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革命編 四章:意思を継ぐ者
悪魔の証明
しおりを挟むウォーリスと対峙するアルトリアだったが、互いの力量差はどの要素に置いても埋め難く、対抗できる術も無い。
しかもガルミッシュ帝国の帝都に押し寄せる合成魔獣は、ついにその外壁へと接触した。
そうした事態になる少し前から、帝都を警備している兵団や魔法師団が慌ただしい動きを見せている。
帝都全体に張られた結界の上空で魔法を行使する何者かが存在し、更に帝城からの応答が途絶えた。
その事態を察知した各兵団は、祝祭の賑やかさが残る各区画の街を走りながら貴族街にある帝城を目指す。
しかし不幸にも、この事態が外壁越しに起きている別の事態に気付かせるのを遅れる。
それに気付いたのは、外から流民街へ続く大門が備わる外壁内に駐留していた兵士達だった。
「――……緊急の、臨戦態勢だって?」
「ああ。帝城側と連絡が取れないらしい」
「しかも予定に無い花火の連発が、魔法の光だって話だ」
「まさか、ローゼン領で起きた例の?」
「かもしれないって話だ。しかしよりによって、こんな祝祭に――……ん?」
外壁内に駐屯する兵士達がそうした会話を交える中、一人の若い兵士が城壁に備わる窓越しに闇夜の広がる帝都の外を凝視している姿がある。
それに兵士の一人が気付き、歩み寄りながら話し掛けた。
「どうした?」
「……何かが、来てます」
「なんだ、入門ならもう締め切って――……」
「いや、人じゃなくて……。……アレって、いったい……?」
「?」
外を見続ける若い兵士の動揺した面持ちに、話し掛けた兵士は首を傾げる。
そして自身も同じ窓から外を見渡し、夜の暗闇を凝視しながら訝し気な視線を見せながら呟いた。
「……なんだ、アレ……」
「やっぱり、見えますよね?」
「ああ。……赤い小さな光が、こっちに……」
「それだけじゃなくて、なんか……暗闇で影が動いてるような……」
「……おい、違う。アレは影じゃない……ッ!!」
「!?」
若い兵士が見続けていた暗闇で動く何かに気付いたその兵士は、慌てる様子を見せながら駆け出す。
そして通信用の魔道具が置かれた部屋まで赴き、そこに詰める兵長や通信士の魔法師に状況を伝えた。
「――……ほ、報告っ!!」
「なんだ?」
「外から、何かが押し寄せてきますっ!!」
「何かとはなんだ?」
「わ、分かりません! ただ明らかに、異常な数の何かが……!!」
「……各駐屯兵に連絡。帝都の外に不自然なモノが見えないか、確認させろ」
「ハッ」
兵長はそう指示し、魔道具の通信にて各外壁内の駐屯兵達に指示を送る。
その指示が届いた駐屯兵達が望遠鏡を用いて帝都の外を確認し、それぞれが驚愕しながら信じ難い光景を呟いた。
「――……ま、魔獣の群れ……!?」
「あんな魔獣、この世に存在するのか……!?」
「しかも、並の数じゃない……。百……いや、五百以上……!?」
「各方面に、急ぎ伝えろッ!! ――……これは、魔獣災害だッ!!」
合成魔獣の襲撃に気付いた兵士達は、その情報を各方面に魔道具を用いた通信で伝える。
それを聞いた各兵団と魔法師団は驚愕を浮かべ、同時に魔獣に対する迎撃準備を始め、祝祭を楽しむ帝都内の住民達に避難勧告がそれぞれの区画で行われた。
『――……帝都に滞在する皆様は、所定の経路を用いて地下の避難所へと移動を開始してください!』
『これは訓練ではありません! 建物や店内に残っている方も、速やかに避難を御願いします!』
『人を押さずに、慌てずに! 子供や女性、お年寄りを最優先に避難の御助力を御願いしますっ!!』
祝祭を楽しんでいた流民街から市民街の人々は、唐突に避難を求められ動揺と混乱を見せる。
そうした民間人が外の状況を知り更なる混乱を招かぬ為にも、各兵士達は定められた動きで拡声させた避難の呼び掛けと補助を行い続けた。
しかし祝祭が開かれていた為か、避難の進行が遅い。
祝い事の為に飲酒している大人達が多く、酷く泥酔している者も居る為に自分で避難する事もままならない。
夜という事もあって寝ている者達も少なからず存在しており、広い帝都に対して兵士達が一件一件の家屋や店に呼び掛けながら避難を呼び掛けるには、それなりの時間を必要としていた。
「クソッ、避難が間に合わないっ!!」
「結界は、どの程度まで耐えられる!?」
「ただの魔獣程度なら、結界を突破することは……。……ただ、五百以上の魔獣が各方面から攻め込んで来たら、どうなるか……」
「あの中に上級魔獣が百匹でも居たら、帝都の結界でも長くは耐えられない……!!」
「まさか、帝都周辺にそんな数の上級魔獣がいるはず……」
「……そう、願いたいが……」
合成魔獣の進撃速度から、住民達の避難が間に合わない事を兵士達は察する。
しかし帝都付近の状況を最も知る兵団だからこそ、突如として押し寄せる魔獣災害の中に上級魔獣が多いはずが無いと考えた。
更に外壁に備わる武器として大砲を始めとした兵器も存在し、武装は十分に整えられている。
住民の避難が間に合わずとも、帝都に常駐する一万以上の兵士を兵団と、千名を超える魔法師、そして帝城を警備する千名以上の騎士団も加われば十分に対抗できると希望的な観測を抱いていた。
しかし、この時点で彼等は知らない。
押し寄せる合成魔獣達が、数多の上級魔獣と掛け合わされた異形の怪物であることを。
しかも『悪魔の種』を植え付けられた合成魔獣は、ただ狂気に満ちた本能のまま食事として与えられてきた『人間』を向かってきている事を、誰も予測する事など出来ていなかった。
「――……来るぞっ。迎撃、用意っ!」
「迎撃、用意っ!!」
外壁の上に立ちながら押し寄せる合成魔獣の群れを見る兵団長は、魔道具を通じて壁内と壁上で迎撃を整える兵士達に指示を飛ばす。
そして外壁に備わる大砲と魔石を用いた魔導兵器の照準を合わせさせ、更に壁上に弓を持つ数百名以上の兵士達がそれぞれの場所に配置されながら矢を構えた。
「魔獣達が結界に衝突後、各迎撃武器の射線に展開している結界を一部解除! 砲撃で散らし、数を一気に減らすっ!!」
「ハッ!!」
「――……衝突するぞっ!!」
兵団長はそうした戦術で対抗する事を考え、押し寄せる合成魔獣達が結界に追突し崩れる瞬間を待つ。
しかし最前列の五メートルから十メートルを超える悪魔化し強化された合成魔獣達は、結界に衝突した瞬間に夥しい亀裂を生み出した。
「なっ!?」
「結界が……!?」
予想外にも走る結界の亀裂に、兵団長を始めとした各兵士達や魔法師達が驚愕を浮かべる。
しかも最前列の合成魔獣達を押し潰すかのように押し寄せる後続の合成魔獣達が、更なる衝撃を結界に与えた。
そして十秒にも満たない時間で、帝都を守る結界は根元から崩れ落ちる。
そして突き破った合成魔獣達は、結界よりも遥かに柔らかい外壁に巨体を喰い込ませ、そして意図も容易く崩壊させた。
「ウワァアアっ!!」
「が、外壁も……!!」
「こんなにあっさり、突破された……!?」
「……クソッ!! 各自、連携して魔獣を迎撃っ!! 一匹一匹、確実に減らして対処しろっ!! 奴等を絶対に、帝都に入れるなっ!!」
結界と外壁を易々と突破した合成魔獣達の光景は、壁内や上に立つ兵士達を呆然とさせながら絶望へ導く。
突入された外壁は崩れ落ち、その上や内部に居た兵士達は四十メートル以上ある外壁を落下していた。
しかし兵団長は兵士達に指示を飛ばし、帝都への侵入をさせない為に各人員に応戦させる。
無事な外壁部分に備わる大砲が押し寄せる合成魔獣に浴びせられ、その身体を削るように吹き飛ばす。
しかし次弾を装填しようとする兵士達の目に、新たに信じ難い光景が見えてしまう。
「……ま、まさか……!?」
「おい、早く砲弾の準備を!」
「……あ、アイツ等……吹き飛ばしたのに、治っていくぞ……!!」
「!?」
驚愕する兵士が見たのは、砲弾で吹き飛ばされたはずの合成魔獣の肉体が、黒い泥を纏いながら修復していく光景。
更に結界を突破する際に押し潰された合成魔獣達も、十数秒にも満たない時間で同じように身体が修復され、起き上がりながら突撃して来る光景が見えた。
それを見た兵士達は絶望を強め、押し寄せる合成魔獣の姿に怯えとは別の恐怖を抱き始める。
自分の知らない怪物が突如として現れ襲って来る光景は、酒を飲み過ぎた為の悪夢ではないかという心情を抱き始めていた。
しかし悪夢が醒める事は無く、外壁内部の砲塔に居た兵士達は強い衝撃の揺れで身体を傾け倒す。
地上から二十メートル以上の高さである外壁が突き破られ、その内部から黒い泥のようなモノを纏った合成魔獣の顔が見えた。
「うわぁあっ!!」
「の、登って来た……!!」
「ひ……っ!!」
砲台が崩れ壁に空けられた穴から見える合成魔獣の姿を見た兵士達は、恐慌状態に陥り身を竦める。
しかし壁内に居る人間の姿を確認した合成魔獣は、その身体から伸びる黒い泥で兵士達を捕獲した。
「た、助け……ぁああ――……」
「クソッ!! はな――……ぁ、が……っ!!」
伸びた黒い泥は二人の兵士を捉え、その身体を引き摺らせる。
そして捕まった兵士達は合成魔獣の口へ運び、飢える口を閉じて血を撒き散らしながら人間を噛み砕いた。
それを見た兵士達の幾人もが正気を失い、果たすべき役割すらも忘れ逃げ出し始める。
「――……に、逃げろぉおっ!!」
「コイツ等、俺達を喰う気だっ!!」
「逃げるって、何処に逃げれば……あ、あぁあ――……!!」
逃げ惑う兵士達は階段のある通路を目指そうとするが、そこにも合成魔獣が突入し逃げようとした兵士を捕らえ、外へ引きずり出す。
それと同時に短い悲鳴と歪な咀嚼音が響き渡り、崩れ落ちた床と合成魔獣によって逃げ場を失った兵士達は、ただ震えながら餌となり死ぬまで恐怖と絶望の感情を抱くしか出来る事はなかった。
帝都を覆う南東側と南西側の壁が合成魔獣の突入により崩壊し、外壁全体の四割近くが失われる。
更に外壁内と上に詰めていた千名以上の兵士達が突入時の余波で死亡し喰われるか、生きたまま捕まり餌として喰われるという、悍ましい状況に襲われていた。
それを上空から見させられるアルトリアは、ウォーリスに首を掴まれたまま憤怒の声を漏らす。
「ク……ッ!!」
「見えるかな? 抗えず、喰われていく兵士達の姿が」
「……なんで……こんな……ッ!!」
「何故、こんな光景を見せるかって? ……君にも、深い絶望を味わってほしいからだよ」
「……!!」
「抵抗できず、何も守れず、ただ失われていく光景を見るしかない。そんな絶望を、君にも知って欲しかった」
「……何を、言って……」
「私は、これに似た光景を見た事がある。――……今から、千年程前の話だ」
「!?」
「第一次人魔大戦。その始まりこそ三千年前だったが、二千年にも渡り続いた人魔大戦の終わりは、ほんの一瞬だった」
「……そんなこと、より……奴等を止め……グッ!!」
「人の話は、ちゃんと聞いた方がいい」
突如として語り始めようとするウォーリスに対して、アルトリアは無視しながら首を掴む手を引き剥がそうと魔力を溜めた両手で掴む。
しかし首を掴むウォーリスの握力が強まると同時に、溜めた魔力が四散したアルトリアは苦しむ様子を見せながら両腕を震わせて離した。
そんな様子を見ながらも、ウォーリスは続きを語り始める。
「第一次人魔大戦の勝敗は、人間勢力の到達者である『大帝』の敗北で終わった。……しかしその後、『始祖の魔王』とそれに付き従うハイエルフの女王により、大帝国に住む人間達は抗うことも出来ずに残らず殺された」
「ク……ッ!!」
「何せ、魔族の到達者達だ。例え聖人であっても、君のように抗うことは出来ない。……そして私も、成す術も無く殺された」
「……!?」
「だが私の魂だけは、輪廻を介しても生き永らえた。……そして新たな生を得た時、私は新たな人間として生まれ変わっていた」
「ま、まさか……アンタ……。……転生者、なの……っ!?」
「そう。私は転生し、生前の知識を得たまま人間大陸の中に潜み続けた。……私の存在は、当時の七大聖人や以前の私を知る『青』も感知できなかっただろう」
「……ッ」
「そして私は、『青』の一族に伝わっていた秘術を模倣し、転生して身体の血族に魂を引き継がせ続けた。……そして血族の当主として君臨し続け、私という存在を生かし続ける為の道具として繁栄させ続けた」
「……まさか、それが……!?」
「そう。それが君も知っている、ゲルガルド伯爵家。五百年前に起きた天変地異の後、『赤』ルクソードの築く国に紛れ込み、私の存在を隠しながら忠実な皇国貴族を、そして帝国貴族を演じ続けたというわけだ」
「何故、そんな……っ!!」
「わざわざ皇国に紛れ込んでいたのか、不思議かな? ……それは、ある人物を探す為だった」
「……ある、人物……?」
「そう。だが私にとって重要なのは、その人物よりも、その人物の継いでいる血だった」
「……『赤』の、皇族の血……!?」
「違うな」
「!?」
「『赤』などよりも、もっと素晴らしい血が流れる人物がいたのだよ。――……何せその人物は、『黒』が自ら生んだ子孫だったのだから」
「!?」
「そう、『黒』が……『創造神』の肉体が生んだ子孫。……私はその子孫を四百年以上も捜索し、そして七十年ほど前に探り当てた」
「……それって、まさか……」
アルトリアは首を掴まれながら険しい表情を浮かべながらも、その話である人物の事を思い出す。
それを察するように、ウォーリスは黒い微笑みを見せながら語り聞かせた。
「そう。その一族こそ、彼女――……ナルヴァニア=フォン=ルクソードだった」
「!?」
「彼女は、いや彼女の一族である侯爵家自体が、自分に『創造神』の血が流れている事など知らなかった。……だが彼女の家系に見られる、女性の特徴で確信した。何せ、成長した『黒』によく似た姿が多かったからな」
「……アンタ、それで……」
「私は『創造神 』の血を引く者を手に入れる為に、あの一族から適当な相手を娶りたかった。……だがそれ以前に、『創造神』の血を継ぐ者達がいる事を、他者に知られる事を危惧した」
「……!!」
「おかげで、色々と手間取ってしまった。あの侯爵家に皇族暗殺の冤罪を着せ、遺児であるナルヴァニアを生かせるよう取り計らい、私に嫁がせるまでの流れを敷くのはね」
「……アンタが……アンタが、今までの……ッ!!」
アルトリアは語られる情報がどのような意味を指すかに気付き、憤りを高めながら歯を食い縛る。
それを見るウォーリスは闇の深い微笑みを浮かべ、ナルヴァニアの復讐劇を発端とした今までの事件が、全て自身が仕組んだ事だと肯定した。
こうして帝都は合成魔獣の襲撃に遭い、壊滅に陥る打撃と恐怖を与える。
更にウォーリスの肉体に宿る悪魔が、今まで起きた事件の根幹とも言える元凶だったことが明かされたのだった。
応援ありがとうございます!
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