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チビの正体と自分の役割
閑話 ~チビの名前~
しおりを挟む「ではお二人のお召し物を用意させて頂きます。この部屋で少々お待ちください」
色を戻したバイラムは、そう言って頭を下げると重厚な扉から出て行った。
それを寝転がりながら見送る俺とチビ。
せめて、素っ裸のチビに押しつぶされた俺を助けてから出て行って欲しかった。
「チビ……どいてくれないか?」
「体重は掛けないようにしてるから良いでしょ」
言われた通り、今は重さを感じていない。
だがフカフカな絨毯と裸の青年にサンドイッチされる趣味はない。絨毯のみ、もしくはフカフカな敷布団と掛け布団のサンドイッチが良い。
「前だって、俺はこんな格好だったじゃん。あの時より重くないよね?」
「あれは小さい時の話だろう。今のお前だと……」
「エッチな気分になる?」
「なんでだよ。――ほら、馬鹿言ってないで離れろ。暑い」
べったりとくっついているチビの下から抜け出して、やっと部屋を見渡す余裕が出来た。
絨毯からわかる通りの洋風な部屋だ。しかも広さは俺たちの住んでいた家の床面積以上……――魔族の家、広すぎじゃないか?
更に、置かれてる家具も上等。こっちでの素材名はわからないが、向こうで言うマホガニーとかウォルナットとかそういう物に見える。
壁は上品な淡いモスグリーン、腰壁となっていて下のほうに綺麗な焦げ茶の木目が見えている。
「……どこなんだ、ここ」
天井も高く、ここが王様の居室と言われても納得な豪華さだけれど、そんなところに真っ直ぐ来れるとは思えない。
よくわからないが、そんな簡単にワープが出来たら暗殺され放題だろう。
チビも流石に場所まではわからないのか、首を傾げていた。
「とりあえず、ここに座れば?」
これまたフッカフカで、十人くらいが座れそうなソファーに寝転がる美しい青年――これ、本革に見えるんだが良いのだろうか。
やきもきする俺を「尚志は気にし過ぎ。汚したって魔法使えば一発だよ」と笑うチビに、怒って良いのか感心して良いのかわからない。
俺は貧乏の染み付いた小市民だ。
フカフカ過ぎて後ろに倒れそうになるソファーで、なんとかバランスを取るように浅く座る。ハッキリ言って、この古着でこの部屋にいることも辛い。
さっきから胃がキリキリする。
「こんな場所で生活しろとか、無理だぞ俺は」
「慣れる慣れる。って言うか、本来ならこういう対応をされてるのは尚志だったんだよ」
「無理。部屋の中に小屋作って引きこもる」
「それは困りますね。なんとか慣れて頂かなければ……――遅くなり申し訳ありません。軽食を用意しておりました」
救世主はワゴンを押す青年を引き連れて戻ってきた。
ソファーに寝そべった裸族を見ても、彼は何も反応をしない。きっとプロの執事とかそういう者なのだろう……立場ある人間が軒並み裸族なんて国ではないことを祈る。
「ヒサシ様もこちらをどうぞ。あちらに衝立がありますので、そこで着替えてください」
手渡されたのはシンプルなシャツにスラックスだった。どっちも黒だが、光沢があって肌触りも良い。
チビは白シャツに紺のスラックスを渡され、その場で着替えている。
こいつ、村でのノーパンワンピース生活で羞恥心が育っていなかったらどうしよう。
そりゃ見目麗しいなんて言われそうな姿に、中々に立派なのを持っていたら気にしないのかもしれないが……これは後で注意しよう。
「あぁ、ちょうど良いですね。お二人ともお似合いです。……ですが、後で採寸と共に何着か注文しましょう」
「いやもう、これで十分過ぎるくらいなんだが……」
「なりません。普段着として最低限の物ですから諦めてください。――まぁ、そんな込み入った話は後にしますので、まずはお召し上がりください。梅とおかか、焼きタラコです」
そう言うバイラムの横で青年がテーブルに並べたのは、随分と久しぶりの再開になった白米だった。
三角形の握り飯、それにほうじ茶と思われる飲み物が湯呑と急須で出される。
さっきまでキリキリとしていた胃は現金な物で、米を見た途端にグゥと鳴った。
「タラコ、あるんだな……」
海の近くまで領土があるとは聞いていたが、スケソウダラまでいるとは思わなかった。
バクっと口に頬張ると、向こうで食べた握り飯と同じ味。むしろ食べ慣れていたコンビニの物より断然美味い。
チビは梅と言われたのを一口食べて、そのまま凄い顔になった。
「酸っぱいのか。……おかか、俺の分も食って良いぞ」
口に含んだ分をお茶で流し込んでいるが、次の一口は無理だろう。そう思いながらトレードをして、食いかけの握り飯に今度は俺が固まった。
「なんで梅干しがショッキングピンクなんだ……!」
「味は同じだそうです。色は諦めたと聞いております」
梅干しの色が目に眩しいピンク。でも味は塩気のある梅干し……かなり混乱する仕様だった。
目を瞑って食べれば問題ないが、梅茶漬けはこの色に慣れるまで諦めよう。
別の意味で渋い顔をする俺に、「海苔もありますが先々代には不評だったそうです」と言うバイラム。ワゴンから取り出したのは真っ青な海苔。
食べ物と言うよりも折り紙みたいな色だが、匂いを嗅ぐとちゃんと磯の香りがする――なんでここで異世界っぽさを出すんだ!!
味は良いのに疲れる食事だった……――それが感想。でも緊張感が薄れたことは確かだ。
さっきとは違って背もたれに寄り掛かるようにしてソファーに座ると、ひっつくようにしてチビが座った。
「チビ、もう少し離れろ」
「無理。嫌だ。って言うかこのまま寝たい。尚志、膝貸して」
そう言うやいなやゴロンと寝転んで、俺の脚に頭を乗っけてくる。食べて直ぐ寝るな、お前何考えているんだ、色々と言いたいことがある。
しかし口を開く前にバイラムに声を掛けられた。
「その……ヒサシ様にお伺いしたいのですが、陛下のお名前には何か特別な意味があるのでしょうか?」
「チビ?」
「こちらでは〝小さい〟や〝子供〟という意味でして――今後もその名前を使うのは少々……」
「あぁ……すまん。向こうでも同じ意味だ。俺に名付けセンスがなくてな。他に……チビ、使いたい名前はあるか?」
「尚志が決めてよ。俺は尚志に決めて欲しい」
責任持って名前を付けてと言われたが、本当にセンスがないんだ。
ついでに、思いっきり日本人じゃない見た目に〝太郎〟とか〝一郎〟はないだろうい。でも思いつくのはその程度と言う矛盾。
ヴェルクトリ魔王国で俺が最初に考えなければならないのは、当面の生活やチビの情操教育ではなく〈名付け〉――……それから暫くの間、チビの寝息を聞きながらバイラムと連想ゲームをすることになった。
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