乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第三章 パーティーでシャンパンを

デュヴィヴィエ男爵との面談 2

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 全力で無視したい男が空気も読まずに割って入る。
 デブじゃないから。そこ間違えちゃいけないから。
 アランは鬱陶しいと云わんばかりの半眼で、声だけは冷静に紹介した。

「失礼。彼はバルス刑事です。これでも経験豊富なベテランですのでご安心ください」
「バルスバストルで~す。ジョゼフィーヌが現れるところには必ず参上いたしますンフフゥ」

 すごく楽しそうだけど、大丈夫?
 いつもどおりですね、はい。
 バルスバストルに不安を煽られたのか、男爵は眉を下げて警察たちを見遣る。

「大丈夫でしょうか……。この指輪は妻のために買ったもので、怪盗になぞ奪われたくはありませんが、今夜は沢山のお客様がいらっしゃるのです。もし怪盗が現れて騒ぎになったら大変なことに……」
「なるでしょうね」

 あっさりと肯定したアランに男爵は目を剥く。
 大騒ぎになりますよね、私もそう思います。なるべく穏便に済ませるつもりだけれど。

「デブ男爵~、怪盗じゃありません。乙女怪盗です~そこ間違えないでくださグフッゲフッ」

 アランから鳩尾に肘鉄を食らったバルスバストルは呻きながら絨毯に突っ伏した。

「警備は万全ですから、来客に危害が及ぶことはありません。保証いたします。乙女怪盗捕獲のために、男爵にもご協力いただきたい。ムッシュ・デュヴィヴィエ」
「それはもちろん、私にできることなら何でも協力いたしますよ」

 ずい、とアランは一歩前へ出た。双眸には真摯な光が宿っている。

「では、お願いがあります。パーティーの最中、指輪は男爵夫人の指に、常に、嵌めていていただきたい」

 男爵の目がアランと夫人の間を忙しく行き来した。

「指輪は皆様にお披露目した後、ショーケースに入れることを予定して準備していたのですが」
「いけません。移動させれば、その隙に盗まれます」
「しかし、妻が危害を加えられるようなことになったら……!」
「奥様は我々警察が全力でお守りいたします。それに、乙女怪盗はかつて殺人や傷害を犯したことはありません。彼女は人々を驚かせることを楽しんでいる、ある意味厄介ですが、礼儀は弁えている泥棒です」

 ノエルは同意して頷いた。
 決して盗むこと以外で人を傷つけてはならない。それは乙女怪盗を始めた当初からの決めごとだ。
 男爵夫人は穏やかな微笑を浮かべる。

「あなた。警察の方の仰ることに従いましょう。大勢の人前で、わたくしの指から指輪を盗むことなどできはしませんわ。乙女怪盗が現れても、指輪に近づく前に捕まることでしょう」

 手の甲を見せて掲げられた指輪は、左手の中指にしっかりと嵌められている。
 男爵は、それもそうだと納得して首肯した。
 



 面談を終えたノエルとアラン、バルスバストルの三人はホールへ戻ってきた。外からは蹄の音が響いている。徐々に来客が集まり始めていた。

「アラン。作戦はあるんですか?」
「人海戦術だ。パーティーの来客には俺たちの他にも警官を紛れ込ませている。庭園、及び市街にも充分な人員を導入している。この中で男爵夫人に近づき、指輪を盗んで逃げることは不可能だ」
「そうでしょうね」

 不可能を可能にする。
 それが乙女怪盗の信条だ。
 神妙に頷く伯爵令嬢の仮面の裏で、確かな高揚が湧き上がる。
 アランは先ほど、乙女怪盗は人々を驚かせることを楽しんでいると表した。
 そのとおりかもしれない。
 予告状が届けば世間が騒ぐ。謎の乙女怪盗の登場を、人々は期待を込めて待っているのだ。そして現れた乙女怪盗の姿に狂喜し、巧妙なトリックに驚く。
 乙女怪盗ジョゼフィーヌに変身したとき、ノエルは本物の乙女として解放される。
 ただ、当初の目的を忘れてはいない。
 記念すべき百個目の宝石となる、あのエメラルドこそ『天空の星』かもしれない。
 皆の前で堂々と盗んで見せよう。「盗めるわけがない」という先入観が、人々には植え付けられているのだから。

「では、配置に就こう。バルス刑事、庭園を見張れ」
「ええ~⁉ 僕もパーティーで美味しいもの食べたいですぅングウウ」

 涙目で追い縋るバルスバストルは、そういえば制服だった。アランは鬱陶しそうに腰にしがみつく男を払いのける。

「遊びじゃないんだぞ。乙女怪盗は門から入って、門から出て行くんだ。おまえの眼にも必ず映っている。奴が現れたら門を封鎖しろ。馬一頭、通すなよ」
「かしこまりました~ンフゥ……」
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