女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

舞踏会

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「エマ様、ドレスはお気に召しましたか?」

「ええ、とっても素敵だわ」

  明るいオレンジ色を統一させたフリルやアクセサリーに加え、高級感を見せるために踵がいつも履いているものより少し高めのハイヒールを着用した。髪はゆるめのシニヨンにして、白の小花を数本さしてもらった。

  首元にはアウイナイトのネックレスをさげて、軽く化粧もしてもらった。

  目の前にいるのは、美しさを身にまとったエマ・フロンティアただ一人だ。

「いつもありがとう、レイア」

「光栄の極みです。お嬢様、無理なさらない範囲で舞踏会、頑張ってくださいね」

「えぇ、もちろんよ」

  私は変わると決めたのだ。どんな逆境にだって負けやしない。

  そして私はレイアと別れ、案内人と一緒に皇宮の第一会場へと案内された。

  やはりここは皇宮。会場はとても広く、どこもかしこも絢爛豪華。おまけに鼻をくすぐるいい匂いの料理たち。
  
  参加するのは王子様たちと女王候補のみなのに、こんなに大々的にする必要があるのか。

  参加人数が少ない故、やけに居心地が悪い。多いのも大概なのだが、少なすぎるというのは若干物寂しい気もする。

  因みに、舞踏会の開催は今回が初となる。
  つまり、王子は全員参加のため、ストーリーに大きく関わるのだ。

  なので、私は何がなんでも絶対に主人公には近づいてはいけないのだ。

「皆様全員お集まりのようですね、では、舞踏会を開催致しましょう」

  全員の参加を確認し、ホールの中央に立ったレジックが高らかにそう宣言した。

「では、今からこちらで決めさせて頂いたペアをご紹介いたします。一ペア目はベルジーナ・リ・メイビーン様とルイズ・デ・セインティアさまです」

  すると、会場から拍手が沸き起こった。
  名を呼ばれたベルジーナ様とルイズ様はホールの中央に立ち、丁寧な所作で礼を返した。

  その後も続々と名前を呼ばれ、リルはレオ殿下とペアに、エイメン様は乙女ゲームの唯一の眼鏡キャラであるエリック様とペアになった。

  また、アリス様は王子の中で一番の末っ子であるリシャール様、フラビル様は軟派キャラであるシーファ様とペアになった。
  
  ここまで聞いて、残された女王候補は私だけになった。しかし、不思議なことに思い当たる王子が見つからない。というか、先程紹介した攻略キャラの他にもう一人の攻略キャラなんていたのか。記憶が曖昧
 過ぎて、とても重要なことを忘れてしまっていた。

 (あれ……?でも式典の時にいた攻略対象たちは全員で五人しかいなかったような……)

「では、次でラストのペアになります」

  そうこう考えていると、レジックが再び声を出した。

「エマ・フロンティア様とアルビー・デ・セインティア様です」

  私がホールの中央に立つも、呼ばれた王子は何故か出てこない。

  ま、まさか、私とのペアが嫌でドタキャンされた…?

  流石に一国の王子(顔も知らない)ともあろう方がそんなことするはずないだろうとしばらく待ったものの、中々登場しない。

  い、一体なぜ……?

  次第に会場がざわつき始め、こちらをクスクスと笑う声が聞こえた。奥の方ではベルジーナ様が心配そうにこちらを見ている。

  私はこの状況に怖くなって、もう一人で適当に礼をして早々に立ち去ろうかと思っていたその時、

  入場扉が勢いよく開かれた音がして、誰もがそちらへと目を向けた。

  そこに立っていたのは───


「悪い!パーティに遅れた!俺がこの国の第四王子、アルビーだ!皆の者、パーティを存分に楽しめ!」


  そこに居たのは、乗馬を熱心に教えてくれたあの無駄にイケメンな先生だった。
 立派なタキシードを着て、髪はオールバックになっている。

「な、なん、で……」

 (彼は騎士団の平民では無かったの!?)
 私は頭がパニックになり、冷や汗が出てきた。

「アルビー様、ペアの元へ早く行きましょう」

 彼の一人の従者がそう言うと、アルビー様は頷く。

「ああ、そうだったな。すまない、君が俺の…………………………は?」


 急ぎ足でこちらに来たアルビー様は顔を合わせるなり、停止した。
 もちろん私もだ。
 しばらく見合っていると、先に正気を取り戻したアルビー様が困惑気味に聞いてきた。

「え、ちょ、おまっ、なんでここにいるんだ……!?お前は商人の娘じゃなかったのか……?」

 そう言われ、私も思わず声を出した。

「そっちこそ、貴方は騎士団の人間では無かったのですか!?」

  二人はお互いに沈黙し、やがて青ざめ始めた。ここまで勘違いをし合っていると、逆に呆れてくる。

「なんか俺たち……すげえ勘違いしてたみたいだな……今までどうして気づかなかったんだ……?」

「わ、分かりません……」

  なんだろう、特に激しい運動もしていないのにすごく疲れた。きっとこれは精神的に負担を負いすぎたせいだ。うん。絶対そうだ。

 すると、異変に気付いたレジックがこちらにやって来て、こう言った。

「おや、お二人は知り合い同士だったのですか?式典の際はアルビー殿下は騎士団の仕事で欠席していたというのに。どこでお知り合いに?」

 乗馬をやっていたこと自体かなり悪評があるのに、王子様から教わっていたなんて知られたらもっと悪い噂が広まってしまうかもしれない。だから私は嘘をつく事にした。

「し、知り合いなんて!そんなことないですよ!初対面です初対面」

「はあ?俺とお前は以前からずっと……むぐっ!」

「~~~っ!ほんっとに初対面なんです!では、私たちはこれで!!!」

 私は先生こと、アルビー様の口を半ば無理矢理抑えて、ホールから脱出した。
 危ない危ない。アルビー様自身から嘘をバラされてしまうところだった。

 そして、会場から離れたところにある薔薇庭園に着くと私がずっと引っ張っていたアルビー様の腕を離し、アルビー様への質問を投げかけることにした。

「どうして!貴方がここにいるんですか!!」

「それはこっちの台詞だエマ!お前は貴族……いや、女王候補だったのか!?」

「そうですよ!私は貴方が平民の騎士だと思い、正体を隠していたんです!」

「俺も、お前が商人の娘で王子ということがバレないように……!」

 真夜中の庭園で、二人は冷や汗を垂らしながら質問し合っていた。

 会話をしていって、分かったことがたくさんあった。
 まず第一に先生はこの国の第四王子、アルビー・デ・セインティア様で、乙女ゲームの元気キャラである攻略対象の一人であった。

 彼は騎士団に所属しており、国の防衛や被災地などの救助支援、または悪人を日々懲らしめていたりしているらしい。
 式典当日不在だったのも遠出の任務が思ったより長引いてしまったため、出席出来なかったという。空席があったのも彼が座る予定の椅子だったためだ。

 そして何故、私に乗馬を教えたのかというと、これもまたややこしい話な訳で……。

「騎士団長からの課題……ですか?」

「ああ、そうだ。お前には俺が新しく騎士団長に任命される為に協力してもらったんだ。内密にな」

「その課題というのは一体どんなものなのですか?」

 私がそう尋ねると先生……もといアルビー様は少し考える仕草をした後に話し出した。

「……俺は昔から、一人で突っ走る癖があるんだ。勿論、騎士団という協調性や団結力が必須とされる機関では致命的な欠点となってしまう。団長なんて以ての外だ。だからこそ、俺が師となって新人に歩幅を合わせられる教育が出来る人間になる為に今の団長が俺に下した課題こそが、お前と俺が今までやってきた行為だったんだ」

「………つまり、私に乗馬を教えることで、アルビー様は団長に就任する為の課題をこなしていたと……」

「そういうことになるな」

 そこまで聞いて、私はムッと眉を寄せた。

「だったらどうして、最初に言ってくれ無かったんですか!言って下されば、協力したというのに……」

「すまない、課題は他人には言わない約束となっていたんだ。言ってしまえばお前のような善人が団長に就けるように協力をしてしまうからな。これは一人で成し遂げなければいけないことだったんだ」

「………そうなんですか。では、私は利用されただけということですか?」

 私はじっと、アルビー様を見つめる。
 分かっている、これはただ寂しさをぶつけているだけだ。

 あの時、楽しい気持ちで、わくわくした気持ちで乗馬をしたのは私だけだったのかと、大会が終わったあと、私に顔も見せずに姿を消してしまったのはもう用済みだったからなのかと、不安になったのだ。

 すると、アルビー様は目をぱちくり開いて、首を横に振る。

「確かにお前がそう思うのも不思議じゃない。寧ろそう思って正解だ。だけど、俺は生半可な気持ちで乗馬をする奴は最初から教えないつもりだった。それはつまり、俺から見たお前はいつだって一生懸命で、馬を大切に思っていたということだ。一生懸命な奴との練習はこっちも熱が入るからな」

「えぇっと……それはつまり……?」

「…………」

アルビー様は頬をポリポリ搔くと、照れ臭そうに話した。

「……楽しかったんだよ、お前との乗馬が。……試合の後、会えなくて本当にすまなかった。急に騎士団の奴に引っ張られてお前の所に行けなかったんだ。お前を見放して消えた訳じゃないってことだけ覚えててほしい。……それと大分遅れしてしまったが、優勝おめでとう。お前は最高の俺の弟子だ。誇りに思う。お前に会えて、育てて良かった……本当に」

 そして、アルビー様は私の頭を手でぽんぽんとして、そっと抱き締めた。
 逞しい身体付きに筋肉質な腕が私を割れ物に触れるかのように優しく包み込んだ。

「ようやく、お前にずっと言いたかったことが言えてスッキリしたよ。でもまさか、お前が女王候補の一人だとは思わなかったけどな」

 そう言ってクスッと笑った笑顔はあの太陽の笑顔そのもので、私の心も明るく照らしてくれた。

「そうですね……でも、私もアルビー様から本当のことを知れて良かったです。ずっと勘違いしたままであの大切な時間まで、失いたくはないですから」

「あぁ、俺もだ。……つか、アルビー様ってなんだよ、せっかく素性が知れたのになんだか他人行儀じゃないか?今は俺たち二人しかいないし、敬語は使わなくても良いんじゃねぇの?」

「いーえ!アルビー様は王子ですから。身分の違いは大切です。それに、先生呼びも言わなくて良くなりましたからね」

「あー!それはダメだ、続行しろ。俺たちは師弟関係という事実は覆したらいけないぞ」

「私はもう初心者ではありません!弟子も卒業しました」

「いやいや俺は認めてないぞ!」

いつの間にか、あの日のように軽口を言い合っていた。
 身分は違えど、当たり前かもしれないが、中身はそのままで少し安心した。

 このまま楽しい時間を過ごそうと思ったが、ふと頭の中で何かがよぎる。

(そういえば、あの乙女ゲーム『リルージュ・クイーン』は攻略対象が全員王子だった。だから私はこの国の王子を全員遠回しにしなければいけない。それ即ち、今目の前にいるアルビー様は騎士団の平民ではなく王子様で、私が絶対に避けなければいけない相手な訳で……)

「…………………」

「?エマ?急に考え込んでどうしたんだ?やはり自分はまだまだ未熟者だと気付いたのか?それとも──」

「あ、アルビー様!話は一段落着いたでしょうから再度会場に戻りましょうか?私も化粧直しに行きたいですし。では私は先に戻っておりますね。それではごきげんよう。おほほほほ」

 私は出来るだけ早口で捲し立てて、すぐさまその場を後にする。
 彼が騎士団の人間だと思っていた時は安心していたが、彼が王子だとなると話は別だ。
 確かに乗馬は楽しかったし、これからも教えてもらいたいが、命は惜しい。
 今は一刻もこの場を離れて死亡フラグを立てないようにしなければ。

 私は急ぎ足で一目散に会場へ戻って行ったのだった。




 夜の美しい薔薇が咲き誇る庭園にぽつんと一人取り残されたアルビーは去っていった一人の少女の背中を見つめていた。

 すると、茂みから乗馬のオーナー務めている店員がやって来た。

「アルビー様があそこまで女性を褒めるなんて、滅多に無いことでございますね。いつも剣技や馬にしか興味が無いようですので」

「まあ、確かに否定はしない。でも、アイツは面白い奴だ。話していて楽しい。あ、ゾイ、アイツの部屋はどこにあるか分かるか?明日遊びに行ってやろうと思ってるんだが」

「……殿下、あまり自由に行くのも──」

「よし、明日から楽しくなりそうだな!ゾイ」

「………そうでございますね、殿下」

 こんな会話が繰り広げられていることをエマは知る由もない。

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