初恋act

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act3:共演

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キャンプから三ケ月が経った八月。
夏休みに入り、仕事がメインの生活になったこの日は土曜日で朝からビッシリ仕事が入っている。

私は収録のある楽屋で台本を読んでいると、三上さんが嬉しそうな顔で入ってきた。

「花ちゃん、おはよう」

なんだか三上さん、嬉しそう。
すると三上さんは言った。

「花ちゃん、今日は大ニュースがあるよ」
「大ニュース?」

「うん、そう。実はね……じゃーん、映画の主演が決定したよ」
「えっ⁉本当ですか……!?」

三上さんは資料を堂々と見せながら、満面の笑みだ。
映画の主演!?

……嬉しい。

今まで舞台の主演はあったけれど、映画で主演を演じるのは初めてだ。

舞台はその時の空気感がそのまま客席に伝わる、生の魅力があるけれど、そこに来てくれた人としかそれを共有することは出来ない。

限られた席数のなかで、そこに入ってくれた人だけとの時間になる。

しかし映画やドラマはまたそれとは違う。
多くの人の目に触れる確率が格段に高い。

だからこそ、ここで魅力のある演技を見せることが出来れば、色んな人に知ってもらえるチャンスになるだろう。

これは私の見せ場になる……。

「どんな映画なんですか?」

私が聞くと、三上さんはニンマリして答える。

「恋愛映画だよ、高校生の学園ものだ。初めてだよね」
「え、恋愛映画……!?」

全然想定していなかった恋愛映画の主演……。

『氷の女王』のイメージもあってか、恋愛作品に出ることがそもそもほとんど無かった。

「どんな話、なんですか?」

「不器用な女の子が好きな人に一生懸命気持ちを伝えていくお話だよ」


ごくりと息をのむ。
今までとは真逆の役柄。

きちんと演じきれるか、不安だ。

主人公の恋を邪魔したり、ライバルといった役柄では出演経験があるけど、主人公で相手に恋をしてその気持ちを伝えていく恋愛なんて……はじめてだ。

「相手役は誰ですか?」

相手役、パートナーはとても重要になってくる。

呼吸が合えば演技もお互いやりやりやすい環境になるけれど……今回はどうだろう。

「相手は……白羽蓮くんだよ」
「え!?」

白羽蓮!?
驚きのあまり動作が止まる。待って、白羽蓮と私が演技で恋愛をするということ?

「まあ、びっくりするだろうとは思ったよ。学校も一緒で色々気まずいかもしれないけど、この作品で評価されれば、今後がかなり期待される女優になってくると思う」

……もちろん、それは分かっている。

今まで私に来る役は脇役の友達役か悪役ばかり。
恋に不器用な女の子でそれも主演で……今までと真逆の役を演じきることで幅が広がっていくはずだ。

でもその相手が白羽蓮となんて……。
気まずいとかそういう問題以前に、前回の共演作であれだけ息が合わなかった私たちが、ちゃんと演じ切れるのだろうか。

前回白羽蓮と共演した「真昼の裏切り」

あんなに演技が上手くいかなかったことなんてなかった。

今回も同じことになったら、撮影自体がストップしてしまう。
前と同じでは許されない。私たちは主役で恋愛関係なんだから。

「私……っ」
「自信ない?」

「はい……前の共演でたくさんNG出してるし……」

だからこそ正直、白羽蓮と一緒の仕事はもう来ないと確信していた。

あそこまでボロボロの演技を見せておいて、私と白羽蓮を主演と助演にキャスティングするのはあまりにもリスクがある。

しかも、恋愛モノの演技なんて……。

しかし、三上さんはメガネをぐいっと持ち上げ、にやりと笑った。

この表情……。
三上さんのテンションが上がっている時の顔だ。

「本当にそう思ってる?」
「えっ」

「あれはむしろ逆さ。この監督はしっかり見抜いているよ」

見抜いてる?
あんな演技で何を見抜いたっていうの……?

私の不安気な表情とは反対に、ワクワクした表情を浮かべる三上さん。

「この監督はね、二人が出ていた『真昼の裏切り』を見てオファーをくれたんだよ。だからこそ彼はしっかりした目を持っている」

確信をもっているような瞳の三上さん。
どういうことかさっぱり分からないままの私を置いて、話を進める。

「僕も花ちゃんの演技を見るのが楽しみだよ。きっと今までで一番すごい西野花を見られるかもしれない」

そんな自信満々に……。
私には、自分がすごい演技を出来るとは思えないよ。

「この役は花ちゃんにとって等身大だと思うんだ」
「……え?」

「本当は冷たくなんかなくて、不器用で、一生懸命な女の子。でしょ?」
「それは……」

「だから、この演技を通して周りの人に見せるんだ。本当の自分を」

本当の自分……?

三上さんの言葉の意味を結局すべて理解することは出来なかった。

三上さんの抱く期待に応えることが出来るんだろうか。
初日の顔合わせの時までずっとそんなことを考えていた。

そして、いよいよこの日がやって来た。
撮影現場に入れば、白羽蓮が奥の席に座っている。

三上さんの後ろについて、スタッフさんに挨拶をすると、三上さんに誰かが声をかけた。

「久しぶりだな、三上。相変わらず幸薄い顔してんな、お前」


すらっと伸びた背に堀深い顔。東堂さんだ。
この間、白羽蓮のことで謝りに行った時は優しく対応してくれた人。

ほどよく筋肉がついた東堂さんは三上さんとはまるで正反対な人。

三上さんいわく、言うことはハッキリ言うタイプらしい。

「あなたも相変わらず、うざったい顔をしていますね」

その笑顔で毒々しい言葉を吐く。

仲がいいと聞いていたけれど……?

三上さんは普段は温厚で、相手の意見を否定したり、言い返したりはしない人だけど、東堂さんに対しては違うみたいだ。

「うちの蓮、演技力がぐんぐん上がってるんでそちらのお嬢さんはついてこれますかね?」
「いえいえ、うちの花ちゃんの芝居はピカイチですけど、そちらの蓮くんこそ大丈夫ですか?」

なんかバチバチしてる……?

私が二人の顔を交互に見ていると、こっちに気づいた白羽蓮が立ち上がってやって来た。
急に緊張が走る。

すると、彼は私の前にすっと手を差し出した。

「俺はいつかまた、もう一度お前と共演するって心に決めていた。前の共演から、ずっと」

まっすぐに私を見る白羽蓮。
彼は本気だ。

「宣言する。俺はこの作品で今までを超える最高の演技をする。今度は絶対お前に流されたりしない、かかって来いよ」

白羽蓮は私とは違う。
私みたいに過去を振り返って不安になったりしていなかった。

まっすぐに、今を見ている。
過去にとらわれているのは私だけで、その時点ですでに負けている気がした。

このままじゃダメだ。

自分を奮い立たせる。

もう一度、チャンスがやってきたんだ。大きく息を吸って、私も彼の手を取る。

「よろしく」

固く握られた手から伝わる気持ちを、私も受け止め、返した。

彼は前回のリベンジをしようとしている。
それは前回よりもいいものにするのではなく、今までで一番のものを作るために。

私には覚悟が足りない。失敗を恐れていてはダメなんだ。

「ふふ、さっそく一歩踏み出せたみたいだね。花ちゃん、最高の西野花を見せてよ」

三上さんの言葉に私はしっかり頷いた。

それからしばらくすると、役者が全員揃って、それぞれの名前と役名、意気込みをひとこと言っていくことになった。

「では主演、西野花さんお願いします」

みんなの視線が一気にこっちに向かう。

ピリピリと背筋に走る刺激。震える手、重圧がすごい。雰囲気が全然違う。

「す、杉浦茉奈役を務めさせて頂きます、西野花です。精一杯頑張ります……っ」

言えたのはそれだけだった。

頭の中でぐるぐる駆け巡り、結局言葉として出たのはそのひとことだけ。
うう、頼りないって思われてないかな?

「続いて助演、白羽蓮さん、お願いします」

「篠涼太役を演じさせて頂きます、白羽蓮です。今回涼太の役が僕の性格とリンクするところもあるので演じるのが楽しみです。皆さんよろしくお願いします」

白羽蓮、手慣れてる。
彼はドラマよりも映画の出演が多い。

それも恋愛映画で。

新しいジャンルに挑戦する私とは違う。
さすがだな……私はこの段階で既に白羽蓮に一歩及ばない気がする。

挨拶の後は全員で台本読みをした。
演技は無しで、セリフだけ当てて読んでいくものだ。

「こんな奴タイプじゃねぇよ」

──ドキッ。

すごい。
まだ台本読みなのに、たった一言セリフを言っただけでみんなが白羽蓮に集中する。

声質、感覚、空気、間。全てが備わってる。

これに演技がついてきたらどうなっちゃうんだろう。

それから第一章までの台本読みを終えると、監督からのカットがかかった。

ほっと肩の力が抜ける。

緊張、した……。


この映画のテーマは初恋。
しかし、私は恋をしたことが、ない。

好きという気持ちがどんなものなのか、まだよくわかっていない。
だからこそ、今回の作品をちゃんと演じ切る事が出来るのか不安で仕方ない。

ぞろぞろとみんながスタジオを出て行く波に乗り、私も自分の楽屋に戻る。
すると三上さんが楽屋でお茶を入れて待っていてくれた。

「花ちゃんお疲れ様、初めての台本読みどうだった?」
「緊張しました。ワクワクするっていうよりは、しっかりやらなきゃって気持ちの方が強いです」

「そりゃ主役だからね。でもきっと、それを乗り越えて楽しい気持ちが芽生えてきたら今までにない感覚を味わえると思うよ」

今までにない感覚か……。

それを感じられるようになるにはまず一つ壁を乗り越えなくちゃダメなんだよね。

「また浮かない顔してるね。何か不安?」

「やっぱり白羽蓮と組むことが不安で……また前みたいに撮影が進まなかったらどうしようって」

あの時のこと、台本読みしている時も、白羽蓮の空気にのまれNGを出してしまった過去がフラッシュバックした。

また同じようになってしまったら、そんな不安が常に自分の中にある。
すると三上さんは私の向かいのイスに座って話し始めた。

「そっか、花ちゃんはまだ気づいてないんだね」
「気づいていない?」

「それなら教えておくよ……もしね、蓮くんと花ちゃんが共演したあの時がふたりの演技がピッタリ合う一歩手前の状態だったとしたら?」

「どういう意味ですか?」

あんなに失敗していた私たちはたぶん、向き合ってすらなかったと思う。

「考えてみてごらん。あの時、花ちゃんが彼に感じていたように、彼も花ちゃんに自分の演技の至らなさを感じていたとしたら」

白羽蓮はそんな風に言っていた。
でも、実際にミスをして迷惑をかけたのは私の方だった。

「花ちゃんは自分に自信がないところが課題かな」

困ったように眉毛をさげて、三上さんは言った。

そう、自身がないからこそ流されてしまって、周りを意識しすぎて失敗してしまう。
私の小さい頃からの弱点だ。

「お互いにこの相手に負けたと思ったその瞬間、次の再開は大きく化ける可能性があるんだ。演技って不思議なものでね……成長は無限に出来るんだよ。二人が同じ気持ちで成長したいって思っていたら、次の再会ではピッタリと息が合う」

あの時、まだまだ土台が弱かった私たちはお互いの影響を受けて共に倒れてしまった。
しかし、その土台さえ成長していればもしかしたら、前を超えるような演技が出来るということ?

「監督はそれを見込んで花ちゃんと蓮くんをあえてカップル役に指名したんだ」

そんな経緯があったなんて知らなかった……。

私と白羽蓮にかけてくれたということ。
でも、それでも成長出来るかは私たち次第だ。

「花ちゃんは主役だ。誰に遠慮する必要もない。自分の今ある最大限の力を発揮しておいで」
「はい……!」

三上さんの言葉に私は大きく額いた。

期待に応えたい。
いつまでも、過去の「出来ない」に囚われたくない。ネガティブになるよりも、自分の今出せる演技を全て出せるように頑張ろう。

その数日後から、本格的に撮影が始まった。

『誰のせいでこうなったと思ってるんだよ』
『誰のせいって!あんたが勝手に傘なんか貸したのが悪いんでしょ』

俺様な男子を演じる白羽蓮。
私は好きな人の前ではどうしても可愛くない言葉を返してしまう茉奈を演じる。

伝えたくても、伝えられない気持ち。ちゃんとフィルムを通して伝えたい。

「はいオッケーですー!二十分の休憩を挟みまーす」

監督のカットの声が響き、私はほっと胸を撫で下ろした。
今までとは全く違うキャラクターだけど楽しい。

もっと、もっとそのキャラクターに近づきたい。

休憩のため水を取りに行くと、白羽蓮も私の隣に腰を掛けてペットボトルの水を手にとる。

「このシーン……アッサリ描かれてるけどここ、小さな見せ場だと思うんだよな」

私に台本を確認するように話しかけてくる白羽蓮。
すごく真剣な顔だ。

「うん、私もそう思った」

次に撮影で取るシーンは初めて茉奈が篠ヘ素直になるシーンだ。

不器用だけどまっすぐな恋心を持つ彼女。
このシーンで見ている人にストレートな魅力が伝わるかどうかが鍵になる。

「ここのシーン、もっと俺が強く言ってもいいか?そうすれば茉奈の健気さが引き立つと思うんだよな」

白羽蓮の真剣な表情、演技に対して真摯に向き合う姿勢、やっぱり彼はすごい。
役に深く入りこみ、状況を読む判断力が優れている。

気を抜けば、一歩遅れてしまう。

「うん、それでいこう」

白羽蓮と隣で並んで演技をするには、ついて行くことではなく、互いが認め合い、持つ力を演技にぶつけ合う必要がある。

「ではスタートします」

監督から再開の合図がかかると、それぞれのキャストが配置についた。

大事なシーンのスタートだ。

『……っ、どうしてうまく言えないんだろう』

ポロリと涙を溢す。

『どうしていつも、思ってることと逆のことを言ってしまうんだろう』

涙が頬を伝って流れてうつむく。しかし、ここで監督からのストップがかかった。

「カットー!花ちゃん、表情はとてもいいけれどもう色んな感情を含めること出来るかな?」
「色んな感情……?」

「悲しい気持ちだけじゃなくて、自分が何も出来なかった悔しさが入り混じったり、素直になれなかったことに苦しんだり……この時の涙って一つの感情じゃないと思うんだ」

茉奈は目の前で起きた状況に涙しているんじゃないってことは分かる。
自分が素直になれなかった悔しさと後悔。

でも……それをどうやって表現したら見ている人にも伝わるの?

考えがまとまらないまま、もう一度同じシーンを撮ることになってしまった。

不安を抱えたまま、同じシーンの演技。
しかし……。

「……っ」

私は言わなくてはいけない台詞を声に出来なかった。

「カット」

演技が止まってしまった私に監督はまた少し休憩しようかと提案した。

「はい……」

どうしよう。
もし、これが出来なかったらずっと先には進めないんだよね……。

この休憩の間で立て直さなくちゃいけない。

いけるの?私。
このシーンが大事だと分かっているからこそ、怖くなってくる。

このまま出来なきゃ台無しだ。

私は台本を握りしめる。
外で見守っていた三上さんに相談しようとした時、追いかけてきた白羽蓮がぐいっと私の身体を引っ張った。

「おい、どこに行く?」
「三上さんのところに……」

「今この舞台の中でお前を支えるのはマネージャーじゃねーだろ。頼るなら俺のところに来い。この映画は俺たちみんなで一緒に作ってくものだ」

彼のはっきりとした言葉にはっ、と気づかされた。

そっか、映画も舞台もドラマも全部、ひとりで作り出すものじゃない。

作品に関わる周りと一緒に作っていくものだ。
前からの癖でまた自分の殻に閉じこもろうとしちゃってた。

白羽蓮に促されて、スタジオを出て休憩室に移動した。

自販機の前にあるベンチに腰を下ろす彼。

 「何に困ってんの?」

さっきよりも優しい声だった。

この日は自然と悩みを吐き出すことが出来た。

「その……どうやったら、私が持ってない感情を引き出せるのか分からなくなっちゃって」

私たちが体験したことない気持ちや、感情を演技に乗せて伝えることもある。
まだまだ知らないこと。

これから知るかもしれないし、今後も死ぬまで知らないかもしれない。

それでも私たちは演技を通して伝えなくてはいけない。西野花ではない、誰かになって。

「なるほどな……自分が持っていない感情の出し方か……」
「うん……」

「大事なのはどう伝えていくかだと思う。そのキャラだったらこう思うだろうな、そのキャラだったらこう言うだろうってことをめいいっぱい考える。自分が持ってない感情でも、茉奈になり切れば自然と表情がついてくる」

そっか……。
私が体験したことなくても関係無いんだ。

そのキャラになり切って、自分の心に演じたキャラが入ってくるようにするんだ。

一つずつ考えてみよう。
茉奈というキャラクターのこと。

不器用で素直じゃなくて、伝えたい言葉も本人を目の前にすると出てこなくなっちゃう。

でもそれは好きだから。

せっかくチャンスが来たのに、自分の気持ちを伝えられるかもって思ったのに、また彼の目の前で反対のことを言ってしまった。

「本当は一番可愛く見られたい人に、一番可愛くない言い方をしてしまう。それが」
「もどかしい」

私と白羽蓮の言葉が重なった。

もどかしさと苦しさが心の中で入り混りぐちゃぐちゃになってしまった。

それはもう、まとまりもつかなくて涙という型で溢れてくる。

その瞬問、私の身体に電気が走ったかのようにしびれた。

そうだ。
恋って一つの感情じゃない。

色んなことがごちゃまぜになって自分でもわけわかんなくなって……もどかしくなるんだ。

「いけそうか?」
「うん」

「あんま気を負うなよ、何かあったら俺がフォローする」
「ありがとう」

私は彼を超えられるのだろうか。

私が彼をすごいと思うように、白羽蓮も私をすごいと思う日が来るのだろうか。

まだまだ到底、私は彼に及ばない。
悔しい……もっと、もっと彼を超えたい。

私はイスから立ち上がりまっすぐに前を向く。
今感じた気持ちを全部演技に乗せてぶつける。

すると、彼が私の手首を掴む。

「西野」

「お前は俺がはじめて認めた相手だ。自信をなくすことなんて何もない」

──ドキン。

白羽蓮にそう言われた時、心がざわついた。
こんなもんじゃないと言ってくれている。

大丈夫だ、いけるはず!

次は一回で成功させる。

そう決意しセットに戻ると、すぐにさっきのシーンから撮ることになった。

「じゃあ中断したところ、スター卜します。よーい、アクション」


『……っ、どうしてうまく言えないんだろう』

さっきはここで涙を流した。
でもそうじゃない。

『どうしていつも、思ってることと逆のことを言ってしまうんだろう』

恋をしたら必ず上手くいくなんて限らない。
自分が好きになった相手が自分のことを見てくれることも、自分が思っているように行動することだって出来る方が奇跡に近い。

自分の気持ちをちゃんと伝えられなかったら、もどかしいし、苦しくてグチャグチャだ。

『……私のバカ……』

思わず零れた言葉と同時に涙が頬を伝って流れていく。

その時。

「はい、カットー!」

監督からのカットがかかった。

「花ちゃん、アドリブも効かせて……すごく良かったよ」

私はほっと肩の力を抜け、その場に倒れこみそうだった。

たったこれだけの演技だったけれど、自分から自然に出てくるものがあった。

今日は何かを掴めた気がする。

こうして今日分の撮影は終了した。

すると、三上さんが言う。

「ふふっ、彼いい俳優さんだなあ。今日は相談乗ってもらえたみたいで良かったね」
「はい……!」

何かあったら自分に頼れと言ってくれた人は初めてだった。

今まで全部、自分ひとりでやって来た。
それを頼ってもいいんだって思えたことで肩の荷が降りたんだ。


「僕も楽しみにしてるよ、花ちゃんがこの舞台でもっと成長するって信じてる」
「はい」

私はしっかり頷いた。
得る物があるのなら全てを吸収して帰ってこよう。

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