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『グランドセントピードのまぜそば』2
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夜遅くの来ていた客はすっかり帰った店内。
従業員たちは暖簾を下げると、清掃を始めていた。
目の下にくまを付けて疲れた表情を浮かべる龍拓は鍋をじっと見つめている。
そんな、龍拓を厨房の清掃する二人の従業員、狐季と直哉が心配そうに眺めていた。
「なぁ。最近の店長どう思う?」
「まぁ、期待の声も多いけど、それと同時にアンチコメントもかなりの数あったからな。
流石の店長もきっと傷付いているんだろう」
龍拓は鍋を見ながら必死になって頭の中であらゆる食材を考えていた。
ここ最近、寝る間も削ってスープを模索しているが、良い案が全く出てこない……。
龍拓には別に誰からコメント叩かれようとどうでも良い。
ただ、新たなジャンルのスープを作りたい……。
それ以外の事は正直、気にも留めていなかった。
きっと、まだ俺はラーメンに向かう姿勢が足りていないんだな!
「昆虫とかでスープのコクを出す食材とかあるかな……」
ボソッと龍拓の口から漏れ出た一言に従業員たちは唖然とする。
「本当に店長大丈夫かよ……」
龍拓の一言に不安で顔を歪める直哉に対して、狐季は何かを思い出してニヤニヤとしながら天井を見ていた。
「あっ! そういえば俺。
最近さ、良い神社知ったんだよね!」
自信満々の表情で狐季は腕に付けた綺麗な紅い数珠を見せる。
そんな狐季に直哉はため息を吐くと、気怠そうに数珠を眺めた。
「またスピリチュアルかよ……。
俺は信じねぇぞ」
「聞けって!
この数珠付けてからさ、マジで本当に運が良いんだよ!」
直哉は渋々モップ掛けしながら話を聞く。
「で、その運ってのは一体何があったんだ?」
狐季は直哉の返答に目をキラキラさせると、嬉しそうに話し始める。
「一週間前にその神社に行ったんだけど、願い事をしてから本当に調子良くてさ」
「勿体ぶらずに、さっさと言えよ」
「まずは俺とお前、ここで働き始めて一年経つだろ」
「ああ」
「前にも相談していたけど、俺さ将来は龍拓さんみたいなラーメン屋になりたいって思っていた。
そのために大学通いながら、ここで修行していた訳なんだけどさ。
俺の親の会社を継がないといけないから来月いっぱいでこの店を辞めることになっていただろ」
「まさか……」
「そう! 継がなくても良くなったんだ!
神社に行って直ぐに叔父さんが海外から帰って来て、俺の気持ちを伝えたら継いでくれるって。
しかも、うまく行かなかったら社員としていつでも戻って来いって言ってくれた」
「マジか! 良かったな!
てか、お前そういう話は早く言えよ!」
「すまん、すまん」
直哉に平謝りすると狐季は話を続ける。
「それに、今日なんかさ! 社員の雄二さんから、明日から茹でを教えるってさ!」
「おいおい、お前が茹でだと……。
抜け駆けしやがって」
直哉は狐季の話を聞いて目を丸くしていた。
「やっぱ、この神社は絶対すげーよ!」
「お前も物好きだよな。
親の会社は大企業だろ。継げば|《人生安泰あんたい》なのにさ」
「人生は金じゃないんだよ。
ラーメンは俺の中で一番好きな食べ物で、絶対に欠かせないものだ!
それに人生を賭けるってロマンあんだろ」
「その通りだ。
狐季、その神社はどこにあるんだ?」
話に夢中になっていた二人は唐突に聴こえてきた龍拓の声にビクンと硬直する。
二人がゆっくりと声の方を向くと、腕を組んで仁王立ちしている龍拓の姿がある。
「聴いていたんですね……」
直哉の恐る恐る話す声に龍拓は笑みを溢す。
「まあな。
掃除そっちのけで、あんな楽しそうに喋っていたら流石に聴こえる」
「すみません」
直哉は龍拓に向かって頭を下げる。
一方、狐季は龍拓が話に入って来てくれた嬉しさで頭がいっぱいになっていた。
「ええっと、杉並区の大宮にある命婦白狐神社です!
大きな神社では無いですが、神社界隈では目標成就で結構有名な場所なんですよ」
「ほう。目標成就か」
「でも、一つ注意があって……」
少し言いづらそうに狐季は俯く。
「何だ?その注意って」
「信じて貰えないかもしれませんが、願いを叶える価値があると判断されると女性の声が背後から聴こえてくると言われていて……。
実は自分も聴こえたんです」
直哉は深刻な顔を浮かべた狐季に呆れた顔をする。
「そんなバカな。
どうせ幻聴だろ!」
「いや、本当に聴こえたんだって!
お前の願い、手伝ってやろうって……」
「本当かなぁ?」
信じがたい話にニヤニヤする直哉と違い、龍拓は真剣な表情で聞いていた。
「それに、願いが成就したら礼にもっと多く貢物を持って来いとも言われたしさ。
普通、あんなハッキリ聴こえないって!」
「その貢物ってのは何なんだ?」
龍拓の質問に思い出したかのように狐季は流暢に話し出す。
「食べ物です。でも殺生は御法度なので肉や魚とかは持って来てはダメだそうです。
だから、稲荷寿司と野菜を持っていきました。
この神社は食べ物を持って来ないで鳥居を潜るのは御法度らしく、看板にも書いてあります」
「食べ物をもっと持って来いだなんて、なんか欲深い神様だな」
「直哉……。タダで願いを聞いてもらうなんて、そんなうまい話ある訳ないだろ。
それに、祭られているのは狐の神様で無礼者には祟りを与えるって言われてるんだぞ」
狐季が呆れ顔を仕返すと直哉の顔が引き攣った。
「確かにその通りだ。明日は店も休みだし行ってみるか」
龍拓の反応に直哉は口を開けて驚く。
「まさか信じたんですか!」
「完全に信じた訳じゃないが、食べ物を欲する神様なんて凄く興味深いじゃないか。
飲食店を経営する俺的にも会ってみたいしな」
そう言うと龍拓は狐季に向かって優しく微笑む。
「教えてくれてありがとうな」
狐季は嬉しそうに満面の笑顔になる。
「はい!」
『翌日』
朝早く、龍拓は自宅のキッチンで黙々と酢飯を油揚げに詰めていた。
「こんなもんで良いかな」
テーブルに置かれた大きな弁当箱に十八個、拳程の稲荷寿司がギュウギュウに敷き詰められていた。
龍拓は弁当箱を手早く包むと、何かがいっぱいに入った大きなリュックサックに工夫して弁当箱を入れていく。
「よっこらしょ」
息を吐きながら、見るからに重そうなリュックサックを背負うと部屋を後にする。
To Be Continued...
従業員たちは暖簾を下げると、清掃を始めていた。
目の下にくまを付けて疲れた表情を浮かべる龍拓は鍋をじっと見つめている。
そんな、龍拓を厨房の清掃する二人の従業員、狐季と直哉が心配そうに眺めていた。
「なぁ。最近の店長どう思う?」
「まぁ、期待の声も多いけど、それと同時にアンチコメントもかなりの数あったからな。
流石の店長もきっと傷付いているんだろう」
龍拓は鍋を見ながら必死になって頭の中であらゆる食材を考えていた。
ここ最近、寝る間も削ってスープを模索しているが、良い案が全く出てこない……。
龍拓には別に誰からコメント叩かれようとどうでも良い。
ただ、新たなジャンルのスープを作りたい……。
それ以外の事は正直、気にも留めていなかった。
きっと、まだ俺はラーメンに向かう姿勢が足りていないんだな!
「昆虫とかでスープのコクを出す食材とかあるかな……」
ボソッと龍拓の口から漏れ出た一言に従業員たちは唖然とする。
「本当に店長大丈夫かよ……」
龍拓の一言に不安で顔を歪める直哉に対して、狐季は何かを思い出してニヤニヤとしながら天井を見ていた。
「あっ! そういえば俺。
最近さ、良い神社知ったんだよね!」
自信満々の表情で狐季は腕に付けた綺麗な紅い数珠を見せる。
そんな狐季に直哉はため息を吐くと、気怠そうに数珠を眺めた。
「またスピリチュアルかよ……。
俺は信じねぇぞ」
「聞けって!
この数珠付けてからさ、マジで本当に運が良いんだよ!」
直哉は渋々モップ掛けしながら話を聞く。
「で、その運ってのは一体何があったんだ?」
狐季は直哉の返答に目をキラキラさせると、嬉しそうに話し始める。
「一週間前にその神社に行ったんだけど、願い事をしてから本当に調子良くてさ」
「勿体ぶらずに、さっさと言えよ」
「まずは俺とお前、ここで働き始めて一年経つだろ」
「ああ」
「前にも相談していたけど、俺さ将来は龍拓さんみたいなラーメン屋になりたいって思っていた。
そのために大学通いながら、ここで修行していた訳なんだけどさ。
俺の親の会社を継がないといけないから来月いっぱいでこの店を辞めることになっていただろ」
「まさか……」
「そう! 継がなくても良くなったんだ!
神社に行って直ぐに叔父さんが海外から帰って来て、俺の気持ちを伝えたら継いでくれるって。
しかも、うまく行かなかったら社員としていつでも戻って来いって言ってくれた」
「マジか! 良かったな!
てか、お前そういう話は早く言えよ!」
「すまん、すまん」
直哉に平謝りすると狐季は話を続ける。
「それに、今日なんかさ! 社員の雄二さんから、明日から茹でを教えるってさ!」
「おいおい、お前が茹でだと……。
抜け駆けしやがって」
直哉は狐季の話を聞いて目を丸くしていた。
「やっぱ、この神社は絶対すげーよ!」
「お前も物好きだよな。
親の会社は大企業だろ。継げば|《人生安泰あんたい》なのにさ」
「人生は金じゃないんだよ。
ラーメンは俺の中で一番好きな食べ物で、絶対に欠かせないものだ!
それに人生を賭けるってロマンあんだろ」
「その通りだ。
狐季、その神社はどこにあるんだ?」
話に夢中になっていた二人は唐突に聴こえてきた龍拓の声にビクンと硬直する。
二人がゆっくりと声の方を向くと、腕を組んで仁王立ちしている龍拓の姿がある。
「聴いていたんですね……」
直哉の恐る恐る話す声に龍拓は笑みを溢す。
「まあな。
掃除そっちのけで、あんな楽しそうに喋っていたら流石に聴こえる」
「すみません」
直哉は龍拓に向かって頭を下げる。
一方、狐季は龍拓が話に入って来てくれた嬉しさで頭がいっぱいになっていた。
「ええっと、杉並区の大宮にある命婦白狐神社です!
大きな神社では無いですが、神社界隈では目標成就で結構有名な場所なんですよ」
「ほう。目標成就か」
「でも、一つ注意があって……」
少し言いづらそうに狐季は俯く。
「何だ?その注意って」
「信じて貰えないかもしれませんが、願いを叶える価値があると判断されると女性の声が背後から聴こえてくると言われていて……。
実は自分も聴こえたんです」
直哉は深刻な顔を浮かべた狐季に呆れた顔をする。
「そんなバカな。
どうせ幻聴だろ!」
「いや、本当に聴こえたんだって!
お前の願い、手伝ってやろうって……」
「本当かなぁ?」
信じがたい話にニヤニヤする直哉と違い、龍拓は真剣な表情で聞いていた。
「それに、願いが成就したら礼にもっと多く貢物を持って来いとも言われたしさ。
普通、あんなハッキリ聴こえないって!」
「その貢物ってのは何なんだ?」
龍拓の質問に思い出したかのように狐季は流暢に話し出す。
「食べ物です。でも殺生は御法度なので肉や魚とかは持って来てはダメだそうです。
だから、稲荷寿司と野菜を持っていきました。
この神社は食べ物を持って来ないで鳥居を潜るのは御法度らしく、看板にも書いてあります」
「食べ物をもっと持って来いだなんて、なんか欲深い神様だな」
「直哉……。タダで願いを聞いてもらうなんて、そんなうまい話ある訳ないだろ。
それに、祭られているのは狐の神様で無礼者には祟りを与えるって言われてるんだぞ」
狐季が呆れ顔を仕返すと直哉の顔が引き攣った。
「確かにその通りだ。明日は店も休みだし行ってみるか」
龍拓の反応に直哉は口を開けて驚く。
「まさか信じたんですか!」
「完全に信じた訳じゃないが、食べ物を欲する神様なんて凄く興味深いじゃないか。
飲食店を経営する俺的にも会ってみたいしな」
そう言うと龍拓は狐季に向かって優しく微笑む。
「教えてくれてありがとうな」
狐季は嬉しそうに満面の笑顔になる。
「はい!」
『翌日』
朝早く、龍拓は自宅のキッチンで黙々と酢飯を油揚げに詰めていた。
「こんなもんで良いかな」
テーブルに置かれた大きな弁当箱に十八個、拳程の稲荷寿司がギュウギュウに敷き詰められていた。
龍拓は弁当箱を手早く包むと、何かがいっぱいに入った大きなリュックサックに工夫して弁当箱を入れていく。
「よっこらしょ」
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