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王宮での仕事
37 まずはケチャップを作ろう
しおりを挟むリンドさんの恋心に気づいたから距離を置くことを決めた訳では無いけれど、少し後ろめたいものがある。
タイミングはあまり宜しくはなかったかもしれない。
でも誤解しないで欲しいとは言ったしリンドさんもそうじゃないことはわかってくれていた様子だったのでこれ以上は考えないことにした。
あまりにも重い思考は一旦頭の隅に圧縮して置いておく癖は俺の家族にも元彼にも直せと言われていた事だったけれど、この世界に来てから沢山考えなくては行けない事が次から次へと襲いかかってくる。
いわば現実逃避的措置である。
心の声や悩みを抱えたまま生きるのは大変だからデリートするか押し込む事でしか対処出来ない俺はこの癖をやめられはしないだろう。
早朝からリンドさんやコルドさんらに見送られて新しい家へと向かった。
それには俺の乗る馬車と荷物を詰め込んだ荷馬車との2台で行ったのだが、周りを探ればみんな馬車でアパートに横付けしたことに注目している様子だった。
と言うのも引越しをするにしても荷馬車だけが普通なんだとか。俺みたいに綺麗な馬車に乗っているのは貴族くらいなものだからこんなアパートに来る貴族とは?と野次馬しているらしかった。
「ゼレンさん、ありがとうございます。家探しも、運ぶのも手伝ってくれて」
「当たり前のことですからお気になさらず。
それで何故ゼレンさんなのでしょう?」
「もう俺の執事なわけでもリンドさんの客な訳でもないでしょう?なら呼び捨てにするのは違うかなっておもって」
「ミオは少しズレたところがありますね…ゼレンと呼び捨てにして欲しいと言ったのはミオと同じように聞きなれた呼び方だからですよ。ゼレンさんと呼ばれるのは妙にこそばゆいです」
「なら呼び方はそのままで。
まだ土魔法も教わりたいしご飯にも行きましょうね」
「ええ、是非。私からもご連絡させて頂きます」
「はい、色々ありがとうございました。じゃあまた」
運び入れてもらった家具や食器は一旦置いておいて、ゼレンとしばしの別れを告げると王宮へと1人向かう。
門番に陛下から貰った許可証を見せれば以前とは違って待たされることも無く厨房へ通された。
「ダルガス様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。今日からしばらくお世話になります」
「お世話になるのはこちらですよ!どんな料理を教えて貰えるのかと楽しみです」
普通プロが素人に教わるなんてプライドが許さないと思うのだが。
『けーちゃぷ?とかいう調味料試しに作ったが不味かったんだよな…どうやって作るのかちゃんと教わらなくては』
彼は向上心のある料理長らしい。
けれどほかの部下たちはあまりよく思ってないみたいだった。
『ど素人になんで師事されなきゃならねぇんだ。』
『あの男陛下に気に入られたからって調子に乗りやがって』
『美味しくなかったら詰ってやる。』
『けーちゃぷだってあの料理長が作ったというのに不味かったしデタラメ言ったに違いないだろ。こんな若いやつが新しい料理なんて作れるわけない』
料理長以外の20人近くの料理人が俺を不審がっている。
若いからって経験が浅いだとか知識がないだとか勝手なことを言っているが心の声なわけだし聞かなかったことにして。
「みなさんも、よろしくお願いします」
笑顔を向けてぺこりと頭を下げる。
「ロプアンさん、まずはケチャップを作りませんか?」
「分かりました。何が必要ですか?」
美味しいトマトケチャップを作ってまずは反応を見たい。
好き嫌いもあるから味や刺激が苦手な人にはさらに嫌われてしまうかもしれないが。
「フィッツラを5つとガンボルロ1つ、スアレスと塩とキャビタナをお願いします」
もう少し複雑なものにしてもいいけれどこちらの食材全てを把握している訳では無いしここにあるとも限らなかったのでとりあえず基本だけで揃えてもらう。
俺はニンニクを加えたものの方が好きだけど人によっては蕁麻疹が出てしまうからこの人たちに振る舞う用には入れないでおく。
ケチャップを気に入るようなら後で提案くらいはしておこう。
「こちらですね。それと器と鍋も」
全て揃えてもらって早速調理する。
ロプアンさんに手伝ってもらおうかと思ったんだけど他の料理人たちから反発があったら面倒だから1人で作ることにした。
トマトの皮をむいて種はそのまま。ガンボルロと共に適当に細かく刻んで鍋に突っ込んでいき、次に塩と砂糖と酢を適量いれる。
コンロに火をつけて…と表現はあっているが魔道コンロだから魔力を流して火を付けた。
火加減の調節もイメージで弱火にして焦げないようにヘラで鍋底で攪拌させ煮詰めていく。
結構時間はかかるし鍋を混ぜるのはロプアンさんにしてもらった。
やはりあちこちから非難が飛び交っているがロプアンさんが何も言わず手伝ってくれるので誰も口にできないらしい。
王宮の調理を任されている人達だからか感情を表に出さないのは素晴らしいことだとは思うが…口には出てない罵倒やら蔑みがうるさいな。
「えぇっと。ケチャップに合うのは…」
やはり美味しく感じられるのはパンやピザだろう。すぐにできるのはソーセージサイドウィッチ、いわゆるホットドッグだな。
サンドウィッチという言葉は無いけれど野菜や肉をパンに挟んだものは存在しているしソーセージもあるから試食する時にあまり抵抗は無いはずだ。
「ソーセージと柔らかいパンありますか」
「……」
「……」
「リアン、お出ししろ」
あぁそうですか。俺のお願いは聞いてくれないのか。
全然利口じゃないなこの人たちは。俺より精神年齢子供なのでは。
リアンと呼ばれた青年が10センチほどのソーセージと丸い形のパンを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
俺はお礼とともにリアンへ笑顔を向ける。
笑顔と挨拶をしていれば大抵いい方向へ向かうのは経験済みだ。
『なんだよこいつ。ヘラヘラしやがって。』
続けるのが大事だから挫けないぞ、俺は。
「ソーセージは茹でて…パンも焼いておこうかな」
ソーセージに火を通すのはともかく、1度焼いてあるパンをもう一度焼くとはパンを作った俺たちの仕事への冒涜か、と溢れんばかりの殺気が向けられているが俺は無視する。
そういう調理法もなかったとは。
確かにレディアで売られていたサンドウィッチもパンを焼いたものに挟んであるものはなかったな…ナフルスさんに提案しておこう。
ソーセージを茹でている間に丸型のパンを縦半分に切って、断面とは反対側から切れ目を入れて熱したフライパンへ伏せて焼く。
こんがりとしたらパンは皿において、茹で上がったソーセージを同じフライパンへ油を敷いてパリパリになるまで焼いた。
マスタードがあったらいいんだけどこれも存在自体なかったからシンプルにソーセージをパンに挟むだけになってしまうが…。
「ケチャップももういいですね。ロプアンさんお手伝いありがとうございました」
作ったばかりのものは感動するほどの美味しさはないが味見をする限り想像以上に美味い。
今まで作ってきたシンプルトマトケチャップの中でも上位に入るぞ、これは。
まだ暖かいケチャップをソーセージへかけてパンに挟んでロプアンさんに渡す。
リアンにも手伝ってもらったお礼としてもう半分を渡した。
苦手な味でなければいいが…。
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