初恋act

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act2:側にいるアイツ

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白羽蓮が倒れた日から三日後。
仕事を終えてスタジオを歩いている時、キャップを深く被った男性が私に話しかけてきた。

「西野花、俺に付き合えよ」
「だ、誰ですか……?」

恐る恐る聞くと、キャップを少し持ち上げる彼。それは白羽蓮であった。

「え、ちょっと何、突然」

というか同じスタジオにいたの!?

「明日の遠足の買い出し行くぞ」
「えっ、なんで私も?」

「必要なもの知らないし」

なんてやつ……。
でも遠足の食材が無かったら困るし……これは行くしかなさそうだ。

「スクープ大丈夫かな」

私たちは週刊誌に狙われやすいから、クラスメイトと一緒に出かける時は特に気をつけてと言われていた。

事実でなくても、親しげに話している写真を撮られれば付き合っている、と勝手に書かれることはある。

仕事に支障をきたさないためにも、気をつけなくてはいけない。

週刊誌の人はどこで目を光らせているか分からないのだから。

「学校にあるスーパーに行けばいいだろう?あのスーパーは寮生活してる人向けに夜まで開いてるしな」

確かに、それなら見られても問題にならないかも。

私はさっそく三上さんにメールで伝えて許可をもらった。

白羽蓮と学校に向かって歩き出す。
一緒に歩いているなんて、なんだか変な感じだ。

会話はあまりない。
すると白羽蓮がポツリと言った。

「なんで分かった?前……体調が悪いって」
「だって笑ってるけど無理して笑ってるように見えたし、顔色悪かったから」

「ふぅん」

って、それだけ?すると彼はぶっきらぼうに言った。

「まぁ、あの後だいぶ休めた。朝ごはんもちゃんと食べるようにして割と調子がいい」
「そうでしょう?」

「……ありがとな」
「えっ」

消え入りそうな声でそっぽを向きながら伝えてくる彼。
白羽蓮がお礼を言うなんて……。

なんだ、素直なところもあるじゃん。

そうこうしている間に学校についた。
校舎のスーパーでスマホにメモした食材をかごに入れていく。

白羽蓮はあまり学校に来てなかった割にはしっかりとキャンプで必要なものも覚えていた。

十分もしないうちに買い物は終わってしまった。

私、来る必要無かったんじゃないの?

「ねぇ私、なにもやってないしせめて荷物持たせて」
「ん、じゃあこれでも持っとけ」

そう言って彼が押し付けてきたのは……りんごジュース?

「え、これ」
「やる。お疲れ。じゃあまたな」

「あ、ちょ……」

白羽蓮は私の言葉も聞かず、スタスタと歩いて学校を出てしまった。

もともと学校を出たら、週刊誌に写真を撮られないためにお互いバラバラに帰ることになってはいたけど……。

白羽蓮がくれたジュースをじっと見つめる。あの時のお礼のつもりなのかな?

プシュと缶を開けて口をつけると、慣れ親しんだ酸味が口いっぱいに広がる。

なんだろう……ほんの少しだけ、彼への印象が変わった気がする。


翌日、山登りキャンプの日。
歩きやすい格好にスニーカー、帽子にリュック。

新しい服。準備万端の私。

ちょっと気合い入れすぎたかな……?

だって、初めてなんだ。
こういう行事に参加するのは。

小学校の頃行事は仕事で欠席せざるを得なかった。

せっかく三上さんが時間をあけてくれたんだ。
この時間を大切にしよう。

「りん、こっち」

バスの席順で、てっきりりんちゃんと隣に座るものだと思っていた私。
しかし、私より先に、元本くんはりんちゃんを手招きして隣の席に座らせた。

ん……?
元木くん、りんちゃんのこと昔から名前呼びしてたっけ?

四人グループの私は、必然的に白羽蓮と隣になってしまうわけで、私たちはお互いにそっぽを向くことに……。

なんでこうなった?

後ろに座ったりんちゃんと元木くんはすごく楽しそうに話している。

「昨日、電話してる途中で寝ちゃった?」
「そうなの。気づいたら寝てて……」

なんか後ろの二人、仲よくない⁉するとその様子を見兼ねたのか、白羽蓮が窓から外を見ながらポツリと呟く。

「付き合ってるぞ、アイツらふたり」
「えっ!」

「知らなかったのかよ、お前って本当鈍感だよな」
「付き合ってる!?」

入学して一ケ月でもう?

「ていうか、なんで白羽蓮は知ってるの?」
「見てれば分かるだろ、それくらい」

私より全然学校に来てない彼でも分かるなんて……。

「この間ライブしてね、っていってもまだ数人しかお客さんはいなかったんだけど」
「ヘえ、いいね。俺も頑張らなきゃなあ」

なんかいいなあ……。
もし誰かと付き合ったりしたら、私もお互いの仕事の話とかして気持ちを高められたりするのかな?

そうこうしているうちにバスはキャンプ場に止まった。

最初は登山をして、その後に昼食作ることになっている。

みんな山登り用の靴に履き替える中、準備万端の私にふっと笑いながら白羽蓮が言った。

「気合入りすぎ」
「う、うるさい……!たまたまだよ」

そっちこそいつも来ないのにちゃっかり今日はスケジュール開けてるじゃない。

山登りは班ごとに時間差でスタートすることになっている。
続々とスター卜していく中、私たちの番が回ってきた。ゆっくりと歩き出す。

「花ちゃんってもっと怖いのかと思ってたから、こんなに仲良くなれて嬉しい!」

りんちゃんが悪気なく言う。

「はは……」

やっぱり、りんちゃんもそういうイメージを持ってたんだ。ちょっとショック……。

すると、白羽蓮が横から顔を出した。

「氷の女王様って呼ばれてたもんな」
「う、うるさい!」

声を荒げて言う。

でも、この時間を楽しいと思っている自分がいた。

自分から話しかけるのも苦手で、ずっと友達が居ないのが辛かった。

中学生活もそうなるのかなって怖かったけど、こうやってみんなと笑って過ごす時間があるのは、嬉しい。
みんなに感謝しないとね。

それから三十分後。

私は息を吐きながら山を登っていた。最初スタートした道よりもかなり急こう配な道だ。

「はぁ、はぁ……ちょっ、待って」

山登りってもっとみんなでニコニコ歩きながら散歩するイメージだったんだけど……。

少し遅れてみんなの後をつける。
元木くんと白羽蓮はスタスタと先に進んでしまった。

声優の元木くんは日頃から腹筋を鍛えているし、白羽蓮はそもそも舞台などをハードにこなしていて体力がある。りんちゃんは……。

「りん、おいで」
「ありがとう悠之介くん」

元木くんが手を伸ばしてサポート。
取り残されたのは私だけだった。

お、おかしいな……もっと体力あると思ったのに。
涙目で登っていると、白羽蓮が私のところまで戻ってきて鼻で笑った。

「それでよくドラマこなせたな?あっ、どうせ椅子に座って上からセリフ言うだけだったもんな」
「バカにしないで!全力ダッシュだってやれるんだから」

私が立ち止まり、呼吸を整えていると、白羽蓮の表情が突然変わった。

「なに?」
「気づかねえか?盗撮してるヤツがいる」

「うそ……」
「あの赤い服着たおっさん。たぶんお前を撮ってる」

「えっ!」

遠くに赤い服を来たおじさんがいる。
そのカメラは確かに私に向けられている。

どうしよう。
今までこんなことが起きても三上さんがいて対処してくれたけど、今はひとりだ。

怖い……。

すると白羽蓮は私の頭に自分が被っていた帽子をかぶせた。

「ちゃんと被ってろよ?」

急に右手を握られ、山道をぐんぐんのぼる。

「え、白羽蓮!?」
「ひとり取り残されるよりマシだろ」

確かに、そうだけど……でも、白羽蓮と手を繋ぐなんて。

「いいからちゃんとついて来い」 

彼に必死についていきながら、おじさんと距離をとる。
りんちゃんと元本くんの背中もだんだんと見えてきた。

「もう大丈夫そうだな」

彼の言葉に後ろを振り向くと、赤い服を来たおじさんはいなくなっていた。

「はぁ……怖かった」
「ったく、こんな時も盗撮かよ。一応先生に報告するぞ」

「うん、ありがとう……」

白羽蓮がいてくれて良かった……。

ほっとしたのもつかの間、突然、強い風が吹く。

「あ!」

私の頭に被せられた帽子がその反動で吹き飛んだ。

飛んでった帽子は少し先の木に引っかかってしまった。
慌てて木に駆け寄れば向こう側は崖。

どうしよう……。
でも、手を伸ばせば届く気がする。

「おい、危ねえからやめろ」
「だってこれ、借りたやつだし……」

「そんなのいいから」

白羽蓮が駆け寄ってくる前にひょいっと背伸びをした瞬間、バランスを崩した私。

落ちる!

私の体は崖から足を踏み外し真っ逆さまに落ちていく。

ウソでしょう……私、ここで死ぬのかな。
ぎゅうっと目をつぶる。

ドサっと鈍い音を立てて地面に落ちた。

「……っ」

しかし、私の身体に痛みは無かった。

恐る恐る目を開ければ、そこには私を守るように私を包み込んだ白羽蓮の姿があった。

嘘……私のことをかばって?彼の腕の中から抜け出して体を軽く揺さぶる。

「ねぇ、大丈夫?」

しかし彼は目を覚まさない。

「白羽蓮、ねえってば!」

どうしよう。私のせいだ。

このまま、目を覚まさなかったら?恐ろしい考えで血の気が引く。
すると彼は顔を歪ませつつゆっくりと目をあけた。

「こんなんで死ぬかよ」

良かった、生きてた。

「ごめん、私のせいで……」

しかし、彼の顔には、うっすらと傷が入っていた。
私をかばった時に出来た傷だろう。

「どうしよう、傷が……」

すると白羽蓮は力ない声でつぶやいた。

「お前バカだよな、本当。たかが帽子に必死になって」
「だって……」

「落っこちてたら意味ないだろ」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?怪我は?体起こせる?連絡は……あれ、圏外?」

「ふっ、忙しいヤツ。なあ、上見てみろよ。これくらいだったら誰かしら気づくだろう?」

「でも……」
「いいから少し休ませろよ」

白羽蓮は私を見てふわりと笑う。

「こんなことでもないと人目の無いとこで休むとか無理だし」

動かない体に気だるげな声。絶対に怪我しているのに……。

自分が情けなくなって、視界がボヤけていく。
すると白羽蓮は初めて聞くような優しい声で言った。

「泣くなよ……俺はお前が泣いてるよりも笑ってる顔が見たい」
「……ちょ、とどうしたの」

あまりに真剣な顔で私を見つめるから、戸惑ってしまう。

「次の恋愛映画のセリフ。本当に言われたかと思った?」
「お、思ってないし!頭打ったかと思って心配した!」

本当はちょっとだけ、ビックリしちゃったけど。

「なあ」
「ん?」

「真昼の裏切りあっただろ?俺らが共演したやつ」

私たちが上手くかみ合わなかったドラマ。
お互いの相性は最悪で、もう二度と共演はないと確信した。

「……俺はさ、またお前と共演したいと思ってる」
「えっ?どうして……」

「あの時初めて感じた気持ちがあった。それは、この人には敵わないかもしれないという壁。それが見えたのはお前が初めてだった。でもだからこそ負けたくないと思ったんだ」

白羽蓮がそんな風に思っていたなんて思いもしなかった。
てっきり私の至らなさにイライラしてたんだとばかり……。

「イライラしてたんじゃないの?」
「イライラしたよ、自分にな。だから、次共演する時はお前との勝負だ」

知らなかった彼の気持ち。
てっきり、私のことが嫌いなんだと思っていたけれど、そうじゃなくて本当はライバル視してた?

そうか、そうだったんだ……。

話してみなきゃ分からなかった。
私、白羽蓮のこと勝手にこうだって決めつけていたんだ。

言葉を交わす私たちの元に、ようやく先生がかけつけてきた。

「そこにいるのか⁉怪我は?」

「私は大丈夫です。白羽蓮を先にお願いします」

先生たちは、うなずくと彼を持ち上げる。

白羽蓮の体が浮くと、ぐっと腕を抑えているのが見えて、ずっと痛みを我慢していたんだと悟った。

私が不安な表情をしているのを見て自分が辛くても話をしていてくれたんだ……。

運ばれた彼はその日、戻ってくる事は無かった。


翌日、雑誌のインタビューがあるため楽屋で待機していると、三上さんがやって来た。

キャンプで起こったことの全ての事情を話し、白羽蓮に会って謝りたいと言うと、三上さんは彼のマネージャーに連絡をとってみると言ってくれた。

「あの、白羽蓮は……」
「うん。なんかね今日撮影でここのスタジオに来てるらしいよ」

三上さんは、私を彼のいるスタジオに案内してくれ、コンコンとノックをして中に入っていく。

昨日、心配で寝られなかった。
そのくせ連絡をすることも出来なくて、気づけば朝になってしまっていた。

中に入っていくと、白羽蓮はイスに座って出番を待っていた。
三上さんが話しかけようとした時、携帯が鳴る。

「ごめん……電話だ。花ちゃん、待ってられる?」
「あの、自分で言います。自分で言わないと意味ないと思うので……」

「そっか、じゃあ終わったら出ておいで」

私は頷くと、三上さんは携帯を持って出て行った。

彼の身体に傷をつけてしまって、白羽蓮のマネージャーに怒られるかもしれない。

でも、これは自分の問題だ。私生活のことまで三上さんを頼るわけにはいかない。

自分でなんとかしなきゃ。
白羽蓮のマネージャー、東堂さんがじっとこちらを見つめる。

こ、怖い……。

「あのっ!昨日はすみませんでした。白羽蓮くんに怪我をさせてしまって……本当に申し訳ありません」

深々と頭を下げると、東堂さんはこっちを見つめた。

三上さんの言っていたとおり、愛想は無く、眉間にシワを寄せたままこちらをジロリと見ている。正直言うと怖くて、あまり得意ではない。けど、そんなこと言っていられない。

罵声をあびせられるのも覚悟していたけれど、東堂さんから出たのは想像もできない言葉だった。

「ヘえ?俺は自分で崖から落ちたって聞いたけど」
「えっ」

もしかして白羽蓮、私を庇ってくれた?

「いや、違うんです……!私が、足を滑らせてしまって、そしたら白羽くんが、助けてくれて……なので、私のせいなんです」

まとまらない言葉を並べる私を遮って、白羽蓮が口を出した。

「別にお前のせいじゃねえよ。自分で判断したことだ、気にしなくていい。この程度なら隠しながらやれる」

彼の言葉に東堂さんはふっと笑う。

「まあ、本人がそう言ってることだし見せてもらおうか。もっとも怪我してパフォーマンスが下がるようならプロとは言えない」
「分かってる」

まっすぐと見つめるその目は、遠くを貫く。怪我をしたまま舞台に上がるなんて、出来るのかな……。不安な表情を浮かべる私に、東堂さんがポン、と肩を叩いて言う。

「気負わなくて良いさ,怪我した後のフォローは俺の仕事だから。キミは自分の仕事を頑張ればいいよ」

怖い人だって思っていたけれど、そうじゃなかったみたいだ。

「本当にありがとうございます」

私は深々と頭を下げる。
すると、白羽蓮が「もういいから行け」と口パクで合図を出した。怒られることを覚悟していたのに、白羽蓮に助けられちゃった……。

 それから一週間。私は今、白羽蓮の楽屋の前に立っている。

この一週間、学校と仕事場を行き来する生活を送っていたけれど、学校でも仕事場でも彼と話す機会はなかった。

改めてちゃんとお礼と、謝罪がしたくて前まで来たはいいけれど、白羽蓮の怪我、前よりはよくなっただろうか。

白羽蓮に渡すために用意した手作りマフィンを持ったまま、楽屋の前に佇んだ。

もらってくれるかな……?

早起きしてマフィンを焼き、ラッピングしたそれを手に楽屋の前までやってきたけれど、そもそも受け取ってくれるかも疑問だ。

白羽蓮のことだし、こんなのいらねぇよなんて言ってきそうな気もする。

どうしよう、やっぱやめとこうかな……。

自信が無くなり、自分の楽屋に戻ろうと決意した時、ガチャ、と音を立てて扉が開いた。

「わ!」

目の前に立つ白羽蓮。

「は、お前何やってんだよ」
「え、いや、あーその」

「ストーカー」
「ち、違うもん……」

「入れば?」

何か用があるのだろうと察したのか、白羽蓮にそう促され、誰もいないことを確認してから彼の楽屋に入った。

「どうした?」
「あ、いや……ちょっと話したいことがあって」

キレイにラッピングしたそれを後ろ手で持ってはいるものの、どういうタイミングで渡したらいいのか分からない。

三日前に三上さんから白羽蓮が骨折をしていたことを知った。

骨折しながら舞台なんて、相当な実力がないとやれないことだ。
本人は平気な顔をしているけど、怪我について、メディアで話すこともなく、きっと痛みを我慢しながらやっていただろう。

まるで怪我なんかしていないみたいに演技して、全てをやり通した。

「……怪我、大丈夫?」
「ヨユー。心配すんなって言ったろ?」

「でも」
「こんぐらい何ともないから気にすんな。それにもうほとんど治ってる」

白羽蓮は足をわざとらしくあげて見せた。

「良かった……」

視線を落としながら、私は小さく尋ねる。

「あの、そいえばさ……甘いものとか食ベる?」

ここで食べるって言ってくれたら、渡しやすくなるかも!と思って聞いたのに返って来た言葉は、その逆のものであった。

「あー全然食わねぇわ。あんま好きじゃなくて」
「あっ、そっか」

どうしよう、渡せないじゃん……。

持っているマフィンが行き場を無くす。
先に聞いてから作れば良かった。

はぁ、上手くいかないな。
すると白羽蓮は怪しむようにじーっとこっちを見て言う。

「お前はさっきから何持ってんの」
「あっ、いや……何も持ってないよ!」

もしかして見えてた!?

「ウソだろ。部屋入る時から見えてるし」
「これは買ったの!自分のために」

「じゃあなんで今手に持って来てんだよ。丁寧にラッピングまでして」

もう完全に怪しまれてる。
どうしよう、ともたもたしているうちに彼が私の後ろ手から包みをうばった。

「あっ!」

彼は私の紙袋をじっとながめる。

「か、返して!」
「嫌だね」

取り返そうと手を伸ばすけれど、私よりも高いところに持ち上げるから届かない。

「ちょっと……!」

すると彼はビックリするようなことを言ってきた。

「好きなやつにあげるのか?」
「違うから!好きな人なんていないし、これは白羽蓮にあげようと思って作って……」

「ビンゴ。やっぱ俺のじゃん」

……しまった。のせられてしまった。

「で、でも甘いものだからこれは無かったことに……」
「お前が作ったの?」

「……そう、だけど」
「ならいる」

真っ直ぐな瞳に貫かれてドキン、ドキンと心臓がうるさく鳴り始める。

「い、いいよ無理して食べなくて……」
「無理じゃない。食いたくなった」

それだけを言うと彼はラッピングを丁寧に開け始めた。ドキドキと心臓が鳴る。作ったものを誰かにあげるのも、目の前で食べてもらうのも初めてかもしれない。

私は白羽蓮がマフィンを取り出そうとしている時に彼に伝えた。

「ごめんね」
「なにが?」

「怪我のこと……舞台中、辛かったでしょ?」
「まだ気にしてんのかよ。全然逆だ。怪我しても俺はやれるんだって自信になった」

ヘヘっ、と笑ってみせる白羽蓮。
いつも雑誌越しで見せる笑顏じゃなくて、テレビで笑っている顔じゃなくて、白羽蓮そのものが持つ笑顔だった。

ああ、彼はこうやって笑うんだ。

「まあ、怪我したのがお前じゃなくて良かったんじゃねぇの?」

なに、それ……。
白羽蓮からそんな優しい言葉が出てくるなんて、なんか意外だ。

それとも私がずっと勘違いしていただけ?

マフィンに大きくかぶりつく彼。もぐもぐと口を動かすと、小さな声でつぶやいた。

「……うま」
「そ、それなら良かった」

顔が見られない。
なんだか今日の白羽蓮は素直でいつもの彼じゃないみたいだ。

あっという間にマフィンを平らげてしまった彼は最後に笑って言った。

「サンキューな」
「うん……」

今まで見たことのない、彼の顔を見てなんでか分からないけれど、心臓がドキンって強く音をたてたんだ。
 

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