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「お祓いでも行こうかなぁ」
仕事で客先に行った帰り道、その会社の近くにある神社を見てふと思った。
前回といい、前々回といい。麗の言葉じゃないが、俺は本当に呪われているのでは?と疑いたくなる。
「普通あそこまでいったら最後までコトをするのが、お決まりなんじゃないのかよ」
ゲイではないが、ちょっと期待していた。
麗ともっと触れ合えたら、麗とセックスしたらどうなってしまうんだろうって。
あのしなやかで長い指で弄られたら、さぞかし気持ちいいんだろうなぁ、って。
「なんだろう、このモヤモヤした気持ち」
そもそもデリヘルを呼んだのはセカンド童貞を捨てるためだった。それなのに麗と会ってから、麗とセックスしたいと思っている。
セカンド童貞を捨てるどころか、このままでは後ろの穴の処女を捨てることになってしまう。
性別が女になる前に、麗に『女』にされてしまう。
女になりたくないのに、麗に『女』にされてしまってもいいと思う自分もいる。
「女……」
そういえば俺のチンコ、麗を呼んだあとでオナニーしたとき、普通だった。
段々小さくなっていっていたはずのチンコ、普通に硬く太くたくましく勃起していた。
出した精液の量だって、普通……よりも多かった。
「たまたま?」
オカズがオカズだけに興奮度合いが違うから、ガチガチに勃起しただけ?
ぼんやり考え事をしながら歩いていたら、駅に向かっているはずなのに知らない場所を歩いていた。
曲がるところを曲がらなかったのか、それとも曲がらなくていいところを曲がったのか。とにかく知らない場所なことは確かだ。
どこをどう歩いたら住宅街に出るんだか、不思議でしようがない。
不幸なことに誰も歩いていない。駅までの道を聞くことも出来ない。
「地図アプリに頼るしかないか」
車とかの邪魔にならないよう、道の端に移動してスマホを取り出す。
迷子になってもスマホ一つで道案内してもらえるとか、ホント現代の文明の利器には感謝しかない。
GPSを起動させ、地図アプリで現在地を表示させる。さて駅はどっちだ? と画面をスクロールさせていく。
「あ、れぇ? 聡志? なんでこんなところにいるの?」
「え?」
声に振り向くと、水色のつなぎに同じ色のキャップを被った男がいた。
「オレだよ、オレオレ!」
「オレ?」
「あ」
なんだこの既視感のあるやりとり、と思っていると相手の男はキャップを外してニカっと笑った。
「この格好でキャップ被ってると分からないか」
「麗」
麗のことを考えていたから出会えたとかメルヘンなことは言いたいくないが、ちょっとだけそんな気分になってしまう。
「麗がどうしてこんな場所に?」
「オレ? オレは仕事」
そう言って麗はクイと親指を後ろを指した。
麗の指の先には、引っ越し屋のトラックが停まった二階建ての家。
「言ってなかったっけ? オレ、昼間は引っ越し屋のバイトしてるんだ」
「引っ越し屋……」
「聡志も仕事? 最初に会ったとき、デスクワークって言ってなかった?」
「営業もたまに行くんだよ。今の営業の帰りだったんだが、ぼんやりしてたら道間違った」
「ださっ」
間髪入れず麗は言う。遠慮のないもの言いは昔から変わらない。
「悪かったな、ダサくて。引っ越し屋のバイトしてるなら道知ってるだろう? 駅までどう行けばいいんだよ。教えてくれ」
「いいよ。ちょうど終わるところだったから、少し待ってて」
麗が言っていたように引っ越しはおおかた終わっていたようで、麗が向かった先では、引っ越し屋のリーダーらしき男が家主に書類にサインをもらって挨拶をしていた。
その挨拶が終わるのを見計らって麗はリーダーになにか言い、ペコリと頭を下げるとまたこちらに向かって走ってきた。
「許可もらってきた。駅まで送っていくよ」
「教えてくれるだけでいいのに。みんなと一緒に事務所に戻らなくちゃいけないだろう?」
「道に迷ったリーマンを駅まで案内してから、電車乗って事務所戻るって言ったらOKしてくれたんだよ」
「じゃあ電車代は出すよ。どこまで行くんだ?」
「ばーか、そのくらい自分で出せるって。ほら行くよ」
ゴツンと拳を俺の頭に落とすと、麗は腕を引いて俺が向かっていた方向をそのまま真っ直ぐ歩き始めた。
無言で腕を引っ張っていく麗。いつまで腕を掴んでいるのかちょっとだけ気になったが、あえてなにも言わずにいた。
「あ、そうだ。聡志、土曜日ヒマ?」
「土曜日か? 暇は暇だけど、なに?」
「飲みに行かないか? ちょうど今度の土曜日休みでさ。あんまりゆっくり話せてなかったしさ」
「そうだな。再会を祝してゆっくり飲むか」
麗の申し出に驚きつつも、感動しながら飲みに行くことを了承した。
「やった。じゃあ土曜日の18時、赤井駅で待ち合わせな」
「了解」
待ち合わせ日時まで決めると、ちょうど俺が行こうとしていた駅に到着した。
そこでようやく麗は俺の腕を掴んだままでいたことに気づき、『あ』という顔をしてぱっと手を放した。
「オレ、反対側だから。じゃ、土曜日に」
「ああ、土曜日にな」
少しだけ気まずそうな顔をして、麗は反対側のホームへ消えていった。
麗の表情は気になったが、土曜日に会ったときに聞けばいいかと頭の隅においやった。
慌ただしく仕事をこなしながら待望の土曜日を迎えた。
なにを着ていけばいいのか迷ったが、デートじゃないんだからと紺色のハーフコートの中はカジュアルなシャツにジーンズと、ラフな格好に決めた。
赤井駅には約束の15分前に着いたが、そこにはなぜか人垣が出来ていた。
「なんだ? 有名人でも来ているのか?」
待ち合わせまでまだ時間もあるし、野次馬根性丸出しで俺はその人垣に向かって足を進めた。
人垣の一番外側まで近づくと、その人垣が全員女だということに気づいた。そしてワーワーと聞こえていた声は黄色い声。
「俳優? アイドル?」
人垣をかき分けて誰がいるのか拝みにいくと、その中央には麗がいた。
「へ? 麗?」
「あ、聡志!」
「ちょっ……、麗!?」
俺の姿を見つけた麗は、パッと顔を明るくして駆け寄り、腕を掴んで人垣から走り出した。
人垣の女性たちは『あっ』と声を上げ、何人かは追いかけてきたのだが、麗の足の速さについて来れる女性は誰もいなかった。
振り返り、誰もついて来ていないことを確認すると、麗は安堵の溜息とともに俺の腕を離した。
「ふ~。助かったよ聡志。少し早く待ち合わせ場所に着いて立ってたら、なんか女の子がワラワラ集まって来てさ。『誰待ってるんですか?』とか『私達と飲みに行きませんか?』とか、断ってもしつこくてさ」
「お~お~、モテますこと。俺がどんなに頑張っても、人垣なんて作れませんよ」
「あんな人垣、嬉しくないよ。それよりさ、どこ行く? 居酒屋でいい?」
「全然いいよ。この先に安くて旨い居酒屋があったな」
数軒先のビルに目線をやると、麗も知っていたようで『OK』と言って居酒屋に向かって歩き始めた。
「それじゃ、再会を祝して」
「かんぱーい!」
麗の言葉を受け、俺は乾杯の言葉を返した。
会社の飲み会ではないから『初めの一杯はビール』なんて暗黙のルールはない。俺はハイボール、麗は日本酒を冷で頼んだ。
それを俺はグラスの三分の一ほど一気に飲み干し、麗は煽るような真似はせずゆっくりとグラスを傾けた。
「何年振りだ? 麗が中三の夏に引っ越していったから……十四年?」
「そうだね。そんなに経っているのに、聡志は全然変わらないよね」
「そうか? まぁ顔は童顔って言われてるから、変わらないように見えるかもだけど、腹は出てきたし白髪もちらほら」
「白髪って。聡志苦労してるんだな」
「なにせ、グレーに近いブラックな会社に勤めているもんでね」
「ホワイトに近いグレーじゃないんだ」
麗はぷっと笑って冷ややっこに手をつけた。
柔らかい豆腐だというのに、崩さず器用に持ち上げて口へ運ぶ丁寧な箸使いに、つい見惚れてしまう。
「麗、冬なのに冷酒と冷ややっこって。寒くないのかよ」
「暖かい部屋で冷たいものを食べる。これがいいんだよ。聡志は冬になるとモーレツにアイス食べたくなったりしないの?」
「アイスは別だろう。あれは年中食べたくなるものだ」
言いたいことは分かるが、冷ややっこはどうかと悩む。俺的にはあっつい鍋に冷酒のほうがいい。
鍋、と連想して鍋が食べたくなってしまった。
麗に確認を取ることなく、俺は追加の飲み物を頼むついでに寄せ鍋も頼んだ。
やっぱり熱々の鍋は旨い。ハイボールでも合うがこれは冷酒がいいかもしれない。
次は俺も冷酒を頼もう、と寄せ鍋に入っていた鶏肉を頬張っていると、麗が箸を止めて聞いてきた。
「そういえば、なんで聡志はデリヘルなんて呼んだのさ?」
「ぶはっ!」
飲み込みかけてむせた。吹き出さなかっただけ良かった。
むせて咳込んだのが治まってから、涙目で麗を見上げた。
「いきなりなんだよ。びっくりして鶏肉が変なところに入っていったよ」
「ごめんごめん。『今日は店通してじゃないんだな』って思ってたら、急に思い出して」
「まあ、いいんだけどさ……」
本当はよくない、というか知られたくない。
こんなこと知られたら絶対笑われるか馬鹿にされる。
「で? なんで呼んだの?」
「……笑わない?」
「笑わない」
「馬鹿にしない?」
「馬鹿にしない」
俺の知っている麗なら、笑いはするが馬鹿にはしないだろう。
笑うといっても嘲笑ではなく、『そんなことか』という相槌のような笑い。
「……セカンド童貞を捨てようと思って」
「は? セカンド童貞? それでデリヘル?」
「う、うん。実はさ、仕事が忙し過ぎて彼女に振られてさ、そこからご無沙汰で。彼女を作る暇もないから、デリヘルで……と思ってね」
麗は俺の言葉を聞いて、腑に落ちない顔をした。
「確かにデリヘルは本番NGだけど、チップをはずめば本番させてくれる子もいる。だけどさ、そこまでしてセカンド童貞って捨てなきゃいけないもの?」
「それは……」
「なにか理由があるの?」
真剣な眼差しで言われ、誤魔化そうと思ったが素直に話した。
「『三十歳になるまでセカンド童貞でいると女になる』? 聞いたことない。揶揄われただけじゃないの?」
「かも、しれないけど。だけど実際俺のムスコがさ、自分でシてても小さく感じるんだ。その、勃起も、前より元気じゃないっていうか……」
そこまで話すと麗は盛大に吹きだした。
「や、ムスコが小さ……、おんなに……って、あはははははは!」
「笑わないって言ったくせに。だから話したのに」
「す、すまない。でもさ、ど、どう考えたって、聡志のチン……ムスコ、ちっちゃくないだろう。大きい部類に入るよ」
笑い過ぎて涙まで出てきた麗は、目元を拭きながら謝った。
「麗は見てないからそう言えるんだよ」
「見てはいないけど、しっかりと感触は確かめたよ? そのうえで話しているんだけど」
深刻になり過ぎないように軽い感じで話してくるが、語調は真剣そのものだ。
確かに麗に触れられ、欲情し、二回も勃起した。
それを麗はあのしなやかな指で、大きな手で、触れている。
「でも」
「……聡志、彼女欲しい?」
「ん、ああ。欲しいことは欲しいが」
急な話題転換に戸惑うが、麗はまるで気にしていない様子だ。
俺の返事にニコリとすると、またまた急な話を振ってきた。
「オレのバイト先の事務さんが、彼氏募集してるんだ。いい人いたら紹介して欲しいって言われてるんだけど、聡志どう?」
「どう、って言われても。その事務さんだってタイプとかあるだろうし」
「会ってみない? 今、二十四歳で可愛い子だよ?」
正直、彼女は欲しいがいきなりの話すぎて返事に困る。
事務さんも世間話程度でそんなことを話したのかもしれないし、約六歳も年下の子がこんなおっさん相手にするわけがない。
遠回しに断るが、麗にはまるで通じていなかった。これを俺が遠慮しているのだと勘違いされた。
「大丈夫。聡志イケメンだしいい奴だから、きっと彼女も気に入るって」
「でも俺、さっき言ったようにブラックな会社で、休日出勤も結構あるから、そんなにデートとかも出来ないし」
「彼女、束縛されるのが嫌いって言ってたから、休日に会えないのは問題ないよ。ね、会ってみない?」
「……麗がそこまで言うなら。会うだけ、会ってみようかな」
「決まり! じゃあオレから彼女に連絡しておくから、会えそうな日があったら教えて」
半ば強引に会うことを約束させられてしまった。
俺のことはもとより、相手の事務さんは勝手に会う約束を取り付けられてしまって大丈夫なのか不安にもなる。
「さ、いい話もまとまったところで、もう一回かんぱーい!」
そう言って麗は、まだ半分ほど残っていた日本酒のグラスを一気に飲み干した。
仕事で客先に行った帰り道、その会社の近くにある神社を見てふと思った。
前回といい、前々回といい。麗の言葉じゃないが、俺は本当に呪われているのでは?と疑いたくなる。
「普通あそこまでいったら最後までコトをするのが、お決まりなんじゃないのかよ」
ゲイではないが、ちょっと期待していた。
麗ともっと触れ合えたら、麗とセックスしたらどうなってしまうんだろうって。
あのしなやかで長い指で弄られたら、さぞかし気持ちいいんだろうなぁ、って。
「なんだろう、このモヤモヤした気持ち」
そもそもデリヘルを呼んだのはセカンド童貞を捨てるためだった。それなのに麗と会ってから、麗とセックスしたいと思っている。
セカンド童貞を捨てるどころか、このままでは後ろの穴の処女を捨てることになってしまう。
性別が女になる前に、麗に『女』にされてしまう。
女になりたくないのに、麗に『女』にされてしまってもいいと思う自分もいる。
「女……」
そういえば俺のチンコ、麗を呼んだあとでオナニーしたとき、普通だった。
段々小さくなっていっていたはずのチンコ、普通に硬く太くたくましく勃起していた。
出した精液の量だって、普通……よりも多かった。
「たまたま?」
オカズがオカズだけに興奮度合いが違うから、ガチガチに勃起しただけ?
ぼんやり考え事をしながら歩いていたら、駅に向かっているはずなのに知らない場所を歩いていた。
曲がるところを曲がらなかったのか、それとも曲がらなくていいところを曲がったのか。とにかく知らない場所なことは確かだ。
どこをどう歩いたら住宅街に出るんだか、不思議でしようがない。
不幸なことに誰も歩いていない。駅までの道を聞くことも出来ない。
「地図アプリに頼るしかないか」
車とかの邪魔にならないよう、道の端に移動してスマホを取り出す。
迷子になってもスマホ一つで道案内してもらえるとか、ホント現代の文明の利器には感謝しかない。
GPSを起動させ、地図アプリで現在地を表示させる。さて駅はどっちだ? と画面をスクロールさせていく。
「あ、れぇ? 聡志? なんでこんなところにいるの?」
「え?」
声に振り向くと、水色のつなぎに同じ色のキャップを被った男がいた。
「オレだよ、オレオレ!」
「オレ?」
「あ」
なんだこの既視感のあるやりとり、と思っていると相手の男はキャップを外してニカっと笑った。
「この格好でキャップ被ってると分からないか」
「麗」
麗のことを考えていたから出会えたとかメルヘンなことは言いたいくないが、ちょっとだけそんな気分になってしまう。
「麗がどうしてこんな場所に?」
「オレ? オレは仕事」
そう言って麗はクイと親指を後ろを指した。
麗の指の先には、引っ越し屋のトラックが停まった二階建ての家。
「言ってなかったっけ? オレ、昼間は引っ越し屋のバイトしてるんだ」
「引っ越し屋……」
「聡志も仕事? 最初に会ったとき、デスクワークって言ってなかった?」
「営業もたまに行くんだよ。今の営業の帰りだったんだが、ぼんやりしてたら道間違った」
「ださっ」
間髪入れず麗は言う。遠慮のないもの言いは昔から変わらない。
「悪かったな、ダサくて。引っ越し屋のバイトしてるなら道知ってるだろう? 駅までどう行けばいいんだよ。教えてくれ」
「いいよ。ちょうど終わるところだったから、少し待ってて」
麗が言っていたように引っ越しはおおかた終わっていたようで、麗が向かった先では、引っ越し屋のリーダーらしき男が家主に書類にサインをもらって挨拶をしていた。
その挨拶が終わるのを見計らって麗はリーダーになにか言い、ペコリと頭を下げるとまたこちらに向かって走ってきた。
「許可もらってきた。駅まで送っていくよ」
「教えてくれるだけでいいのに。みんなと一緒に事務所に戻らなくちゃいけないだろう?」
「道に迷ったリーマンを駅まで案内してから、電車乗って事務所戻るって言ったらOKしてくれたんだよ」
「じゃあ電車代は出すよ。どこまで行くんだ?」
「ばーか、そのくらい自分で出せるって。ほら行くよ」
ゴツンと拳を俺の頭に落とすと、麗は腕を引いて俺が向かっていた方向をそのまま真っ直ぐ歩き始めた。
無言で腕を引っ張っていく麗。いつまで腕を掴んでいるのかちょっとだけ気になったが、あえてなにも言わずにいた。
「あ、そうだ。聡志、土曜日ヒマ?」
「土曜日か? 暇は暇だけど、なに?」
「飲みに行かないか? ちょうど今度の土曜日休みでさ。あんまりゆっくり話せてなかったしさ」
「そうだな。再会を祝してゆっくり飲むか」
麗の申し出に驚きつつも、感動しながら飲みに行くことを了承した。
「やった。じゃあ土曜日の18時、赤井駅で待ち合わせな」
「了解」
待ち合わせ日時まで決めると、ちょうど俺が行こうとしていた駅に到着した。
そこでようやく麗は俺の腕を掴んだままでいたことに気づき、『あ』という顔をしてぱっと手を放した。
「オレ、反対側だから。じゃ、土曜日に」
「ああ、土曜日にな」
少しだけ気まずそうな顔をして、麗は反対側のホームへ消えていった。
麗の表情は気になったが、土曜日に会ったときに聞けばいいかと頭の隅においやった。
慌ただしく仕事をこなしながら待望の土曜日を迎えた。
なにを着ていけばいいのか迷ったが、デートじゃないんだからと紺色のハーフコートの中はカジュアルなシャツにジーンズと、ラフな格好に決めた。
赤井駅には約束の15分前に着いたが、そこにはなぜか人垣が出来ていた。
「なんだ? 有名人でも来ているのか?」
待ち合わせまでまだ時間もあるし、野次馬根性丸出しで俺はその人垣に向かって足を進めた。
人垣の一番外側まで近づくと、その人垣が全員女だということに気づいた。そしてワーワーと聞こえていた声は黄色い声。
「俳優? アイドル?」
人垣をかき分けて誰がいるのか拝みにいくと、その中央には麗がいた。
「へ? 麗?」
「あ、聡志!」
「ちょっ……、麗!?」
俺の姿を見つけた麗は、パッと顔を明るくして駆け寄り、腕を掴んで人垣から走り出した。
人垣の女性たちは『あっ』と声を上げ、何人かは追いかけてきたのだが、麗の足の速さについて来れる女性は誰もいなかった。
振り返り、誰もついて来ていないことを確認すると、麗は安堵の溜息とともに俺の腕を離した。
「ふ~。助かったよ聡志。少し早く待ち合わせ場所に着いて立ってたら、なんか女の子がワラワラ集まって来てさ。『誰待ってるんですか?』とか『私達と飲みに行きませんか?』とか、断ってもしつこくてさ」
「お~お~、モテますこと。俺がどんなに頑張っても、人垣なんて作れませんよ」
「あんな人垣、嬉しくないよ。それよりさ、どこ行く? 居酒屋でいい?」
「全然いいよ。この先に安くて旨い居酒屋があったな」
数軒先のビルに目線をやると、麗も知っていたようで『OK』と言って居酒屋に向かって歩き始めた。
「それじゃ、再会を祝して」
「かんぱーい!」
麗の言葉を受け、俺は乾杯の言葉を返した。
会社の飲み会ではないから『初めの一杯はビール』なんて暗黙のルールはない。俺はハイボール、麗は日本酒を冷で頼んだ。
それを俺はグラスの三分の一ほど一気に飲み干し、麗は煽るような真似はせずゆっくりとグラスを傾けた。
「何年振りだ? 麗が中三の夏に引っ越していったから……十四年?」
「そうだね。そんなに経っているのに、聡志は全然変わらないよね」
「そうか? まぁ顔は童顔って言われてるから、変わらないように見えるかもだけど、腹は出てきたし白髪もちらほら」
「白髪って。聡志苦労してるんだな」
「なにせ、グレーに近いブラックな会社に勤めているもんでね」
「ホワイトに近いグレーじゃないんだ」
麗はぷっと笑って冷ややっこに手をつけた。
柔らかい豆腐だというのに、崩さず器用に持ち上げて口へ運ぶ丁寧な箸使いに、つい見惚れてしまう。
「麗、冬なのに冷酒と冷ややっこって。寒くないのかよ」
「暖かい部屋で冷たいものを食べる。これがいいんだよ。聡志は冬になるとモーレツにアイス食べたくなったりしないの?」
「アイスは別だろう。あれは年中食べたくなるものだ」
言いたいことは分かるが、冷ややっこはどうかと悩む。俺的にはあっつい鍋に冷酒のほうがいい。
鍋、と連想して鍋が食べたくなってしまった。
麗に確認を取ることなく、俺は追加の飲み物を頼むついでに寄せ鍋も頼んだ。
やっぱり熱々の鍋は旨い。ハイボールでも合うがこれは冷酒がいいかもしれない。
次は俺も冷酒を頼もう、と寄せ鍋に入っていた鶏肉を頬張っていると、麗が箸を止めて聞いてきた。
「そういえば、なんで聡志はデリヘルなんて呼んだのさ?」
「ぶはっ!」
飲み込みかけてむせた。吹き出さなかっただけ良かった。
むせて咳込んだのが治まってから、涙目で麗を見上げた。
「いきなりなんだよ。びっくりして鶏肉が変なところに入っていったよ」
「ごめんごめん。『今日は店通してじゃないんだな』って思ってたら、急に思い出して」
「まあ、いいんだけどさ……」
本当はよくない、というか知られたくない。
こんなこと知られたら絶対笑われるか馬鹿にされる。
「で? なんで呼んだの?」
「……笑わない?」
「笑わない」
「馬鹿にしない?」
「馬鹿にしない」
俺の知っている麗なら、笑いはするが馬鹿にはしないだろう。
笑うといっても嘲笑ではなく、『そんなことか』という相槌のような笑い。
「……セカンド童貞を捨てようと思って」
「は? セカンド童貞? それでデリヘル?」
「う、うん。実はさ、仕事が忙し過ぎて彼女に振られてさ、そこからご無沙汰で。彼女を作る暇もないから、デリヘルで……と思ってね」
麗は俺の言葉を聞いて、腑に落ちない顔をした。
「確かにデリヘルは本番NGだけど、チップをはずめば本番させてくれる子もいる。だけどさ、そこまでしてセカンド童貞って捨てなきゃいけないもの?」
「それは……」
「なにか理由があるの?」
真剣な眼差しで言われ、誤魔化そうと思ったが素直に話した。
「『三十歳になるまでセカンド童貞でいると女になる』? 聞いたことない。揶揄われただけじゃないの?」
「かも、しれないけど。だけど実際俺のムスコがさ、自分でシてても小さく感じるんだ。その、勃起も、前より元気じゃないっていうか……」
そこまで話すと麗は盛大に吹きだした。
「や、ムスコが小さ……、おんなに……って、あはははははは!」
「笑わないって言ったくせに。だから話したのに」
「す、すまない。でもさ、ど、どう考えたって、聡志のチン……ムスコ、ちっちゃくないだろう。大きい部類に入るよ」
笑い過ぎて涙まで出てきた麗は、目元を拭きながら謝った。
「麗は見てないからそう言えるんだよ」
「見てはいないけど、しっかりと感触は確かめたよ? そのうえで話しているんだけど」
深刻になり過ぎないように軽い感じで話してくるが、語調は真剣そのものだ。
確かに麗に触れられ、欲情し、二回も勃起した。
それを麗はあのしなやかな指で、大きな手で、触れている。
「でも」
「……聡志、彼女欲しい?」
「ん、ああ。欲しいことは欲しいが」
急な話題転換に戸惑うが、麗はまるで気にしていない様子だ。
俺の返事にニコリとすると、またまた急な話を振ってきた。
「オレのバイト先の事務さんが、彼氏募集してるんだ。いい人いたら紹介して欲しいって言われてるんだけど、聡志どう?」
「どう、って言われても。その事務さんだってタイプとかあるだろうし」
「会ってみない? 今、二十四歳で可愛い子だよ?」
正直、彼女は欲しいがいきなりの話すぎて返事に困る。
事務さんも世間話程度でそんなことを話したのかもしれないし、約六歳も年下の子がこんなおっさん相手にするわけがない。
遠回しに断るが、麗にはまるで通じていなかった。これを俺が遠慮しているのだと勘違いされた。
「大丈夫。聡志イケメンだしいい奴だから、きっと彼女も気に入るって」
「でも俺、さっき言ったようにブラックな会社で、休日出勤も結構あるから、そんなにデートとかも出来ないし」
「彼女、束縛されるのが嫌いって言ってたから、休日に会えないのは問題ないよ。ね、会ってみない?」
「……麗がそこまで言うなら。会うだけ、会ってみようかな」
「決まり! じゃあオレから彼女に連絡しておくから、会えそうな日があったら教えて」
半ば強引に会うことを約束させられてしまった。
俺のことはもとより、相手の事務さんは勝手に会う約束を取り付けられてしまって大丈夫なのか不安にもなる。
「さ、いい話もまとまったところで、もう一回かんぱーい!」
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年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
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