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第三章 パーティーでシャンパンを
パーティーのはじまり
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あなた方の目に、今まさに映ってますけどね。
悄然として庭園へ向かうバルスバストルの背を見送る。
アランは、つい、と肘を出した。
眸を瞬いて見上げると、不機嫌そうなダークグリーンに横目で睨まれる。
「行くぞ」
「あ、はい」
腕に手を回せという合図らしい。触れない制約があるとはいえ、今は貴婦人のふりをしている。
ノエルは遠慮がちにアランの腕を掴み、指先を絡ませた。
これくらいなら、いいかな……?
ぎこちなく俯いた貴婦人は、エスコートされてシャンデリアの煌めくパーティー会場へと誘われていった。
盛大な拍手が湧き起こる。
着飾った紳士淑女たちに囲まれて、デュヴィヴィエ男爵夫人は夫からの誕生日プレゼントである指輪を嬉しそうに掲げた。隣の男爵もご満悦だ。
「本日は妻の誕生日パーティーにお越し頂きまして、ありがとうございます。さあ皆様、パーティーをお楽しみください」
楽団から流麗な音楽が奏でられる。
メイドやウェイターが立ち回り、銀盆に乗せられたシャンパングラスを提供していた。
テーブルには数々の豪華な料理。テリーヌ、仔羊のロースト、フォアグラとトリュフのソテー。バルスバストルが涎を垂らして飛びつきそうだ。
会場は警察が張り込んでいるとは思えない和やかな空気に満ちている。制服の警官は会場内には一切見られない。おそらくノエルやアランのように、客を装っているのだろう。
鋭い目つきの紳士や御婦人が周囲を窺っている。安穏とした貴族や富豪と比べると、顔つきがまるで違うのでわかりやすい。
「さて……この衆人環視の中で、どうくるかな」
アランは指輪を嵌めた男爵夫人を注視しながら呟いた。
男爵夫人は、ぴたりと男爵に寄り添いながら、沢山の人々に囲まれて世間話に興じている。パーティーの最中にひとりになる機会はないだろう。乙女怪盗の予告状が届いたということは来客すべてが知っているわけなので、皆が男爵夫人の動向を気にかけるはずだ。それでなくとも警察が紛れ込んでいるのだ。
「まあ……人間ですけどね」
どの爵位や職業だろうが、ふつうの人間なのだ。驚けば目を見開き、危険を感じれば頭を伏せる。そして、指輪がそこにあると思い込む。何百人いようが同じことだ。
「うん? どういう意味だ」
聞き咎めたアランは屈んで顔を近づけてきた。
ちょっと近いんじゃない?
ノエルは距離を取りながらも、愛想笑いで応える。
「乙女怪盗も人間ですから、人を隠すなら人混みの中というわけで、すでに会場に来ているのではないでしょうか」
「そうだろうな。来客のチェックは行ったが、御婦人のドレスの中まで見るわけにはいかないからな」
「ええ? なんてこと言うんですか」
突然破廉恥なことを言いだすので仰天するが、アランは至って真面目な顔をしている。
「良い隠れ場所だと思わないか? 人ひとりが隠れて潜入するのは無謀かもしれないが、たとえば乙女怪盗の衣装だけをドレスの中に隠して、後で着替えると。貴族の令嬢や富豪の御婦人自身が乙女怪盗なのかもしれないからな」
ぎくう。
的の中心を撃ち抜いた発言に、背中を冷たい汗が流れる。
なるほど、と言おうとしたが、ノエルは乾いた口をぱくぱくさせただけだった。
「だが心配ない。来客用のすべての部屋には、メイドの格好をした警官を配置してある。気分が悪くなったと部屋に行った者は厳重に監視される。着替えようものなら、その場で乙女怪盗は捕まる手筈だ」
パーティーでは休憩用の部屋をいくつか用意しているが、乙女怪盗が使用するのは難しいようだ。
さて、どこで着替えるか。
会場内も庭園も、屋敷中を警官が見張っている。
アランは、ぐいと逞しい腕でノエルの細腰を引き寄せた。
「おまえは、ここにいろ。俺の傍から離れるなよ」
「触らないでくださいよ」
それとなく逃れるが、鷹のような目で見据えられる。
「危険を伴うから言ってるんだ。乙女怪盗が現れても無駄に前へ出るんじゃないぞ」
これは困った。
ノエルは白粉を塗った面に引き攣った笑みを浮かべた。
悄然として庭園へ向かうバルスバストルの背を見送る。
アランは、つい、と肘を出した。
眸を瞬いて見上げると、不機嫌そうなダークグリーンに横目で睨まれる。
「行くぞ」
「あ、はい」
腕に手を回せという合図らしい。触れない制約があるとはいえ、今は貴婦人のふりをしている。
ノエルは遠慮がちにアランの腕を掴み、指先を絡ませた。
これくらいなら、いいかな……?
ぎこちなく俯いた貴婦人は、エスコートされてシャンデリアの煌めくパーティー会場へと誘われていった。
盛大な拍手が湧き起こる。
着飾った紳士淑女たちに囲まれて、デュヴィヴィエ男爵夫人は夫からの誕生日プレゼントである指輪を嬉しそうに掲げた。隣の男爵もご満悦だ。
「本日は妻の誕生日パーティーにお越し頂きまして、ありがとうございます。さあ皆様、パーティーをお楽しみください」
楽団から流麗な音楽が奏でられる。
メイドやウェイターが立ち回り、銀盆に乗せられたシャンパングラスを提供していた。
テーブルには数々の豪華な料理。テリーヌ、仔羊のロースト、フォアグラとトリュフのソテー。バルスバストルが涎を垂らして飛びつきそうだ。
会場は警察が張り込んでいるとは思えない和やかな空気に満ちている。制服の警官は会場内には一切見られない。おそらくノエルやアランのように、客を装っているのだろう。
鋭い目つきの紳士や御婦人が周囲を窺っている。安穏とした貴族や富豪と比べると、顔つきがまるで違うのでわかりやすい。
「さて……この衆人環視の中で、どうくるかな」
アランは指輪を嵌めた男爵夫人を注視しながら呟いた。
男爵夫人は、ぴたりと男爵に寄り添いながら、沢山の人々に囲まれて世間話に興じている。パーティーの最中にひとりになる機会はないだろう。乙女怪盗の予告状が届いたということは来客すべてが知っているわけなので、皆が男爵夫人の動向を気にかけるはずだ。それでなくとも警察が紛れ込んでいるのだ。
「まあ……人間ですけどね」
どの爵位や職業だろうが、ふつうの人間なのだ。驚けば目を見開き、危険を感じれば頭を伏せる。そして、指輪がそこにあると思い込む。何百人いようが同じことだ。
「うん? どういう意味だ」
聞き咎めたアランは屈んで顔を近づけてきた。
ちょっと近いんじゃない?
ノエルは距離を取りながらも、愛想笑いで応える。
「乙女怪盗も人間ですから、人を隠すなら人混みの中というわけで、すでに会場に来ているのではないでしょうか」
「そうだろうな。来客のチェックは行ったが、御婦人のドレスの中まで見るわけにはいかないからな」
「ええ? なんてこと言うんですか」
突然破廉恥なことを言いだすので仰天するが、アランは至って真面目な顔をしている。
「良い隠れ場所だと思わないか? 人ひとりが隠れて潜入するのは無謀かもしれないが、たとえば乙女怪盗の衣装だけをドレスの中に隠して、後で着替えると。貴族の令嬢や富豪の御婦人自身が乙女怪盗なのかもしれないからな」
ぎくう。
的の中心を撃ち抜いた発言に、背中を冷たい汗が流れる。
なるほど、と言おうとしたが、ノエルは乾いた口をぱくぱくさせただけだった。
「だが心配ない。来客用のすべての部屋には、メイドの格好をした警官を配置してある。気分が悪くなったと部屋に行った者は厳重に監視される。着替えようものなら、その場で乙女怪盗は捕まる手筈だ」
パーティーでは休憩用の部屋をいくつか用意しているが、乙女怪盗が使用するのは難しいようだ。
さて、どこで着替えるか。
会場内も庭園も、屋敷中を警官が見張っている。
アランは、ぐいと逞しい腕でノエルの細腰を引き寄せた。
「おまえは、ここにいろ。俺の傍から離れるなよ」
「触らないでくださいよ」
それとなく逃れるが、鷹のような目で見据えられる。
「危険を伴うから言ってるんだ。乙女怪盗が現れても無駄に前へ出るんじゃないぞ」
これは困った。
ノエルは白粉を塗った面に引き攣った笑みを浮かべた。
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