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Ⅳ.追う者、追われる者
マスターの正体
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「!」
ユイの言葉に、セレンは、思い出したかのように顔を羞恥に赤らめた。
そのまま、ユイに感謝しながらも好意に縋り、痛む足で、それでも素早く隣の部屋へと姿を消す。
──それと同時に、その店のマスターらしい、若い男が姿を見せた。
短髪ではあるが前髪は長め。その前髪の下から鋭く尖る眼光は、やはり元・組織の一員であるユイと知己であるという事実を、周囲に強く知らしめる。
マスターは、その薄い唇を開いた。
「よろしかったのですか?」
「…何が」
ユイは煩わしそうに問い返す。
マスターは、それが“ユイ”という人間の性質であるということを理解しているのだろう…
気を悪くするでもなく、なお一層の丁寧さを持って話を続ける。
「あの御方ですよ。…確かあれは、かのヴィルザーク侯爵家のひとり娘…
ユイ様自ら、連れ歩く御方とも思えませんが」
「…、成り行きだ」
端的に呟いたユイは、酒を煽った。
空になりかけたグラスに、マスターがすかさず酒を注ぎ足す。
「突然、女性の服を用意しろと仰るので、何事かと思いましたよ」
「…煩い。喋りすぎだぞ」
ユイに殺気を込めた目で睨まれて、マスターは急ぎ口を噤む。
マスターが縮こまったことで、その目に潜む殺気を幾ばくかながらも和らげたユイは、再び酒を呷った。
「…組織の参謀である、ログランド…
お前の元には、組織の者を通じて、全ての情報が集まるだろう。
ヴィルザーク侯爵の生前の動きについて、何か聞いていないか?」
「ユイ様は、組織の持つ情報を明かせと仰るのですか?」
尋ねられたはずのマスター…
ログランドと呼ばれた男が、ユイに逆に、間髪入れずに問い返す。
ユイはそれに、今度は睨みをかけることはしなかった。
…この、ログランドという男が、組織内においてどのような立場にあるかは、元・組織の幹部クラスであった自分が、一番よく知っているからだ。
…ログランド=アッシュ=ベイン。
闇の組織・Break Gunsの参謀という上位にありながら、変わり者で、組織の本拠地に居を構えず、このような場所で、場末のマスターを装っている。
ログランドは、傍目には、どうみても一般の酒場のマスターにしか見えない。
しかしその実、“参謀でありながらも”、自身も一流の暗殺者であるログランドは、その組織内での実力において、総統に最も近い地位にある、幹部クラスの存在すらも脅かしている。
「…そうだ」
ユイは、そんなログランドに全く臆することもなく、平然と返答する。
しかし、ログランドからしてみれば、たかが侯爵の娘ひとりに、このユイが表立って動く理由が分からない。
今まで行方の知れなかった、ユイ自らが動けば、その動きは否が応にも組織に察知される。
…現に自分の元にも、既に複数の情報が舞い込んできているくらいだ。
あの組織が…今のユイの情報を得ていないはずがない。
だが、一方のユイの方も、その事実を“考えに入れないはずがない”。
そのリスクを省みず、こうまであの侯爵家の娘に関わる、その理由…
その最大の謎を、ログランドは知りたかった。
「…組織内機密を漏らすことになりますが?」
「事情を話せば、責はお前にはないことくらい、あの総統は理解するはずだ。
いざとなったら、俺の名前で保身に走ればいい」
つまりユイは、ログランドから情報を聞き出す際、情報を話したログランドが組織に狙われ、口を封じられるのを避ける為に、組織の刺客等の標的を、自分の方へ向けろと…
更に分かりやすく言えば、ユイはログランドが情報を話す代償として、それ自体を自分の責任にしろと…
そう、言っているのだ。
ユイの言葉に、セレンは、思い出したかのように顔を羞恥に赤らめた。
そのまま、ユイに感謝しながらも好意に縋り、痛む足で、それでも素早く隣の部屋へと姿を消す。
──それと同時に、その店のマスターらしい、若い男が姿を見せた。
短髪ではあるが前髪は長め。その前髪の下から鋭く尖る眼光は、やはり元・組織の一員であるユイと知己であるという事実を、周囲に強く知らしめる。
マスターは、その薄い唇を開いた。
「よろしかったのですか?」
「…何が」
ユイは煩わしそうに問い返す。
マスターは、それが“ユイ”という人間の性質であるということを理解しているのだろう…
気を悪くするでもなく、なお一層の丁寧さを持って話を続ける。
「あの御方ですよ。…確かあれは、かのヴィルザーク侯爵家のひとり娘…
ユイ様自ら、連れ歩く御方とも思えませんが」
「…、成り行きだ」
端的に呟いたユイは、酒を煽った。
空になりかけたグラスに、マスターがすかさず酒を注ぎ足す。
「突然、女性の服を用意しろと仰るので、何事かと思いましたよ」
「…煩い。喋りすぎだぞ」
ユイに殺気を込めた目で睨まれて、マスターは急ぎ口を噤む。
マスターが縮こまったことで、その目に潜む殺気を幾ばくかながらも和らげたユイは、再び酒を呷った。
「…組織の参謀である、ログランド…
お前の元には、組織の者を通じて、全ての情報が集まるだろう。
ヴィルザーク侯爵の生前の動きについて、何か聞いていないか?」
「ユイ様は、組織の持つ情報を明かせと仰るのですか?」
尋ねられたはずのマスター…
ログランドと呼ばれた男が、ユイに逆に、間髪入れずに問い返す。
ユイはそれに、今度は睨みをかけることはしなかった。
…この、ログランドという男が、組織内においてどのような立場にあるかは、元・組織の幹部クラスであった自分が、一番よく知っているからだ。
…ログランド=アッシュ=ベイン。
闇の組織・Break Gunsの参謀という上位にありながら、変わり者で、組織の本拠地に居を構えず、このような場所で、場末のマスターを装っている。
ログランドは、傍目には、どうみても一般の酒場のマスターにしか見えない。
しかしその実、“参謀でありながらも”、自身も一流の暗殺者であるログランドは、その組織内での実力において、総統に最も近い地位にある、幹部クラスの存在すらも脅かしている。
「…そうだ」
ユイは、そんなログランドに全く臆することもなく、平然と返答する。
しかし、ログランドからしてみれば、たかが侯爵の娘ひとりに、このユイが表立って動く理由が分からない。
今まで行方の知れなかった、ユイ自らが動けば、その動きは否が応にも組織に察知される。
…現に自分の元にも、既に複数の情報が舞い込んできているくらいだ。
あの組織が…今のユイの情報を得ていないはずがない。
だが、一方のユイの方も、その事実を“考えに入れないはずがない”。
そのリスクを省みず、こうまであの侯爵家の娘に関わる、その理由…
その最大の謎を、ログランドは知りたかった。
「…組織内機密を漏らすことになりますが?」
「事情を話せば、責はお前にはないことくらい、あの総統は理解するはずだ。
いざとなったら、俺の名前で保身に走ればいい」
つまりユイは、ログランドから情報を聞き出す際、情報を話したログランドが組織に狙われ、口を封じられるのを避ける為に、組織の刺客等の標的を、自分の方へ向けろと…
更に分かりやすく言えば、ユイはログランドが情報を話す代償として、それ自体を自分の責任にしろと…
そう、言っているのだ。
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