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Ⅳ.追う者、追われる者
増えゆく者たち
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「分かりました」
ログランドはそう答えた。
…ユイが、元とはいえ、暗殺組織の幹部であった事実は、決して伊達ではない。
ユイが大人しく訊いているうちが華。
この調子では、話さなかった場合の自分の扱いは、目に見えている。
そして裏を返せば、ユイはこの件に確実に興味を持ち、自分を矢面に立たせてまでも、あの侯爵家の娘を保護しようとしている。
やはり、それが何故なのかは分からなかったが、ユイがここまで言うからには、余程のことだ。
…それ故に、それのみを糧として…
ログランドは口を開いた。
「亡くなったヴィルザーク侯爵には、生前、特に懇意にしていた友人が、ひとりおられるそうです。
その友人が、つい最近、ヴィルザーク侯爵から封書のようなものを預かったらしいと、先程、配下から知らせがありました」
「そいつの名は?」
「世間一般には公爵の位を持ち、我々の間では【魔公】で名高い、レアン=ファルデアです」
「…、【魔公】レアンか…」
ユイは不意に真剣な眼差しでグラスを見つめた。
店内の証明に当てられた酒の光が、考えまでもを揺らめかせる。
…【魔公】とも呼ばれる、レアン=ファルデア。
この魔公という忌み名は、世間一般での俗称ではない。
組織・Break Gunsが、彼を組織に敵対する者として、そして畏怖の対象として名付けた、通称だ。
何しろこのレアンの魔力は、一般の人間が持つ者にしては突出し過ぎているのだ。
それ故に組織に名の知れた実力者であり、組織とは対局の位置にいる危険要因。
ユイの表情が自然、尖ったのも、無理もないことだった。
…その時、着替えを終えたらしいセレンが、小綺麗な格好で、隣の部屋から姿を見せた。
勇美で名高いヴィルザーク侯爵のひとり娘だというだけのことはあり、埃を取り除いたその容姿は、知らぬ間に周囲にいる者の瞳を惹きつけていた。
「…今の話は内密に頼む」
セレンに目を奪われながらも、ユイが、よく注意していなければ聞き取れない程、低い声で告げる。
しかし、余程近くに居なければ、常人には明らかに聞こえないはずのその声を、傍らにいたログランドは難なく聞き取ったらしく、ただ一言低い声で、「はい」と答えた。
そんな二人の元に、セレンは、先程までの足の怪我を思わせないほど、軽やかに走り寄る。
「ユイ、ねえ、見て見て!
この服、着やすい上に、すっごく可愛いの!」
「…そうか、良かったな」
つかの間でも、あの陰惨な現実を忘れられればいいと、ユイが安堵したように息をつく。
それにセレンは、尚も興奮気味に話しかけた。
「ここに来る前にしていたあの電話が、まさかこんなに私を驚かせてくれるものだったなんて!
服ばかりか、シャワーまで貸して貰えて、その上、隣の部屋にいた人に、足の怪我の痛みまで魔術で緩和して貰えるなんて…!
本当に…ユイ、貴方には感謝してもしきれないわ…!」
興奮が高じたのか、セレンは潤んだ瞳でユイを見つめる。
それに先程までの殺気を全て抜かれたユイは、不敵にその口元に笑みを浮かべた。
「ヴァルスにセクハラはされなかったか?」
「ええ、それは大丈…」
「──えー? ユイ、それは酷いんじゃない? その言い種はさぁ」
…“大丈夫”、と答えかけたセレンを遮ったのは、ユイの声でもログランドの声でもなかった。
セレンが驚いて声のした方を見ると、隣の部屋から現れた若い青年が、ユイの方を見ながら、にやにやと笑っている。
その青年は、ゆっくりと落ち着いた物腰で三人の側まで近寄ると、ユイに向けて、その茶の瞳を落とした。
「そんなこと、俺がする訳ないじゃない」
ログランドはそう答えた。
…ユイが、元とはいえ、暗殺組織の幹部であった事実は、決して伊達ではない。
ユイが大人しく訊いているうちが華。
この調子では、話さなかった場合の自分の扱いは、目に見えている。
そして裏を返せば、ユイはこの件に確実に興味を持ち、自分を矢面に立たせてまでも、あの侯爵家の娘を保護しようとしている。
やはり、それが何故なのかは分からなかったが、ユイがここまで言うからには、余程のことだ。
…それ故に、それのみを糧として…
ログランドは口を開いた。
「亡くなったヴィルザーク侯爵には、生前、特に懇意にしていた友人が、ひとりおられるそうです。
その友人が、つい最近、ヴィルザーク侯爵から封書のようなものを預かったらしいと、先程、配下から知らせがありました」
「そいつの名は?」
「世間一般には公爵の位を持ち、我々の間では【魔公】で名高い、レアン=ファルデアです」
「…、【魔公】レアンか…」
ユイは不意に真剣な眼差しでグラスを見つめた。
店内の証明に当てられた酒の光が、考えまでもを揺らめかせる。
…【魔公】とも呼ばれる、レアン=ファルデア。
この魔公という忌み名は、世間一般での俗称ではない。
組織・Break Gunsが、彼を組織に敵対する者として、そして畏怖の対象として名付けた、通称だ。
何しろこのレアンの魔力は、一般の人間が持つ者にしては突出し過ぎているのだ。
それ故に組織に名の知れた実力者であり、組織とは対局の位置にいる危険要因。
ユイの表情が自然、尖ったのも、無理もないことだった。
…その時、着替えを終えたらしいセレンが、小綺麗な格好で、隣の部屋から姿を見せた。
勇美で名高いヴィルザーク侯爵のひとり娘だというだけのことはあり、埃を取り除いたその容姿は、知らぬ間に周囲にいる者の瞳を惹きつけていた。
「…今の話は内密に頼む」
セレンに目を奪われながらも、ユイが、よく注意していなければ聞き取れない程、低い声で告げる。
しかし、余程近くに居なければ、常人には明らかに聞こえないはずのその声を、傍らにいたログランドは難なく聞き取ったらしく、ただ一言低い声で、「はい」と答えた。
そんな二人の元に、セレンは、先程までの足の怪我を思わせないほど、軽やかに走り寄る。
「ユイ、ねえ、見て見て!
この服、着やすい上に、すっごく可愛いの!」
「…そうか、良かったな」
つかの間でも、あの陰惨な現実を忘れられればいいと、ユイが安堵したように息をつく。
それにセレンは、尚も興奮気味に話しかけた。
「ここに来る前にしていたあの電話が、まさかこんなに私を驚かせてくれるものだったなんて!
服ばかりか、シャワーまで貸して貰えて、その上、隣の部屋にいた人に、足の怪我の痛みまで魔術で緩和して貰えるなんて…!
本当に…ユイ、貴方には感謝してもしきれないわ…!」
興奮が高じたのか、セレンは潤んだ瞳でユイを見つめる。
それに先程までの殺気を全て抜かれたユイは、不敵にその口元に笑みを浮かべた。
「ヴァルスにセクハラはされなかったか?」
「ええ、それは大丈…」
「──えー? ユイ、それは酷いんじゃない? その言い種はさぁ」
…“大丈夫”、と答えかけたセレンを遮ったのは、ユイの声でもログランドの声でもなかった。
セレンが驚いて声のした方を見ると、隣の部屋から現れた若い青年が、ユイの方を見ながら、にやにやと笑っている。
その青年は、ゆっくりと落ち着いた物腰で三人の側まで近寄ると、ユイに向けて、その茶の瞳を落とした。
「そんなこと、俺がする訳ないじゃない」
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