乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
34 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

眼帯のメイド

しおりを挟む
 猛烈に行きたくなくなってきた。
 寒くもないのに、ノエルは体を震わせる。

「幽霊城と、地元の人には呼ばれているんですね。本当に出るんですか?」
「単なる迷信だ。城主のラ・ファイエット侯爵は幽霊で、城を訪れた者に呪いをかけるとな。俺が子どもの頃から大人に言われてきた。探検に出かけた子どもが迷子になるのを防ぐためだろう」
「アランはラ・ファイエット侯爵に会ったことあるんです?」
「いいや。一族が栄華を誇ったのは昔の話でな。没落した貴族なんだ。庶民で侯爵の人となりを知る人はいないだろう。だから幽霊なんて噂が出る」

 シャンポリオン国は地方分権が進んでいるので、ラ・ファイエット侯爵はロランヌ地方のいわば王様の一族という位置づけになっている。ただ王様だから英知に溢れる人物とは限らないわけで、決して爵位や身分では判断できない。伯爵でも、引きこもりで夜に乙女怪盗やってる人がいるくらいなので。ああ、頭が痛い。
 リュゼル村を後にすると、次第に荒涼とした景色に移り変わる。黒い森が広がり、曇天の空に包まれていっそう寒々しい。やがて荒れた山肌に囲まれた路を、馬車は登り始めた。片側は切り立った崖で、目が眩みそうである。馬車がようやく一台通れる程度の道幅しかない急勾配の路の向こうに、天にそびえるかのような尖った塔が見えた。
 あれが、ラ・ファイエット城だ。
 辺りには民家もなく、人っ子ひとり通らない。人里離れた場所に建つ古城へ向けて、ひたすら急な坂道を登っていく。

「うわあ……」

 頂上の古城へ到着すると、眼下には雲が広がっていた。けれど絶景ではなく、むしろ他の世界と隔絶されたような孤独感が迫る。思わず零れた感嘆の声はもちろん感動からではなく、怖れを滲ませていた。
 ラ・ファイエット城はとても大きな古城だ。重厚で物々しい空気を醸し出している。本当に幽霊が出てもおかしくない。いや、出るね。これ、絶対でる。
 御者台から下りたフランソワは恭しくノエルに膝を折った。

「長旅、お疲れさまでございました。さあ、坊ちゃま。ラ・ファイエット城へ参りましょう」
「うん。あのさ、フランソワが先に行っていいよ」

 完全に腰が引けているノエルは、ちらちらと馬車に視線を送る。もう帰りたくて仕方ない。

「何を仰います! ご主人様を差し置いて執事のわたくしめが先に立つなど許されないことでございます」

 こんなときだけ、ご主人様呼ばわりかよ。
 しょうがないなーと思うけれど、足がね、震えて動かない。
 生まれたての子鹿みたいになっているノエルの襟首を掴んだアランは大股で城の玄関へ向かい、扉をノックした。
 静かな空間に、やたらと硬質なノックの音が響く。
 しばらく待っていたが一向に開かないので、アランは自ら扉に手を掛けた。
 ギイィ……と軋んだ鈍い音が鳴り、隙間から薄暗い室内が垣間見える。
 誰もいないのだろうか。

「いらっしゃいませ……にゃん」

 可愛らしい声が上がった。
 目線を下にむけると、そこにはメイド服を纏い、猫耳のカチューシャを着けて右目を怪我したのか眼帯を掛けた少女が来客を見上げていた。

「警察本部と特別国王憲兵隊の者だ。ラ・ファイエット侯爵に面会したい」
「待ってたにゃん……。どうぞです」

 その語尾はどうなのかと問いたいけれど、口に出したら負けなんだろう。服装もメイドというには装飾が多くて、まるでどこかの国の喫茶店に出てくるメイドさんのようである。ラ・ファイエット城のメイドはこういった特殊な格好を義務づけられているんだろうか。
 城の中は至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされ、歩くたびに埃が舞う。大階段の窓越しに射し込んだ陽光が、きらきらと塵を光らせている。掃除を行った気配がない。
 手すりは傷んでいて、掴んだら崩れ落ちそうだ。ひっそりとしていて、他に人はいないらしい。
 猫耳メイドに導かれて、アランに猫の子のように掴まれたノエル、後ろに従うフランソワは最上階のもっとも奥へ辿り着いた。重厚な扉の前で猫耳メイドは「てめえが開けろにゃん」と云わんばかりにアランを見上げている。
 アランは臆することなくノックをした。すると、中から地を這うような声が響いた。

「どうぞ……」

 嗄れた男性の声だ。ラ・ファイエット侯爵だろうか。
 蝶番が悲鳴のような音を立てる。
 扉を開くと、広い室内の最奥に古びたジュストコールを纏っている人物が腰掛けていた。
 ノエルは目を見張った。
 その男は、顔全体に包帯を巻いていたのだ。

「驚かせてすまない……。以前、事故で火傷を負ってね。醜い顔になってからは、すっかり世間から遠ざかってしまった。私は人にじろじろと見られるのを好まない。どうかそちらの席にお掛けになってほしい……」

 長大なテーブルを囲むように沢山置かれた椅子の、一番端の席を示される。侯爵からもっとも遠い席だが、声はかろうじて届く。不幸な事故に遭ったのは気の毒なことだ。この姿が幽霊と噂される所以なのだろう。ノエルは失礼がないよう俯き加減で座り、侯爵を直視することを避けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...