49 / 80
チビの正体と自分の役割
閑話 ~チビの名前~
しおりを挟む「ではお二人のお召し物を用意させて頂きます。この部屋で少々お待ちください」
色を戻したバイラムは、そう言って頭を下げると重厚な扉から出て行った。
それを寝転がりながら見送る俺とチビ。
せめて、素っ裸のチビに押しつぶされた俺を助けてから出て行って欲しかった。
「チビ……どいてくれないか?」
「体重は掛けないようにしてるから良いでしょ」
言われた通り、今は重さを感じていない。
だがフカフカな絨毯と裸の青年にサンドイッチされる趣味はない。絨毯のみ、もしくはフカフカな敷布団と掛け布団のサンドイッチが良い。
「前だって、俺はこんな格好だったじゃん。あの時より重くないよね?」
「あれは小さい時の話だろう。今のお前だと……」
「エッチな気分になる?」
「なんでだよ。――ほら、馬鹿言ってないで離れろ。暑い」
べったりとくっついているチビの下から抜け出して、やっと部屋を見渡す余裕が出来た。
絨毯からわかる通りの洋風な部屋だ。しかも広さは俺たちの住んでいた家の床面積以上……――魔族の家、広すぎじゃないか?
更に、置かれてる家具も上等。こっちでの素材名はわからないが、向こうで言うマホガニーとかウォルナットとかそういう物に見える。
壁は上品な淡いモスグリーン、腰壁となっていて下のほうに綺麗な焦げ茶の木目が見えている。
「……どこなんだ、ここ」
天井も高く、ここが王様の居室と言われても納得な豪華さだけれど、そんなところに真っ直ぐ来れるとは思えない。
よくわからないが、そんな簡単にワープが出来たら暗殺され放題だろう。
チビも流石に場所まではわからないのか、首を傾げていた。
「とりあえず、ここに座れば?」
これまたフッカフカで、十人くらいが座れそうなソファーに寝転がる美しい青年――これ、本革に見えるんだが良いのだろうか。
やきもきする俺を「尚志は気にし過ぎ。汚したって魔法使えば一発だよ」と笑うチビに、怒って良いのか感心して良いのかわからない。
俺は貧乏の染み付いた小市民だ。
フカフカ過ぎて後ろに倒れそうになるソファーで、なんとかバランスを取るように浅く座る。ハッキリ言って、この古着でこの部屋にいることも辛い。
さっきから胃がキリキリする。
「こんな場所で生活しろとか、無理だぞ俺は」
「慣れる慣れる。って言うか、本来ならこういう対応をされてるのは尚志だったんだよ」
「無理。部屋の中に小屋作って引きこもる」
「それは困りますね。なんとか慣れて頂かなければ……――遅くなり申し訳ありません。軽食を用意しておりました」
救世主はワゴンを押す青年を引き連れて戻ってきた。
ソファーに寝そべった裸族を見ても、彼は何も反応をしない。きっとプロの執事とかそういう者なのだろう……立場ある人間が軒並み裸族なんて国ではないことを祈る。
「ヒサシ様もこちらをどうぞ。あちらに衝立がありますので、そこで着替えてください」
手渡されたのはシンプルなシャツにスラックスだった。どっちも黒だが、光沢があって肌触りも良い。
チビは白シャツに紺のスラックスを渡され、その場で着替えている。
こいつ、村でのノーパンワンピース生活で羞恥心が育っていなかったらどうしよう。
そりゃ見目麗しいなんて言われそうな姿に、中々に立派なのを持っていたら気にしないのかもしれないが……これは後で注意しよう。
「あぁ、ちょうど良いですね。お二人ともお似合いです。……ですが、後で採寸と共に何着か注文しましょう」
「いやもう、これで十分過ぎるくらいなんだが……」
「なりません。普段着として最低限の物ですから諦めてください。――まぁ、そんな込み入った話は後にしますので、まずはお召し上がりください。梅とおかか、焼きタラコです」
そう言うバイラムの横で青年がテーブルに並べたのは、随分と久しぶりの再開になった白米だった。
三角形の握り飯、それにほうじ茶と思われる飲み物が湯呑と急須で出される。
さっきまでキリキリとしていた胃は現金な物で、米を見た途端にグゥと鳴った。
「タラコ、あるんだな……」
海の近くまで領土があるとは聞いていたが、スケソウダラまでいるとは思わなかった。
バクっと口に頬張ると、向こうで食べた握り飯と同じ味。むしろ食べ慣れていたコンビニの物より断然美味い。
チビは梅と言われたのを一口食べて、そのまま凄い顔になった。
「酸っぱいのか。……おかか、俺の分も食って良いぞ」
口に含んだ分をお茶で流し込んでいるが、次の一口は無理だろう。そう思いながらトレードをして、食いかけの握り飯に今度は俺が固まった。
「なんで梅干しがショッキングピンクなんだ……!」
「味は同じだそうです。色は諦めたと聞いております」
梅干しの色が目に眩しいピンク。でも味は塩気のある梅干し……かなり混乱する仕様だった。
目を瞑って食べれば問題ないが、梅茶漬けはこの色に慣れるまで諦めよう。
別の意味で渋い顔をする俺に、「海苔もありますが先々代には不評だったそうです」と言うバイラム。ワゴンから取り出したのは真っ青な海苔。
食べ物と言うよりも折り紙みたいな色だが、匂いを嗅ぐとちゃんと磯の香りがする――なんでここで異世界っぽさを出すんだ!!
味は良いのに疲れる食事だった……――それが感想。でも緊張感が薄れたことは確かだ。
さっきとは違って背もたれに寄り掛かるようにしてソファーに座ると、ひっつくようにしてチビが座った。
「チビ、もう少し離れろ」
「無理。嫌だ。って言うかこのまま寝たい。尚志、膝貸して」
そう言うやいなやゴロンと寝転んで、俺の脚に頭を乗っけてくる。食べて直ぐ寝るな、お前何考えているんだ、色々と言いたいことがある。
しかし口を開く前にバイラムに声を掛けられた。
「その……ヒサシ様にお伺いしたいのですが、陛下のお名前には何か特別な意味があるのでしょうか?」
「チビ?」
「こちらでは〝小さい〟や〝子供〟という意味でして――今後もその名前を使うのは少々……」
「あぁ……すまん。向こうでも同じ意味だ。俺に名付けセンスがなくてな。他に……チビ、使いたい名前はあるか?」
「尚志が決めてよ。俺は尚志に決めて欲しい」
責任持って名前を付けてと言われたが、本当にセンスがないんだ。
ついでに、思いっきり日本人じゃない見た目に〝太郎〟とか〝一郎〟はないだろうい。でも思いつくのはその程度と言う矛盾。
ヴェルクトリ魔王国で俺が最初に考えなければならないのは、当面の生活やチビの情操教育ではなく〈名付け〉――……それから暫くの間、チビの寝息を聞きながらバイラムと連想ゲームをすることになった。
1
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる