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いつものようにクタクタになって終電で家に戻り、鞄を投げ出し、着替えもそこそこに俺はビール缶を開けた。
駆けつけ一杯ならず、帰宅イッキ。エアコンをつけたばかりの家の中の温度はまだ上がっていないけど、冷たいビールの苦みと炭酸とアルコールが心地よく身体に染みわたる。
「ん? ライン?」
さて着替えようかと缶を置いたタイミングで、テーブルの上のスマホがピロリーンと鳴った。
「こんな夜中に誰?」
不審に思いながらアプリを開くと相手は麗。ご機嫌な『こんばんは~』というスタンプが送られてきている。
スタンプなんて無料のものしか持っていない俺は、当たり障りのない『お疲れ様』というゆるキャラっぽいスタンプを送ってやった。
『起きてたんだ』
『そりゃ、今帰ってきたばっかりだからな。伊達にブラック企業で勤めてないよ』
これに対して笑い転げるスタンプ。
本当に笑える話ならいいんだけど、本人としてはちっとも笑えない。
『で、こんな夜中にどうした?』
さっさと寝るつもりでビールのイッキをしていたので、ズルズルと世間話をする気分は毛頭ない。麗には悪いが本題に移ってもらうことにした。
『早いほうがいいと思ってね。この間の話、今度の日曜日でどう? って』
『この間の話?』
『やだな、聡志OKしたじゃないか。彼女の話』
『ああ』
ほんの数日前のことだというのに、すっかり頭の中から消え去っていた。
麗のバイト先の事務員さんを紹介してくれるとか言ってたっけ。
『日曜日の日中なら空いているから、ランチくらいならって』
『わざわざありがとう。で、どうすればいいんだ? 連絡先を教えてもらって、その子と直接連絡を取ればいいのか?』
『それがさー、直接会ってから連絡先教えたいから、オレを介して待ち合わせを決めたいんだって』
『まぁ、見知らぬ相手から連絡くるのって怖いしな』
メールでもラインでもどこで連絡先を入手したのか、全然知らない相手からメッセージが流れてくるのは迷惑を超えて怖いとしかいえない。
『それで事務員さんは、日曜日の何時にどこで待ち合わせしたいんだ?』
『聡志、そもそも日曜日空いてるの? 話進めちゃってたけど』
『予定ないって言ったら、休日出勤させられるから好都合だよ。それで?』
『明日、ってかもう今日か。バイト行ったときに聞いてみるよ。大丈夫かって確認しないで勝手に待ち合わせなんて決められないからね』
言われてみればそうだ。
彼女欲しいと返事はしたが、こっちの都合も聞かずに会う時間を決められても困るだけだ。
それをごり押ししてきたら、会う前にお断りしていたところだ。
『悪いな。じゃあ、あんまり早い時間でなければ都合つくから、事務員さんの都合に合わせて決めておいてくれないか』
『了解。疲れて帰ってきたところに悪かったな。おやすみ』
『おやすみ』
そこで俺は麗とのラインを切った。
「……なんかモヤモヤする」
麗から再び連絡がきたのは金曜日の夜だった。
たぶん夜の仕事の合間だったのだろう、簡素に時間と場所だけ送られてきていた。
「相手の顔も分からないのに、どうやって探せばいいんだ?」
そういえば麗だって俺の写真を持っているわけではない。あるとしても中学校時代のスナップ写真くらいだろうし。
『事務員さんの顔分からないんだけど。写真とかないの?』
そうラインを送ってみたが何時間経っても返事はない。金曜日だけに返事もできないほどに忙しいのかもしれない。
返事を諦めて、一週間溜め込んだ疲れとストレスに任せて睡眠を貪った。
貪りまくって起きたのが、土曜日の昼。
「んん~! よく寝たぁ~」
ベッドから起きあがり、まだ覚醒しきっていない頭を覚ますためにキッチンへ向かった。
サイフォンで濃い目のコーヒーを淹れ、ひと口すする。
「あ、麗」
頭がスッキリしてくると、麗に送ったラインのことを思い出した。いくら忙しくても、いい加減返事くらいきていてもいい頃ではないか?
予想どおり、麗から返事がきていた。送信時間は明け方、そんな時間まで働いていたのかと思うと感服してしまう。
そしてその返事は、俺の予想しないものだった。
『日曜日、オレも一緒だから。顔分からなくても大丈夫』
寝ぼけて見間違えたわけでも、麗の打ち間違いでもない。くっきりはっきり、『一緒』と書いてある。
「なんで麗も?」
意味不明だったが、コーヒーを飲み干して漸くその意味を理解した。
「ああ、紹介と目印か」
言ってしまえばお見合いの仲人さん。
『こちらが〇〇さんです。ではこの先は若い二人で……』と言って消えるあの人の役割だ。
だから写真がなくても顔が分からなくても大丈夫、ということなのか。
「麗も大変だなぁ」
世間話とはいえこんなこと真に受けなければ、麗だってゆっくり休日を過ごすことができただろうに。
こんな気の毒な麗には、次会ったときにでも奢らないと申し訳が立たない。
「お互い人間関係で苦労してるよなぁ」
申し訳なさに、二度寝する気分もどこかへ消え去ってしまった。
同時に会いたいという気分も失せてきていたが、いまさら断ることも出来ない。
会うだけ会って、話が合わないと思ったら断ればいいだけの話だし、と自分を納得させた。
「こちら東雲 まどかさん。オレのバイト先の事務員さん。で、こっちが俺の幼馴染の梶原 聡志」
「は、初めまして。梶原です」
「初めまして~。東雲 まどかです。まどかって呼んでくださいね」
待ち合わせ場所に行くと、もう麗は来ていた。隣には小柄で可愛らしい女性。
俺の姿を見つけた麗は大きく手を振って笑顔で迎えてくれた。
簡単な挨拶が済んで、ここから『お二人で~』になるのかと思ったらそうではなかった。
「え~、七瀬さん。一緒について来てくれるんじゃなかったんですか~? 知らない人と二人きりってなんか不安で~」
「は? いやだって、これ、聡志とのランチデートだよね? オレがいたらおかしくない?」
「おかしくないですよ~。初顔合わせですもん、紹介者が一緒でもおかしくないですよ~」
困った麗は俺の顔を見た。
しっかりと顔に『どうしよう』と書いてある。
「麗の予定が空いてたら、一緒に来てもらってもいい?」
「予定は空いてるけど。聡志はそれでいいの?」
「いきなりこんな可愛い子と二人きりって緊張するからさ。頼むよ」
片手を上げ麗を拝む真似をする。
まどかさんは自分が『可愛い』と言われたことにまんざらもないようで、ニッコリと微笑んで俺と麗を見た。
「じゃ、行きましょうか。行きたいお店があったんですよ」
ルンルンとスキップでもしそうな足取りで先頭を歩きだす。
「七瀬さん早く~」
くるりと振り返ってまどかさんは麗の手を握る。ごく自然に、当たり前のように。
「人気店なんですよ~。数量限定ランチがなくなっちゃう」
「し、東雲さん?」
「あ、行くお店ってイタリアンなんです~。確か七瀬さん、イタリアン好きって言ってましたよね? どこ行くか言わないでゴメンナサイっ」
麗の戸惑いを知ってか知らずか、天然風味に麗の呼び止めにあさっての回答を繰り出した。
そして『もう疑問はないですよね』と言わんばかりに、麗の手を引いて再び歩き出した。
(あ、これって?)
気のせいでも勘違いでもない。この子、麗に気がある。
麗に『彼氏欲しい』と言ったのも、今彼氏いませんアピールだ。
(まさか本当に紹介されるとは思っていなかったんだろうなぁ)
俺がこんなことをぼんやり考えながらついて行くと、二人は行列の出来ている店の前で止まった。
まどかさんは自分を指さして行列の先頭へ小走りで向かう。多分順番待ちの名簿に名前を書きに行ったのだろう。
のんびりと麗たちの並んでいる列に入ると、戻ってきたまどかさんは『あ』という顔をした。
「ごめんなさい~。人数間違って書いちゃった。どうしよ~」
「人数書き直せば?」
「でも、もう後ろに数組並んじゃったから、人数増やすのって迷惑じゃないですか~」
そしてチラリと俺を見る。
あー、確信犯。俺が邪魔ってことですね。
「だったら俺、別なところで飯食ってくるから。食い終わったあたりで合流すればいいんじゃないか?」
「今日のランチは聡志と東雲さんのデートでしょう。別な場所で食ってくるのはオレのほうじゃない?」
「えっ! でもでも、名前、七瀬さんの名前で書いちゃったし」
「なんでオレの名前……。そこは東雲さんじゃないの?」
「だって『東雲』なんて苗字、読める人少ないじゃないですか。ならば七瀬って書いたほうが分かりやすいし」
「……平仮名で書けば良かったのでは」
最後の俺のひと言は、彼女の気に触れたらしい。
麗の背中に半分隠れながらも、キッと俺を睨んできた。
「麗」
俺の呼びかけに麗はちょっとだけ首を傾げてこちらを見る。顔は完全に『参った』。
「俺、行列って苦手だから、やっぱり他所で食ってくる。食い終わったら連絡して」
「えっ聡志、それじゃあ今日の意味が……」
言いかけた麗を手で静止、まどかさんに会釈だけして列から離れていった。
少し離れたあたりで、麗がまどかさんを軽く咎める声が聞こえてきた。それに対して、甘えた声で反省の『は』の字も感じないまどかさんの言い訳。
「こんな回りくどいことしないで、ストレートに麗に言い寄ればいいのに」
成功するかどうかはさておき。
「顔は可愛いが、あの性格はいただけない」
天然を装った養殖もの。詐欺も詐欺だ。
「あと一カ月ちょっとで彼女作るとか、無理な話だと分かったわ」
そもそも付き合ってすぐにセックスとか、それ目的で付き合ってるようにしか見えないし。
当初の目的は確かにセカンド童貞を捨てるために彼女を作る、だったが、別にそれだけの目的で彼女が欲しいわけではなかった。
いずれは結婚して、子供を作って……、なんて未来予想図を描いたりもしていた。
「焦ってもいいことはないってことか。そのうち結婚紹介所でも登録しよう」
それより今は麗だ。
面倒臭さとまどかさんの魂胆丸見えに嫌気がさして、麗に押しつけるようにその場を離れてきたが、麗はあの養殖ブリに騙されはしないだろうか。
俺よりも経験値がありそうだから大丈夫だろうが、昔から優し過ぎる部分がある。涙なんか見せられたらホイホイ言うことを聞いてしまうのではないだろうか。
「そのまま既成事実作って、結婚迫られるとか……。笑えない」
結構したたかな感じがしたから、絶対に麗をモノにすると決めたら、既成事実の際にコンドームに穴開けるくらいのことはしかねない。
そうなったらもう、逃げ場はない。
「麗に言ってやったほうがいいのかな」
あの子天然っぽく振舞ってるけど、かなり策略家だって。
牛丼屋チェーン店で並盛りの牛丼をかき込みながら考えていたが、結果、麗にこの事実は教えないでおくことにした。
なぜならば経験値もさながら、麗があの子に騙されることも、好意を寄せることもないだろうと思っていたから。
「麗があんな女を好きになることなんて絶対ないし。だって麗は俺のことを……」
そこまで言ってハッと我に返った。
「俺、今なにを言おうとした……?」
麗は俺のことを好き……?
麗が、俺を?
「どこからそんな発想が。いくら麗がバイセクシャルで、男のことも愛せるからって」
俺のことを好きだとは限らない。
幼馴染だから気の置けない関係を築いているが、恋愛に発展するのとは別だ。
「でも、でも」
あの夜の麗は、俺にそんなことを思わせた。
熱を帯びた瞳で見つめながら、俺を抱きたいと言った麗。ただ性欲が我慢の限界だったからとかではなく、純粋に俺に触れたいという気持ちが麗から溢れていた。
だから俺のことを好きなんだ、と。
「それこそ、気のせいだ」
こんななんの取柄もない、顔も普通で、ブラック企業であくせく働くつまらない男の俺を、女どころかあんなキラキラした麗が俺を好きになるわけがない。
その原理でいくと、あの子も麗に相応しくない。
表面を嘘で塗り固めた、麗のことなんてなにも知らない女になんか、麗は渡せない。
そう思いつつも、あの子の裏を暴く手段を持ちえない俺は、この状況を変えることなんて出来なかった。
出来ることと言えば……
『俺、帰るわ。東雲さんにもそう伝えておいて』
ただひと言、麗にラインを流すことだけだった。
牛丼屋をあとにして真っ直ぐに電車の駅に向かった。
電車を待つ間にスマホをマナーモードに切り替え、一切の連絡を無視することに決め込んだ。
自分の気持ちのモヤモヤが落ち着かない今、麗とも誰とも連絡を取りたくなかったからだ。
そんな俺の気持ちを知らずか、寝る準備が終わってベッドに入った途端、マナーモードにしたままのスマホが光った。
「誰だよ……」
こんな時間に会社の連中は連絡を寄越さないと知っているから、相手は麗だとは分かっている。
なのに『誰だ』と言ってしまうほど、俺は気分がささくれていた。
どうせまどかさんとのデートがどうなったとか、なんで先に帰ったんだとか、そんなところだろう。
(話したくない)
相手が本当に麗か確かめることもせず、俺は着信を知らせるランプが点滅し続けるスマホを無視した。
点滅が消えてはまた点滅を繰り返し、数分ほど続いてスマホは元の真っ暗い状態に戻った。
「俺のことは放っておいてくれ……」
布団を被ってモヤモヤを抑え込んでいるうちに、いつしか眠りについていた。
朝になって少し落ち着いたので、昨夜の着信が誰だったのか確認する余裕くらいは出来た。
予想通り昨夜の着信は麗からで、俺がいつまで経っても電話に出ないからラインでメッセージも残していってくれていた。
「律儀なもので」
溜息とともにメッセージを開く。
どんな愚痴が出てくるのか、と半分嫌な気分で文章を読んだ。
『ごめんね、東雲さんからデートの約束を取り付けてきたのに。本人が言うには天然だからうっかりしちゃった、って。後日二人だけで会って謝りたいって言ってたよ』
は? 謝りたい? 誰が?
てか自分で自分のこと『天然』って普通言うかよ。
麗も麗で、こんな養殖女の言うこと信じちゃってるのかよ。
若干痛みを覚えた頭を抱え、どう返事するかを考えた。
無視も出来ないし、無下にも出来ない……。
仕事が終わるまで俺はどう返事をするべきか悩み続けた。
「一応、謝罪を受けとくか」
このまま放置したら麗に被害がいくかもしれないし、あの女とは会ってこれっきりの縁にしてしまいたい。
決心した俺は、仕事が終わってから麗にひと言だけラインを返した。
『東雲さんの謝罪、受けるよ。来週の日曜日は休日出勤って言われてるから、それ以外で予定聞いておいて』
駆けつけ一杯ならず、帰宅イッキ。エアコンをつけたばかりの家の中の温度はまだ上がっていないけど、冷たいビールの苦みと炭酸とアルコールが心地よく身体に染みわたる。
「ん? ライン?」
さて着替えようかと缶を置いたタイミングで、テーブルの上のスマホがピロリーンと鳴った。
「こんな夜中に誰?」
不審に思いながらアプリを開くと相手は麗。ご機嫌な『こんばんは~』というスタンプが送られてきている。
スタンプなんて無料のものしか持っていない俺は、当たり障りのない『お疲れ様』というゆるキャラっぽいスタンプを送ってやった。
『起きてたんだ』
『そりゃ、今帰ってきたばっかりだからな。伊達にブラック企業で勤めてないよ』
これに対して笑い転げるスタンプ。
本当に笑える話ならいいんだけど、本人としてはちっとも笑えない。
『で、こんな夜中にどうした?』
さっさと寝るつもりでビールのイッキをしていたので、ズルズルと世間話をする気分は毛頭ない。麗には悪いが本題に移ってもらうことにした。
『早いほうがいいと思ってね。この間の話、今度の日曜日でどう? って』
『この間の話?』
『やだな、聡志OKしたじゃないか。彼女の話』
『ああ』
ほんの数日前のことだというのに、すっかり頭の中から消え去っていた。
麗のバイト先の事務員さんを紹介してくれるとか言ってたっけ。
『日曜日の日中なら空いているから、ランチくらいならって』
『わざわざありがとう。で、どうすればいいんだ? 連絡先を教えてもらって、その子と直接連絡を取ればいいのか?』
『それがさー、直接会ってから連絡先教えたいから、オレを介して待ち合わせを決めたいんだって』
『まぁ、見知らぬ相手から連絡くるのって怖いしな』
メールでもラインでもどこで連絡先を入手したのか、全然知らない相手からメッセージが流れてくるのは迷惑を超えて怖いとしかいえない。
『それで事務員さんは、日曜日の何時にどこで待ち合わせしたいんだ?』
『聡志、そもそも日曜日空いてるの? 話進めちゃってたけど』
『予定ないって言ったら、休日出勤させられるから好都合だよ。それで?』
『明日、ってかもう今日か。バイト行ったときに聞いてみるよ。大丈夫かって確認しないで勝手に待ち合わせなんて決められないからね』
言われてみればそうだ。
彼女欲しいと返事はしたが、こっちの都合も聞かずに会う時間を決められても困るだけだ。
それをごり押ししてきたら、会う前にお断りしていたところだ。
『悪いな。じゃあ、あんまり早い時間でなければ都合つくから、事務員さんの都合に合わせて決めておいてくれないか』
『了解。疲れて帰ってきたところに悪かったな。おやすみ』
『おやすみ』
そこで俺は麗とのラインを切った。
「……なんかモヤモヤする」
麗から再び連絡がきたのは金曜日の夜だった。
たぶん夜の仕事の合間だったのだろう、簡素に時間と場所だけ送られてきていた。
「相手の顔も分からないのに、どうやって探せばいいんだ?」
そういえば麗だって俺の写真を持っているわけではない。あるとしても中学校時代のスナップ写真くらいだろうし。
『事務員さんの顔分からないんだけど。写真とかないの?』
そうラインを送ってみたが何時間経っても返事はない。金曜日だけに返事もできないほどに忙しいのかもしれない。
返事を諦めて、一週間溜め込んだ疲れとストレスに任せて睡眠を貪った。
貪りまくって起きたのが、土曜日の昼。
「んん~! よく寝たぁ~」
ベッドから起きあがり、まだ覚醒しきっていない頭を覚ますためにキッチンへ向かった。
サイフォンで濃い目のコーヒーを淹れ、ひと口すする。
「あ、麗」
頭がスッキリしてくると、麗に送ったラインのことを思い出した。いくら忙しくても、いい加減返事くらいきていてもいい頃ではないか?
予想どおり、麗から返事がきていた。送信時間は明け方、そんな時間まで働いていたのかと思うと感服してしまう。
そしてその返事は、俺の予想しないものだった。
『日曜日、オレも一緒だから。顔分からなくても大丈夫』
寝ぼけて見間違えたわけでも、麗の打ち間違いでもない。くっきりはっきり、『一緒』と書いてある。
「なんで麗も?」
意味不明だったが、コーヒーを飲み干して漸くその意味を理解した。
「ああ、紹介と目印か」
言ってしまえばお見合いの仲人さん。
『こちらが〇〇さんです。ではこの先は若い二人で……』と言って消えるあの人の役割だ。
だから写真がなくても顔が分からなくても大丈夫、ということなのか。
「麗も大変だなぁ」
世間話とはいえこんなこと真に受けなければ、麗だってゆっくり休日を過ごすことができただろうに。
こんな気の毒な麗には、次会ったときにでも奢らないと申し訳が立たない。
「お互い人間関係で苦労してるよなぁ」
申し訳なさに、二度寝する気分もどこかへ消え去ってしまった。
同時に会いたいという気分も失せてきていたが、いまさら断ることも出来ない。
会うだけ会って、話が合わないと思ったら断ればいいだけの話だし、と自分を納得させた。
「こちら東雲 まどかさん。オレのバイト先の事務員さん。で、こっちが俺の幼馴染の梶原 聡志」
「は、初めまして。梶原です」
「初めまして~。東雲 まどかです。まどかって呼んでくださいね」
待ち合わせ場所に行くと、もう麗は来ていた。隣には小柄で可愛らしい女性。
俺の姿を見つけた麗は大きく手を振って笑顔で迎えてくれた。
簡単な挨拶が済んで、ここから『お二人で~』になるのかと思ったらそうではなかった。
「え~、七瀬さん。一緒について来てくれるんじゃなかったんですか~? 知らない人と二人きりってなんか不安で~」
「は? いやだって、これ、聡志とのランチデートだよね? オレがいたらおかしくない?」
「おかしくないですよ~。初顔合わせですもん、紹介者が一緒でもおかしくないですよ~」
困った麗は俺の顔を見た。
しっかりと顔に『どうしよう』と書いてある。
「麗の予定が空いてたら、一緒に来てもらってもいい?」
「予定は空いてるけど。聡志はそれでいいの?」
「いきなりこんな可愛い子と二人きりって緊張するからさ。頼むよ」
片手を上げ麗を拝む真似をする。
まどかさんは自分が『可愛い』と言われたことにまんざらもないようで、ニッコリと微笑んで俺と麗を見た。
「じゃ、行きましょうか。行きたいお店があったんですよ」
ルンルンとスキップでもしそうな足取りで先頭を歩きだす。
「七瀬さん早く~」
くるりと振り返ってまどかさんは麗の手を握る。ごく自然に、当たり前のように。
「人気店なんですよ~。数量限定ランチがなくなっちゃう」
「し、東雲さん?」
「あ、行くお店ってイタリアンなんです~。確か七瀬さん、イタリアン好きって言ってましたよね? どこ行くか言わないでゴメンナサイっ」
麗の戸惑いを知ってか知らずか、天然風味に麗の呼び止めにあさっての回答を繰り出した。
そして『もう疑問はないですよね』と言わんばかりに、麗の手を引いて再び歩き出した。
(あ、これって?)
気のせいでも勘違いでもない。この子、麗に気がある。
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まどかさんは自分を指さして行列の先頭へ小走りで向かう。多分順番待ちの名簿に名前を書きに行ったのだろう。
のんびりと麗たちの並んでいる列に入ると、戻ってきたまどかさんは『あ』という顔をした。
「ごめんなさい~。人数間違って書いちゃった。どうしよ~」
「人数書き直せば?」
「でも、もう後ろに数組並んじゃったから、人数増やすのって迷惑じゃないですか~」
そしてチラリと俺を見る。
あー、確信犯。俺が邪魔ってことですね。
「だったら俺、別なところで飯食ってくるから。食い終わったあたりで合流すればいいんじゃないか?」
「今日のランチは聡志と東雲さんのデートでしょう。別な場所で食ってくるのはオレのほうじゃない?」
「えっ! でもでも、名前、七瀬さんの名前で書いちゃったし」
「なんでオレの名前……。そこは東雲さんじゃないの?」
「だって『東雲』なんて苗字、読める人少ないじゃないですか。ならば七瀬って書いたほうが分かりやすいし」
「……平仮名で書けば良かったのでは」
最後の俺のひと言は、彼女の気に触れたらしい。
麗の背中に半分隠れながらも、キッと俺を睨んできた。
「麗」
俺の呼びかけに麗はちょっとだけ首を傾げてこちらを見る。顔は完全に『参った』。
「俺、行列って苦手だから、やっぱり他所で食ってくる。食い終わったら連絡して」
「えっ聡志、それじゃあ今日の意味が……」
言いかけた麗を手で静止、まどかさんに会釈だけして列から離れていった。
少し離れたあたりで、麗がまどかさんを軽く咎める声が聞こえてきた。それに対して、甘えた声で反省の『は』の字も感じないまどかさんの言い訳。
「こんな回りくどいことしないで、ストレートに麗に言い寄ればいいのに」
成功するかどうかはさておき。
「顔は可愛いが、あの性格はいただけない」
天然を装った養殖もの。詐欺も詐欺だ。
「あと一カ月ちょっとで彼女作るとか、無理な話だと分かったわ」
そもそも付き合ってすぐにセックスとか、それ目的で付き合ってるようにしか見えないし。
当初の目的は確かにセカンド童貞を捨てるために彼女を作る、だったが、別にそれだけの目的で彼女が欲しいわけではなかった。
いずれは結婚して、子供を作って……、なんて未来予想図を描いたりもしていた。
「焦ってもいいことはないってことか。そのうち結婚紹介所でも登録しよう」
それより今は麗だ。
面倒臭さとまどかさんの魂胆丸見えに嫌気がさして、麗に押しつけるようにその場を離れてきたが、麗はあの養殖ブリに騙されはしないだろうか。
俺よりも経験値がありそうだから大丈夫だろうが、昔から優し過ぎる部分がある。涙なんか見せられたらホイホイ言うことを聞いてしまうのではないだろうか。
「そのまま既成事実作って、結婚迫られるとか……。笑えない」
結構したたかな感じがしたから、絶対に麗をモノにすると決めたら、既成事実の際にコンドームに穴開けるくらいのことはしかねない。
そうなったらもう、逃げ場はない。
「麗に言ってやったほうがいいのかな」
あの子天然っぽく振舞ってるけど、かなり策略家だって。
牛丼屋チェーン店で並盛りの牛丼をかき込みながら考えていたが、結果、麗にこの事実は教えないでおくことにした。
なぜならば経験値もさながら、麗があの子に騙されることも、好意を寄せることもないだろうと思っていたから。
「麗があんな女を好きになることなんて絶対ないし。だって麗は俺のことを……」
そこまで言ってハッと我に返った。
「俺、今なにを言おうとした……?」
麗は俺のことを好き……?
麗が、俺を?
「どこからそんな発想が。いくら麗がバイセクシャルで、男のことも愛せるからって」
俺のことを好きだとは限らない。
幼馴染だから気の置けない関係を築いているが、恋愛に発展するのとは別だ。
「でも、でも」
あの夜の麗は、俺にそんなことを思わせた。
熱を帯びた瞳で見つめながら、俺を抱きたいと言った麗。ただ性欲が我慢の限界だったからとかではなく、純粋に俺に触れたいという気持ちが麗から溢れていた。
だから俺のことを好きなんだ、と。
「それこそ、気のせいだ」
こんななんの取柄もない、顔も普通で、ブラック企業であくせく働くつまらない男の俺を、女どころかあんなキラキラした麗が俺を好きになるわけがない。
その原理でいくと、あの子も麗に相応しくない。
表面を嘘で塗り固めた、麗のことなんてなにも知らない女になんか、麗は渡せない。
そう思いつつも、あの子の裏を暴く手段を持ちえない俺は、この状況を変えることなんて出来なかった。
出来ることと言えば……
『俺、帰るわ。東雲さんにもそう伝えておいて』
ただひと言、麗にラインを流すことだけだった。
牛丼屋をあとにして真っ直ぐに電車の駅に向かった。
電車を待つ間にスマホをマナーモードに切り替え、一切の連絡を無視することに決め込んだ。
自分の気持ちのモヤモヤが落ち着かない今、麗とも誰とも連絡を取りたくなかったからだ。
そんな俺の気持ちを知らずか、寝る準備が終わってベッドに入った途端、マナーモードにしたままのスマホが光った。
「誰だよ……」
こんな時間に会社の連中は連絡を寄越さないと知っているから、相手は麗だとは分かっている。
なのに『誰だ』と言ってしまうほど、俺は気分がささくれていた。
どうせまどかさんとのデートがどうなったとか、なんで先に帰ったんだとか、そんなところだろう。
(話したくない)
相手が本当に麗か確かめることもせず、俺は着信を知らせるランプが点滅し続けるスマホを無視した。
点滅が消えてはまた点滅を繰り返し、数分ほど続いてスマホは元の真っ暗い状態に戻った。
「俺のことは放っておいてくれ……」
布団を被ってモヤモヤを抑え込んでいるうちに、いつしか眠りについていた。
朝になって少し落ち着いたので、昨夜の着信が誰だったのか確認する余裕くらいは出来た。
予想通り昨夜の着信は麗からで、俺がいつまで経っても電話に出ないからラインでメッセージも残していってくれていた。
「律儀なもので」
溜息とともにメッセージを開く。
どんな愚痴が出てくるのか、と半分嫌な気分で文章を読んだ。
『ごめんね、東雲さんからデートの約束を取り付けてきたのに。本人が言うには天然だからうっかりしちゃった、って。後日二人だけで会って謝りたいって言ってたよ』
は? 謝りたい? 誰が?
てか自分で自分のこと『天然』って普通言うかよ。
麗も麗で、こんな養殖女の言うこと信じちゃってるのかよ。
若干痛みを覚えた頭を抱え、どう返事するかを考えた。
無視も出来ないし、無下にも出来ない……。
仕事が終わるまで俺はどう返事をするべきか悩み続けた。
「一応、謝罪を受けとくか」
このまま放置したら麗に被害がいくかもしれないし、あの女とは会ってこれっきりの縁にしてしまいたい。
決心した俺は、仕事が終わってから麗にひと言だけラインを返した。
『東雲さんの謝罪、受けるよ。来週の日曜日は休日出勤って言われてるから、それ以外で予定聞いておいて』
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オメガ男子の小島史(ふみ)は、ネットを中心に展開している中小広告代理店の経理部に勤めている。会社が国の補助金が入る婚活アプリ開発に関わる事になった。テスト版には、自社の未婚で番のいないアルファとオメガはもちろん未婚のベータも必ず登録して動作確認をするようにと業務命令が下された。史が仕方なく登録すると社長の辰巳皇成(こうせい)からマッチング希望が…
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
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