……」

 どこにでもいるような、ふつうの娘。
 ノエルの中身は至って平凡なのだが、取り巻く環境がそれを許さなかった。そのことを悔やんだことはないが、ふつうの娘としての人生を歩めたらと、思わなくもない。
 ふつうの娘として花屋で働いて、花を買いにきた警察官に恋をして……なんて。
 微苦笑を浮かべて、ゆるりと首を振る。
 アラン家で過ごした一日はとても素敵なものだった。夕陽も星も、とても綺麗だった。それらをアランと共有できただけで、充分だ。とても幸せな心地になれた。
 すっきりとした面持ちで隣に佇むアランを見上げる。

「ラ・ファイエット城で乙女怪盗を逮捕できれば、何もかもはっきりしますよ」
「そうだな。奴の仮面を剥がして素顔を拝まない限り、俺の疑念も晴れない」
「きっとすごい美人でしょうね。私と並べたら全然違うと思いますよ」

 あはは、と明るく笑い飛ばす。
 ノエルは予感した。
 今回の仕事が、乙女怪盗としての最後の舞台になるかもしれない。
 アランと、真正面から対決しよう。
 それが乙女怪盗ジョゼフィーヌの、アラン警部へ送る最大限の賛辞だから。



 翌朝、一行は馬車の列が連なるなか、玄関前で別れを惜しんでいた。

「ノエルちゃん、また来てね。これ、お菓子とお弁当ね」

 母上に、どっさりと中身の詰まったバスケットを預けられる。チェック柄のハンカチで覆われたバスケットからは香ばしい匂いが漂った。

「わあ、ありがとうございます母上。道中で食べますね」
「あ、そうそう。あとね、怪我したときのために包帯と……」

 中々終わらない別れの挨拶に痺れを切らしたアランが、馬車の中から顔を出す。

「いつまでやってる。早くしろ」
「ノエルちゃん、アルセーヌをよろしくね。あれで寂しがり屋なところあるから。男の人は弱さを隠したいから偉そうにしてるのよ。ノエルちゃんを、きっと頼りにしてるわ」
「はい、母上。ご安心ください。私がしっかり面倒を見ますから」

 ぎゅっと母上に手を握られていると、アランに首根を掴まれて馬車に引きずり込まれる。
 手綱の合図で馬が嘶いた。馬車の車輪が回りだす。
 赤い屋根をした煉瓦造りの家は、林の木々に覆われて徐々に小さくなっていく。母上が懸命に手を振っていた。

「いつでもお嫁に来てね~」

 ノエルも窓から身を乗り出して手を振り返す。やがて馬車は林を抜けて、村の通りを曲がった。
 ……って、あれ?
 母上との会話でおかしいなと思ったけど、まさか、私が女の子だと思ってないか?
 盛大に首を捻ると、向かいの席でアランは眉根を寄せていた。

「何が嫁だ。田舎者だから、伯爵は男しかいないと知らないんだ」
「ああ……そうですか。もしかして、母上は私が女の子だと初めから勘違いしていたんですかね……」
「そうだろうな。あの様子だと、俺の嫁になる人だと勝手に思っているようだ」
「ははあ……。母上の夢を壊さないよう、一生黙っていたほうが良さそうですね」

 ふたりで同時に頷く。こうして協定は結ばれた。
 アランのお嫁さんになるなんて有り得ないだろうけれど、結婚式のウェディングドレスは純白ではなく漆黒だろうな、なんて思うと笑えない。
 村を出る手前で馬車を停めたフランソワは駐在所に立ち寄り、ラ・ファイエット城への道筋を警官に聞いていた。
 老齢の巡査は驚いて呼びかける。

「あんたたち、幽霊城へ行きなさるのか。やめておいたほうがいい。呪われてしまうよ」
「呪いとは何でしょうか?」

 訊ねたフランソワに説明しようとした巡査だが、思い直したように口を噤む。
 とにかくやめておけ、と言いながらも彼は道筋を教えてくれた。巡査は駐在所の入口から、気の毒そうに馬車を見送っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...