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番外編 こんにちは、赤ちゃん。(2)
しおりを挟む本橋明理が診察室のドアをノックをした。室内から「はい」と声がして、ドアを横にスライドさせて開けた。
京司朗が入室した。
みふゆが振り向いた。
みふゆの前に座っている女性医師が一度立ち上がり京司朗に一礼すると椅子に座りなおした。
「あの・・」
みふゆが京司朗を見上げ、話しかけたがすぐに首をひねってうつむいてしまった。
子供ができたならめでたい話しなのに躊躇するのは何かトラブルがあるのかと、京司朗の心に緊張が走った。もしくは間違いだったのか。
「えーと・・。・・赤ちゃんが?」
みふゆが再び京司朗を見上げて首を少し傾げた。
「・・できた・・?」
首を元に戻した。
「ような・・・?」
反対側に首を傾げた。
何故か疑問形で話し眉間に謎のシワをつくるみふゆの言動は要領を得ない。
おかげで京司朗もなんだかよくわからない。
「・・・・・?」
京司朗は女性医師に説明を求める視線を送った。
「“できたような”って、はっきりとはまだわからないということか?」
いったいどういう状況なのだ。
「妊娠は確認されましたが、つまり一人ではなく、二人の可能性があって」
女性医師の説明が入った。
「━━━双子・・?」
京司朗が驚いた表情でみふゆを見ると、みふゆは照れながら上目遣いで唇を結び笑顔をつくっていた。
あたたかな春の日の出来事だった。
惣領貴之が満面の笑みで、
「さあ、みんな飲め飲め!飲んでじゃんじゃん食ってくれ!遠慮は要らねえ!祝いだ祝い!赤ん坊が一人でも二人でもこんな嬉しいことは無え!新しい命を祝ってやってくれ!」
と、屋敷の広い広い庭の片隅にも届く大きな声で喜びを露わにした。
「乾杯!」と、祝杯の声が響いた惣領家の庭で、続いてあちこちから「おめでとうございます!」と祝意が叫ばれ、京司朗とみふゆが「ありがとうございます」と、お礼の挨拶をした。
みふゆの父・惣領貴之はみふゆの妊娠の報告を聞き、空も飛びそうな勢いで喜んだ。使用人頭の本橋信子を呼び「祝宴の準備をしろ!」と、勢いのまま、大広間の障子と縁側の窓を全開にし、庭につなげて大盤振る舞いの宴会を急遽開いたのだ。
『新たな命の誕生だ!命の宿りだ!命の誕生は皆で祝うぞ!』
惣領貴之はそう言った。
みふゆの胎内に宿った新たな生命を歓迎する宴だ。
みふゆ自身は恥ずかしかったが、貴之の喜びようを見ると、これもきっと親孝行になると考えた。
祝宴には、惣領家の従業員や親族など五十名近くが集まった。急だったため、参加できなかった者達も多いが、松田家は松田夫妻の代わりに長男の隆聖が、仙道家は京司朗の養父母、本郷家は現当主の本郷夫妻と後継である長男夫婦、惣領家総本家権現寺からは住職の一心などが訪れた。
川原巧は精進潔斎に入ったと、後日改めて祝いに伺うと連絡があった。
また、取引先や関連企業から遅い時間にも関わらず祝いの花が次々と運ばれた。
突然大忙しになった厨房と屋敷の使用人にはあとで労いの金一封が渡される。貴之の金一封は金額が大きいので、皆、喜んで全力で張りきった。
みふゆが堀内花壇に勤めていた時の大先輩、七十先輩こと山形友江と、みふゆの後輩・梨理香(通称りんちゃん)も夫の香取裕と共に駆けつけ祝ってくれた。梨理香は総菜屋天竜の次男・香取裕に嫁ぎ、総菜屋の国道沿いの新店舗を切り盛りしている。
香取裕は京司朗とは中学・高校が同じで、さらに防衛大学校の先輩にあたるが、年齢は同じだ。
京司朗が高校で刺されて大怪我で留年し、さらに最初の大学で女性にモテすぎて辞めてしまい、防衛大学校を受け直して入学したために学年は二年下になっているのだ。
京司朗と香取裕が和やかに話している。
みふゆは梨理香とおしゃべりをしている。山形友江もさっきまで一緒にいたのだが、いまは惣領家の使用人頭の本橋信子と話している。どうやら旧知の仲らしい。
「じゃあ、みーちゃん先輩入院するんですか?」
「うん。入院っていっても検査入院で一週間くらい」
縁側に腰かけ、みふゆと梨理香が話している。
みふゆはあさってから検査入院となっていた。
「もし不安なことがあったらいつでも連絡ください!電話でもメッセージでもいいです!出産に関してはりんちゃんの方が先輩ですから!」
梨理香は結婚後間もなく妊娠し、現在は一歳児の母親だ。かわいい後輩が、出産子育てに関しては頼もしい先輩となっている。
「ありがとう、りんちゃん」
カミナリには相変わらず弱いが、梨理香はたくましくなったとみふゆは思う。
「梨理香、そろそろお暇するぞ」
香取裕が梨理香に声をかけた。梨理香は「はーい」と返事をした。ふたりは明日、隣県で催される惣菜マルシェに出店するため朝が早いのだ。
「みーちゃん先輩、体冷やしちゃダメですよ。歩くときは足元に気をつけて、それからそれから」
「りーりか?ほら、帰るぞ。みふゆさん、落ちついたらまた京司朗と店に寄ってください」
「はい。惣菜マルシェに行けなくて残念ですけど、お店には必ずまた伺います。今夜はありがとうございました」
みふゆはお礼を言いお辞儀をしかけると、京司朗が慌てて「屈んでもいいのか?腹を圧迫するんじゃないか?」とみふゆのお辞儀を手で止めた。
冷静ではない京司朗の態度に、香取裕は「ぶはっ」と吹き出して笑った。
みふゆも「これくらいは大丈夫」と笑った。
京司朗は「そ、そうか」とバツが悪そうに言った。
しかし梨理香だけが、
「間違ってません!それくらいしっかり注意してあげてください!みーちゃん先輩は何をやらかすかわかりません!支店の階段で転んだのも一回二回じゃありませんから階段は昇らせないでください!昇るなら必ず付き添ってください!」と大真面目な顔で言った。
何度も振り返って手を振る梨理香に、みふゆも手を振り続けた。
祝宴は、月が夜の空に綺麗に輝く頃にお開きになり、みふゆと京司朗も離れに戻った。
京司朗は新規事業のためインドに渡らなければならない。予定は一週間だ。
離れに戻った二人は、リビングの大きな窓からきれいに輝く月を見ていた。
「できるだけ早く帰ってくるよ」
京司朗がみふゆを後ろから抱きしめた。みふゆは京司朗の大きな体に包み込まれ、「でも無理して仕事を詰め込むのはダメです。自分の健康もちゃんと考えてください」
「ああ、そうだな」
「・・・双子なら・・」
「双子なら?」
「・・ううん、大丈夫。双子でもきっと大丈夫。大切に、・・大切に育てます」
みふゆはお腹に手を当てた。
幸せそうな笑みだ。
だが、不安が見え隠れする。
京司朗は心の底からみふゆのそばを離れたくないと思った。
みふゆの妊娠は、京司朗にとって唯一血の繋がりのある家族の誕生を意味している。ずっとずっとそばにいて守りたいと、京司朗は思っていた。
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