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- 23章 -
- 創始 -
しおりを挟む「じゃぁ、また明日」
「うん、ありがとう」
そう挨拶を交わす2人の手には、飲みかけのHOTハニーカフェオレが握られていた。朝の予定通りに立ち寄ったコーヒーショップからの帰宅道、なにも言わずに自分の帰路から外れ隣を歩き続けるその姿に送りは大丈夫と言うべき所なのだろうが…
どうしても言えなかった。
完全に遠回りをさせてしまうのに、言えなかった。
今日が終わらないでほしい。
どんなに願った所で叶うことではないけれど、願うことは止められない。
取り留めない話をしながらその願いを体現するかのようなゆっくりとした歩調で歩くその時間は、自宅に到着することで終わりを告げた。
「…帰り、気をつけて」
「あぁ」
背を向け歩き出したその姿に寂しさが広がっていく。手を伸ばしたくなる衝動を押さえる様に両手を握りしめ、消えてく後ろ姿を見ないように地面へ視線を落とす。
『……俺も帰ろ』
しかしー
「安積」
「……えっ?」
部屋へと帰ろうとしたその時、突如聞こえてきたその声は何故か直ぐ目の前から聞こえた気がした。驚いて顔を上げるとそれは気のせいではなく、帰った筈の市ノ瀬が目の前に居る。
帰らないでほしい、そんな気持ちが通じてしまったのだろうか?そうだとしたら嬉しい。そうじゃなかったとしても、少しでも一緒に居られることに喜びが沸き上がった。
「えっと、どうした?」
「言い忘れた事があった」
「言い忘れたこと?」
しかし、ただただ自分を見つめるだけで口を開こうとしない。普段あまり言い淀んだりしない市ノ瀬の態度に言い様のない不安がよぎる。
「睦月?」
「今はどーでも良いとは言ったけど、なぁなぁにされたくないから、一応もう一回言っておこうかと…」
「うん?」
わざわざ戻って来るくらいの何かがあっただろうか?
決して反らされる事のない視線に、怖いくらいの真剣さが潜んでいる。何を言われるのだろうか?動き出そうとするその口元へと無意識に意識が集中してしまう。
「俺はお前が好きだ。いずれは俺を好きなってもらう。その為に出来ることは全部するつもりだ」
「………うん」
「じゃぁ、それだけだから」
「おう」
今度こそ姿が見えなくなるまで見送ってから部屋へと戻り、ソファーに寝っ転がるとテーブルに置いたハニーカフェオレを無意味に眺めた。
「あんな率直にいわれて、なぁなぁになんて出来るわけないのにな。なにをそんなに心配してんだか。バカな奴」
なんだか久しぶりに充実した1日だった。こんなに楽しいことや嬉しいこと尽くめの日はいつぶりだっただろうか。
「大丈夫だよ。ちゃんと考えるって」
それは義務感や何かと引き換えにしたものじゃなく、自分がそうしたいと心から思うがゆえの言葉だった。
今日はこのまま幸せな気持ちのまま眠ってしまいたい。手早くアラームをかけるとふわふわとした気持ちに包まれながら静かに目を閉じた。
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