乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
18 / 54
第三章 パーティーでシャンパンを

デュヴィヴィエ男爵との面談 2

しおりを挟む
 全力で無視したい男が空気も読まずに割って入る。
 デブじゃないから。そこ間違えちゃいけないから。
 アランは鬱陶しいと云わんばかりの半眼で、声だけは冷静に紹介した。

「失礼。彼はバルス刑事です。これでも経験豊富なベテランですのでご安心ください」
「バルスバストルで~す。ジョゼフィーヌが現れるところには必ず参上いたしますンフフゥ」

 すごく楽しそうだけど、大丈夫?
 いつもどおりですね、はい。
 バルスバストルに不安を煽られたのか、男爵は眉を下げて警察たちを見遣る。

「大丈夫でしょうか……。この指輪は妻のために買ったもので、怪盗になぞ奪われたくはありませんが、今夜は沢山のお客様がいらっしゃるのです。もし怪盗が現れて騒ぎになったら大変なことに……」
「なるでしょうね」

 あっさりと肯定したアランに男爵は目を剥く。
 大騒ぎになりますよね、私もそう思います。なるべく穏便に済ませるつもりだけれど。

「デブ男爵~、怪盗じゃありません。乙女怪盗です~そこ間違えないでくださグフッゲフッ」

 アランから鳩尾に肘鉄を食らったバルスバストルは呻きながら絨毯に突っ伏した。

「警備は万全ですから、来客に危害が及ぶことはありません。保証いたします。乙女怪盗捕獲のために、男爵にもご協力いただきたい。ムッシュ・デュヴィヴィエ」
「それはもちろん、私にできることなら何でも協力いたしますよ」

 ずい、とアランは一歩前へ出た。双眸には真摯な光が宿っている。

「では、お願いがあります。パーティーの最中、指輪は男爵夫人の指に、常に、嵌めていていただきたい」

 男爵の目がアランと夫人の間を忙しく行き来した。

「指輪は皆様にお披露目した後、ショーケースに入れることを予定して準備していたのですが」
「いけません。移動させれば、その隙に盗まれます」
「しかし、妻が危害を加えられるようなことになったら……!」
「奥様は我々警察が全力でお守りいたします。それに、乙女怪盗はかつて殺人や傷害を犯したことはありません。彼女は人々を驚かせることを楽しんでいる、ある意味厄介ですが、礼儀は弁えている泥棒です」

 ノエルは同意して頷いた。
 決して盗むこと以外で人を傷つけてはならない。それは乙女怪盗を始めた当初からの決めごとだ。
 男爵夫人は穏やかな微笑を浮かべる。

「あなた。警察の方の仰ることに従いましょう。大勢の人前で、わたくしの指から指輪を盗むことなどできはしませんわ。乙女怪盗が現れても、指輪に近づく前に捕まることでしょう」

 手の甲を見せて掲げられた指輪は、左手の中指にしっかりと嵌められている。
 男爵は、それもそうだと納得して首肯した。
 



 面談を終えたノエルとアラン、バルスバストルの三人はホールへ戻ってきた。外からは蹄の音が響いている。徐々に来客が集まり始めていた。

「アラン。作戦はあるんですか?」
「人海戦術だ。パーティーの来客には俺たちの他にも警官を紛れ込ませている。庭園、及び市街にも充分な人員を導入している。この中で男爵夫人に近づき、指輪を盗んで逃げることは不可能だ」
「そうでしょうね」

 不可能を可能にする。
 それが乙女怪盗の信条だ。
 神妙に頷く伯爵令嬢の仮面の裏で、確かな高揚が湧き上がる。
 アランは先ほど、乙女怪盗は人々を驚かせることを楽しんでいると表した。
 そのとおりかもしれない。
 予告状が届けば世間が騒ぐ。謎の乙女怪盗の登場を、人々は期待を込めて待っているのだ。そして現れた乙女怪盗の姿に狂喜し、巧妙なトリックに驚く。
 乙女怪盗ジョゼフィーヌに変身したとき、ノエルは本物の乙女として解放される。
 ただ、当初の目的を忘れてはいない。
 記念すべき百個目の宝石となる、あのエメラルドこそ『天空の星』かもしれない。
 皆の前で堂々と盗んで見せよう。「盗めるわけがない」という先入観が、人々には植え付けられているのだから。

「では、配置に就こう。バルス刑事、庭園を見張れ」
「ええ~⁉ 僕もパーティーで美味しいもの食べたいですぅングウウ」

 涙目で追い縋るバルスバストルは、そういえば制服だった。アランは鬱陶しそうに腰にしがみつく男を払いのける。

「遊びじゃないんだぞ。乙女怪盗は門から入って、門から出て行くんだ。おまえの眼にも必ず映っている。奴が現れたら門を封鎖しろ。馬一頭、通すなよ」
「かしこまりました~ンフゥ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処理中です...